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魔術、習得したい!
存在証明
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────地球に、面影はなかった。
21世紀半ば、今まであった文明は崩壊し、新たな文明が始まった。
魔術と科学が敵対する世界。そんな空想のような話を、100年前に誰が予想できただろうか。不可能である、小惑星の衝突すら予測できなかった人類には。それによる資源の枯渇により、戦争を起こしたわけだが、結果として決着はつかなかった。今の科学は、魔術と対等だったのだ。いいや、今まで影を潜めていた魔術が、科学と同じほど発展していたのかというほうが、不思議だっただろうか。
「……いいや、こんなメモ……本にすらできない。やめだ、やめ」
……それらももはや、現在の背景。どうでもいいことだ。今は、科学と魔術が対立し、それぞれ統治する国がある。それがわかっていれば、不思議に思うことはない。紙とペンを魔術で燃やし、塵へと返す。凍てつく大地に風が吹き、一瞬にして塵を吹き飛ばす。とても住める環境じゃなくなった、旧日本 は科学の領地、それだけだ。今更覆せないし、今更楯突く気もない……ないのだが……
「あんなことをされたら、意地でもひっくり返さねば。そうなってしまったな」
魔術が沈黙した100年。どちらでもない「無個性」が抵抗した50年。今まで何度か立ち上がっては、すぐに黙っていたが、ここに「私」として立ち上がる時がやってきた。やらなければならなくなったのだ。負けるとわかっていても、覆せないとしても、死ぬとしても、戦う時が。
「私という存在を、取り戻さなければ……これ以上は黙っていられないよ……な」
その左目にあの日が映る。こんなにも失うならば、あの時戦えばよかったのだ。なのに逃げ、今ものうのうと生きるやつが、ここにいる。まだ迷う。今なら引き返せると、今なら色のない日々を守れると、この体が叫ぶ。それでも、科学の侮辱も、魔術の排除も、許せないのだ。今あるこの世界の在り方が、私の思っていたものと違う。こんなことを望んじゃいない。あの頃からずっとだ。
「……最後の抵抗だろう。これに失敗すれば、もう二度と勝てなくなる。僅かでも勝率のある今、科学を沈めるしかない」
この体に残された時間も少ない。あとどれだけ戦えるかわからない。だからこそ、仲間が欲しい。最低でもあと4人。5人の魔術師がいれば、科学に一矢報いるかもしれない。一石が投じられれば、それだけでもまだ救いだ。
……守らなければいけないものがある、取り戻さなければいけないものがある。そのために、私はもう一度「戦士」にならなければいけない使命だ。
「だがその前に……あそこを見ておくか。何もなければ、そのまま進もう」
荒野に一人立ち、左目だけで世界を見る。そして、ため息をついて、その重い腰を上げたのだ。こうして一人の魔術師は誓いを立てた────世界と自分を、取り戻すと。
────冷たい風が吹く。ここに私の面影は消えた。
……とある町の夜。そこは夜とは思えないほど光り輝いていた。燃えていたのだ、盛大に。
「科学軍だ! 科学軍が来たぞ!」
「逃げろ、捕まえられるぞ!」
俺は何が起こったのかわかっていなかった。今目が覚めた俺に、記憶は全くなかったのだから。人であることはわかっていた、常識も知っていた。しかし、どうやって昨日まで生きていたのか思い出せなかったのだ。
なぜ俺は、この小屋で横たわっているのか。いつからここにいて、昨日まで何をしていたのか。存在だけが急に、現実に放り出されたように、俺というものは曖昧だった。
「逃げる……そうか、逃げなきゃ……」
ようやく、逃げるにまで思考が追い付く。今は、自分を思い出すまで生きなければ。
小屋をボロボロの身なりで飛び出す。町は赤く燃え上がり、赤く光っているのがわかる。最初に認識した世界は、黒と赤だ。そして、叫び声、怒鳴り声、この世の物とは思いたくない、地獄。耳を塞ぎたい声を、目を塞ぎたい現実を見つめ、それでも生きるために走り出した。
「対象、確認。確保します」
「なんで、なんでこんなことに……!」
巨大な機械が俺を見つける。その赤い光線で、捉えられたことがわかる。どこに行けばいいかはわからない。それでもどこかへ逃げなければ、俺には自由も命もはない。がむしゃらに、ひたすらに、ただ前を見て走り続けた。
「対象、確保、確保」
「────ぐぁっ!」
機械音声を繰り返す敵が、俺のゆく手を阻む。機械の振り下ろした腕のようなものが、大地を抉っていく。その勢いはもはや爆弾だ。放たれる衝撃、そして岩石。それを前に俺はなすすべもなく吹き飛ばされる。僅かに残った建物の壁にたたきつけられ、一瞬で意識は遠のいていった。
……俺とは何だったのか。生まれた意味は何だったのか。何のために俺は、あの場所で目を覚ましたんだろう。こんな呪詛を吐かれるような生誕なんて……間違っている。だが俺には、何もできない。自分自身にしてあげられることが、何もないのだ。
「対象の静止を確認。確保に移ります」
「ぐっ……く……そ……が……っ……」
僅かな力で、拳を握り締める。悔しい、目が覚めてこんな生き方しかできない自分が……悔しい……何もできない、俺は生きるための抵抗すらできないのだ。体はこんなにしっかりあるのに、赤子のようだ。だが俺には、守ってくれる人なんていない。誰も俺を見ない、ならここに俺は存在していない。機械の赤く光る光線だけが、俺を見ていた。
「対象、マインジを全身に確認。解読の後、確保に移ります」
「俺は……俺でいたら……ダメ……なのか?」
俺は俺を自覚する前に死ぬのか? 自分を持って生きてはいけないのか?
