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この世界を、好きになろう。

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────あの夏から、2年が経った。

 俺は高校を卒業し、アメリカの大学に行くための最後の準備をしていた。もっと広い世界を見るために、もっと世界を知るために。この命を繋いでくれた人たちのために、この瞳を通して様々な場所を見せると決めた。
 もちろん、この町が嫌いなわけじゃない。都会と比べ物にならないほど大好きだ。この町の人や、このあたりの学生と過ごした日々には確かに意味があったし、一人で過ごした日々は自由で大切な時間だった。

────それでも、俺はここを離れると決めたのだ。未来への可能性と価値を、ヤジロウが教えてくれたから。

……暑い、だが今年も過ごしやすい夏だった。開けた窓から、爽やかな風が吹きこんでくる。この町でもう少し、この夏を過ごすのもいいと思った。なんだか、2年しか住んでいないこの部屋も、名残惜しい。

「光輝、アメリカ行きの荷物はまとめたかい? 明日には出発だろ」
「あぁ、父さん。もう準備はできたよ。あとは……」

 本当に旅立っていいのか、そんな迷いがここにきてまだある。日本だって、まだ知るべき場所があったんじゃないか。この町だって、俺を必要としていたんじゃないか。

「じゃあ、光輝。ちょっと父さんと話をしようか」

 そう言って父さんは、俺の隣に座った。俺もベッドに寄り掛かって座る。体育座りで父さんと二人なんて、なんだか恥ずかしいな。

「まずは恥ずかしい話でもしようか。光輝、水切りのこと魔法だと思ってたんだって?」
「なっ! 2年も前のこと思い出させるんじゃねぇよ、恥ずかしいなぁ!」

……ヤジロウが起こしてきた様々な奇跡。確かにいくつかは魔法だった。スイカを割ったのは、強化の魔法だ。魚を捕まえる方法はあっていても、あんなに捕まえていたのは、存在を隠す魔法で息をひそめて捕まえたからだ。
 この家の魔法にも、結構いろいろな種類があるが……どうやら、水切りだけは、ヤジロウの実力で、実際にあるものだと知った。それを勘違いしていたとは……とても恥ずかしいな。

「まぁ、父さんも現代っぽく「魔法」なんて言ってたけど、あれ「秘術」って言うんだね」
「らしいよ、前世の俺によると……ね」

……そう言って、俺は2年前のことを思い出していた。ヤジロウとの別れの後、突然思い立った、アメリカへ行くこと。

「……ひょっとして、まだ考えているのか? 2年前から言ってるだろ。こっちのことは気にしないでいいから、自由に旅してきなさいって」
「でも……なんだか、まだ迷ってて」

────この町に、俺はまた何か置き忘れるんじゃないだろうか。大切なものを、切り捨てたりしてないだろうか。

「そりゃ人間だもん。迷い続けなきゃ、人間らしくないよ」
「そうかな……」
「確かに、突然大切なものを選ばなきゃいけないときはやってくるよ。でも、そこで選ばなかったほうを悔やむんじゃない。選んだほうを誇らなきゃ」
「選んだほうを……誇る」
「そう、アメリカに行くって決意した、二年前の光輝をね」

 前世の俺は、選んだことを後悔したんだろうか。いいや、後悔ばかりしていたわけじゃない。きっと前に進む、希望を見つけたはずだ。だからこそこうして、阿藤家は続いてきた。
 3回目の災害で失った、たった一人の犠牲者のために生きるだけじゃない。未来を作り、縁を繋げ……死んだその先に希望と理想郷があると信じたんだろう。そしてその信念の元、生き切った。それからその次の目標のために、何百年を旅したんだろう。
……今の俺はどうだろうか。未来に希望と理想を持っているだろうか……いや、まだそれはわからない。俺は今でも

 この町は確かに愛した。友情を知った、愛を知った、優しさを知った、自由を知った。それでも、それはこの世界を愛することには通じない。
 それはまだ俺が、この世界を知らないからだ。だから、あえて嫌いと言おう。嫌いな世界しか、俺は知らないんだから。

