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第2話 仕事
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ハヤテは混乱していた。まさかあんな適当な問答の後に自身が、あの少女に買われるとは思いもしなかったからだ。
少女がハヤテに支払った額は締めて金貨100枚。奴隷に堕ちて、初めて買い叩かれた時と比べればその値段は数十倍にも跳ね上がっていた。だが、ハヤテは自分にそれ程の価値が在るのか甚だ疑問であったし、こんな金額で買われるはずがないだろうと思っていた。
現に市場に並んでから一週間の間は誰にも買われなかった。商品の入れ替わりが激しい奴隷市場でそれは些か異様な出来事だと、商人から聞き及んでもいた。あと少しで不良品行きの未来であったが、最終的な結末としては土俵際で彼は拾われた。
本人としてはまだその事実に実感が湧いていなかった。
金が払われれば、その後の手続きなんてのは一瞬で終わった。まるで気が変わる前に押し付けてしまおうという奴隷商の考えが透けて見える。まともに考える余地もなくハヤテは少女の所有物となった。
そして未だ謎の多い物好きとしか言いようのない少女に連れられてきたのは大きな屋敷。その書斎らしき一室にて一人の精悍な男と対峙していた。
「───マリネシア、この奴隷が……?」
「はい。そうです、お父様」
座り心地の良さそうな椅子に座り、執務机の上で手を組んだ男は無言でハヤテを睨みつける。
ハヤテとしては別に男の視線は怖くもなんともなかった。だが、要領を得ないこの状況はとにかく居心地が悪い。
少女───マリネシアと呼ばれていた───の返事に無表情で頷き、そのまま数秒ほど睨まれる。静寂が妙に耳に痛くて、異様な緊張がハヤテを襲う。
「……」
何か言葉を発しようにも何を話せばいいのか分からない。そもそも、奴隷の身で軽々しく言葉を口にできる訳もなかった。
───どうしてこうなった?
なんてことを漠然と考えていると、急にその男は口を開いた。
「───お前、名前は?」
「…………ハヤテ」
急な男の質問に、ハヤテは嵩瞬ほど反応が鈍るが直ぐに簡潔に答えた。それを皮切りに男からの質問攻めが始まった。
「歳は?」
「19」
「この間の戦争の敗残兵だったか?」
「ああ」
「奴隷として買われたのは初めてか?」
「もとから戦闘奴隷だった」
「戦場には何年いた?」
「5年」
「何人殺した?」
「覚えてるわけが無いだろ」
「なぜここにいるかわかってるか?」
「知らん」
そう、知らないのだ。気がつけばあの奴隷市場でハヤテは貴族の少女に買い取られ、わけも分からず馬車に載せられていた。そこまで特に会話は無く。買われた理由もよく分かっていなかった。そして現在に至る。
「───そうか……」
「はあ」と、簡素な問答の後に男は深く息を吐いた。
ハヤテとしては目の前の男から何かしらの説明があるのだろうと思っていたのだが、どうやら今の男の反応的にそうでは無いらしい。
男は椅子に深く座り直すと、大仰に言葉を続けた。
「お前には地下迷宮に行って、とあるモノを取ってきてもらう。私の娘と一緒にな」
「地下迷宮?」
「まさか、知らないか?」
「いや…………」
ハヤテは頭を振って黙り込む。
地下迷宮。
その存在は知っていた。世界中にいくつか存在する大地に穿たれた大きな魔窟。そこからはこの世のものとは思えない宝の山々───金銀財宝や珍しい植物、古代の遺産などが発掘されるらしい。そしてそれを守るかのように化け物が出るということも。
聞いた話によれば、そこは世界と隔絶された正に〈異世界〉であると。
「不満か?」
「……」
確認するような男の言葉にハヤテは再び首を横に振った。
唐突に与えられた仕事の内容に対して、ハヤテは別に文句は無かった。
───そもそも、不満も何も奴隷である俺に拒否権などないだろうに。
やれと言われれば黙って遂行する。それだけの話だ。しかし、気になることもあった。それは、目の前の男は自身を買った少女と一緒に迷宮に行けと言ったのだ。
奴隷を難なく買えるほどに裕福なのだから、目の前の男と少女は間違いなく貴族であろう。だが、どうして貴族であるこいつらがわざわざ危険地帯に足を踏み入れようとしているのか。
───その理由は何だ?
