ある日、5億を渡された。

ザクロ

文字の大きさ
上 下
33 / 38
第二章~5億の男は大変です~

チャプター・ハーフタイム

しおりを挟む
 次の日、俺はさっそく金城さんと連絡を取った。確かに、気が動転していたあの時に、このことに気付いていればよかったのかもしれない。金城さんは、俺を知っていた。ならば、聞くべきだったのだ。俺が何者かを。
 しかし、金城さんもやはり忙しいらしく、夜に街のバーで待ち合わせることになった。俺も、今日も母さんの看病は冬馬さんに任せてしまったし、トップって案外動き続けるんだなぁ。

「オシャレな……バーだな……」

 待ち合わせ場所のバーに入ると、何とも高級な雰囲気が漂う。俺も一応スーツで来てはいるものの……なんだろう、雰囲気なのか、存在なのか、わからないが浮いている気がする。23歳にはまだ早い、大人な世界がそこにはあった。
 もちろん、バーの仕組みなどわかるわけないので、とりあえず人を待っていることを伝えた。それがどうやら正解だったらしく、俺はカウンターに座ることになった。なるほど、まずは声をかけるのか。

「あ……あの、バーは初めてなので、おすすめとかあります?」

 恥ずかしいかもしれないが、知ったかぶりのほうがよっぽど恥ずかしいので、もちろん聞く。いろんなおすすめを聞いてみたが、そもそもお酒が飲める人間じゃなかったことに気付いた。そして、いろんなおすすめを聞いた中、結局、カルーアミルクにたどり着き、飲むことになった。

「カルーアミルクは、女性に人気なんですよ。どうですか、お味は」

 バーテンダーの方が聞いてくる。やばい、おいしい。語彙力が足りなくなるほどおいしい。

「甘いんですね。なんか、カフェオレっぽい」
「待っている方が女性なら、ぜひおすすめしてみてください」
「あっ……えっと、今から来るのは、上司で……」

 するとバーテンダーの方が、突然、真剣な顔をしたと思ったら、俺の隣に、いつの間にか金城さんがいた。

「ごゆっくり……」

 何も言わずに、俺にはよくわからないお酒を、金城さんは出してもらっていた。相当常連なんだろうな。

「あぁ、誰かと一緒にお酒を飲むなんて久しぶりだ。社長を……いや、ここでは何と呼べばいいかな。会社でなくとも……」
「いや、進でいいです。敬語とかもいいですよ。俺は年下ですし、影山明は、ビジネスネームなんで」

 すると、金城さんは納得したようにうなづいた。

「あぁ、ビジネスネームか。いやはや、記憶と名前が違うから、びっくりしていたんだよ」
「……やっぱり、知ってるんですか。俺のこと」
「むしろ……覚えていないのかい?」

 俺は言いにくいが、本当のことを口にする。

「……7歳より前の記憶がないんです」
「あぁ……ちょうど、誠一郎の事故死か。まさか、事故に?」
「えぇ、俺も被害にあったみたいで」
「……そうか、大変だったろう。ここまでよく上がってきた。よく戻ってきたね」

 え……戻って、来た?

「やはり、どうなろうと、社長の息子だ。進くん、君には社長になる資格があった。どんなことがあれ、その道が閉ざされてはならない」

────母さんのあの言葉を彷彿とさせる、その言葉。

「進、あなたは才能ある子供よ。その才能を、私たちが足を引っ張ることで、潰してはいけないわ」

 母さんは、このことを言っていたのか? 俺の父さんが、社長であることを知っていて?

「あの……俺、父さんとの思い出がなくて、父さんがどんな人だったか、わかりますか?」
「あぁ、そうか、そこまでないんだね。そうだな……進くんが6歳の頃のあの人は……」

……腕を組み、懐かしむように目を閉じる。

「あぁ、あの頃は……とても仕事熱心な人だった。常に社員のことを考え、常に人のために動いた。いい人だったよ。我々の生活は潤った。進くんには……どんなことをしていたのかわからないけども、とても信頼できる人だったのは確かだ」

 そして、目を開き、俺を真っすぐな瞳で見つめる。その瞳は、老いたとは思えない、若い瞳をしていた。

「懐かしいね、若かりし頃、一緒に仕事をしていた……まさにあの頃の彼だよ」
「そんなに、似てますか?」
「写真を……持っていないのかい?」
「えぇ、父の写真は持っていなくて。探してもないんです」

 すると、金城さんは気になることを言った。

「それもそうだろうね。あぁ、今日は持ってくるのを忘れてしまった。また近いうちに会えないか、ぜひとも、若いときの写真を見せたいんだ」

 それもそう……? 母さんが処分したとか? それとも義理の父親だから、一緒に撮った写真がないとか?
 もしそうなら、願ってもないことだ。記憶にない、父さんの姿が見れるなら、何度でも金城さんに会うとも……!

「すまない、私から呼んでおいて申し訳ないが、会社仲間からこの後呼ばれているんだ」
「では……またお会いできますか?」

 金城さんの笑顔は優しい。まるで、子供を見るかのように、朗らかな笑顔で手を振る。

「あぁ、また会おう。連絡させてほしい、進くん」

 そう言って、金城さんは颯爽とバーを出ていった。まさに、大人の男。要件はしっかりと伝えて、時間に無駄はない。会社仲間と飲みに行くのもまた仕事……さすがベテランだ。

「俺も……あんな大人になれるかな……」

 ああやって、子供の代まで面倒が見れるような、素敵な大人に。

「もう一杯飲まれますか?」
「あ、お願いします……!」

 なんだか、大人になれる気がして、俺はもう一度カルーアミルクを注文した。あんな短時間だったが、金城さんのグラスはカラだ。もともと、ものすごいスピードでお酒が飲める人なんだろうな。バーテンダーの人も何も言わないし。
────記憶は、お酒の影響もあってか、混濁してくる。なんだか、飲みすぎたんだろうか。こんなお酒飲んだことないもんな。
……次第に薄れゆく意識の中、記憶の断片を見た。若いときの……金城さん……俺の隣にいたのは確か……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...