14 / 14
この世界を、好きになろう。
しおりを挟む
────あの夏から、2年が経った。
俺は高校を卒業し、アメリカの大学に行くための最後の準備をしていた。もっと広い世界を見るために、もっと世界を知るために。この命を繋いでくれた人たちのために、この瞳を通して様々な場所を見せると決めた。
もちろん、この町が嫌いなわけじゃない。都会と比べ物にならないほど大好きだ。この町の人や、このあたりの学生と過ごした日々には確かに意味があったし、一人で過ごした日々は自由で大切な時間だった。
────それでも、俺はここを離れると決めたのだ。未来への可能性と価値を、ヤジロウが教えてくれたから。
……暑い、だが今年も過ごしやすい夏だった。開けた窓から、爽やかな風が吹きこんでくる。この町でもう少し、この夏を過ごすのもいいと思った。なんだか、2年しか住んでいないこの部屋も、名残惜しい。
「光輝、アメリカ行きの荷物はまとめたかい? 明日には出発だろ」
「あぁ、父さん。もう準備はできたよ。あとは……」
本当に旅立っていいのか、そんな迷いがここにきてまだある。日本だって、まだ知るべき場所があったんじゃないか。この町だって、俺を必要としていたんじゃないか。
「じゃあ、光輝。ちょっと父さんと話をしようか」
そう言って父さんは、俺の隣に座った。俺もベッドに寄り掛かって座る。体育座りで父さんと二人なんて、なんだか恥ずかしいな。
「まずは恥ずかしい話でもしようか。光輝、水切りのこと魔法だと思ってたんだって?」
「なっ! 2年も前のこと思い出させるんじゃねぇよ、恥ずかしいなぁ!」
……ヤジロウが起こしてきた様々な奇跡。確かにいくつかは魔法だった。スイカを割ったのは、強化の魔法だ。魚を捕まえる方法はあっていても、あんなに捕まえていたのは、存在を隠す魔法で息をひそめて捕まえたからだ。
この家の魔法にも、結構いろいろな種類があるが……どうやら、水切りだけは、ヤジロウの実力で、実際にあるものだと知った。それを勘違いしていたとは……とても恥ずかしいな。
「まぁ、父さんも現代っぽく「魔法」なんて言ってたけど、あれ「秘術」って言うんだね」
「らしいよ、前世の俺によると……ね」
……そう言って、俺は2年前のことを思い出していた。ヤジロウとの別れの後、突然思い立った、アメリカへ行くこと。
「……ひょっとして、まだ考えているのか? 2年前から言ってるだろ。こっちのことは気にしないでいいから、自由に旅してきなさいって」
「でも……なんだか、まだ迷ってて」
────この町に、俺はまた何か置き忘れるんじゃないだろうか。大切なものを、切り捨てたりしてないだろうか。
「そりゃ人間だもん。迷い続けなきゃ、人間らしくないよ」
「そうかな……」
「確かに、突然大切なものを選ばなきゃいけないときはやってくるよ。でも、そこで選ばなかったほうを悔やむんじゃない。選んだほうを誇らなきゃ」
「選んだほうを……誇る」
「そう、アメリカに行くって決意した、二年前の光輝をね」
前世の俺は、選んだことを後悔したんだろうか。いいや、後悔ばかりしていたわけじゃない。きっと前に進む、希望を見つけたはずだ。だからこそこうして、阿藤家は続いてきた。
3回目の災害で失った、たった一人の犠牲者のために生きるだけじゃない。未来を作り、縁を繋げ……死んだその先に希望と理想郷があると信じたんだろう。そしてその信念の元、生き切った。それからその次の目標のために、何百年を旅したんだろう。
……今の俺はどうだろうか。未来に希望と理想を持っているだろうか……いや、まだそれはわからない。俺は今でもこの世界が嫌いだから。
この町は確かに愛した。友情を知った、愛を知った、優しさを知った、自由を知った。それでも、それはこの世界を愛することには通じない。
