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勇者

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夕方になるとジェイドが『白い蝙蝠亭』にやって来て食事を始める事になった。
ラティーシアが支払いはしなくていいと言ったが、ジェイドが「今日は俺の奢りだから」とそれを断り、彼が全額払うそうだ。

食事をとりながら昼間の出来事を話す。

「そいつは災難だったな。街に来ているのは第二王子のエリオットらしい。奴は俺達平民を自分達王族の所有物だと思っているらしい。だから街で気に入った女を連れ去ったりしているそうだぞ。連れて行かれなくて良かったな」

どうやらとんでもない男の様だ。

「駐屯兵団の反乱とウルゼイドとの協定の件で視察に来ているらしいぜ。そんなに長くは居ないだろうから暫くは目立たない様にしておいた方がいい。ハル以外のお嬢さん方もだぞ。何が王子の興味を惹くのか分からない以上、目に留まらない様にしておいた方がいい」

ジェイドの言う通りだ。気分で誘拐紛いの事をする者の前には出ない方がいい。

「……ハルさん」

ラティーシアが険しい表情で声を掛けてくる。
王子が不快でその顔をしているわけではない。どうやら何かあった様だ。

「どうしました?」
「宿の周りに不審な者が複数人います」

《遠隔視野》を使って宿屋の周りを確認する。

入り口付近に六人。二人は冒険者ギルドの職員だ。何度か会ったことのある青年ともう一人は中年の男。こちらも受付に立っているのを見た事がある。
あとの四人は全身黒ずくめで覆面までしている。明らかな不審者だ。

そして宿屋の屋根の上に二人、少し離れた所に二人ずつこちらも黒ずくめに覆面姿。屋根の上の者は弓矢を、それ以外は短剣で武装している。

「確認しました。黒ずくめの者が十人、冒険者ギルドの受付の人が二人です」

簡単に配置を説明する。

「まさかラティーシアさん達の素性が知られちゃったのかな……?」

芽依が身をすくめながら聞いてくる。

「可能性はゼロでは無いけど、多分私に用があって来たのだと思うわ」

黒ずくめの身のこなしを見る限り、かなり戦闘経験を積んでいる者だろう。
例の王子の手の者だろうか。居場所を突き止めるのが早い。

「あちらの出方次第だけど、もし戦闘になったらラティーシアさんとイシュリアさんは逃げてください」
「いえ、私達も戦います。お客様を護るのも宿屋の仕事です」

ラティーシアはそう言って微笑む。

「分かりました。あちらが仕掛けてくるまで攻撃はしないでください」

《遠隔視野》で入り口のギルド職員の様子を見る。

二人は後ろにいる黒ずくめ達に急かされていた。互いに顔を見合わせて頷くと扉をゆっくりと開ける。

「いらっしゃいませ」

ラティーシアはいつもと変わらない様子で声を掛ける。

「こんばんは。冒険者ギルドの者だけど、ハル達に用事があってきたんだ」

中年男性の方がそう言って食堂の方へと歩いてくる。青年は扉の所に立ったままだ。

「私達にご用ですか?」
「ああ。先日の駐屯兵団との一件と例の植物の事で視察に来られているエリオット殿下が話を聞きたいそうだ。伯爵の屋敷まで来てもらいたい」

昼間の捕まえ損ねたのが私達だと知っていての事だろう。
駐屯兵団の件ならセロがチームのリーダーだし、ヴァンパイアソーンの件ならジェイドの名前を出す筈だ。

「今からですか?流石にこんな時間では殿下に失礼では?」
「その殿下が来て欲しいと言っているのだ。……頼むから従ってくれ」

最後の一言は小声で伝えてきた。

応じない場合は隠れている黒ずくめ達が力尽くで連れていくつもりなのだろう。

「分かりました」
「あの木の事なら俺達も行かなくちゃな」
「ええ。内乱についての説明もです」

全員が立ち上がる。

「あの、殿下は私一人に来る様に言ったのではないですか?」
「いや、パーティ全員で来る様にとの事だった」

私一人に来る様に言うのはあからさま過ぎるからだろうか?
それとも何か意図があるのだろうか。

素直に従っている内は武力行使に出てこない様なので、私達は素直に領主の館に向かう事にした。
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