泉の精の物語〜創生のお婆ちゃん〜

人間

歓迎

アインは手際良く兎を捌くと近くにあった枝に刺して、火を起こして焼き始めた。

「慣れているのね」
「これくらい出来ないとね」

そう言いながらベルトに付いていた小さな瓶の様な物を外して、蓋を開けると兎肉に振りかけている。

「塩？」
「そうだよ。他にもスパイスを幾つか持ってる」

何かあった時のための備えとして船乗りは大抵持っているらしい。
スパイスについては解毒作用のある物を中心に持っているのだとか。

生きていく為の知恵という奴だろうか。

カクカミ、メト、颯太やトロール達も調理をする様を初めて見たので興味津々だ。

「その……この獣達は君が飼っているのか？」

背後にある巨大な顔達を恐る恐る見ながら聞いてくる。

「飼っている訳ではないわ。家族よ」

そういえばカクカミとメトはアインの言葉は分かるのだろうか？颯太は話せたけど……

『我らはハル様とソータ様にお仕えする者。アインと言ったな、火の始末は確実に行えよ。火事になっては堪らん』
「しゃ、喋った！？」

どうやらコミュニケーションは取れるみたいね。

『俺はメト、こっちはカクカミ様だ。ハル様が歓迎しているのだから俺達もお前を歓迎するよ』
「あ、ありがとう」

メトは立ち上がって両手を広げて言っている。見方によっては襲われている様にも見えるけど、この子は優しい子だから知らない者にそんな事はしない。

兎が焼き上がったので食べ始めるアイン。

「ハル達も食べるかい？貰い物だけど」
「いいえ、私達は特に食べる必要はないの」

実体化している間は食べたり飲んだりすると回復はするけど、《栄養吸収》を使用すれば同じ効果が得られる。偶に気分で食事を楽しむ事はあったけど。

「ハルとソータは親子？」
「そうよ」「そうだよ」

お腹が空いていたのだろう。食べながら聞いてくるアイン。

「お母さんはいないのかい？」
「何を言っているんだい？母さんはここにいるじゃないか」

キョトンとして聞き返す颯太。アインは肉にかぶりついたまま固まっている。

アインは私が颯太の娘だと思っていたのね。

「颯太が私の息子よ」
「……ハルはいくつなんだい？」

そう言われても数えていたわけではないし、人間だった頃の数万倍は生きている筈だけど。

「少なくともあなたよりは歳上よ」
「そうなのか……」

暫く私の事を見ていたけど、颯太が咳払いをすると我に返って食事を再開する。
ヤシの実の様な果物もナイフで器用に穴を開けて、中の水分を飲んでいる。

「アインはどこから来たの？」
「俺はノイシュヴァル国のミレイニアっていう港町出身で、隣のスレイン国に商取引で船を出していたんだ。」

かなり文明が発達していることが分かったけど、国の名前を聞いても分かるわけもない。

「つまり商船の船乗りだったのね？」
「その通り。ただの雇われだけどね。こんな所に暮らしているのに良く分かるね？」
「母さんは物知りだからね」

颯太は誇らしげだ。

「とにかく、まずは帰る方法を考えないとね」
「そうなんだ。この島には町や村は無いのだろう？船を作ろうにもそんな技術はないし……筏じゃあの海流を抜けるのは無理だろうな」

アインが言うにはこの島の周りにはかなり強い海流があって、一度乗ってしまうと岩礁に叩きつけられて船はバラバラになってしまうらしい。
アインの乗る船は不運にも嵐で流されて海流に捕まってしまったのだとか。

「とにかく船を作ってみるしかないな」
「手伝うわ」
「ありがとう。助かるよ」

ニコリと笑顔を返してくるアイン。良かった、元気を取り戻したみたいね。

「暫くはここで暮らす事になるのだから住処を決めておいた方がいいね」
「それなら泉のそばに住んでもらいましょう。その方が私達も協力し易いし」
「そうしよう」

颯太と相談しあって彼の住処が決まった。
困惑顔の彼をカクカミに乗せるとトロール達にお礼を言って泉へと戻る事にした。