6 / 14
過去を知るなんて、俺は嫌いだ。
しおりを挟む
「────え?」
「どうした、光輝」
なんだったんだ、今の光景は。間違いなくこの町だ、この町が音を立てて崩れる景色だ。音はない、ただ俺は見ただけ。だが、体に駆け巡る恐怖の悪寒は、その惨状を間違いなく現実だと叫ぶ。
────俺は過去を見たのか? 本当にあった、この町の惨劇を?
「なんか怖いもんでも見たのか。へー、やっぱ、墓の周りは怖いなぁ」
「ちゃ……茶化してくんじゃねぇよ」
対するヤジロウは何もなかったようで、ニヤニヤと笑って俺をつついてくる。意地悪だ、あんな光景見たら誰もが怖がるはずなのに。
「まぁ、何見たかは興味ないや。遊べる内容じゃなさそうだしな。さ、肝試しだ。洞窟に入るぞ!」
……ヤジロウは本当に何も見なかったのか? 俺だけが過去を見た、いやあれは過去なのか。確かめる手段はどこにもない。
息を吸い込んで、大きく吐き出す。気持ちをリセットさせ、目の前の現実を見る。俺が今することは、ヤジロウと遊ぶこと。それが今の俺に必要なこと。
「なんだよ、光輝。ずっとそこに留まってるつもりか? 早く来いよ」
それは、墓場に立つ俺に言っているのではないようだ。都会に大切なものを置いてきた、都会の俺に言っているか、そんな気がした。
────近くの洞窟は、さらにひんやりとしていて、そして真っ暗だ。ヤジロウはどこで用意していたのか、懐中電灯を二つ出す。そのうちの一つを俺に渡してくれた。だが……それでも暗いものは暗い。
反響する音が、人の声のように聞こえる。通り抜ける風が、うめき声に聞こえる。雰囲気とは、すべてを不気味にしてしまうようだ。
「なかなか怖いな」
「ほらそこ!」
「うああああああっ!」
突然のヤジロウの声に驚くが、懐中電灯をあてた先に、コウモリの死骸があることでさらに驚いた。不気味だ、不気味すぎる、この洞窟!
「おらおらー? だんだん怖くなってきちゃった?」
「死骸は反則だろ」
「いいや、もっとマズイものがここにはある」
ただ進んでいくだけでも、悪寒が止まらないというのに、この先にマズイものがあると言われれば、身震いするしかない。
次第に、吐く息が白くなっていく。ここは、明らかに夏じゃないほど冷たい。懐中電灯が照らす先が見えてくる……これは?
「行き止まり……か?」
「あぁ、だがここが一番のビビりポイント。よーく目を凝らしてみな?」
嫌な気配がする。俺が懐中電灯で照らさなくとも、ヤジロウが勝手にそれを照らし出す。ゆっくりと全体を照らして気づく。ここは……落石の後で行き止まりなんだ。
そして、ヤジロウの懐中電灯は、一つの異物を照らし出した。思わず目があってしまう。逃げたい気持ちが、足の先から駆け上がってくる。
「うあああああああああっ!!!」
逃げたい、逃げたい、その事実を知りたくはない! だが、出口に向かって逃げようとする俺の腕を、ヤジロウがしっかりつかんで離さない。
「ダメだ、ここにはいられない。何でこんなところ連れてきた……ここで、人が死んでるじゃないか!」
だんだんと、思考が追い付いてくる。明に照らされたのは、人の腕の骨。きっとこの落石の中、手を伸ばした人がいるんだろう。だが、その手は……思いは届かなかった。心の底から感情がこみあげてくる。俺の過去と重なって、それは重みとなって俺の心を殴る。
こんな場所で死ぬなんて嫌だ。誰かが死ぬなんて嫌だ。事実を受け入れるのが嫌だ。嫌だ……嫌なんだよ!