それはまだ俺が、この世界を知らないからだ。だから、あえて嫌いと言おう。嫌いな世界しか、俺は知らないんだから。
────そして、未来に理想を希望を持つなら……俺はこの世界を、好きになろう────
そんなのは、ずっと先の話かもしれない。この人生に最高の意味を見出すのは、死ぬ時かもしれない。もしかしたら、死んでもなお見つけられなくて、彷徨うかもしれない。
……それでもいいと、今はそう思おう。俺はいつも一人じゃない。きっと俺のそばで、大切な人は同じ景色を見ているのだから。
「そうそう、光輝。2年前に言いそびれたんだけどね、ほら……僕が縁を繋ぐ魔法を使った時あるでしょ?」
「あったね。あれがなきゃ、俺は今ここにいないよ」
「その数日前に、ヤジロウくんが僕のそばに来てくれたことがあるんだ。言いたいことがあるって────」
それは、俺の知らなかった、父さんとヤジロウの会話。今、それを知って何になるのかわからないが……とりあえず聞いておこう。
────うたた寝で、どこか違う場所へ来てしまった。確か病院の椅子に座っていたはずだが、いつの間にか、今暮らしている家の縁側に座っていた。
こんなことができる人間を、僕は一人しか知らない。
「やぁ、ヤジロウ君。数日ぶりだね」
「よぉ、光男。やっぱジジイになったな」
「何回も言わないでくれよ、恥ずかしいなぁー」
他愛もない話から始まる。僕が幼かったころに現れたヤジロウとも、そんな話をした気がする。
……だが、その記憶は再び会うまで消えていた。どうやら、そういう決まりらしい。ヤジロウは阿藤家の子供の前に、夏の3日間だけ現れる。だがそのあとは、縁を切る魔法を使って、子供の記憶を消してしまう。
仮に覚えていたとしても、夢だったと思うだろう。僕だって、再び会うまではあの日々を夢だと思っていた。不自然だった、あのバケツの名前以外は。
「大人には魔法が掛かりにくい。だから今回も長くは話はできない。簡単に話をしようか」
「あぁ、そうだね」
この町に来た時、ヤジロウは僕の前に姿を現した。そこで告げたのは、すべての真実。自分こそが、阿藤家先祖の兄弟であり、この土地に縛られた英雄。そして、光輝が次の英雄として死ぬということ。それらはすべて、光輝には秘密だということ。ざっくりと伝えられたが、それだけでも何となくわかった。
……あぁ、彼は息子の心を、死の運命を、変えようとしているんだなと。
だから今回もそんなことだろう。そして考えるんだ────僕にできることを。
「光輝の記憶は、俺が消した。縁を切って閉じたんだ。毎回のことだよ」
「……本当は、光輝は一度死んでいるんだろ? それをヤジロウが蘇らせた」
「まぁ、そんなところ。全身全霊で何とか生き返らせた。だから、ここに俺がいるのはその残骸かな」
それはすべて、夢だった。記憶は次第に落ち着き、そう処理される。だが、僕は今回ばかりは、それは悪手だと思った。だって、光輝のこの3日間の成長は、泡沫の夢なんかで片づけちゃいけない。
「……なんだよ光男、その目は。ずいぶん言いたいことある感じじゃん」
「いいや、ヤジロウがそうあるべきだと思ったなら、それでいい。だが、本当にそれでいいのか。彼の成長を、君との友情を、夢なんかで片づけていいのか?」
「あー、確かにね……でも、俺は心配なんだ。思い出したら、俺の消滅を悔やむんじゃないかって。最初から俺は、この時代に存在してなかったんだ。だったらそんな幻との友情なんて、夢でいいと思ったんだ」
……心にもないことを。僕はそう言いたかった。本当はこの3日間に一番価値を感じていたはずだ。それを夢と言いたかったのは、自分自身が彼のトラウマの一つとなることを避けたかったからだ。
光輝を思う、残酷な嘘。でも、その価値はまだ、残酷と決まったわけじゃない。
