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プロローグ~人生の動き始めた日~
重い現実とスクーター2
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「おい、待てよ、真希。俺の何が不満だったんだ」
その瞬間、一瞬にして視界が歪む。鈍い音がして、俺の体は右によろけた。ビンタだ、今のは本気のビンタだ。今まで、殴られたことなんて一度もなかった。なのに、ぼろぼろの通学カバンで、俺はさらに殴られ続ける。壁際まで追い詰められても、まだ、まだ、まだ、まだ……!
どうして、どうしてなんだよ! どうして変わる必要がある、どうして何か求める必要があるんだ。何が不満なんだ。何が欲望を掻き立てるんだ。
「不満に決まってるじゃない! 私の足をこんなのにしたのも、お父さん殺したのも、お母さんを苦しめたのも、全部あんたじゃない! 私の足替わりは当然、お母さんと私のために金を稼ぎ、働き続けるのも当然よ、この罪人が!」
その時、頭に雷が落ちたかのような衝撃を感じた。潤む目を、ぐっとこらえる。
……あ、そっか。俺、何も覚えてないんだった。
いつか、母さんが言ってた。16年前、俺は星が見たいって言ったらしい。それで山道を進んでいた時、落石が落ちてきて……俺は記憶喪失、まだ小さかった妹は、車の部品で足を怪我。そして「義理の父さん」は死んだ。
俺はそもそも、母さんが離婚する前にできた子供らしい。俺は記憶喪失だから、本当の父さんを知らないし、この事実を5年前に知るまで、ずっと死んだ父さんは、自分と血のつながりがあると思っていた。
────ずっと知らなかった。妹に、ずっと恨まれ続けていることに。いいや、その事実を5年前に知った時点で、気づくべきだった。父親の違う俺が、恨まれる対象であることに。
「俺のせいで……父さんは死んだ……」
「そうよ、忘れたの? 呆れたわ。ずっと働き続けたら、脳も心も死ぬのね。それだけは地獄に落ちても忘れないでほしかったのに!」
この心に渦巻く、吐き出したいような感情は何だろう。今までに感じたこともない不快感だ。炭酸を飲んだせいか? 今まであまり飲まなかったし。
明日からまた別のところで働いて、母さんの看病して、真希を送り迎えして……そうだよ、夢だったんだ。俺は夢見ちゃいけなかったんだ。
変化を求めてはいけない人間は、他人の変化を許さなければいけない。俺は変わっちゃいけないんだから、妹が変わっても仕方ないんだ。俺は変われないんだから。
「俺は、夢なんて見ちゃいけない。そうだろ?」
「当たり前よ。あんたが不幸になった原因なんだ。全部あんたのせいじゃない! 感情のない、ロボットの癖に!」
そっか、よく考えれば、感情ってなんだろう。俺に何か、感情が付属したことなんてあったっけ。
……楽しいって、なんだっけ。普通って、幸せって、甘いって、楽って、苦しいって、なんだっけ。
────俺ってなんだっけ。
「じゃあ、わかったよね、お兄ちゃん。これからもずっと、私を家まで送り届けてね?」
ブツン、と何かが切れた気がした。回路が途切れるように、日常のためにある脳は停止する。俺は本当にロボットだったのかもしれない。でも、この体がある限り、俺は絶対に人間だ。人間としての、権利がある。
────変わりたい。この人生を変えたい。もう全部、投げ出して、ひっくり返してしまいたい。
妹を置いたままま、ヘルメットをかぶる。妹は罵声を浴びせてくるが、もう聞こえない。スクーターに乗り、エンジンをふかし、走り出す。ここじゃない、どこかへと向かって。
……どこまで走っただろう。しばらく走り続けて、脳は少し落ち着いた。まだよく思考は回らないが……と、その時、反対車線の歩道から手を振る人物を見つけた。言っちゃ悪いがチャラい服、チャラい立ち方。あいつだと確信し、俺はようやくスクーターを止めた。
横断歩道を小走りで渡りながら、手を振り続ける。いつも笑顔なのは、こいつのいいところなのかもしれない。
「ウィース! おっひさー、すすむん!」
「なんだよ、優斗。突然手なんか振ってさ」
こいつは元木優斗。中学校の頃からの仲で、中高と仲良くしてもらった、唯一の親友だ。なにかと優秀なのだが、チャラいところが玉に瑕。だが、絶対に悪い奴ではないと信じている。
だからこそ、ちょうど今会えたことを、感謝している。
「いやー、ボロいスクーターで爆走してると言ったら、大体すすむんじゃん。時は金なり、みたいな」
「あー、まぁね、間違っちゃいないけどね」