「……何が遊びだ、ヤジロウ。こんなもの……俺のトラウマでしかねぇよ!」
「えー? この町の過去を知る、観光でもあったんだけどなぁ。そんなに怖かったか?」
「あぁ……そうだよ、今すぐここから出たいよ!」
「ふーん、それはダメだな」
「どうしてさ! 崩落の危険があるんだろ? 人が死んでいるんだろ? 笑い話じゃねぇ、肝試しじゃねぇよ!」
必死に言葉を繋げる俺を、ヤジロウが白けた目で見ていることがわかる。どうして……これは大切なことだ、ヤジロウは何もわかっていない。死者を笑っていいはずがない。肝試しなんて失礼でしかないんだ。人で遊ぶなんて、あっちゃいけない。結局はヤジロウも……ただのガキだ。
「お前は何もわかってない! 昨日からそうだ。俺の気持ちなんか捻じ曲げて、無理やり何かをやらせようとする。そういうの大嫌いなんだよ!」
強制なんて嫌いだ。俺は自由が欲しかったんだ。確かに心の自由を感じられる時もあった。ヤジロウといることで、俺は少し変われた気がした。だが、結局そのすべてが強制だ。俺の意思なんて求められていない。
────そうだ、こいつといることは間違いだ。こいつといるだけで、俺の自由は捻じ曲げられる。
「……そうか、光輝。お前の過去には一癖も二癖もありそうだな」
「何もわかっちゃいない癖に……知ったかぶるんじゃねぇよ」
俺は一人、懐中電灯を持って、出口へと歩く。あんなやつと一緒にいるのは間違いだ。二度と会うもんか、俺の過去の傷を、たびたび抉ってくるようなやつに。
────過去を、その時、ほんの少しだけ思い出した。小学校の頃、仲の良かった友達が、いじめられていたことを。そして……マンションから飛び降り、自殺したことを。それを、いじめっ子たちは笑って、マンションを肝試しの場所にしたことを。
「死者を笑っちゃいけないんだ。バカにしてもいけない。大切に、しないといけないんだ」
もし、過去に大きな後悔があるとすればそこからだろう。いじめられないように、小学校から中学校にかけては、誰かと一緒にいることを選んだ。自分の身を守るために、仲間が必須だった。
────だが、中学校の終わりごろ、人と一緒にいることが疲れてきた。受験勉強もあっただろう、だんだん俺は、一人を好むようになっていった。そして、高校の苦痛に繋がる。
……どうして一人でいてはいけない? なのに一人でいたら、どうして苦しい? どうしてこの世界には、自由がないんだ?
それはきっと、考え続けても、終わらない苦しみ。俺ではきっと、出せない答え。
「どうした、光輝」
なんだったんだ、今の光景は。間違いなくこの町だ、この町が音を立てて崩れる景色だ。音はない、ただ俺は見ただけ。だが、体に駆け巡る恐怖の悪寒は、その惨状を間違いなく現実だと叫ぶ。
────俺は過去を見たのか? 本当にあった、この町の惨劇を?
「なんか怖いもんでも見たのか。へー、やっぱ、墓の周りは怖いなぁ」
「ちゃ……茶化してくんじゃねぇよ」
対するヤジロウは何もなかったようで、ニヤニヤと笑って俺をつついてくる。意地悪だ、あんな光景見たら誰もが怖がるはずなのに。
「まぁ、何見たかは興味ないや。遊べる内容じゃなさそうだしな。さ、肝試しだ。洞窟に入るぞ!」
……ヤジロウは本当に何も見なかったのか? 俺だけが過去を見た、いやあれは過去なのか。確かめる手段はどこにもない。
息を吸い込んで、大きく吐き出す。気持ちをリセットさせ、目の前の現実を見る。俺が今することは、ヤジロウと遊ぶこと。それが今の俺に必要なこと。
「なんだよ、光輝。ずっとそこに留まってるつもりか? 早く来いよ」
それは、墓場に立つ俺に言っているのではないようだ。都会に大切なものを置いてきた、都会の俺に言っているか、そんな気がした。
────近くの洞窟は、さらにひんやりとしていて、そして真っ暗だ。ヤジロウはどこで用意していたのか、懐中電灯を二つ出す。そのうちの一つを俺に渡してくれた。だが……それでも暗いものは暗い。
反響する音が、人の声のように聞こえる。通り抜ける風が、うめき声に聞こえる。雰囲気とは、すべてを不気味にしてしまうようだ。
「なかなか怖いな」
「ほらそこ!」
「うああああああっ!」
突然のヤジロウの声に驚くが、懐中電灯をあてた先に、コウモリの死骸があることでさらに驚いた。不気味だ、不気味すぎる、この洞窟!