「つまりはこういいたいんだろう。光輝が記憶を思い出せば、魔法が解ける。残っていた最後の力が、完全に消える。だから、もう一度出会うなんてことは叶わない。また会えるような希望を……光輝に残したまま、記憶を消したんだね」
僕はヤジロウを見て、はっきりと告げる。
「その思いが、記憶を思い出したいと願うことに繋がっているんだよ、ヤジロウ。いつも魔法や未来視で計画バッチリな君が、友達を思うことで犯した最大のミスだ」
「この町の守り神やってる英雄に、ミスって言い方はないだろ……」
「本当はヤジロウだって思っているはずだ。光輝と別れたくないって、友達ならそばにいたいって。なら、お互いにけじめをつけるべきだ。不完全な別れじゃない、最上で完璧な嘘じゃない、希望のある別れをするんだ」
……どんな残酷な運命でも、最後に希望が持てるなら、人は前に進める。それを願ったのが、ヤジロウの兄であることは、この阿藤家の文献に残っていた。ならばそれを、現在でやらなくてどうする。
ヤジロウは、今までに見たこともないほど、真剣な顔をしていた。何かを考えているように、僕からは見える。
「……なるほどね。消える前くらい、わがまま言ってもいいか。友達に、死んでも、生まれ変わっても────また会いたいって」
「子供は素直に、自由に、純粋に……それを光輝に教えた君が、一番素直になるべきだ。もう英雄としての役目は終わったんだから」
「そっか……そうする。じゃあ、光男。最後に一つだけ、ずっと先の未来でいい、光輝に伝えてくれないか」
僕は素直に「いいよ」という。夕焼けの光で、だんだん彼の顔が見えなくなっていく。それでも、きっと忘れない。僕が阿藤家に伝わる魔法で、必ず彼の元へ縁を繋ぐ。
「迷って、躓いて、進めない時もあるだろう。その時は、俺と過ごした3日間を思い出してほしい。夢のような日々だったかもしれない。しかしその夏休みのなかで、光輝は確かにヒーローだった。不可能を決め付けるな。最初に願ったあの日のように────自由を求め続けろ」
「────自由を、求め続けろね……」
父さんの話が終わってから、俺はあの夏の3日間を思い出した。最初に願ったのは自由だった。そこからまるでそれを表すかのように、ヤジロウが現れて────そうだ、たとえ夢だったとしても絶対に忘れない。
手に入れたものも、失ったものも多かった、あの3日間。あの日々があったからこそ、俺は過去を受け入れて進める。未来のために忘れたりなんてできない、大切な日々。
その日々を作り、心を救ってくれた彼を、俺は忘れない。
────あの夏休み、君はヒーローだったんだ────
────こうして、二人のヒーローにより危機は去った。これからの世は、完全な人の世となるだろう。
「……なんて、書き残してみたりして。紙も筆もないけどね」
青いマントが、風に揺れる。目の前がまぶしくて、ゴーグルをつける。海パンは少し寒いが、今は耐えよう。何百年も行けなかった、死者の世界へ行く道だ。俺のこの魂は、ようやく前に進む。
「しっかし、こうやって光男の宝物で服装を固めて、あの世に旅立っちゃったわけだけど……光男怒ってないかな」
ちょっと心配にもなる。あのバケツを見たとき結構喜んでたし、無いことに気付いたら、ショックを受けるかもしれない。
「でもまぁ、今の自分にいらないと思ったら、置いていってもいいからね。人生そんなもんさ!」
とまぁ、罪の意識をちょっといい感じのことを言って、薄める。そして、ふと思い立った。
「そうだなぁ、この秘術……最後に一つだけ」
そして俺は何もない空に向かって、手を広げる。そして、心の底から強く願った。だが……どうやらそれはいらなかったらしい。
「────なんだ、俺の言葉。しっかり届いてんじゃねぇか。縁は切れないってか」
それがわかれば満足だ。俺は笑顔で、光の中へ進んでいく。俺の旅も、光輝の旅も……ここから始まるのだから。
終わり
俺は高校を卒業し、アメリカの大学に行くための最後の準備をしていた。もっと広い世界を見るために、もっと世界を知るために。この命を繋いでくれた人たちのために、この瞳を通して様々な場所を見せると決めた。
もちろん、この町が嫌いなわけじゃない。都会と比べ物にならないほど大好きだ。この町の人や、このあたりの学生と過ごした日々には確かに意味があったし、一人で過ごした日々は自由で大切な時間だった。
────それでも、俺はここを離れると決めたのだ。未来への可能性と価値を、ヤジロウが教えてくれたから。
……暑い、だが今年も過ごしやすい夏だった。開けた窓から、爽やかな風が吹きこんでくる。この町でもう少し、この夏を過ごすのもいいと思った。なんだか、2年しか住んでいないこの部屋も、名残惜しい。
「光輝、アメリカ行きの荷物はまとめたかい? 明日には出発だろ」
「あぁ、父さん。もう準備はできたよ。あとは……」
本当に旅立っていいのか、そんな迷いがここにきてまだある。日本だって、まだ知るべき場所があったんじゃないか。この町だって、俺を必要としていたんじゃないか。
「じゃあ、光輝。ちょっと父さんと話をしようか」
そう言って父さんは、俺の隣に座った。俺もベッドに寄り掛かって座る。体育座りで父さんと二人なんて、なんだか恥ずかしいな。
「まずは恥ずかしい話でもしようか。光輝、水切りのこと魔法だと思ってたんだって?」
「なっ! 2年も前のこと思い出させるんじゃねぇよ、恥ずかしいなぁ!」
……ヤジロウが起こしてきた様々な奇跡。確かにいくつかは魔法だった。スイカを割ったのは、強化の魔法だ。魚を捕まえる方法はあっていても、あんなに捕まえていたのは、存在を隠す魔法で息をひそめて捕まえたからだ。
この家の魔法にも、結構いろいろな種類があるが……どうやら、水切りだけは、ヤジロウの実力で、実際にあるものだと知った。それを勘違いしていたとは……とても恥ずかしいな。
「まぁ、父さんも現代っぽく「魔法」なんて言ってたけど、あれ「秘術」って言うんだね」
「らしいよ、前世の俺によると……ね」
……そう言って、俺は2年前のことを思い出していた。ヤジロウとの別れの後、突然思い立った、アメリカへ行くこと。
「……ひょっとして、まだ考えているのか? 2年前から言ってるだろ。こっちのことは気にしないでいいから、自由に旅してきなさいって」
「でも……なんだか、まだ迷ってて」
────この町に、俺はまた何か置き忘れるんじゃないだろうか。大切なものを、切り捨てたりしてないだろうか。
「そりゃ人間だもん。迷い続けなきゃ、人間らしくないよ」
「そうかな……」
「確かに、突然大切なものを選ばなきゃいけないときはやってくるよ。でも、そこで選ばなかったほうを悔やむんじゃない。選んだほうを誇らなきゃ」
「選んだほうを……誇る」
「そう、アメリカに行くって決意した、二年前の光輝をね」
前世の俺は、選んだことを後悔したんだろうか。いいや、後悔ばかりしていたわけじゃない。きっと前に進む、希望を見つけたはずだ。だからこそこうして、阿藤家は続いてきた。
3回目の災害で失った、たった一人の犠牲者のために生きるだけじゃない。未来を作り、縁を繋げ……死んだその先に希望と理想郷があると信じたんだろう。そしてその信念の元、生き切った。それからその次の目標のために、何百年を旅したんだろう。
……今の俺はどうだろうか。未来に希望と理想を持っているだろうか……いや、まだそれはわからない。俺は今でもこの世界が嫌いだから。
この町は確かに愛した。友情を知った、愛を知った、優しさを知った、自由を知った。それでも、それはこの世界を愛することには通じない。
