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魔術、習得したい!

抹茶と幸せの味

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「皆さまーおまちどー! 旧日本の定番、抹茶だよー」

 しばらくすると、トキナガは茶碗に入った緑の液体を持ってくる。とても抹茶とは思えない液体だ。なんだか濁ってるし、とろみだってある。

「今時、抹茶なんてものはない。それを楽しむ文化がないからだ。だとするとこれは……」
「ライチの言う通り。彼なりの、文化再現だと思ってくれ」

 アルトが言うなら、そう言ってライチは緑の液体を見つめると、心を決めて一気に飲み干した。

「ぐっ、触感が違うな……茶とは思えん」
「でも、味は同じでしょ」
「……味だけは、茶室で出てくるような抹茶だ」

 アルトはそう言って、ニコニコしながら抹茶を飲む。「飲むってより、食べる抹茶だよね」と言いながら、それを美味しそうに飲み干した。
 俺も、見ているばっかりじゃダメだ。思いっきり、抹茶もどきを口に含む。

「……あ、れ?」

 ……味がしない。抹茶の味は知っている、だがこの液体からは何の味もしなかった。香りもない、触感だけはあるが、それでは抹茶とわからない。

「抹茶の味、しないな……」
「カガリ……?」
「うーん、俺には合わなかったってことで!」

 ライチの目は真剣に見える、何かあったんだろうか。

「トキナガ、この元になった材料があるだろう。どこで採ってきた」
「そうだな、基本は再現食材だから、ダルマから作った」
「ダルマの植物……エリア・サンサーラまで行ったのか」
「近くまで行っては、採って来てるよ。多分もう、採れないだろうけどな」

 ライチはそれを聞くと、深く考え込む。トキナガは不思議そうに、首をかしげるのだった。
 エリア・サンサーラ? ここで意外な名前が出てきた。そのエリア・サンサーラでは、抹茶の味を作れる植物があるのか。でも俺は、それが分からなかった。
 俺は、トキナガの肩を掴み、必死に聞く。

「エリア・サンサーラ!? 俺はそこに行かなきゃいけないんだ!」
「へぇ、カガリは行きたいのか、あそこ。魔術と科学を隔て、輪廻の名を持つ楽園に」
「そう、でっかい木があるだろ? 花が咲き、空は澄んでいる!」
「……木は見える、だがその中は知らねぇな。俺が行ったのはその手前だ。エリアの外まで、この星ではありえない植物が生えてる。知ってるのはそれぐらいだよ」

 そこは、ありえない植物が生えるところ。そうだ、抹茶の味を作れる植物なんて、俺の知る限りはない。まるで誰かの空想のようなエリアだ。

「必死になるのはわかるが……落ち着け。お前たちはどうせ、たどり着くんだからよ」

 トキナガに肩をポンポンと叩かれ、少し冷静になる。少し頭を冷やそう、大丈夫。俺はきっとたどり着ける。

「結末は少しずつずれていくと思うぜ。お前らの動き次第だ」
「うん……ありがとう、トキナガ」
「おう、素直ならいいってことよ! 俺もちょっと動かしちゃおっかなー。お前の道の手助けをしてやるよ」
「────動かす?」

 すると、トキナガの目は紫色に変わっていく。虹色の螺旋が輝くその目で、俺をじっと見つめる。

「魔眼解放、結末剪定────未来は曲筆される。さ、ちょっと手伝ったぜ。今度はおにぎり食べて見ろよ、美味しいぞー!」

 トキナガはそういうと、俺の前におにぎりを出す。まぁ、食えよと笑顔で進めてくるが、これも味がなかったら困る。

「まぁ、未来は曲げたが、俺が繋いだ結末は「必ずしも未来であるとは限らない」過去の出来事とお前を、繋げることもあるんだ」
「そんなこともあるの?」
「その出来事を起こした本人が「未来へ意識を飛ばせるなら」とか、難しい話になるけどな。魔眼の持ち主だが、さっぱりわからん」
「……未来に意識を飛ばせるとか、超人か何かかな。それより魔眼は説明できるけど、よくわかってない?」

 そうなんだよなぁ、と残念そうに言いながら、二つあるおにぎりの一つをトキナガが食べ始めた。

「魔眼は生まれ持ったものなんだが、それについては全く知らなくてな。小さいころ男の人に聞いたんだ。ほとんど内容は忘れちまったよ」
「弟のアルトが覚えているとかないの、親が知ってるとか」
「あー、俺ってば親がいないんだよ。ここに住んでるのだって、気づいたら育ててもらってたから、住み続けるぐらいの理由」
「僕だって、兄貴の本当の弟じゃないしね!」

 ライチの目が、アルトに動く。俺も思わず目を丸くした。

「不思議に思うことはないよ、この時代はよくあることだし。兄貴に拾ってもらったから、僕はこうして視力だって取り戻した。だから、兄貴の親は知らないなぁ。魔眼についても誰に教えてもらったんだか」
「そういえば、魔眼とか視力とか、ひょっとして……」
「うん、僕は数年前まで視力を失ってた。そこで兄貴に出会ってね、左目の魔眼を貰ったんだ」