「おらおらー? だんだん怖くなってきちゃった?」
「死骸は反則だろ」
「いいや、もっとマズイものがここにはある」
ただ進んでいくだけでも、悪寒が止まらないというのに、この先にマズイものがあると言われれば、身震いするしかない。
次第に、吐く息が白くなっていく。ここは、明らかに夏じゃないほど冷たい。懐中電灯が照らす先が見えてくる……これは?
「行き止まり……か?」
「あぁ、だがここが一番のビビりポイント。よーく目を凝らしてみな?」
嫌な気配がする。俺が懐中電灯で照らさなくとも、ヤジロウが勝手にそれを照らし出す。ゆっくりと全体を照らして気づく。ここは……落石の後で行き止まりなんだ。
そして、ヤジロウの懐中電灯は、一つの異物を照らし出した。思わず目があってしまう。逃げたい気持ちが、足の先から駆け上がってくる。
「うあああああああああっ!!!」
逃げたい、逃げたい、その事実を知りたくはない! だが、出口に向かって逃げようとする俺の腕を、ヤジロウがしっかりつかんで離さない。
「ダメだ、ここにはいられない。何でこんなところ連れてきた……ここで、人が死んでるじゃないか!」
だんだんと、思考が追い付いてくる。明に照らされたのは、人の腕の骨。きっとこの落石の中、手を伸ばした人がいるんだろう。だが、その手は……思いは届かなかった。心の底から感情がこみあげてくる。俺の過去と重なって、それは重みとなって俺の心を殴る。
こんな場所で死ぬなんて嫌だ。誰かが死ぬなんて嫌だ。事実を受け入れるのが嫌だ。嫌だ……嫌なんだよ!
「……何が遊びだ、ヤジロウ。こんなもの……俺のトラウマでしかねぇよ!」
「えー? この町の過去を知る、観光でもあったんだけどなぁ。そんなに怖かったか?」
「あぁ……そうだよ、今すぐここから出たいよ!」
「ふーん、それはダメだな」
「どうしてさ! 崩落の危険があるんだろ? 人が死んでいるんだろ? 笑い話じゃねぇ、肝試しじゃねぇよ!」
必死に言葉を繋げる俺を、ヤジロウが白けた目で見ていることがわかる。どうして……これは大切なことだ、ヤジロウは何もわかっていない。死者を笑っていいはずがない。肝試しなんて失礼でしかないんだ。人で遊ぶなんて、あっちゃいけない。結局はヤジロウも……ただのガキだ。
「お前は何もわかってない! 昨日からそうだ。俺の気持ちなんか捻じ曲げて、無理やり何かをやらせようとする。そういうの大嫌いなんだよ!」
強制なんて嫌いだ。俺は自由が欲しかったんだ。確かに心の自由を感じられる時もあった。ヤジロウといることで、俺は少し変われた気がした。だが、結局そのすべてが強制だ。俺の意思なんて求められていない。
────そうだ、こいつといることは間違いだ。こいつといるだけで、俺の自由は捻じ曲げられる。
「……そうか、光輝。お前の過去には一癖も二癖もありそうだな」
「何もわかっちゃいない癖に……知ったかぶるんじゃねぇよ」
俺は一人、懐中電灯を持って、出口へと歩く。あんなやつと一緒にいるのは間違いだ。二度と会うもんか、俺の過去の傷を、たびたび抉ってくるようなやつに。
────過去を、その時、ほんの少しだけ思い出した。小学校の頃、仲の良かった友達が、いじめられていたことを。そして……マンションから飛び降り、自殺したことを。それを、いじめっ子たちは笑って、マンションを肝試しの場所にしたことを。
「死者を笑っちゃいけないんだ。バカにしてもいけない。大切に、しないといけないんだ」
もし、過去に大きな後悔があるとすればそこからだろう。いじめられないように、小学校から中学校にかけては、誰かと一緒にいることを選んだ。自分の身を守るために、仲間が必須だった。
────だが、中学校の終わりごろ、人と一緒にいることが疲れてきた。受験勉強もあっただろう、だんだん俺は、一人を好むようになっていった。そして、高校の苦痛に繋がる。
……どうして一人でいてはいけない? なのに一人でいたら、どうして苦しい? どうしてこの世界には、自由がないんだ?
