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第一章 大迷宮クレバス

46話 二人の夜

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「それじゃあ私もシャワーを浴びて来ます……」

「はっ、はいっ!」

 ギクシャクと噛み合わせの悪い人形のようなぎこちないやり取りの後、アイリスは部屋の奥にあるバスルームへと入っていった。

「………………どうしてこうなった?」

 全体的にピンク色の雰囲気な漂う異常に広い部屋。
 背後からはシャワーの流れる音。
 大の大人二人が余裕で広々と寝ることの出来るベットの上に俺は落ち着きなく座っていた。

 ………所謂、連れ込み宿。

 何度思い返してみても自分が今、こうしてシャワーを浴びてバスローブ姿でベットの上に座っている理由ワケが理解できなかった。

 先程までベロベロに酔いが回っていたはずなのだが、この部屋に着いた頃にはいつの間にかその酔いも完全に覚めていた。

「……すぅ……はぁ……まずは落ち着こう……」

 しかし今はそれがありがたい。完全に素面に戻りつつある頭でまずはどうしてこうなったのか思い返してみる。

 今日はアイリスと最後の大迷宮での魔法の鍛錬をして、そのお疲れ様会、頑張ったお祝い会で酒場『豊穣の祈り』でしこたま酒を飲んだ。

 最初は俺の圧倒的なミスでギクシャクしていたが、偉大なるお酒の力で場の雰囲気も盛り返して沢山の話をして、沢山笑った。
 自分で言うのもなんだが、なかなか楽しいお祝い会だっと思う。

 そうして店が閉店する時間まで居座っていて、楽しい気分のまま会計を済ませて店を出た。
 諸々の準備は済ませてあるが朝早くの行動には変わりない、明日の朝は早い、と言うことで解散を持ちかけようとしたところで──

「その……今日……は……帰りたく……ない……です……」

 ──と破壊力がありすぎるこの一言。

 思えばこの瞬間から酔いが一気に冷めていく感覚があった。

 据え膳食わぬは男の恥……とはよく言ったもので、流石の俺も女性にここまで言わせて分からないほど鈍感ではない。

 意気揚々……と言う訳ではまったくなく、静静とお互い会話もなく、少しディープな繁華街の奥の奥……眠らぬ不夜城と呼ばれる娼館やそういったことを致す為の宿が立ち並ぶ地区に来て、宿を取ったまではまだ何も考えている余裕がなかったからよかった。

 そうして先にシャワーで身を清めて、今先程入れ替わりでシャワーに入っていったアイリスを待っている。
 ここでやっと今の状態に至る。

 うん。流れはとてもベタベタのベタだ。これでもかってくらいにそういう流れ、雰囲気作りはカンペキだ。これならどの男でも断ることなど出来るはずがない。
 意外と策士だなアイリスめ……。

「……なんてふざけてる場合じゃない」

 最初にアイリスのあの言葉を聞いた瞬間、言い表しようのない幸福感があったのはおぼえてる。

 あんな綺麗な女の子に夜のお誘いをされたのだ、喜ばない男はそれこそ特殊な性癖をお持ちの方だけだ。
 俺は至ってノーマルだし、断る理由がない、俺もそういう気が全くなかったかと聞かれればNOではない。
 しかし、いざ実際にこうして致す間際になると人間テンパってしまう。

 めちゃくちゃ緊張して、動揺するし、こんな無意味な思考をしたくなってしまう。

 ……本当にいいのだろうか?

 ふと、そんな疑問が湧いて浮かぶ。

 もちろん、一夜の軽いノリで彼女とコトを致すつもりでこんなところに来た訳では無い。

 アイリスもそんな気持ちで俺を誘ってここまで来た訳でないことなんて、あの時の彼女の顔を見て、声を聞けば分かる。

 つまり、そういうことだ。

 これから俺とアイリスはここで男女の契りを交わすのだろう。

「……」

 ここで彼女と致すと言うことは、俺は今まで無理やりに目を背けてきていたことに決定的な答えを示さなければならない。

 覚悟は決まっていると思っていた。
 アイリスとクランを組む時、今日と同じ酒場『豊穣の祈り』でした会話と俺だけがした誓い。

 ──私の心はもう貴方のものなんです、貴方の願いは私の願い。貴方に必要とされる、力になれる、引き受ける理由はそれだけで十分です……いえ十分すぎます、貰いすぎなのです──

