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第一章 大迷宮クレバス

8話 最後のケジメ

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 太陽が最後の輝きを見せる夕暮れ時、大迷宮クレバスの出入口には本日の迷宮攻略を終えた探索者達がぞろぞろと出てくる。

 疲労感を吐露するものや、希少なドロップアイテムが落ちたことに喜ぶもの、迷宮攻略が上手くいかず機嫌の悪いもの、彼らの表情は様々であった。

 "これから何処に行こうって言うんだ? 今日は宿屋で惰眠を貪るんじゃなかったか?"

「ッ!?…………」

 突然、脳内に『自称賢者』のスカー・ヴェンデマンの声が聞こえてきて驚く。

「……」

 直ぐに自分の影を見て、スカーがまた話しかけてきたのかと思うが影に変化はない。

 "今俺はお前の頭の中に直接話しかけている。お前もわざわざ口に出さんでも頭の中で言いたいことを考えれば俺に伝わる"

 再びスカーの声が脳内に響く。

 "……分かってる。まだ慣れてないだけだ"

 全然慣れる気のしない感覚に俺は顔を顰めながら答える。

 さっき聞かされて、さっき初めてやった事を直ぐに慣れろという方が無理な話だ。

 以心伝心と言うと遺憾ではあるが、俺とスカーはこうして直接言葉を発することなく会話が可能らしい。
 影を介しての感覚の共有、意志の伝達、強すぎる自我の緩和うんぬん……スカーは長々と説明をしていたが全く理解できなかった。

 "それで? 惰眠はいいのか?"

 少しばかり動転していた気を深呼吸をして落ち着かせていると再び同じ質問が響く。

 胸ポケットに忍ばせていた懐中時計を取り出して時刻を確認すると針はちょうど午後6時を知らせている。
 もう少しすれば見覚えのある顔が迷宮から出てくるだろう。

「惰眠は後だ。やることが決まったんなら面倒事はさっさと終わらせたいんでね」

 無意識に言葉を発して影に答える。

 傍から見れば大きな声で独り言をしているヤバいやつ。
 すれ違う人がこちらを変なものを見るようにチラ見してくる。

 "そうか『覚悟が決まった』とは言っていたがもう行動するのか。いつも俺が影の中から見ていたお前はそんな直ぐに行動に移すような人間ではないと思っていたが勘違いだったか?"

「……別にその通りなんじゃねえか? これはお前と話す前に決めてたことだ、それに加えてさっきの話でさらにこの面倒事を早く片付ける重要性が高まっただけの話だ」

 茶化してくるスカーに俺はまたも声に出して反応する。

「……」

 次にすれ違う人と目線がかち合い、自分の今の状況を思い出す。

 大きめな声で独り言ちるヤバいやつ。

 変人のレッテルを貼り付けるには充分な内容だ。

 "早くなれた方がいいぞ?"

 "……分かってる"