いつもは爆走する理由と言ったら、次のバイト先へ急ぐ時しか走らない。一分一秒無駄にはできなかった。無駄にすれば時給は減る、無駄にすれば、頑張りは認められない。遅れれば、信用を無くす。それが走る理由だった。だが、今日は少々わけが違うことは、きっと優斗もわかっている。
「まぁ、でも、スクーターを止めたってことはよ、今日は急いでねぇってわけだ。バイトでもクビになったか? あるいはそれ以上だな」
「……よくもまぁわかるもんだよ」
「俺を甘く見んじゃねぇYO! じゃ、景気づけにファミレスだな、ケーキだけにってな!」
ケーキを食いたいのはまぁわかる。だがそれ以上に、いつもより元気づけようとしている気がした。
ファミレスは、休日とかに、優斗とよく行った。そのたびに、ドリンクバーを頼んで、こっそり二人で分け合っていた。ドリンクバーは2人いるなら2個頼まなきゃいけないが、そこはファミレスさんごめんなさい。
それが今日はケーキとか言い出した。何か考えているのは間違いない。
「さーて、すすむん。今日は好きなもん頼んでいいぜ! バイト代で今、財布が潤沢なのよー」
「なーんか、お前が言うと怪しい」
「いいんだぜ、好きなもんで」
じゃあ……俺も金持ってるし……指はそっと、メニューの上を指さす。
「イチゴパフェか! じゃあ俺チョコパフェ!」
ピンポーンとボタンを押し、優斗が注文する。パフェを待っている間、何か話し出すかと思って優斗の目を見た。
……優斗の目は、真剣そのもの。だが、口元は余裕を持っている。
「なぁ……お前、やっぱりなんかあったよな。お前はパフェなんか頼まねぇ。ずいぶん金に余裕がある。大きな就職先でも決まったか、宝くじにでもあたったかのどっちかだ」
それはまるで尋問のように、俺に問いかける。
「お前は母さんの看病もあるし……就職は難しいだろ。だとすれば、お前が大金を手にするのは宝くじくらいしかねぇ。だが、それにしちゃ顔色が悪い。「金を手にして余裕があるはずの人間」が「時は金なりのように爆走する」はずねぇもんな」
「……なっ……大体あたりだよ」
「まぁな、お前を見てて思うんだよ。お前がいなけりゃ、家族は生きていけない。でもお前は「自分のために生きること」をしない。誰かを幸せにして、自分を犠牲にする「誤った正義」は楽しいか?」
俺は大きく首を横に振った。すると優斗はうんうん、と納得するようにうなづく。
「ま、何があったか、話してみ? 俺はいくらでも聞いてやるYO!」
こいつはチャラいのか、はたまた「核心を突く男」なのか。こいつには、俺に見えないものが見えるんだろう。
その瞬間、一瞬にして視界が歪む。鈍い音がして、俺の体は右によろけた。ビンタだ、今のは本気のビンタだ。今まで、殴られたことなんて一度もなかった。なのに、ぼろぼろの通学カバンで、俺はさらに殴られ続ける。壁際まで追い詰められても、まだ、まだ、まだ、まだ……!
どうして、どうしてなんだよ! どうして変わる必要がある、どうして何か求める必要があるんだ。何が不満なんだ。何が欲望を掻き立てるんだ。
「不満に決まってるじゃない! 私の足をこんなのにしたのも、お父さん殺したのも、お母さんを苦しめたのも、全部あんたじゃない! 私の足替わりは当然、お母さんと私のために金を稼ぎ、働き続けるのも当然よ、この罪人が!」
その時、頭に雷が落ちたかのような衝撃を感じた。潤む目を、ぐっとこらえる。
……あ、そっか。俺、何も覚えてないんだった。
いつか、母さんが言ってた。16年前、俺は星が見たいって言ったらしい。それで山道を進んでいた時、落石が落ちてきて……俺は記憶喪失、まだ小さかった妹は、車の部品で足を怪我。そして「義理の父さん」は死んだ。
俺はそもそも、母さんが離婚する前にできた子供らしい。俺は記憶喪失だから、本当の父さんを知らないし、この事実を5年前に知るまで、ずっと死んだ父さんは、自分と血のつながりがあると思っていた。
────ずっと知らなかった。妹に、ずっと恨まれ続けていることに。いいや、その事実を5年前に知った時点で、気づくべきだった。父親の違う俺が、恨まれる対象であることに。
「俺のせいで……父さんは死んだ……」
「そうよ、忘れたの? 呆れたわ。ずっと働き続けたら、脳も心も死ぬのね。それだけは地獄に落ちても忘れないでほしかったのに!」
この心に渦巻く、吐き出したいような感情は何だろう。今までに感じたこともない不快感だ。炭酸を飲んだせいか? 今まであまり飲まなかったし。
明日からまた別のところで働いて、母さんの看病して、真希を送り迎えして……そうだよ、夢だったんだ。俺は夢見ちゃいけなかったんだ。