 かつて、今日のあの場所でアイリスはこう言ってくれた。

 ── 貴方の傍で死ねるのなら本望です──

 どうしようもなく自分勝手な俺の願いを彼女は聞き届けてくれた。

 あの瞬間に俺は全てを彼女に持っていかれたのだ。

 だから俺も誓ったんだ。

 ──俺の全てを持って彼女を……『静剣』アイリス・ブルームを幸せにする。
 彼女が全てを差し出してくれるのならば、俺も彼女に全てを差し出そう。俺なんかのちっぽけなモノでよければ───

 あの時、俺は目を背けることなんてもう出来ないと覚悟を決めたつもりでいた。
 けれど結局は今日まで目を背けてきた。

 俺は気持ちを思うだけで、その思ったことを表す大事な言葉を一度だって彼女に伝えてこなかった。

 彼女はあれだけ言葉にしてくれていたというのに、俺はそれをさらに軽く流して、避けてしまっていた。

「ッ………本当にクソ野郎だ」

 だから思い止まる。

 本当にいいのだろうかと。

 こうなる前に俺は俺の気持ちを彼女に伝えなければならない。
 それはもちろんだが、それを今ここで彼女に伝えたところで俺は彼女と今ここで結ばれていいのか?

 勝手な考えなのは重々承知だが、それでも俺は自分のこの結果にどうしても納得できない。

 もっと俺は早くに……いや、クランを組んだあの瞬間に言葉にして伝えるべきだったのだ───

「……お待たせしました……」

 深く沈んで行った自己嫌悪の思考はそこで中断される。
 彼女のその綺麗な声音が異様に鼓膜に響く。

 ベットから立ち上がり彼女の方へ向き直る。
 瞬間、頭の中が白紙になる。まともな思考はできない。何も考えることが出来ない。

「アイ……リス……」

 息を飲み目の前の彼女に目が吸い込まれていく。

 たったのバスタオル一枚に身を包んだ彼女。今すぐその布を剥ぎ取れば彼女は何も身につけていない無垢な姿だ。
 濡れた白金色の長髪と潤んだ蒼水晶の瞳、赤く上気した頬が妙に艶めかしい。

 自分の中にある身勝手な欲動が湧き上がる。

 ──今すぐ俺は彼女を────

 そんな本能を理性が押しとどめる。

「お前にその資格があるのか?」と、責め立てる。

「はあ………は………あ………」

 息が荒くなる。
 もう少しだって我慢ができない。
 本能が理性を追い越そうとする。

 そんな瞬間だった。

「その……ファイクさん。これを……」

「えっ……………?」

 目の前に差し出されたアイリスの細く白い両手。
 その手の中には二つの指輪があった。

「これ……は……?」

 その初めて見る小さな蒼い宝石が埋め込まれた指輪を見た瞬間、今まで駆り立てられていた欲動が一気に也を潜める。

「覚えてませんか? これは私がファイクさんを助けた時に、お礼で貴方がくれたフィルマメントダイアモンドで作ったペアリングです」

「俺を助けてくれた時に貰った……フィルマメントダイアモンド……」

「はい。そうです」

 それは俺が37階層でマネギルたちに置いていかれて、アイリスが助けてくれた時のこと。変な勘違いをしている彼女をその場しのぎでどうにか逃げるために「お礼」と言って手渡した蒼い宝石のことか?

 一瞬、初めてあの時手渡した宝石の正式な名前を聞いて思考が鈍る。

「本当はとっくの前に完成していたのですが色々とタイミングが悪くてずっと渡せていませんでした。けどどうしても今日渡したくて……」

 恥ずかしそうにそう話してくれるアイリス。

「どうかこれを受け取って貰えないでしょうか? これが私の気持ちです。私は貴方が───」

「───まっ、待ってくれ!!」

 慌てて彼女の言葉を遮る。

 駄目だ。
 その先の言葉を彼女に先に言わせては駄目だ。

「ほ、本当に俺なんかでいいのか?」

 ここまで来といてそんな愚かな質問が口から吐きでる。

「はい。私はファイクさんじゃないと駄目です」

 それでも彼女は優しく微笑んで答えてくれる。

「違う! 違うんだ……そういう事じゃなくて………だって俺はアイリスに……君に一度もを言っていない! 言わないで、ここまでのうのうとアイリスに甘えて……そればかりかアイリスの好意を遠ざけて……」