 大きなため息をつきながら肩を落とし項垂れる。

 マジで慣れよう。
 変な目で見られても平気だとか思ってたけど、実際に向けられてみると結構メンタルにくる……。

 滅入った気を誤魔化すために再び迷宮の出入口に視線を戻す。

 するとそこには見慣れた探索者達の影と、ここからでも聞こえてくる煩い声。

「いやー、荷物ありませんでしたね~」

「うむ、てっきり死んだと思って荷物を取りに最深層に行っては見たが何も無いどころか、昨日の宝部屋にもたどり着けんとはな……」

「あーんもう! 私アイツに結構荷物預けてたのにどうしてくれてんのよ!!」

「僕もですよ、ホントに困ったもんです! これでもし他の探索者達に僕たちの荷物を盗まれでもしていたら一生アイツを憎みます! ですよねマネギル!?」

「……ああ」

 それは昨日俺を最深層で見捨てたSランククランの『獰猛なる牙』の面々だ。

 どうやらあの口ぶりからするとアイツらはあの時、俺を置いていった事を何とも思っていないらしい。
 まあ別に分かりきっていたことではあるが、分かっていても腹は立つ。

 俺は眉間に立った青筋を何とか隠して、煩い声がする方へ向かう。

 一歩ずつ覚悟を確かめるかのように、アイツらの顔を忘れまいとしっかりと目を据え、奴らへと近づく。

 向こうも俺に気づいたのか、耳に残る卑しい声で喚きながら俺を睨みつけてくる。

 おいおい、お前らにそんな顔をする権利は無いだろう。どんな心境があってそんな被害者面できるんだよ?
 どっちかと言えば俺が被害者だろうが。

 唯の一人以外、一生懸命、親の仇のよう俺を睨みつけてる。
 そんな奴らと相対し、思うことは尽きない。

 まあ、俺にもそんな権利なんてのは鼻からないんだけどな。

 互いに利用し合った結果だ。
 それ相応のリスクは覚悟をしている。
 少なくとも俺はそう自分に言い聞かせて、無理やりにしまい込んだ怒りをまた抑える。

 何も考えないのであれば俺は直ぐにでも奴らの胸ぐらを掴んで叱責の一つでもしてやりたいが、それでは奴らと同レベルだ。

「ファイク! お前生きてたのか! 生きてたならなんで今日は迷宮に来なかったんですか!?」

 互いの顔がしっかりと見える距離まで近づいたところでロウドが詰問してくる。

「そうよ! 私たちに無駄足踏ませて、アンタ何様のつもりよ!?」

 そんな大声で叫ばなくても聞こえるというのにロールは煩い声で喚く。

「無断で休んだことは頂けんが、生きていたのならば問題なかろう。昨日の宝の山やわしらの荷物は安全だ、そうだろファイク?」

 一転して冷静に俺に声をかけてくるハロルド。

「……」

 昔からの反射で無理やり笑顔を作り、謝ろうとするが直ぐにそれを止める。

 嫌と言うほど染み付いた下僕的思考を今、この場で捨て去り、俺はそのどの言葉にも答えない。

「なっ……! ファイクの癖に無視するんですか!?」

 何も答えない俺を見てロウドはさらに激昂するが知ったことではない。

 俺が見据えるのは未だ口を開こうとしない紅い鎧の男だけ。

「っ……」

 その男と目が合うと男は少し息を詰まらせたように苦しそうな顔をする。

 コイツだけは俺に何か思うことがあるのだろうか?
 いや、有ろうが無かろうがどうでもいい。
 さっさと終わらせよう。

「マネギル、話がある」

「……なんだ」

「俺はこのクランから抜ける」

 短くただその一言だけを目の前の男だけに伝える。

「……な……なに勝手なこと言ってるんですか!? 今日の攻略を無断でサボっといて、いきなり顔を見せたと思ったらクランを止める!? ふざけるのもいい加減にしてください!!」

「全くよ! 私たちの荷物持ちは誰がやんのよ!? 運ぶことしかできないアンタをこのクランに入れてあげたのは私たちよ!!」

「全くだのう。これまで無能のお前をモンスターから守ってきたワシらに恩義を全く返さずクランを去る気か? お前にはワシらに一生をかけてその恩を返す義務があるのではないかの?」

 しかし、俺の言葉に答えたのは目の前の男ではなく、周りを飛ぶ煩い取り巻き達だった。

 勝手な事を言っているのはどっちだ?
 互いに利用していたのだ、感謝だの恩義だのそんなのは言いこっなしだ。それに俺はお前たち三人にこのクランに入れてもらった覚えはない。

「……」

 俺は再び三人を無視してマネギルの返事を待つ。

「……それでいいんだな?」

 長い沈黙の後、マネギルは俺の目を見て聞いてくる。

「ああ、それで全部チャラだ。昨日のことや、これまでの全ての事、アイツらが言う貸し借り、全部だ」

 俺はそれから目を逸らさず答える。

「……わかった」

 マネギルは何か思い詰めたように目を閉じると深く頷いた。

「え、ちょっとマネギル!! いいんですか!? こんな勝手なことを許して──」

「──ロウド、少し黙れ」

「ッ! は、はい……」

 マネギルの答えに納得がいかないとロウドが反発しようとするがそれは直ぐに抑え込まれる。

「荷物は全部、今ここで置いていく。それでいいな?」

「ああ」

 マネギルが短く頷いたことを確認して、俺は今まで影の中に入れていたマネギル達の大量の荷物や昨日拾った宝の数々をその辺に出していく。

 到底一人の荷物運びが常時持ち運ぶには不可能な量の荷物の数々。
 替えの魔導武器から防具、食料や回復薬、寝袋や衣料、採掘道具にテーブルや椅子、大きな物から小さな細々とした物まで全部俺は出していく。

