上 下
8 / 12
魔術、習得したい!

あなたの希望になりたい

しおりを挟む
「……兄貴、なんか空を飛んでる!」
「お、アルト。あれが見えるようになったかー、よしよし! いい感じの回復だな」
「────見間違いじゃなかったら、スケボーだったよね」
「はぁ? スケボーって……なんだそれ。旧文明の道具か何かか? ロストテクノロジーだなー」
「ちょっと違うかな、あれ」

 そんな会話をしている兄弟がいるとは知らず、俺たちのスケボーは減速する様子はない。早くなっているぞ、大丈夫じゃないな、これ!

「エリア・サムライ通り過ぎちゃうよ! 大丈夫これ!?」
「問題ない、虚構世界に突っ込む」
「それどこ!?」

 スケボーは限界の速度に達したのか、次第に遅く、そして落ちていく────違う、早すぎて世界が歪んでるんだ。落ちてるんじゃない、何かに突っ込んでいってる。
 ……そして世界は闇に包まれる。闇よりもそこは────宇宙空間のようだった。闇の中を無数の光が行き交い、それがぶつかることは決してない。

「なんだここ……スケボーが宇宙を走ってる……?」
「間違いではないな。ここは魔術師たちが作り出した、努力の結晶のような世界、虚構世界だ」
「虚構って、現実みたいなのを作る、フィクションみたいなものでしょ。って、それって!」
「お察しの通り、お前の使った空想実現イマジナリーリアライズ の応用だ。不安定とはいえ、世界を作れるんだ。科学からしたら、なんで星に負担をかけることするんだ、だろうな」

 想像出来る範囲。それが実現できるなら、世界すら作れる。人の想像力は恐ろしいもので、そこまで考える欲深ささえ感じるほど。
 科学も魔術も、世界を作ってまでも、全て支配しようとした。俺にはわからない、総べる価値が。その意味はなんだ、それになんの未来がある。

「星とは有限だ。だからこそ人は支配を望む。ある全てを自分のものにして、自分だけが生きる。結局、どんな世も人の世だ」
「どうして、分け合ったりできないんだ。科学も魔術も協力すればいいのに」

 その方が絶対にいい。さっき戦った、レーゼン。あれはまさにハイブリッドだ。科学の高火力で、魔術の非現実な回避。とても簡単に倒せる相手じゃない。

「それが出来るのは、本当に賢い人間だけだ。それより、外を見てみろ」
「ふむふむ……えっ、いつのまに、ここどこ!?」

 本当に突然だ。気づけばスケボーは赤土の上を飛んでいる。何もない、だだっ広い平野だ。とりあえず旧日本ではない。それに、さっきよりは気温も全然暑い。

「ようこそ、魔空間インドだ」
「ここインドかよ!」

 土地だけ見せられて、インドですと信じられないが、インドならインドなんだろう。よく聞くインド象とか、宗教っぽい建物とか、本場カレーとか、そんなものはない。
 そもそもこの時代に、インドらしさを求めるのが間違いだろう。おそらく、この世界に国の概念はない。支配者が魔術か科学か、それだけなんだ。

 ────何もない。そこにあったはずの国という個性を、新文明は塗り潰した。

「俺の知ってる、インドじゃないね」
「インドは広い。イメージしやすいのはほんの一部だ。だいたいはこれだぞ」
「そうなの? ほら、今の時代、国とかあったものじゃないんでしょ」
「それは正しい、だがここは空想の魔空間。このインドは約100年前のものだ。文明もカレーもある」
「……S・S対戦の少し前くらいだよね」
「そこがこの世界のピークだった。それだけだ」

 俺の認識が滲み始める。この常識は、そのピーク時のものではないか。では100年も経っている俺は、本当は誰なのか。
 すっきりとはしないまま、スケボーは地面へ着陸する。小さな白いテントがある以外、その辺りには何もない。ポツンと二人、乾いた風が吹く。

「自分を深く考えるな。今いる自分以外は、自分ではないんだから」

 ライチがそれを言えるのは、自分の記憶がはっきりしているからだ。俺みたいに、時代錯誤なんて起こさない。過去から今まで、存在が一律だ。
 ────羨ましい、俺にはそんなの無理だ。時間に押し潰されそうな、俺の気持ちなんて、ライチはわからない。