それはまだ俺が、この世界を知らないからだ。だから、あえて嫌いと言おう。嫌いな世界しか、俺は知らないんだから。
────そして、未来に理想を希望を持つなら……俺はこの世界を、好きになろう────
そんなのは、ずっと先の話かもしれない。この人生に最高の意味を見出すのは、死ぬ時かもしれない。もしかしたら、死んでもなお見つけられなくて、彷徨うかもしれない。
……それでもいいと、今はそう思おう。俺はいつも一人じゃない。きっと俺のそばで、大切な人は同じ景色を見ているのだから。
「そうそう、光輝。2年前に言いそびれたんだけどね、ほら……僕が縁を繋ぐ魔法を使った時あるでしょ?」
「あったね。あれがなきゃ、俺は今ここにいないよ」
「その数日前に、ヤジロウくんが僕のそばに来てくれたことがあるんだ。言いたいことがあるって────」
それは、俺の知らなかった、父さんとヤジロウの会話。今、それを知って何になるのかわからないが……とりあえず聞いておこう。
────うたた寝で、どこか違う場所へ来てしまった。確か病院の椅子に座っていたはずだが、いつの間にか、今暮らしている家の縁側に座っていた。
こんなことができる人間を、僕は一人しか知らない。
「やぁ、ヤジロウ君。数日ぶりだね」
「よぉ、光男。やっぱジジイになったな」
「何回も言わないでくれよ、恥ずかしいなぁー」
他愛もない話から始まる。僕が幼かったころに現れたヤジロウとも、そんな話をした気がする。
……だが、その記憶は再び会うまで消えていた。どうやら、そういう決まりらしい。ヤジロウは阿藤家の子供の前に、夏の3日間だけ現れる。だがそのあとは、縁を切る魔法を使って、子供の記憶を消してしまう。
仮に覚えていたとしても、夢だったと思うだろう。僕だって、再び会うまではあの日々を夢だと思っていた。不自然だった、あのバケツの名前以外は。
「大人には魔法が掛かりにくい。だから今回も長くは話はできない。簡単に話をしようか」
「あぁ、そうだね」
この町に来た時、ヤジロウは僕の前に姿を現した。そこで告げたのは、すべての真実。自分こそが、阿藤家先祖の兄弟であり、この土地に縛られた英雄。そして、光輝が次の英雄として死ぬということ。それらはすべて、光輝には秘密だということ。ざっくりと伝えられたが、それだけでも何となくわかった。
……あぁ、彼は息子の心を、死の運命を、変えようとしているんだなと。
だから今回もそんなことだろう。そして考えるんだ────僕にできることを。
「光輝の記憶は、俺が消した。縁を切って閉じたんだ。毎回のことだよ」
「……本当は、光輝は一度死んでいるんだろ? それをヤジロウが蘇らせた」
「まぁ、そんなところ。全身全霊で何とか生き返らせた。だから、ここに俺がいるのはその残骸かな」
それはすべて、夢だった。記憶は次第に落ち着き、そう処理される。だが、僕は今回ばかりは、それは悪手だと思った。だって、光輝のこの3日間の成長は、泡沫の夢なんかで片づけちゃいけない。
「……なんだよ光男、その目は。ずいぶん言いたいことある感じじゃん」
「いいや、ヤジロウがそうあるべきだと思ったなら、それでいい。だが、本当にそれでいいのか。彼の成長を、君との友情を、夢なんかで片づけていいのか?」
「あー、確かにね……でも、俺は心配なんだ。思い出したら、俺の消滅を悔やむんじゃないかって。最初から俺は、この時代に存在してなかったんだ。だったらそんな幻との友情なんて、夢でいいと思ったんだ」
……心にもないことを。僕はそう言いたかった。本当はこの3日間に一番価値を感じていたはずだ。それを夢と言いたかったのは、自分自身が彼のトラウマの一つとなることを避けたかったからだ。
光輝を思う、残酷な嘘。でも、その価値はまだ、残酷と決まったわけじゃない。