「何故、そこの女も?」
思わず、ハヤテは理由を尋ねてしまった。普段ならば気にはなってもその疑問を口をすることは無い。そもそも、奴隷の身で質問などできる立場では無いのだ。それぐらいの奴隷としての分別は持っているつもりであった。
「お前がそこまで知る必要は無い」
───そりゃそうだ。
だから切り捨てるような男の反応はごもっとも。至極当然のものであった。だからそれ以上、ハヤテがこの件で何かを質問することは無い。
───戦場の次は地下迷宮……噂に名高い悪意蔓延る魔窟と来たか。
思考が切り替わって、直ぐに思ったことはそんなことだった。
「……」
不意に体の奥底から沸き起こる疼きを感じた。しかし、その正体を探る前に今まで男の隣に立っていた少女がハヤテのすぐ横までやってきて思考は掻き消される。
反射的に視線をそちらに向けてみれば、少女の綺麗な蒼の双眸とかち合う。そして彼女は華のように笑顔を咲かせて言った。
「私の名前はマリネシア・アンクルスと言います!これから貴方の主人であり、一緒に迷宮を冒険する仲間です!よろしくお願いしますね!」
「…………ああ」
虫も殺したことが無さそうな隣の少女。彼女が本当に地下迷宮に行くのかと思うと、「やはりやめた方がいいのでは?」と思ってしまうのは別に不思議なことでは無いだろう。
少女がハヤテに支払った額は締めて金貨100枚。奴隷に堕ちて、初めて買い叩かれた時と比べればその値段は数十倍にも跳ね上がっていた。だが、ハヤテは自分にそれ程の価値が在るのか甚だ疑問であったし、こんな金額で買われるはずがないだろうと思っていた。
現に市場に並んでから一週間の間は誰にも買われなかった。商品の入れ替わりが激しい奴隷市場でそれは些か異様な出来事だと、商人から聞き及んでもいた。あと少しで不良品行きの未来であったが、最終的な結末としては土俵際で彼は拾われた。
本人としてはまだその事実に実感が湧いていなかった。
金が払われれば、その後の手続きなんてのは一瞬で終わった。まるで気が変わる前に押し付けてしまおうという奴隷商の考えが透けて見える。まともに考える余地もなくハヤテは少女の所有物となった。
そして未だ謎の多い物好きとしか言いようのない少女に連れられてきたのは大きな屋敷。その書斎らしき一室にて一人の精悍な男と対峙していた。
「───マリネシア、この奴隷が……?」
「はい。そうです、お父様」
座り心地の良さそうな椅子に座り、執務机の上で手を組んだ男は無言でハヤテを睨みつける。
ハヤテとしては別に男の視線は怖くもなんともなかった。だが、要領を得ないこの状況はとにかく居心地が悪い。
少女───マリネシアと呼ばれていた───の返事に無表情で頷き、そのまま数秒ほど睨まれる。静寂が妙に耳に痛くて、異様な緊張がハヤテを襲う。
「……」
何か言葉を発しようにも何を話せばいいのか分からない。そもそも、奴隷の身で軽々しく言葉を口にできる訳もなかった。
───どうしてこうなった?
なんてことを漠然と考えていると、急にその男は口を開いた。
「───お前、名前は?」
「…………ハヤテ」
急な男の質問に、ハヤテは嵩瞬ほど反応が鈍るが直ぐに簡潔に答えた。それを皮切りに男からの質問攻めが始まった。
「歳は?」
「19」
「この間の戦争の敗残兵だったか?」
「ああ」
「奴隷として買われたのは初めてか?」
「もとから戦闘奴隷だった」
「戦場には何年いた?」
「5年」
「何人殺した?」
「覚えてるわけが無いだろ」
「なぜここにいるかわかってるか?」
「知らん」
そう、知らないのだ。気がつけばあの奴隷市場でハヤテは貴族の少女に買い取られ、わけも分からず馬車に載せられていた。そこまで特に会話は無く。買われた理由もよく分かっていなかった。そして現在に至る。
「───そうか……」
「はあ」と、簡素な問答の後に男は深く息を吐いた。
ハヤテとしては目の前の男から何かしらの説明があるのだろうと思っていたのだが、どうやら今の男の反応的にそうでは無いらしい。
男は椅子に深く座り直すと、大仰に言葉を続けた。
「お前には地下迷宮に行って、とあるモノを取ってきてもらう。私の娘と一緒にな」
「地下迷宮?」
「まさか、知らないか?」
「いや…………」
ハヤテは頭を振って黙り込む。
地下迷宮。
その存在は知っていた。世界中にいくつか存在する大地に穿たれた大きな魔窟。そこからはこの世のものとは思えない宝の山々───金銀財宝や珍しい植物、古代の遺産などが発掘されるらしい。そしてそれを守るかのように化け物が出るということも。
聞いた話によれば、そこは世界と隔絶された正に〈異世界〉であると。
「不満か?」
「……」
確認するような男の言葉にハヤテは再び首を横に振った。
唐突に与えられた仕事の内容に対して、ハヤテは別に文句は無かった。
───そもそも、不満も何も奴隷である俺に拒否権などないだろうに。
やれと言われれば黙って遂行する。それだけの話だ。しかし、気になることもあった。それは、目の前の男は自身を買った少女と一緒に迷宮に行けと言ったのだ。
奴隷を難なく買えるほどに裕福なのだから、目の前の男と少女は間違いなく貴族であろう。だが、どうして貴族であるこいつらがわざわざ危険地帯に足を踏み入れようとしているのか。
───その理由は何だ?
「何故、そこの女も?」
思わず、ハヤテは理由を尋ねてしまった。普段ならば気にはなってもその疑問を口をすることは無い。そもそも、奴隷の身で質問などできる立場では無いのだ。それぐらいの奴隷としての分別は持っているつもりであった。
「お前がそこまで知る必要は無い」
───そりゃそうだ。
だから切り捨てるような男の反応はごもっとも。至極当然のものであった。だからそれ以上、ハヤテがこの件で何かを質問することは無い。
───戦場の次は地下迷宮……噂に名高い悪意蔓延る魔窟と来たか。
思考が切り替わって、直ぐに思ったことはそんなことだった。
「……」
不意に体の奥底から沸き起こる疼きを感じた。しかし、その正体を探る前に今まで男の隣に立っていた少女がハヤテのすぐ横までやってきて思考は掻き消される。
反射的に視線をそちらに向けてみれば、少女の綺麗な蒼の双眸とかち合う。そして彼女は華のように笑顔を咲かせて言った。
「私の名前はマリネシア・アンクルスと言います!これから貴方の主人であり、一緒に迷宮を冒険する仲間です!よろしくお願いしますね!」
「…………ああ」
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