「……いいよな、あんたは自信満々で。俺は間違いを探しては、間違いだらけで沈んでるってのに」
「なっ……」

 静かなで落ち着いたライチが、声を荒げそうになる。その声を聞いて逸らしていた目を彼に向ける。
 ────辛そうだ、苦しそうだ。何かを必死に耐えて、飲み込もうとしている。泣き出しそうな目も、全て壊してしまうように震える手も、全てが見ているだけで、俺の心が痛む。

「俺だって、俺だって……! こんなのは……!」
「ライチ、その……ごめん」

 両手を握りしめ、何かに必死に耐える。自分を無理やり抑え込みそうとしている彼に、俺はなにが出来る。
 感情が滲みだし、空気にさえ影響を与えている。この重たい空気は、溺れそうな息の苦しさは何だ。光が届かないような、この闇の深さは何だ! 救えない、救えない、救えない……!

「失った時から、取り返すのは不可能だってわかっている。失い続ける俺は、何も取り返せない。俺が自信満々だと、ふざけるな!」

 今にも泣き出しそうな彼に、何もできない、俺には何もない。和らげる魔術はない、精神を支える科学もない。説得するような経験もなく、何が出来るかがわからない。
 ────まだ俺は、無力だ。平気で人を傷つける、誰かがいないと何もできない。俺は子供だ、未熟なんだ。

 それを理由に、俺は逃げるのか? 本当に何もできないのか?

 ────いいや、違う。ここにいる限り、何もないなんて間違ってる!

「……いい、気にするな。声を荒げて悪かった。何かをしようと頑張るほど、心はすり減るものなんだ」
「ライチ、それは……」
「だから人は、自分を勇気づける言葉を唱え続ける。それが俺なんだ、俺のことはほっといてくれ」

 違う、きっと違うんだ。でもまだ、俺ははっきりということができない。何かしようとしたのが、ライチに伝わってしまったらしい。ライチの言うことは最もで、俺だって「頑張り続けるのが自分」だと、どこかで決めかけているのかもしれない。
 でもそれ以外に俺はいなくて、俺はまだ何者でもない。

「……俺は、俺に自信がない。俺の常識は間違いかもって思う。積み上げた先に何があるんだって、疑問には思うよ」

 だからこそすべてが間違いで、すべてが正しい。何にでもなれる、それが今の俺なんだ。俺の人生が始まり、戦いが始まった。次に始めるのは、何を頑張るか。

「だから、俺は頑張る。疑問を解決するために、魔術を習得して見せる」
「それが、お前の何になる。疑問を解決した、その先にあるものは何だ。疑問が無くなったとき、お前がいなくなるんじゃないのか」
「……うん」

 疑問に思い、記憶を探す俺が、通常運転だとしたら。それでこれからも走っていくなら、それが無くなったとき、俺のアイデンティティーは何だ。

「そうかもしれない。それでも、きっとその時に答えを出す。俺は、その時の俺に答えを任せる。それに魔術は、俺のための物じゃない」

 俺は間違いだ、それでもライチは信じてくれた。だから想像を形にできたんだ。俺だってライチを信じる、ついていくって決めた。ライチのその見えない心も信じてあげなきゃ、誰が彼を守るんだ。
 失うばかりが、生きることじゃないはずだ。今からでもそうしてあげたい、それが俺の魔術を習得する最大の理由────!

「あんたが俺の希望のように、俺もあんたの希望になりたいんだ。魔術って、そういうもんだろ」
「────そう、か。あぁ、そうだな。お前らしいよ」

 そういって、誰かの名前を口に仕掛ける。ライチはハッとして、すぐさま顔を逸らした。

「別の名前を言おうとしたでしょ、誰だよそれ。気になるから教えて!」
「ばっ、バカ言うな! いい、気にするな、人違いだ」

 絶対に、俺の知らない誰かを重ねている。俺はライチにとっては、その誰かの代わりかもしれない。それでもいい、その椅子に少しだけ、俺は座らせてもらおう。
 ライチの表情は、いつもの無表情に戻っている。感情も落ち着いたのか、溺れそうな空気なんてことはない。むしろ軽く、爽やかな気さえする。なんだか、嬉しくなってくる。助けてもらったんだ、ライチをこれからも助けていけるような、そんな人間になりたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...