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勇者

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彼は私達に対して思考操作を行ったのだろう。私には何の影響もなかったが他の者は大丈夫だろうか?

振り返ってみると全員キョトンとした顔をして固まっていた。念の為《過剰分泌》させた泉の水を用意したが、必要なさそうだ。

「何?そんな事を急に言われても分からないよ?」
「この人頭がどうかしてるです」
「ハル様、やっつけちゃっていいですか?」

芽依は困惑し、マイは呆れた様子。エレは背中の大剣を抜いて構えている。

「き、効かない……だと!?」

私達のパーティはおろか同行していたライズ達、中隊の者も誰一人掛かっていない。

「貴様ァ……何のつもりだ?我が従うのはハル様のみ。くだらん世迷言で我らを惑わせたつもりか?」

トコヤミは怒気を含んだ低い声でコースケに聞く。

「どうやら君の力は僕達には効かないみたいだ。さてどうする?戦うと言うなら僕達全員が相手をするよ?」
『こんな人間やっつけましょう!』

颯太は穏やかに口調で話しているが目は笑っていない。カナエも颯太の肩に止まったまま怒っていた。

「ハルさん、彼の力は脅威だけど俺達には効かないみたいだ。でもここで戦うとなると敵が多過ぎる」

セロは剣を抜かずに柄に手を掛けたまま周囲を見渡して言った。リンとミラも寄り添う様にして周囲を警戒している。

既にエレが剣を抜いてしまっている。周囲の騎士、兵士達は全員武器を構えているがトコヤミの気迫に圧されて少しずつ後退っていた。

「ハルさん、ここで戦いますか……?」

アルも杖を構えていつでも魔法の詠唱に入れる状態だ。

「くっ……!この者達を殺せ!今すぐにだ!」

そう言って城の中に逃げていくコースケ。

ここで逃すと後々厄介な事になりそうだ。一番有効な追撃方法で追い詰める事にする。

「イヒカ、ククノチ、シラヒ」
「「「はい、お母様」」」

呼び掛けに応じて氷、植物、光の精霊の三人が現れる。

「颯太の指示に従って」
「母さんは彼を追いかけるんだね?」
「ええ。みんなの事をお願いね」
「気を付けて」

颯太は三人の精霊に「出来るだけ殺さない様に、拘束優先で」と指示を出していた。

トコヤミを取り囲んでいた騎士、兵士が雄叫びを上げながら突撃してくる。先程の能力発動で術に掛かっているのだろうか。

コースケを捕らえたら直ぐに戻ってこなければ。

私は《遠隔視野》と《瞬間移動》を使って城の廊下を走るコースケの前に転移する。

「ひぃっ!?どうやって先回りを!?」
「知る必要はありません」
「こんな所でやられてたまるか!出てこい!」

コースケが叫ぶと地面が大きく振動を始める。それは立っていられない程のもので思わず壁に手をついていた。と、突然壁が崩れて無くなる。そこにはギザギザの歯をした巨大な口が私を飲み込もうとこちらに向かって来ていた。

地下で倒したケイヴワームよりは小さいが、それでも私を丸呑みするには十分な大きさだ。

「ワダツミ!」
「はい!」

ワダツミは現れると同時に事態を瞬時に理解して大量の水をケイヴワームの口に流し込む。

そうしている間に足元も崩れていく。
今度は下から……?これは避けられない。

足場を失って私とワダツミは落下する。
ワダツミは私を抱き寄せて護ろうと必死になっている。

「母上ー!!」

廊下の壁にあった燭台の蝋燭の火が大きく吹き上がり、そこからカグツチが現れると下で大口を空けていたケイヴワームに向かって勢いよく飛んでいき拳を叩きつけた。

ケイヴワームは頭を殴りつけられて数メートル縮み、その後に巻き起こった炎に飲み込まれていった。

落下する私達を支えてくれる者がいる。ミカヅチだ。

「あなた達……どうやって?」
「母上の危機に駆け付けたんだぜ。無事か?」
「ええ。ありがとう」

ミカヅチはワダツミと私を抱えたまま壁を蹴って廊下に戻る。

「……ごめんなさい。助かりました」
「お前が母上の危機を知らせたんだぜ?よくやったな!」

ミカヅチはそう言ってワダツミの頭を乱暴に撫でる。ワダツミは不満そうだったが何も言わずにされるがままになっていた。

「さて、まだ隠し球があるか?俺達が全て打ち砕いてやる」

穴から飛び出して来たカグツチは全身に炎を纏わせたままコースケの方へと歩いていく。

彼は戦意を完全に失ってその場に座り込んでいた。
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