 アルトは一番素敵な笑顔をする。そのことを思い出しただけで、幸せそうで、頬を赤くしていた。

「魔眼は、適合しなければただの目だ。あげた本人は見えなくなる。兄貴は見ず知らずの俺に、片目をくれたんだよ」
「いやぁ、だってアルトに世界を見せてやりたいと思ったんだ。こんな可愛い弟に、視力あげないやつがどこにいるんだよー!」

 とんでもないことを、さらっとトキナガは言っている気がするが、そこは触れないでおこう。

「そこから、少しずつ見えるようになってきて、さっきは二人の空飛ぶスケボーも見えたんだ!」
「いいぞぉ、アルト。それでこそ我が弟だぁー!」

 いやっほぅー! とハイテンションで二人は抱き着く。幸せそうな笑顔で見つめ合い、ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜び合う二人は、バカップルにしか見えないです。

「バカップルが……爆発したらいい」

 舌打ちしながら悪態をつくライチ、俺もそう思うわ。完全に世界に入ってしまった二人に、何を言っても聞こえるはずがない。
 話すこともなくなってしまったので、俺はトキナガの出したおにぎりを、そっと口にする。味がしなくても仕方ない、俺にはひょっとしたら、何も合わないかもしれない。
 噛みしめた途端、広がるお米の味。ずっと昔に食べたような、懐かしい味だ。

「あ……味がする。お米だ、ちゃんと!」

 感激して、俺は思わず叫んでしまった。イチャイチャしてた二人も、びっくりして飛び上がる。でも、二人は俺の肩を抱いて、それを喜んでくれた。

「ぴえっ、びっくりした。味がしたんだ。よかったね、カガリ君!」
「アルトー! このエリアで作ったお米だ、まだ余っているから、どんどん炊いてやるぅー!」
「……えっ、えへへ。ありがとう二人とも……」

 なんだか恥ずかしくて、こっちも顔が赤くなる。それでも、そこに笑顔があることが幸せで、幸せを感じられてよかったと思っていた。
 ────こんな日々が続くなら、戦いたくない。でもそれはあり得なくて、その中の平穏だからこそ、この一瞬が価値あるものになる。4人で旅ができたなら、どれだけいいだろう。

「ねぇ、俺は4人で旅がしたい。4人で科学を倒して、科学首都へ行って、エリア・サンサーラに行って……俺は、そんな日常が欲しい、楽しく暮らしていたい。それほど、俺はトキナガも、アルトも……ライチも大切だ」
「それは……どうかなぁ。途中までは手伝ってやれるが、俺たちは科学首都に行く気はない。俺たちにだって日常がある。育ったこのエリアだって、守らなきゃいけない。俺は、お前のためだけには戦えない」

 トキナガの声が弱くなる、出会って初めて、俺から目を逸らした。それもそうだ、誰もが守りたいものに精いっぱいだ。俺はなんて欲深いことを言ってるんだろう。

「ごめん……忘れて」
「いいや、カガリ君の言うことは悪くないと思うよ。僕らも魔術師のくくりでいる限り、科学は敵だ。減らせる戦力がいるのに越したことはない」

 アルトはそう言って、ライチを見る。

「僕は、君の意見が一番聞きたい。カガリ君を仲間にして戦いだしたのは、君だろうから」
「……意地悪なやつだ、俺も戦力は欲しい。合体魔法の達成のために、あと3人だ。だが無理に日常から剥がすつもりはない」
「君こそ素直じゃないな。すべてはカガリ君のためだって、はっきり言ったらどうだ」

 ライチの頬が、少し赤くなる。冷や汗が流れ、俺とアルトから必死に目を逸らし始めた。それでもアルトは、じっと見つめ続ける。満足そうにニヤニヤ微笑みながら。

「厄介だねぇ、ライチも。そんな彼を僕は助けてあげたいね。昔のよしみもあるし、彼の敵は僕の敵だったりするし」
「ほぉ、アルトとライチの仲は知らんが……アルトの敵って言うんなら、減らさねぇとなぁ。弟のためになら、少しは動いてやるのが兄貴よ」

 トキナガはアルトに見つめられて、笑顔になる。アルトの意見で、手のひらをクルクル反すトキナガだが、意志が緩すぎて大丈夫か心配になってきた。

「じゃあ、俺たちも手伝ってやるか。その科学討伐の旅に!」
「科学なんて蹴散らしちゃおう、兄貴!」

 イエーイと、ノリノリでハイタッチする二人の邪魔は、俺にはできません。俺とライチは目を合わせて、やれやれと首を振った。

「アルトに助けられた流れだが……いい流れだ。お前がいなかったら、魔法もどきと昔の友人なんて、味方にできなかった。感謝する」
「えへへ、やっぱりフィーリングだよ。メガネをかけなくてもわかるって!」

 試しに俺は、メガネをかけて、楽しそうな二人を見た。どうせ見た目とデータは同じだろう、そんな軽い気持ちだ。

「あ、れ……」

 表示されたのは、アルトが「中立・科学」そしてトキナガが「悪人・無個性」やっぱり、旧式でポンコツだな。これには頼らないほうがいいな。
 メガネを外し、巾着の中にいれる。それに意味があるんなんて、その時は知る由もなく────。
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