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過去を知るなんて、俺は嫌いだ。

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「────え?」
「どうした、光輝」

 なんだったんだ、今の光景は。間違いなくこの町だ、この町が音を立てて崩れる景色だ。音はない、ただ俺は見ただけ。だが、体に駆け巡る恐怖の悪寒は、その惨状を間違いなく現実だと叫ぶ。
────俺は過去を見たのか? 本当にあった、この町の惨劇を?

「なんか怖いもんでも見たのか。へー、やっぱ、墓の周りは怖いなぁ」
「ちゃ……茶化してくんじゃねぇよ」

 対するヤジロウは何もなかったようで、ニヤニヤと笑って俺をつついてくる。意地悪だ、あんな光景見たら誰もが怖がるはずなのに。

「まぁ、何見たかは興味ないや。遊べる内容じゃなさそうだしな。さ、肝試しだ。洞窟に入るぞ!」

……ヤジロウは本当に何も見なかったのか? 俺だけが過去を見た、いやあれは過去なのか。確かめる手段はどこにもない。
 息を吸い込んで、大きく吐き出す。気持ちをリセットさせ、目の前の現実を見る。俺が今することは、ヤジロウと遊ぶこと。それが今の俺に必要なこと。

「なんだよ、光輝。ずっとそこに留まってるつもりか? 早く来いよ」

 それは、墓場に立つ俺に言っているのではないようだ。都会に大切なものを置いてきた、都会の俺に言っているか、そんな気がした。

────近くの洞窟は、さらにひんやりとしていて、そして真っ暗だ。ヤジロウはどこで用意していたのか、懐中電灯を二つ出す。そのうちの一つを俺に渡してくれた。だが……それでも暗いものは暗い。
 反響する音が、人の声のように聞こえる。通り抜ける風が、うめき声に聞こえる。雰囲気とは、すべてを不気味にしてしまうようだ。

「なかなか怖いな」
「ほらそこ!」
「うああああああっ!」

 突然のヤジロウの声に驚くが、懐中電灯をあてた先に、コウモリの死骸があることでさらに驚いた。不気味だ、不気味すぎる、この洞窟!

「おらおらー? だんだん怖くなってきちゃった?」
「死骸は反則だろ」
「いいや、もっとマズイものがここにはある」

 ただ進んでいくだけでも、悪寒が止まらないというのに、この先にマズイものがあると言われれば、身震いするしかない。
 次第に、吐く息が白くなっていく。ここは、明らかに夏じゃないほど冷たい。懐中電灯が照らす先が見えてくる……これは?

「行き止まり……か?」
「あぁ、だがここが一番のビビりポイント。よーく目を凝らしてみな?」

 嫌な気配がする。俺が懐中電灯で照らさなくとも、ヤジロウが勝手にそれを照らし出す。ゆっくりと全体を照らして気づく。ここは……落石の後で行き止まりなんだ。
 そして、ヤジロウの懐中電灯は、一つの異物を照らし出した。思わず目があってしまう。逃げたい気持ちが、足の先から駆け上がってくる。

「うあああああああああっ!!!」

 逃げたい、逃げたい、その事実を知りたくはない! だが、出口に向かって逃げようとする俺の腕を、ヤジロウがしっかりつかんで離さない。

「ダメだ、ここにはいられない。何でこんなところ連れてきた……ここで、人が死んでるじゃないか!」

 だんだんと、思考が追い付いてくる。明に照らされたのは、人の腕の骨。きっとこの落石の中、手を伸ばした人がいるんだろう。だが、その手は……思いは届かなかった。心の底から感情がこみあげてくる。俺の過去と重なって、それは重みとなって俺の心を殴る。
 こんな場所で死ぬなんて嫌だ。誰かが死ぬなんて嫌だ。事実を受け入れるのが嫌だ。嫌だ……嫌なんだよ!

「……何が遊びだ、ヤジロウ。こんなもの……俺のトラウマでしかねぇよ!」
「えー? この町の過去を知る、観光でもあったんだけどなぁ。そんなに怖かったか?」
「あぁ……そうだよ、今すぐここから出たいよ!」
「ふーん、それはダメだな」
「どうしてさ! 崩落の危険があるんだろ? 人が死んでいるんだろ? 笑い話じゃねぇ、肝試しじゃねぇよ!」

 必死に言葉を繋げる俺を、ヤジロウが白けた目で見ていることがわかる。どうして……これは大切なことだ、ヤジロウは何もわかっていない。死者を笑っていいはずがない。肝試しなんて失礼でしかないんだ。人で遊ぶなんて、あっちゃいけない。結局はヤジロウも……ただのガキだ。

「お前は何もわかってない! 昨日からそうだ。俺の気持ちなんか捻じ曲げて、無理やり何かをやらせようとする。そういうの大嫌いなんだよ!」

 強制なんて嫌いだ。俺は自由が欲しかったんだ。確かに心の自由を感じられる時もあった。ヤジロウといることで、俺は少し変われた気がした。だが、結局そのすべてが強制だ。俺の意思なんて求められていない。
────そうだ、こいつといることは間違いだ。こいつといるだけで、俺の自由は捻じ曲げられる。

「……そうか、光輝。お前の過去には一癖も二癖もありそうだな」
「何もわかっちゃいない癖に……知ったかぶるんじゃねぇよ」
 
 俺は一人、懐中電灯を持って、出口へと歩く。あんなやつと一緒にいるのは間違いだ。二度と会うもんか、俺の過去の傷を、たびたび抉ってくるようなやつに。
────過去を、その時、ほんの少しだけ思い出した。小学校の頃、仲の良かった友達が、いじめられていたことを。そして……マンションから飛び降り、自殺したことを。それを、いじめっ子たちは笑って、マンションを肝試しの場所にしたことを。

「死者を笑っちゃいけないんだ。バカにしてもいけない。大切に、しないといけないんだ」

 もし、過去に大きな後悔があるとすればそこからだろう。いじめられないように、小学校から中学校にかけては、誰かと一緒にいることを選んだ。自分の身を守るために、仲間が必須だった。
────だが、中学校の終わりごろ、人と一緒にいることが疲れてきた。受験勉強もあっただろう、だんだん俺は、一人を好むようになっていった。そして、高校の苦痛に繋がる。

……どうして一人でいてはいけない? なのに一人でいたら、どうして苦しい? どうしてこの世界には、自由がないんだ?

 それはきっと、考え続けても、終わらない苦しみ。俺ではきっと、出せない答え。
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