ある日、5億を渡された。

ザクロ

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第二章~5億の男は大変です~

バイクと過去のトラウマ

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────前略、3か月前の俺へ。お元気ですか? 今頃、ボロボロのスクーターで走っていますか?

……俺は元気です。元気に今日も────

「社長、本日のご予定は……」
「冬馬さん、把握済みです。9時から会議、11時から木間きま市に新しく作られた、ショッピングモールの視察、1時30分から30分の休憩の後、2時30より火野市の工場を視察。5時からは一日の情報をまとめ、改善策を出すデスクワーク、ですよね。今日もぎっちり詰まってますね」

 一分一秒無駄にしない、早歩きをしながらの会話。時は金なり、常に動き続けなければ、社長は務まらない。駐車場を早く歩きながら、どんどん進んでいく。
 俺は何かに駆られ、何かに追われていた。誰かの声を聞く余裕なんて今の俺にはない。

「えぇ……「影山」社長の記憶力には頭が下がります。移動は本日こそ車で……」
「いいや、バイクで」

 冬馬さんの言葉を遮るように、俺は新型バイクに乗り、フルフェイスヘルメットを着用した。それはまるで、現実から逃げて、耳を塞ぐように。

「しゃ……社長! もう少し身の安全のためにも、車に乗っていただかないと……」
「ごめんなさい、冬馬さん。この方が早いし、俺にあってるから。では、お先に支部のほうへ行っておきます。冬馬さんは、できれば明のそばにいてあげてください。俺の執事じゃないんですから」
「待ってください、社長! お話が……」

 その声を聞かず、バイクを走らせる。元気に今日も……死んでいます。
 俺の心は、きっとあの日から死んだまま。そうだ、そうに違いない。俺はあの日をずっと後悔して生きていくんだろう。

「あらー、今日もさっさと出て行っちゃったか、進くん」
「申し訳ございません明様、進様を止められず……」

 ゆっくりと歩きながら、駐車場にやってきた明は、冬馬を見る。笑ってはいるものの、どこか寂しさをにじませる顔だ。

「いいんだよ。あそこまで変えたのは僕だ。その責任は僕が取る。あんな時間に厳しい、きっちりした社長になるとは思わなかったからね」

 進の去っていったほうを見つめ、小さくため息をついた。そんな明からは、笑顔が消えていた。

「君は……頑張りすぎなんだ。本当に、よく頑張っているよ。どこか冷酷な、その顔も、声もね」

 そして、小さな声でつぶやいた。

「そっくりだね、こんなにも似るとは思わなかったよ」


────そもそもの始まりは何だったか。それは、3か月前に遡る。



「で……俺は……何したらいいんですかね、社長として」

 早速、正座をしながら、明に申し訳なく聞く。だってわかんないんだもん。5億の男を名乗ったのはいいものの、右も左もわからない。そもそも、社長として何をすべきかなんて、わかるわけがない。もともと俺は、雇われる側だ。
 部屋の奥で、望さんはギロリと俺を睨んでくる。会話に参加するようではないが、やっぱり怖い。

「うーん、早速だけど、僕の代わりだよね」
「……例えば?」
「僕さ、一応女の子だから、若い女がしゃしゃり出るんじゃないよ! って言われないためにも、会議とかに出るの控えてるんだよね。取引先との話とかも」

 いやまぁ、確かにね!! 少女と取引してるんだってバレたら、そりゃあなめられるよね! でもそれでよく会社が成り立つね! 社長不在と一緒じゃん!

「え……えぇ……よく今までそれで会社が回ってきたなぁ」
「まぁね、望が僕の代わりと言っちゃなんだけど、副社長で頑張ってくれたから。でも、そろそろ、これが社長です、っていう顔を立てなきゃいけないんだ。そこで進くんに頼みたくって」
「社長は男っていうことになってるのか?」
「そうだね、影山明かげやまあきら、この名前で「男」として、社長の椅子に座ってるよ。だからこそ、僕の一人称は「僕」でなくてはならない」
「あぁ、それで自分のことを僕って……ってそれは社長として社員を騙してるんじゃ……」
「バレなければ不正じゃないさ! えっへん! ともかく頼むよ進くん!」

 そんなのありか!? それに俺は全くの部外者なんですが────!

「まぁまぁ、そんな唇の端っこ噛みながら酸っぱい顔しなくてもいいよぉー」
「ダメでしょ! そんな大事なところに部外者立てちゃ!」
「えー、でも本当に僕出たくないの! お願いーっ!」

 でもまぁ、こんなにかわいい少女みたいな同い年に、ここまで頭下げて頼みこまれたら仕方がない。好きだし、お願い事は聞いてあげたくなるのが男性というものだ。

「わ、わかったよ……そんなに言うんなら、どういったところで代役を立てたいの?」
「うーんとね、今、水谷市に、影山モータースの直営店があるんだけどさ」

 影山モータース、聞いたことがある。今、国内シェア3位で、1位2位とは僅差で売り上げを伸ばし続け、バイクなどを販売する、影山グループの子会社……! 確か海外での評価が高かったな。デザイン性が評価されていたはずだ。

「ほうほう、それで?」
「そのすぐ近くに、昔からある、出羽のバイクって店があるんだけどね」
「う……うん」

 心臓が高鳴る。何か気持ちの悪いものが駆け上がる感覚。俺の中学校は、水谷市にあった。家は木間市だが、川を渡った反対側の水谷市の中学校が近かったのが、通っていた理由だ。でも、そこでの思い出は、あまりいいものじゃない。
脳裏をよぎる記憶。ふつふつと沸き上がってくる、よく分からない、でもきっと、歪んだ感情。

「出羽のバイクっていう、その地元の老舗店を、売り上げで勝つと同時に……」

 その次の言葉に、俺の昔の傷が抉られた。

「潰してほしいんだ。何人か重要な人材は引き抜いてね。要するに、影山モータースと出羽のバイクの視察に行ってきてほしいんだ」

……昔、中学校の頃、出羽のバイクの前を通らないと、家路には付けなかった。それを知ってか知らずか、俺をいつもバカにし続けたやつがいた。傷が抉られる、いくつもの忘れたい過去が、俺を襲いにやってくる。
 俺は、記憶喪失にはなったはずなのに、どうしてか、ほかにおいては記憶力がいい。嫌なこともいいことも、しっかりと目に焼き付いている。無論、中学校の頃にいいことなどなかったのだが。

「お前、ビンボー人の癖に、俺の家の前通るんじゃねぇよ! ビンボーが移るだろうが! きたねぇ、ゴミみたいなやつがよぉ!」

 思い出す。あのバカにした顔を、罵声を、日頃いじめられ続けた、学校での日々を、ズタボロにされた3年間を、俺は忘れない。
 もし、こんな俺に、唯一人間らしいところがあるとするならば、あの男だけは絶対に避けたい、逃げたい。防衛本能が働きそうだ。それほどまでに、中学時代は苦い過去だ。

「出羽……」
「どうしたの、進くん。唇の端、噛み切りそうだよ?」

 これは、もはや運命というべきだろうか。あの時の嫌な思いをまたするのか。もう思い出したくない────出羽拓馬でばたくまの実家だった。
 彼の中学校の頃の目標が正しければ、店を継いでいるはずだ。

「その話、受けよう。水谷市で、つけなきゃいけないけじめもあったんだ」
「ふーん、マジですって目だけど、どこか闇深いよね。理由は聞かないけど、その気になってくれてうれしいよ、進くん」

 こうして、俺の思い出を蒸し返す苦行と、競合相手を潰すという、社長代行としての最初の仕事であり、困難が始まろうとしていた。
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