「つまりはこういいたいんだろう。光輝が記憶を思い出せば、魔法が解ける。残っていた最後の力が、完全に消える。だから、もう一度出会うなんてことは叶わない。また会えるような希望を……光輝に残したまま、記憶を消したんだね」
僕はヤジロウを見て、はっきりと告げる。
「その思いが、記憶を思い出したいと願うことに繋がっているんだよ、ヤジロウ。いつも魔法や未来視で計画バッチリな君が、友達を思うことで犯した最大のミスだ」
「この町の守り神やってる英雄に、ミスって言い方はないだろ……」
「本当はヤジロウだって思っているはずだ。光輝と別れたくないって、友達ならそばにいたいって。なら、お互いにけじめをつけるべきだ。不完全な別れじゃない、最上で完璧な嘘じゃない、希望のある別れをするんだ」
……どんな残酷な運命でも、最後に希望が持てるなら、人は前に進める。それを願ったのが、ヤジロウの兄であることは、この阿藤家の文献に残っていた。ならばそれを、現在でやらなくてどうする。
ヤジロウは、今までに見たこともないほど、真剣な顔をしていた。何かを考えているように、僕からは見える。
「……なるほどね。消える前くらい、わがまま言ってもいいか。友達に、死んでも、生まれ変わっても────また会いたいって」
「子供は素直に、自由に、純粋に……それを光輝に教えた君が、一番素直になるべきだ。もう英雄としての役目は終わったんだから」
「そっか……そうする。じゃあ、光男。最後に一つだけ、ずっと先の未来でいい、光輝に伝えてくれないか」
僕は素直に「いいよ」という。夕焼けの光で、だんだん彼の顔が見えなくなっていく。それでも、きっと忘れない。僕が阿藤家に伝わる魔法で、必ず彼の元へ縁を繋ぐ。
「迷って、躓いて、進めない時もあるだろう。その時は、俺と過ごした3日間を思い出してほしい。夢のような日々だったかもしれない。しかしその夏休みのなかで、光輝は確かにヒーローだった。不可能を決め付けるな。最初に願ったあの日のように────自由を求め続けろ」
「────自由を、求め続けろね……」
父さんの話が終わってから、俺はあの夏の3日間を思い出した。最初に願ったのは自由だった。そこからまるでそれを表すかのように、ヤジロウが現れて────そうだ、たとえ夢だったとしても絶対に忘れない。
手に入れたものも、失ったものも多かった、あの3日間。あの日々があったからこそ、俺は過去を受け入れて進める。未来のために忘れたりなんてできない、大切な日々。
その日々を作り、心を救ってくれた彼を、俺は忘れない。
────あの夏休み、君はヒーローだったんだ────
────こうして、二人のヒーローにより危機は去った。これからの世は、完全な人の世となるだろう。
「……なんて、書き残してみたりして。紙も筆もないけどね」
青いマントが、風に揺れる。目の前がまぶしくて、ゴーグルをつける。海パンは少し寒いが、今は耐えよう。何百年も行けなかった、死者の世界へ行く道だ。俺のこの魂は、ようやく前に進む。
「しっかし、こうやって光男の宝物で服装を固めて、あの世に旅立っちゃったわけだけど……光男怒ってないかな」
ちょっと心配にもなる。あのバケツを見たとき結構喜んでたし、無いことに気付いたら、ショックを受けるかもしれない。
「でもまぁ、今の自分にいらないと思ったら、置いていってもいいからね。人生そんなもんさ!」
とまぁ、罪の意識をちょっといい感じのことを言って、薄める。そして、ふと思い立った。
「そうだなぁ、この秘術……最後に一つだけ」
そして俺は何もない空に向かって、手を広げる。そして、心の底から強く願った。だが……どうやらそれはいらなかったらしい。
「────なんだ、俺の言葉。しっかり届いてんじゃねぇか。縁は切れないってか」
それがわかれば満足だ。俺は笑顔で、光の中へ進んでいく。俺の旅も、光輝の旅も……ここから始まるのだから。