────そして、未来に理想を希望を持つなら……俺はこの世界を、好きになろう────

 そんなのは、ずっと先の話かもしれない。この人生に最高の意味を見出すのは、死ぬ時かもしれない。もしかしたら、死んでもなお見つけられなくて、彷徨うかもしれない。
……それでもいいと、今はそう思おう。俺はいつも一人じゃない。きっと俺のそばで、大切な人は同じ景色を見ているのだから。

「そうそう、光輝。2年前に言いそびれたんだけどね、ほら……僕が縁を繋ぐ魔法を使った時あるでしょ?」
「あったね。あれがなきゃ、俺は今ここにいないよ」
「その数日前に、ヤジロウくんが僕のそばに来てくれたことがあるんだ。言いたいことがあるって────」

 それは、俺の知らなかった、父さんとヤジロウの会話。今、それを知って何になるのかわからないが……とりあえず聞いておこう。


────うたた寝で、どこか違う場所へ来てしまった。確か病院の椅子に座っていたはずだが、いつの間にか、今暮らしている家の縁側に座っていた。
こんなことができる人間を、僕は一人しか知らない。

「やぁ、ヤジロウ君。数日ぶりだね」
「よぉ、光男。やっぱジジイになったな」
「何回も言わないでくれよ、恥ずかしいなぁー」

 他愛もない話から始まる。僕が幼かったころに現れたヤジロウとも、そんな話をした気がする。
……だが、その記憶は再び会うまで消えていた。どうやら、そういう決まりらしい。ヤジロウは阿藤家の子供の前に、夏の3日間だけ現れる。だがそのあとは、縁を切る魔法を使って、子供の記憶を消してしまう。
 仮に覚えていたとしても、夢だったと思うだろう。僕だって、再び会うまではあの日々を夢だと思っていた。不自然だった、あのバケツの名前以外は。

「大人には魔法が掛かりにくい。だから今回も長くは話はできない。簡単に話をしようか」
「あぁ、そうだね」

 この町に来た時、ヤジロウは僕の前に姿を現した。そこで告げたのは、すべての真実。自分こそが、阿藤家先祖の兄弟であり、この土地に縛られた英雄。そして、光輝が次の英雄として死ぬということ。それらはすべて、光輝には秘密だということ。ざっくりと伝えられたが、それだけでも何となくわかった。
……あぁ、彼は息子の心を、死の運命を、変えようとしているんだなと。
 だから今回もそんなことだろう。そして考えるんだ────僕にできることを。

「光輝の記憶は、俺が消した。縁を切って閉じたんだ。毎回のことだよ」
「……本当は、光輝は一度死んでいるんだろ? それをヤジロウが蘇らせた」
「まぁ、そんなところ。全身全霊で何とか生き返らせた。だから、ここに俺がいるのはその残骸かな」

 それはすべて、夢だった。記憶は次第に落ち着き、そう処理される。だが、僕は今回ばかりは、それは悪手だと思った。だって、光輝のこの3日間の成長は、泡沫の夢なんかで片づけちゃいけない。

「……なんだよ光男、その目は。ずいぶん言いたいことある感じじゃん」
「いいや、ヤジロウがそうあるべきだと思ったなら、それでいい。だが、本当にそれでいいのか。彼の成長を、君との友情を、夢なんかで片づけていいのか?」
「あー、確かにね……でも、俺は心配なんだ。思い出したら、俺の消滅を悔やむんじゃないかって。最初から俺は、この時代に存在してなかったんだ。だったらそんな幻との友情なんて、夢でいいと思ったんだ」

……心にもないことを。僕はそう言いたかった。本当はこの3日間に一番価値を感じていたはずだ。それを夢と言いたかったのは、自分自身が彼のトラウマの一つとなることを避けたかったからだ。
 光輝を思う、残酷な嘘。でも、その価値はまだ、残酷と決まったわけじゃない。

「つまりはこういいたいんだろう。光輝が記憶を思い出せば、魔法が解ける。残っていた最後の力が、完全に消える。だから、もう一度出会うなんてことは叶わない。また会えるような希望を……光輝に残したまま、記憶を消したんだね」