 この気持ちは言い訳だ。
 この気持ちが俺の中にあった時点で覚悟などできてはいなかったのだ。

「はい。分かっています。ファイクさんからその言葉が聞けなくて……私の気持ちを見ないふりされて……それはそれは悲しかったです」

「ならなんでッ!? なんで俺なんか…………!!」

 アイリスは全て分かっていた。分かっていた上で俺と一緒に居てくれた。俺をずっと待っていてくれた。それが分からない。

「俺なんか……なんてそんな自分を卑下なさらないでください。ファイクさんほど素敵な男性を私は知らないんです。そんなこと言わないでください」

 アイリスの細い指が頬に触れる。
 とても大切で愛おしくて仕方が無いものに振れるように優しく暖かい手だ。
 今はその優しが嫌に苦しい。

「分からない……分からないんだ……アイリス。どうして君はそこまで……」

「分からないことなんてないですよ。言ったじゃないですか。″私の心はもう貴方のものです″って、″貴方の傍で死ねるなら本望です″って……初めて貴方に嘘のプロポーズをされた瞬間から、私は貴方に全てを持っていかれました」

「ッ………!」

 その言葉は覚えている。
 ついさっきも思い返していた。忘れたくても忘れられない。俺が偽りの覚悟を決めた言葉だ。

 自分の内に黙り込んで汚い感情が煮えたぎる。もう歯止めは効かないぞと内側から暴れ回る。

 ……駄目だ。
 その気持ちを吐き出すのは駄目だ。
 それは言い訳でしかない、どうしようもなく汚くて、俺の中で一番浅ましいモノだ。
 だから彼女にこの感情を見せるのが一番駄目なんだ。

「大丈夫です。怖がらないで。私はどんな貴方でも愛してる」

「ッ─────ずっと怖かったんだ───」

 彼女の言葉で歯止めは消え去る。

「はい」

 汚くて自分勝手な思いが吐きでる。

「───最初はただ厄介な事になったと思ってたんだ。こんな誤解を産むつもりはなかったし、こんなことならプロポーズなんてしなきゃ良かったって──」

「はい」

「──最初はそんな後悔をしたままずっと君から逃げて、目を背けてきた。でも直ぐにそれは無理で……君は正面からやって来て……それで俺が謝った上で君は俺のことをそれでも好きだと言った──」

「はい」

「──訳が分からなかった。おかしいと思った。どうかしてると思った。だから「友達」なんて言って体良く君を遠ざける理由を作った──」

「はい」

「──それで上手く丸め込めたと思って安心した。もう分からない君に関わらなくて済むと思った。だけど…………だけど俺はとある理由で君を利用しようとした──」

「はい」

「──どうしてもマネギルたちよりも大迷宮を攻略したくて、都合よく君の立場を利用して近づいた。君は録に理由なんか聞かないで俺に協力するって言ってくれて、理由を説明したあと、それでも協力してくれると言った──」

「……はい」

「──正直、その時ほど自分がクズだと……浅ましい人間だと思ったことは無い。だってそうだろ? 自分から煙たがっといて、自分の都合・利益の為に君に近づいて利用しようとしたんだ。こんなゴミみたいな奴いない──」

「………」

「それでも君は協力してくれて……あろう事かこんなクズみたいな俺にさっきの言葉を言ったんだ。「私の心は貴方のものです」「貴方の傍で死ねるなら本望です」って……また訳が分からなくなった。どうしてこんな俺にこんなことを言ってくれるのか分からなくて、そんでもってそんな君に全部持ってかれた──」

 あの時のその気持ちは嘘偽りなく本物だった言える。

「──そして誓ったんだ。俺の全てを持ってアイリス・ブルームを幸せにするって! 俺のちっぽけなモノでよければ全て差し出すって……君を好きになった! 愛したいと思った!!
 ……でも俺のこの気持ちは結局は独りよがりで、実際君に直接伝えることは無かった……」