────そんな世界、覆すとも。今、ここで、俺は俺として生きる。思い出せなくてもいい、わからなくていい。ここで終わったとしても、俺はここに生きているんだから!
「……存在、証明 ────ここに我が存在を突き立てる。存在魔術 !」
手を伸ばし、頭の中に唯一あった呪文を口にする。それにどんな効果があるかもわからない、それでも俺は────その意味が好きだった。
……周囲に青白い光が満ちるのがわかる。しかし、俺はそこが限界だった。瞼が自然と閉じていく。抗っても抗っても、止めることはできない。できることなら、その呪文に何の効果があるのか見たかった。僅かその先の、小さな未来でよかったのに。
このわずかな一日に、何か意味があるのなら。それを証明する、魔術であってほしい────
────その日俺は、輝く目を見た。最後の最後に、その光を見た。その目はどこか見覚えがあって……じんわりとぬくもりを感じるものだった。この温もりが唯一の祝福、そして存在証明────
「……あんたはよく生きた。最高だよ」
21世紀半ば、今まであった文明は崩壊し、新たな文明が始まった。
魔術と科学が敵対する世界。そんな空想のような話を、100年前に誰が予想できただろうか。不可能である、小惑星の衝突すら予測できなかった人類には。それによる資源の枯渇により、戦争を起こしたわけだが、結果として決着はつかなかった。今の科学は、魔術と対等だったのだ。いいや、今まで影を潜めていた魔術が、科学と同じほど発展していたのかというほうが、不思議だっただろうか。
「……いいや、こんなメモ……本にすらできない。やめだ、やめ」
……それらももはや、現在の背景。どうでもいいことだ。今は、科学と魔術が対立し、それぞれ統治する国がある。それがわかっていれば、不思議に思うことはない。紙とペンを魔術で燃やし、塵へと返す。凍てつく大地に風が吹き、一瞬にして塵を吹き飛ばす。とても住める環境じゃなくなった、旧日本 は科学の領地、それだけだ。今更覆せないし、今更楯突く気もない……ないのだが……
「あんなことをされたら、意地でもひっくり返さねば。そうなってしまったな」
魔術が沈黙した100年。どちらでもない「無個性」が抵抗した50年。今まで何度か立ち上がっては、すぐに黙っていたが、ここに「私」として立ち上がる時がやってきた。やらなければならなくなったのだ。負けるとわかっていても、覆せないとしても、死ぬとしても、戦う時が。
「私という存在を、取り戻さなければ……これ以上は黙っていられないよ……な」
その左目にあの日が映る。こんなにも失うならば、あの時戦えばよかったのだ。なのに逃げ、今ものうのうと生きるやつが、ここにいる。まだ迷う。今なら引き返せると、今なら色のない日々を守れると、この体が叫ぶ。それでも、科学の侮辱も、魔術の排除も、許せないのだ。今あるこの世界の在り方が、私の思っていたものと違う。こんなことを望んじゃいない。あの頃からずっとだ。
「……最後の抵抗だろう。これに失敗すれば、もう二度と勝てなくなる。僅かでも勝率のある今、科学を沈めるしかない」
この体に残された時間も少ない。あとどれだけ戦えるかわからない。だからこそ、仲間が欲しい。最低でもあと4人。5人の魔術師がいれば、科学に一矢報いるかもしれない。一石が投じられれば、それだけでもまだ救いだ。
……守らなければいけないものがある、取り戻さなければいけないものがある。そのために、私はもう一度「戦士」にならなければいけない使命だ。
「だがその前に……あそこを見ておくか。何もなければ、そのまま進もう」
荒野に一人立ち、左目だけで世界を見る。そして、ため息をついて、その重い腰を上げたのだ。こうして一人の魔術師は誓いを立てた────世界と自分を、取り戻すと。
────冷たい風が吹く。ここに私の面影は消えた。