 僕はヤジロウを見て、はっきりと告げる。

「その思いが、記憶を思い出したいと願うことに繋がっているんだよ、ヤジロウ。いつも魔法や未来視で計画バッチリな君が、友達を思うことで犯した最大のミスだ」
「この町の守り神やってる英雄に、ミスって言い方はないだろ……」
「本当はヤジロウだって思っているはずだ。光輝と別れたくないって、友達ならそばにいたいって。なら、お互いにけじめをつけるべきだ。不完全な別れじゃない、最上で完璧なをするんだ」

……どんな残酷な運命でも、最後に希望が持てるなら、人は前に進める。それを願ったのが、ヤジロウの兄であることは、この阿藤家の文献に残っていた。ならばそれを、現在でやらなくてどうする。
 ヤジロウは、今までに見たこともないほど、真剣な顔をしていた。何かを考えているように、僕からは見える。

「……なるほどね。消える前くらい、わがまま言ってもいいか。友達に、死んでも、生まれ変わっても────また会いたいって」
「子供は素直に、自由に、純粋に……それを光輝に教えた君が、一番素直になるべきだ。もう英雄としての役目は終わったんだから」
「そっか……そうする。じゃあ、光男。最後に一つだけ、ずっと先の未来でいい、光輝に伝えてくれないか」

 僕は素直に「いいよ」という。夕焼けの光で、だんだん彼の顔が見えなくなっていく。それでも、きっと忘れない。僕が阿藤家に伝わる魔法で、必ず彼の元へ縁を繋ぐ。

「迷って、躓いて、進めない時もあるだろう。その時は、俺と過ごした3日間を思い出してほしい。夢のような日々だったかもしれない。しかしその夏休みのなかで、光輝は確かにヒーローだった。不可能を決め付けるな。最初に願ったあの日のように────自由を求め続けろ」


「────自由を、求め続けろね……」

 父さんの話が終わってから、俺はあの夏の3日間を思い出した。最初に願ったのは自由だった。そこからまるでそれを表すかのように、ヤジロウが現れて────そうだ、たとえ夢だったとしても絶対に忘れない。
 手に入れたものも、失ったものも多かった、あの3日間。あの日々があったからこそ、俺は過去を受け入れて進める。未来のために忘れたりなんてできない、大切な日々。

 その日々を作り、心を救ってくれた彼を、俺は忘れない。

────あの夏休み、君はヒーローだったんだ────


────こうして、二人のヒーローにより危機は去った。これからの世は、完全な人の世となるだろう。

「……なんて、書き残してみたりして。紙も筆もないけどね」

 青いマントが、風に揺れる。目の前がまぶしくて、ゴーグルをつける。海パンは少し寒いが、今は耐えよう。何百年も行けなかった、死者の世界へ行く道だ。俺のこの魂は、ようやく前に進む。

「しっかし、こうやって光男の宝物で服装を固めて、あの世に旅立っちゃったわけだけど……光男怒ってないかな」

 ちょっと心配にもなる。あのバケツを見たとき結構喜んでたし、無いことに気付いたら、ショックを受けるかもしれない。

「でもまぁ、今の自分にいらないと思ったら、置いていってもいいからね。人生そんなもんさ!」

 とまぁ、罪の意識をちょっといい感じのことを言って、薄める。そして、ふと思い立った。

「そうだなぁ、この秘術……最後に一つだけ」

 そして俺は何もない空に向かって、手を広げる。そして、心の底から強く願った。だが……どうやらそれはいらなかったらしい。

「────なんだ、俺の言葉。しっかり届いてんじゃねぇか。縁は切れないってか」

 それがわかれば満足だ。俺は笑顔で、光の中へ進んでいく。俺の旅も、光輝の旅も……ここから始まるのだから。


終わり
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感想 1

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みんなの感想(1件)

日比谷ナオキ

序盤の方までですが、読ませて頂きました!都会から越してきた主人公が、不思議なヒーローと過ごす三日間。素敵な設定に思わず心を打たれました。滝壺に飛び込むシーンもそうですが、主人公の「成長」をしっかりと描けているのは素晴らしいなと思いました。これからどんな展開になるのか楽しみにしつつ、読ませて頂きます!

ザクロ
2019.05.18 ザクロ

ありがとうございます!主人公が成長の先に何を得るか。ぜひ見ていってほしいと思います!

解除

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