「どうして言ってくれなかったんですか?」

 優しい声音で彼女は聞いてくる。

「怖かったんだ。俺はアイリスより弱くて、守られる側で、アイリスを守れなくて……そんな何もできない俺が誰かを愛していいのか……俺が進もうとしている道はとても危険で、自分のことで精一杯で、到底誰かを守れる余裕なんて無くて、悪いイメージが駆け巡るんだ。俺に関わった所為でアイリスが死んでいく最悪のイメージを……………アイリスは俺の傍で死ねるなら本望、なんて言ってたけど。俺は好きな人……最愛の人には生きていて欲しい! どうなってでも、俺が居なくて悲しいと言っても、それでも生きていて欲しかった!」

「……」

「だから俺は覚悟を決めたと思い込んで、君の気持ちから目を背けた! 覚悟なんてできていなかった! この気持ちを言葉に……アイリスに伝えて、君を失った時、俺はその苦しさに耐えきれないから!」

「そう……ですか……」

「今も怖い。深層から生きて帰ってきて君と再会できてとても嬉しかった。以前よりは強くなれたとも思う…………けどまだ怖いんだ。ここから先は本当に何があるか分からない。今だって本当は心のどこかで君を連れていくことを止めた方がいいんじゃないかと思ってる自分がいる。色々と君を守るために行動してみても怖いんだ。俺は本当に君を幸せにできるのかって…………」

 長々と吐き出た言葉はそこで止まる。

 ここまで無様な感情の吐き出し方はない。
 アイリスの顔を見るのが怖い。
 俺は彼女を愛する資格なんてないのだ。

「イヤです」

「……え?」

 彼女の胸に抱かれて、彼女は優しく言う。

「ファイクさんの気持ちは分かりました。全てを話してくれて、貴方の全てを知れて私は嬉しいです。でもイヤです」

 少し不機嫌に彼女は続ける。

「絶対にファイクさんには今の独り言なんかじゃなくて、私の目をしっかりと見てちゃんとあの言葉を言ってもらいます」

「でも……」

 それでも俺は覚悟ができていない。

「じゃあ約束すれば安心ですね。
 ………約束します。私は絶対に死にません。どんな事があろうとも最後まで貴方と共に添い遂げる事をここに誓います…………どうですか? これで安心でしょ?」

「ッ──────ああ……………」

 その言葉で今まで溜め込んでいた汚い感情が何処かへと消えていく。
 恐れがなくなり、一気に安堵が押し寄せてくる。

「……この指輪、ファイクさんがはめてくれませんか?」

 彼女の暖かい温もりが離れて手に美しい銀色のリングが渡される。

「出来ればはめて欲しい指があるんですが、ここはあえて何も言いません…………にお任せします」

「アイリス…………」

 彼女は恥ずかしげに言うと左手を差し出す。

「一年間も待ったんです。もうファイクの我儘で待ちませんからね。これが最後のチャンスです!」

「うん。分かった。ありがとう…………待たせてごめん────」

 彼女がくれた最後のチャンス。
 これは絶対に逃さない。

 俺は彼女の左手を取り、優しくゆっくりと薬指に白銀のリングをはめる。

 本当にこんな俺みたいな男を好きになってアイリスはとことん物好きだ。
 ……本当に俺には勿体ない。

「──好きだ。愛してるよアイリス。ずっと俺と一緒に居てくれ」

「………ッ……はいっ……はいっ! 私も大好き! ファイク!!」

 その言葉を最後に俺たちは唇を交わした。

 もう歯止めなど効か無い。
 後は互いの欲望のままに───。

 薄暗く暗く、蒼い夜は老けていく。

 ・
 ・
 ・

 気がつけば眠りについていて、夜が開けていた。

 目を開ければ見慣れない天井。しかしもう決して忘れることは出来ないであろう天井が目に映った。

「……これが所謂朝チュンか」

 目覚めた開口一番の言葉がコレと言うのは自分でもどうかと思うが出てしまったのだから仕方が無い。

 それならば良い意味で捉えよう。
 こんなくだらない言葉が一番に出てくるぐらい、自分はあの夜の弱気な自分とは決別出来たと言うことだろう。
 ……そういうことにしておこう。