 辺り一面を覆い尽くすその膨大な荷物の数々に次第とそれを見つけた道行く人々が野次馬としてギャラリーを作り始めた。

「こ、こんなにありましたっけ?」

「わ、わかんない。てかこんなの宿に持って帰れないわよ……」

「ふむ……」

 次々と影の中から出てくる自分たちの荷物にロウド、ロール、ハロルドの三人は呆然と口を開けるのみばかりだ。

「これで最後だ」

 最後に影の中から昨日持ち帰った宝の数々を地面に放り出して、マネギルに確認させる。

「ああ、確かに全部だ」

「よし、これで言いたいことは言ったし、渡すもんも渡した。探協へのメンバー変更の申請はそっちで確実にやっといてくれ」

 俺は最後にそう言い残してその場から足を動かす。

「あ、おいファイク。昨日の分け前の宝、持っていかないのか?」

 すると直ぐにマネギルは早足で去ろうとする俺を呼び止める。

「あー、すまんマネギル。報酬はもう勝手に貰った、後はお前らの方で分けてくれて問題ない」

 ふと、その言葉で昨日『静剣』に蒼い宝石を渡したことを思い出してそう答える。

「まだ持って行っても……いや、そうか。わかった。呼び止めてすまん」

「……大丈夫だ。それじゃあなマネギル」

 短く答えて俺は背中越しに紅い鎧の男だけに手を振る。

「ああじゃあな……今までありがとうファイ──」

 大量に並べられた宝石の数々を見ようと無駄に集まったギャラリー達に道を開けるようにお願いしてその場を後にする中、久しぶりに奴の口からそんな言葉が聞こえたような気がした。

 こちらこそだ、マネギル。

 ・
 ・
 ・

「ちょっとマネギル! どういうことですか!? ファイクが荷物持ちをしなかったら誰がこの大量の荷物を運ぶんですか!! せっかく運良く生き残って馬鹿みたいに顔を見せたのに……アイツの荷物運びとしての能力はとても便利なものです! 難癖つけてでも引き止めて──」

 久しぶりに見た友人の背中を見届けると、ロウドはこちらに詰め寄ってきた。

「運良く生き残ったからだろ。俺らは一度アイツを見捨てて、殺した。俺たちはアイツに何も言えない、違うか?」

「ッ……そ、そんなのアイツがあの時勝手にヘマしただけで自業自得じゃないですか!」

「そうよそうよ!」

 どれだけ理由を並べようとロウド達は納得が行かないようだ。

 それに少しばかりの苛立ちを覚える。

「仮にロウドの言う自業自得だとしても俺たちにもうアイツの力入らない」

「ど、どういうことですか?」

「これだ」

 俺はコイツらを納得させるためにファイクが置いていった荷物の山から一つの直径30cmの丸い筒状の魔導具を拾って見せる。

「それはなんだのう?」

 それを見ても理解ができないハロルドが聞いてくる。

「これは収納魔法が刻まれた簡易魔導具インスタントマジックだ。これだけ言えばもう十分だろ?」

 俺の言葉を聞いたロウド達は口をあんぐりと開けて驚く。

「つ、ついに見つけたんですねマネギル……!!」

「ああ、昨日の探索で見つけたのは分かっていた。これで変なリスクを追わずに探索ができる。違うか?」

「なるほど! これでもさっきのマネギルの態度も納得がいったわ!!」

 突然の魔導具の登場にロウド達は大喜びする。

 それはずっと探し求めていた『収納魔法』が刻まれた簡易魔導具インスタントマジックだから当然の事だろう。

 市場でも滅多に出ることの無い。幾ら大金を叩いても足りない。全世界の探索者が喉から手が出るほど欲しい簡易魔導具インスタントマジックを手に入れることができたのだから。

 ……これで少しは罪滅ぼしになっただろうか?

 もう既にファイクの事を忘れて、依然として魔導具に大喜びしてはしゃいでいるロウド達を見て思う。

 いつからあんな事になってしまったのか?

 最初はアイツと二人で作ったクランだったはずだ。

 いつの間に俺はこんなどうしようもなく屑で悍ましい、汚い人間になってしまったのか?

「……」

 考え、懺悔したところでもうアイツは俺の事を友とは呼んでくれない。

 俺はしてはならない過ちを冒してしまった。
 初めてできた『仲間』と呼べたアイツを裏切ってしまった。

 ならばこれは俺が最低限できるアイツを送り出すための手向けだ。

 不十分で、とてもこんなことで許されるとは思ってない。
 ……それでも最後に言えてよかった。

「頑張れよ、ファイ」

 もう姿は見えないかつて友だったそいつに改めて言葉を送る。
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