……とある町の夜。そこは夜とは思えないほど光り輝いていた。燃えていたのだ、盛大に。
「科学軍だ! 科学軍が来たぞ!」
「逃げろ、捕まえられるぞ!」
俺は何が起こったのかわかっていなかった。今目が覚めた俺に、記憶は全くなかったのだから。人であることはわかっていた、常識も知っていた。しかし、どうやって昨日まで生きていたのか思い出せなかったのだ。
なぜ俺は、この小屋で横たわっているのか。いつからここにいて、昨日まで何をしていたのか。存在だけが急に、現実に放り出されたように、俺というものは曖昧だった。
「逃げる……そうか、逃げなきゃ……」
ようやく、逃げるにまで思考が追い付く。今は、自分を思い出すまで生きなければ。
小屋をボロボロの身なりで飛び出す。町は赤く燃え上がり、赤く光っているのがわかる。最初に認識した世界は、黒と赤だ。そして、叫び声、怒鳴り声、この世の物とは思いたくない、地獄。耳を塞ぎたい声を、目を塞ぎたい現実を見つめ、それでも生きるために走り出した。
「対象、確認。確保します」
「なんで、なんでこんなことに……!」
巨大な機械が俺を見つける。その赤い光線で、捉えられたことがわかる。どこに行けばいいかはわからない。それでもどこかへ逃げなければ、俺には自由も命もはない。がむしゃらに、ひたすらに、ただ前を見て走り続けた。
「対象、確保、確保」
「────ぐぁっ!」
機械音声を繰り返す敵が、俺のゆく手を阻む。機械の振り下ろした腕のようなものが、大地を抉っていく。その勢いはもはや爆弾だ。放たれる衝撃、そして岩石。それを前に俺はなすすべもなく吹き飛ばされる。僅かに残った建物の壁にたたきつけられ、一瞬で意識は遠のいていった。
……俺とは何だったのか。生まれた意味は何だったのか。何のために俺は、あの場所で目を覚ましたんだろう。こんな呪詛を吐かれるような生誕なんて……間違っている。だが俺には、何もできない。自分自身にしてあげられることが、何もないのだ。
「対象の静止を確認。確保に移ります」
「ぐっ……く……そ……が……っ……」
僅かな力で、拳を握り締める。悔しい、目が覚めてこんな生き方しかできない自分が……悔しい……何もできない、俺は生きるための抵抗すらできないのだ。体はこんなにしっかりあるのに、赤子のようだ。だが俺には、守ってくれる人なんていない。誰も俺を見ない、ならここに俺は存在していない。機械の赤く光る光線だけが、俺を見ていた。
「対象、マインジを全身に確認。解読の後、確保に移ります」
「俺は……俺でいたら……ダメ……なのか?」
俺は俺を自覚する前に死ぬのか? 自分を持って生きてはいけないのか?
────そんな世界、覆すとも。今、ここで、俺は俺として生きる。思い出せなくてもいい、わからなくていい。ここで終わったとしても、俺はここに生きているんだから!
「……存在、証明 ────ここに我が存在を突き立てる。存在魔術 !」
手を伸ばし、頭の中に唯一あった呪文を口にする。それにどんな効果があるかもわからない、それでも俺は────その意味が好きだった。
……周囲に青白い光が満ちるのがわかる。しかし、俺はそこが限界だった。瞼が自然と閉じていく。抗っても抗っても、止めることはできない。できることなら、その呪文に何の効果があるのか見たかった。僅かその先の、小さな未来でよかったのに。
このわずかな一日に、何か意味があるのなら。それを証明する、魔術であってほしい────
────その日俺は、輝く目を見た。最後の最後に、その光を見た。その目はどこか見覚えがあって……じんわりとぬくもりを感じるものだった。この温もりが唯一の祝福、そして存在証明────
「……あんたはよく生きた。最高だよ」
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