「んっ………」

 隣でモゾモゾと何かが動く。
 その「何か」なんてのは分かりきっている。俺の最愛の人、アイリス・ブルームだ。

「……毒されてんなぁ」

 自身の甘くだらけ切った独白にツッコミを入れる。
 しかし、それも仕方が無い。と無理やりに納得する。

 今まで我慢していた感情を我慢しなくていいのだ。
 不安はまだ完全には無くなっていない。それでも彼女は「死なない」と約束してくれた。今はそれだけで何処までも強く生きていける気がする。

「ん……おはよう……ファイク……」

「おはようアイリス……何だかまだ慣れないな」

 うだうだと考え事をしているとアイリスが眠たげな目をこすって朝の挨拶をしてくる。
 それにしても本当にこの彼女の口調には慣れない。

「……戻した方がいい……ですか?」

 口調の指摘が気になったようでアイリスは小首を傾げる。

「いや。アイリスの喋りやすい……喋りたい方でいいよ。どっちにしても直ぐになれるだろうし」

「……うん。分かった。じゃあこっちにする」

 アイリスは頷くと敬語口調ではなく、ラフな口調に戻る。

 昨日の夜の話し合い、その後のナニコレでアイリスの喋り方が以前とだいぶ変化して、名前も完全に呼び捨てになった。
 以前は呼び捨てを推奨していたはずなんだが、いざ実際に呼ばれてみるとこそばゆいなんとも言えない感覚がある。

「……時間、だいじょうぶ?」

「んーと……そろそろ出るか。まだ時間はあるけどロル爺のところに時計を取りに行かなきゃだし」

「うん。分かった」

 アイリスはそう言うとベットから立ち上がる。その瞬間、何にも隠されていない彼女の綺麗な肌が顕になる。

「ってちょっ……! 毛布か何かで隠しなさい! はしたないでしょ!!」

 反射的にそんなアイリスから目を逸らして足元にある毛布を無理やり持たせる。

「……なんで今更恥ずかしがるの? この部屋には私とファイクしかいなんだから別に問題ない……というかファイクにはもっと、ちゃんと見て欲しい」

 俺の反応が気に食わなかったのかアイリスは毛布を床に投げ捨て、再びベットに身を預けて肌を近づけてくる。

「ちょっ……やめなさい! あまり卒業したて刺激するんじゃありません! 卒業したからと言ってまだ気持ちはアオハルなんだよ!?」

「……何を言ってるかわかんない。何なら私は今から夜の続きをしてもいいんだよ? 昨日は気づいたら寝ちゃったし、まだ全然ヤリ足りなかったし……」

「……はーい、そこまでー! 女の子が余り「ヤル」とか言わないでね~? よーし! 今日も一日元気に頑張ろう!!」

 ずいずいと身を寄せてくるアイリスの肌を影で隠して彼女を再び立たせる。

 色々と嬉しい大胆発言をしてくれる嫁さんだ。
 朝からおっ始めるというのはなかなか素敵な提案だが、それでは今日の予定が大幅にずれ込む可能性が高くなる。
 それは回避しなければ。

「……分かった。朝は我慢する。けど、夜はちゃんと構ってね?」

「っ……わ、わかったよ」

 破壊力が高すぎるオネダリに吐血しそうになりながらもそう答えて、身支度を始める。

「あっ……ファイク、ちょっと来てくれる?」

「ん? なに?」

 ベットから立ち上がり大きく伸びをしていると、ちょいちょいとアイリスに手招きされる。

 その手招きに誘われ彼女に近づくと突然左手を掴まれる。

「パーってして」

「パー……っと、これでいい?」

「うんっ。これでよし」

「え?」

 アイリスの言われるがままにしていると左手の薬指に何かがはめられた感覚がする。
 彼女に手を離されて左手の薬指を見れば、そこには彼女の左手薬指にはめられているペアリングの片割れがあった。

「私だけはめてもらうのは悪いからお返しです! これでお揃いですね旦那様!!」

 今まで見たどの笑顔よりも綺麗に、アイリスは懐かしい呼び方で俺を呼びながら微笑んだ。

 最後の敬語。
 その笑顔に改めて心奪われたのは彼女には秘密にしておこう。
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