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勇者

我慢

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馬車の中は豪華な装飾がされていて、向かい合わせに大人の男性が三人ずつがゆったりと座れる広さだ。

私の横にはエリオットがピッタリと座っている。
対面にはドルフと昨晩戦った魔術師が座っている。

「離れてもらえませんか?」
「今日は一日案内をしてくれるのだろう?いいじゃないか」

肩に手を回し抱き寄せながら言うエリオット。左手で私の髪を弄びながら笑みを浮かべていた。

……不愉快だわ。芽依の言う通り引っ叩いてやろうかしら。

馬車は駐屯所へと進んでいく。

馬車が止まると扉が開き外に出る。
流石に肩を抱いたりはして来ない。

「お待ちしておりました」

兵士達十数名が直立して出迎える。
代表して声を掛けてきたのはハーツで、私を見て目を見開いていたがすぐに表情を消した。

「ご苦労。楽にしていいよ」
「は」
「君達は内乱の時に領主軍に加わって戦ってくれたそうじゃないか」
「は。我々はこの地を護る為におります故、他国に売り渡す様な真似は出来ません」

ハーツは直立したまま答える。正面に向けたままエリオットに視線を合わせる事もない。

「でもさ、それって上官の命令に逆らったって事だよね?」
「そうですが、我々はこの地を護る為にいるのです」
「僕が言いたいのは、ちゃんと命令を聞けるかって事だよ。君達兵士は死ねと命令されたら死ななくちゃならないんだ。軍ってそう言うものだろう?」

ハーツは何も言わなかった。
無表情を貫いているつもりだろうけど顔は怒りで上気していた。

ハーツは動揺で視線が泳いで目が合った。そして私の首元に着いている金属の輪を見て驚き、思わずこちらに身体を向けていた。

「どうしたんだい?」
「いえ、失礼しました!」

ハーツの様子を見て満足気に笑うエリオット。

「……一つ、お聞きしても宜しいですか?」
「いや、駄目だね。じゃあ行こうか」

そう言って馬車へ戻ろうとするエリオット。

「お待ちください。視察はされないのですか?」
「うん。もういいでしょ。次に行こうよ」

そう言って私の肩を抱いて馬車へと向かう。

ハーツを見ると怒りの表情を浮かべて私達の方へ向かおうとしているが周りの兵士達に止められていた。

ごめんなさい。後で事情を説明に行くわ。

馬車に乗せられるとそのまま発車。

「さて、次は何処に行こうか?」
「殿下、視察は真面目にやってください」
「それはお願いかい?」
「これは視察なのでしょう?ご自身の職務を全うしてください」

そう言ってもエリオットは横に座って私の髪を弄んで笑っているだけだ。

「君の髪、すごくいい匂いがするね。どんな手入れをしているんだい?」
「特に匂いのするものは付けていませんよ」
「じゃあこの香りは君の匂いなんだね」

……不愉快だわ。

次に向かったのは冒険者ギルド。
ホールには冒険者はおらず、騎士が数名立っていた。

どうやら先回りをしてホールにいた冒険者達を追い払ったのだろう。

受付にはリフィナがいて、恭しくお辞儀をしていた。

「昨日は手荒な真似をしてすまなかったね」
「いえ、こちらこそご無礼をお許しいただき誠にありがとうございました」

リフィナは目を伏せたまま淡々と言う。

「冒険者はこんな汚い所に集まっているのかい?」
「はい。殿下のお出でになられる様な所ではございません」

リフィナの声は冷静そのものだ。

「ハルもここに?」
「はい。しかし毎日掃除をしてくださっている方もいらっしゃいますので汚くはありません」

私も無表情で答える。
この男は文句を言う事しか出来ないのだろうか?

「冒険者はいないのかい?」
「訓練場に居ますが、殿下が行く様な所ではありません」
「まあまあ、少し見せてもらおうかな」

私の手を取って訓練場へと進んでいく。

全く困ったものだ。

訓練場では芽依達が戦闘訓練をしている。今は芽依とセロが模擬戦をしていた様だ。

「君達は昨日の、ハルの仲間だね」
「うわっ……」

芽依は露骨に嫌そうな顔をする。

「君のその剣、素晴らしいじゃないか」

セロの剣を見るなり近付いていく。

「ありがとうございます」
「その剣、譲ってくれないか?」

また無茶苦茶を言って……

「申し訳ありません。この剣は所有者だけしか扱う事が出来ない剣らしくて、お譲りする方法が分かりません」
「簡単だよ」

笑顔で更に近付いていくエリオット。

「君が死ねばその剣の所有者は居なくなる」

セロに身体をぶつけながら言うエリオット。
驚きながらエリオットの顔を見て固まっているセロ。

滴る赤い液体。

エリオットの手には短剣が握られていた。
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