それはきっと、考え続けても、終わらない苦しみ。俺ではきっと、出せない答え。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ボッチによるクラスの姫討伐作戦
イカタコ
ライト文芸
本田拓人は、転校した学校へ登校した初日に謎のクラスメイト・五十鈴明日香に呼び出される。
「私がクラスの頂点に立つための協力をしてほしい」
明日香が敵視していた豊田姫乃は、クラス内カーストトップの女子で、誰も彼女に逆らうことができない状況となっていた。
転校してきたばかりの拓人にとって、そんな提案を呑めるわけもなく断ろうとするものの、明日香による主人公の知られたくない秘密を暴露すると脅され、仕方なく協力することとなる。
明日香と行動を共にすることになった拓人を見た姫乃は、自分側に取り込もうとするも拓人に断られ、敵視するようになる。
2人の間で板挟みになる拓人は、果たして平穏な学校生活を送ることができるのだろうか?
そして、明日香の目的は遂げられるのだろうか。
ボッチによるクラスの姫討伐作戦が始まる。
oldies ~僕たちの時間[とき]
菊
ライト文芸
「オマエ、すっげえつまんなそーにピアノ弾くのな」
…それをヤツに言われた時から。
僕の中で、何かが変わっていったのかもしれない――。
竹内俊彦、中学生。
“ヤツら”と出逢い、本当の“音楽”というものを知る。
[当作品は、少し懐かしい時代(1980~90年代頃?)を背景とした青春モノとなっております。現代にはそぐわない表現などもあると思われますので、苦手な方はご注意ください。]
僕とコウ
三原みぱぱ
ライト文芸
大学時代の友人のコウとの思い出を大学入学から卒業、それからを僕の目線で語ろうと思う。
毎日が楽しかったあの頃を振り返る。
悲しいこともあったけどすべてが輝いていたように思える。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
孤高の女王
はゆ
ライト文芸
一条羽菜は何事においても常に一番だった。下なんて見る価値が無いし、存在しないのと同じだと思っていた。
高校に入学し一ヶ月。「名前は一条なのに、万年二位」誰が放ったかわからない台詞が頭から離れない。まさか上に存在しているものがあるなんて、予想だにしていなかった。
失意の中迎えた夏休み。同級生からの電話をきっかけに初めて出来た友人と紡ぐ新たな日常。
* * *
ボイスノベルを楽しめるよう、キャラごとに声を分けています。耳で楽しんでいただけると幸いです。
https://novelba.com/indies/works/937842
別作品、ひなまつりとリンクしています。
空の蒼 海の碧 山の翠
佐倉 蘭
ライト文芸
アガイティーラ(ティーラ)は、南島で漁師の家に生まれた今年十五歳になる若者。
幼い頃、両親を亡くしたティーラは、その後網元の親方に引き取られ、今では島で一目置かれる漁師に成長した。
この島では十五歳になる若者が海の向こうの北島まで遠泳するという昔ながらの風習があり、今年はいよいよティーラたちの番だ。
その遠泳に、島の裏側の浜で生まれ育った別の網元の跡取り息子・クガニイルも参加することになり…
※毎日午後8時に更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる