上 下
1 / 12
魔術、習得したい!

存在証明

しおりを挟む
────地球に、面影はなかった。

 21世紀半ば、今まであった文明は崩壊し、新たな文明が始まった。
 魔術と科学が敵対する世界。そんな空想のような話を、100年前に誰が予想できただろうか。不可能である、小惑星の衝突すら予測できなかった人類には。それによる資源の枯渇により、戦争を起こしたわけだが、結果として決着はつかなかった。今の科学は、魔術と対等だったのだ。いいや、今まで影を潜めていた魔術が、科学と同じほど発展していたのかというほうが、不思議だっただろうか。

「……いいや、こんなメモ……本にすらできない。やめだ、やめ」

……それらももはや、現在の背景。どうでもいいことだ。今は、科学と魔術が対立し、それぞれ統治する国がある。それがわかっていれば、不思議に思うことはない。紙とペンを魔術で燃やし、塵へと返す。凍てつく大地に風が吹き、一瞬にして塵を吹き飛ばす。とても住める環境じゃなくなった、旧日本ここ は科学の領地、それだけだ。今更覆せないし、今更楯突く気もない……ないのだが……

「あんなことをされたら、意地でもひっくり返さねば。そうなってしまったな」

 魔術が沈黙した100年。どちらでもない「無個性」が抵抗した50年。今まで何度か立ち上がっては、すぐに黙っていたが、ここに「私」として立ち上がる時がやってきた。やらなければならなくなったのだ。負けるとわかっていても、覆せないとしても、死ぬとしても、戦う時が。

「私という存在を、取り戻さなければ……これ以上は黙っていられないよ……な」

 その左目にあの日が映る。こんなにも失うならば、あの時戦えばよかったのだ。なのに逃げ、今ものうのうと生きるやつが、ここにいる。まだ迷う。今なら引き返せると、今なら色のない日々を守れると、この体が叫ぶ。それでも、科学の侮辱も、魔術の排除も、許せないのだ。今あるこの世界の在り方が、私の思っていたものと違う。こんなことを望んじゃいない。あの頃からずっとだ。

「……最後の抵抗だろう。これに失敗すれば、もう二度と勝てなくなる。僅かでも勝率のある今、科学を沈めるしかない」

 この体に残された時間も少ない。あとどれだけ戦えるかわからない。だからこそ、仲間が欲しい。最低でもあと4人。5人の魔術師がいれば、科学に一矢報いるかもしれない。一石が投じられれば、それだけでもまだ救いだ。
……守らなければいけないものがある、取り戻さなければいけないものがある。そのために、私はもう一度「戦士」にならなければいけない使命だ。

「だがその前に……あそこを見ておくか。何もなければ、そのまま進もう」

 荒野に一人立ち、左目だけで世界を見る。そして、ため息をついて、その重い腰を上げたのだ。こうして一人の魔術師は誓いを立てた────世界と自分を、取り戻すと。

────冷たい風が吹く。ここに私の面影は消えた。


……とある町の夜。そこは夜とは思えないほど光り輝いていた。燃えていたのだ、盛大に。

「科学軍だ! 科学軍が来たぞ!」
「逃げろ、捕まえられるぞ!」

 俺は何が起こったのかわかっていなかった。今目が覚めた俺に、記憶は全くなかったのだから。人であることはわかっていた、常識も知っていた。しかし、どうやって昨日まで生きていたのか思い出せなかったのだ。
 なぜ俺は、この小屋で横たわっているのか。いつからここにいて、昨日まで何をしていたのか。存在だけが急に、現実に放り出されたように、俺というものは曖昧だった。

「逃げる……そうか、逃げなきゃ……」

 ようやく、逃げるにまで思考が追い付く。今は、自分を思い出すまで生きなければ。
 小屋をボロボロの身なりで飛び出す。町は赤く燃え上がり、赤く光っているのがわかる。最初に認識した世界は、黒と赤だ。そして、叫び声、怒鳴り声、この世の物とは思いたくない、地獄。耳を塞ぎたい声を、目を塞ぎたい現実を見つめ、それでも生きるために走り出した。

「対象、確認。確保します」
「なんで、なんでこんなことに……!」

 巨大な機械が俺を見つける。その赤い光線で、捉えられたことがわかる。どこに行けばいいかはわからない。それでもどこかへ逃げなければ、俺には自由も命もはない。がむしゃらに、ひたすらに、ただ前を見て走り続けた。

「対象、確保、確保」
「────ぐぁっ!」

 機械音声を繰り返す敵が、俺のゆく手を阻む。機械の振り下ろした腕のようなものが、大地を抉っていく。その勢いはもはや爆弾だ。放たれる衝撃、そして岩石。それを前に俺はなすすべもなく吹き飛ばされる。僅かに残った建物の壁にたたきつけられ、一瞬で意識は遠のいていった。
……俺とは何だったのか。生まれた意味は何だったのか。何のために俺は、あの場所で目を覚ましたんだろう。こんな呪詛を吐かれるような生誕なんて……間違っている。だが俺には、何もできない。自分自身にしてあげられることが、何もないのだ。

「対象の静止を確認。確保に移ります」
「ぐっ……く……そ……が……っ……」

 僅かな力で、拳を握り締める。悔しい、目が覚めてこんな生き方しかできない自分が……悔しい……何もできない、俺は生きるための抵抗すらできないのだ。体はこんなにしっかりあるのに、赤子のようだ。だが俺には、守ってくれる人なんていない。誰も俺を見ない、ならここに俺は存在していない。機械の赤く光る光線だけが、俺を見ていた。

「対象、マインジを全身に確認。解読の後、確保に移ります」
「俺は……俺でいたら……ダメ……なのか?」

 俺は俺を自覚する前に死ぬのか? 自分を持って生きてはいけないのか?

────そんな世界、覆すとも。今、ここで、俺は俺として生きる。思い出せなくてもいい、わからなくていい。ここで終わったとしても、俺はここに生きているんだから!

「……存在、証明アイデンティティ サーティファイ  ────ここに我が存在を突き立てる。存在魔術ソーサリー・イグジスト  !」

 手を伸ばし、頭の中に唯一あった呪文を口にする。それにどんな効果があるかもわからない、それでも俺は────その意味が好きだった。
……周囲に青白い光が満ちるのがわかる。しかし、俺はそこが限界だった。瞼が自然と閉じていく。抗っても抗っても、止めることはできない。できることなら、その呪文に何の効果があるのか見たかった。僅かその先の、小さな未来でよかったのに。
 このわずかな一日に、何か意味があるのなら。それを証明する、魔術であってほしい────

────その日俺は、輝く目を見た。最後の最後に、その光を見た。その目はどこか見覚えがあって……じんわりとぬくもりを感じるものだった。この温もりが唯一の祝福、そして存在証明────

「……あんたはよく生きた。最高だよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...