終わり
0
お気に入りに追加
5
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
僕とコウ
三原みぱぱ
ライト文芸
大学時代の友人のコウとの思い出を大学入学から卒業、それからを僕の目線で語ろうと思う。
毎日が楽しかったあの頃を振り返る。
悲しいこともあったけどすべてが輝いていたように思える。
坂の上の本屋
ihcikuYoK
ライト文芸
カクヨムのお題企画参加用に書いたものです。
短話連作ぽくなったのでまとめました。
♯KAC20231 タグ、お題「本屋」
坂の上の本屋には父がいる ⇒ 本屋になった父親と娘の話です。
♯KAC20232 タグ、お題「ぬいぐるみ」
坂の上の本屋にはバイトがいる ⇒ 本屋のバイトが知人親子とクリスマスに関わる話です。
♯KAC20233 タグ、お題「ぐちゃぐちゃ」
坂の上の本屋には常連客がいる ⇒ 本屋の常連客が、クラスメイトとその友人たちと本屋に行く話です。
♯KAC20234 タグ、お題「深夜の散歩で起きた出来事」
坂の上の本屋のバイトには友人がいる ⇒ 本屋のバイトとその友人が、サークル仲間とブラブラする話です。
♯KAC20235 タグ、お題「筋肉」
坂の上の本屋の常連客には友人がいる ⇒ 本屋の常連客とその友人があれこれ話している話です。
♯KAC20236 タグ、お題「アンラッキー7」
坂の上の本屋の娘は三軒隣にいる ⇒ 本屋の娘とその家族の話です。
♯KAC20237 タグ、お題「いいわけ」
坂の上の本屋の元妻は三軒隣にいる ⇒ 本屋の主人と元妻の話です。
空の蒼 海の碧 山の翠
佐倉 蘭
ライト文芸
アガイティーラ(ティーラ)は、南島で漁師の家に生まれた今年十五歳になる若者。
幼い頃、両親を亡くしたティーラは、その後網元の親方に引き取られ、今では島で一目置かれる漁師に成長した。
この島では十五歳になる若者が海の向こうの北島まで遠泳するという昔ながらの風習があり、今年はいよいよティーラたちの番だ。
その遠泳に、島の裏側の浜で生まれ育った別の網元の跡取り息子・クガニイルも参加することになり…
※毎日午後8時に更新します。
cherry 〜桜〜
花栗綾乃
ライト文芸
学校の片隅に植えられていた、枝垂れ桜。
その樹に居座っていたのは、同じ年齢に見える少女だった。
「つきましては、一つ、お頼みしたいことがあるのです。よろしいですか」
孤高の女王
はゆ
ライト文芸
一条羽菜は何事においても常に一番だった。下なんて見る価値が無いし、存在しないのと同じだと思っていた。
高校に入学し一ヶ月。「名前は一条なのに、万年二位」誰が放ったかわからない台詞が頭から離れない。まさか上に存在しているものがあるなんて、予想だにしていなかった。
失意の中迎えた夏休み。同級生からの電話をきっかけに初めて出来た友人と紡ぐ新たな日常。
* * *
ボイスノベルを楽しめるよう、キャラごとに声を分けています。耳で楽しんでいただけると幸いです。
https://novelba.com/indies/works/937842
別作品、ひなまつりとリンクしています。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
序盤の方までですが、読ませて頂きました!都会から越してきた主人公が、不思議なヒーローと過ごす三日間。素敵な設定に思わず心を打たれました。滝壺に飛び込むシーンもそうですが、主人公の「成長」をしっかりと描けているのは素晴らしいなと思いました。これからどんな展開になるのか楽しみにしつつ、読ませて頂きます!
ありがとうございます!主人公が成長の先に何を得るか。ぜひ見ていってほしいと思います!