変化を求めてはいけない人間は、他人の変化を許さなければいけない。俺は変わっちゃいけないんだから、妹が変わっても仕方ないんだ。俺は変われないんだから。
「俺は、夢なんて見ちゃいけない。そうだろ?」
「当たり前よ。あんたが不幸になった原因なんだ。全部あんたのせいじゃない! 感情のない、ロボットの癖に!」
そっか、よく考えれば、感情ってなんだろう。俺に何か、感情が付属したことなんてあったっけ。
……楽しいって、なんだっけ。普通って、幸せって、甘いって、楽って、苦しいって、なんだっけ。
────俺ってなんだっけ。
「じゃあ、わかったよね、お兄ちゃん。これからもずっと、私を家まで送り届けてね?」
ブツン、と何かが切れた気がした。回路が途切れるように、日常のためにある脳は停止する。俺は本当にロボットだったのかもしれない。でも、この体がある限り、俺は絶対に人間だ。人間としての、権利がある。
────変わりたい。この人生を変えたい。もう全部、投げ出して、ひっくり返してしまいたい。
妹を置いたままま、ヘルメットをかぶる。妹は罵声を浴びせてくるが、もう聞こえない。スクーターに乗り、エンジンをふかし、走り出す。ここじゃない、どこかへと向かって。
……どこまで走っただろう。しばらく走り続けて、脳は少し落ち着いた。まだよく思考は回らないが……と、その時、反対車線の歩道から手を振る人物を見つけた。言っちゃ悪いがチャラい服、チャラい立ち方。あいつだと確信し、俺はようやくスクーターを止めた。
横断歩道を小走りで渡りながら、手を振り続ける。いつも笑顔なのは、こいつのいいところなのかもしれない。
「ウィース! おっひさー、すすむん!」
「なんだよ、優斗。突然手なんか振ってさ」
こいつは元木優斗。中学校の頃からの仲で、中高と仲良くしてもらった、唯一の親友だ。なにかと優秀なのだが、チャラいところが玉に瑕。だが、絶対に悪い奴ではないと信じている。
だからこそ、ちょうど今会えたことを、感謝している。
「いやー、ボロいスクーターで爆走してると言ったら、大体すすむんじゃん。時は金なり、みたいな」
「あー、まぁね、間違っちゃいないけどね」
いつもは爆走する理由と言ったら、次のバイト先へ急ぐ時しか走らない。一分一秒無駄にはできなかった。無駄にすれば時給は減る、無駄にすれば、頑張りは認められない。遅れれば、信用を無くす。それが走る理由だった。だが、今日は少々わけが違うことは、きっと優斗もわかっている。
「まぁ、でも、スクーターを止めたってことはよ、今日は急いでねぇってわけだ。バイトでもクビになったか? あるいはそれ以上だな」
「……よくもまぁわかるもんだよ」
「俺を甘く見んじゃねぇYO! じゃ、景気づけにファミレスだな、ケーキだけにってな!」
ケーキを食いたいのはまぁわかる。だがそれ以上に、いつもより元気づけようとしている気がした。
ファミレスは、休日とかに、優斗とよく行った。そのたびに、ドリンクバーを頼んで、こっそり二人で分け合っていた。ドリンクバーは2人いるなら2個頼まなきゃいけないが、そこはファミレスさんごめんなさい。
それが今日はケーキとか言い出した。何か考えているのは間違いない。
「さーて、すすむん。今日は好きなもん頼んでいいぜ! バイト代で今、財布が潤沢なのよー」
「なーんか、お前が言うと怪しい」
「いいんだぜ、好きなもんで」
じゃあ……俺も金持ってるし……指はそっと、メニューの上を指さす。
「イチゴパフェか! じゃあ俺チョコパフェ!」
ピンポーンとボタンを押し、優斗が注文する。パフェを待っている間、何か話し出すかと思って優斗の目を見た。
……優斗の目は、真剣そのもの。だが、口元は余裕を持っている。
「なぁ……お前、やっぱりなんかあったよな。お前はパフェなんか頼まねぇ。ずいぶん金に余裕がある。大きな就職先でも決まったか、宝くじにでもあたったかのどっちかだ」
それはまるで尋問のように、俺に問いかける。
「お前は母さんの看病もあるし……就職は難しいだろ。だとすれば、お前が大金を手にするのは宝くじくらいしかねぇ。だが、それにしちゃ顔色が悪い。「金を手にして余裕があるはずの人間」が「時は金なりのように爆走する」はずねぇもんな」
「……なっ……大体あたりだよ」
「まぁな、お前を見てて思うんだよ。お前がいなけりゃ、家族は生きていけない。でもお前は「自分のために生きること」をしない。誰かを幸せにして、自分を犠牲にする「誤った正義」は楽しいか?」
俺は大きく首を横に振った。すると優斗はうんうん、と納得するようにうなづく。
「ま、何があったか、話してみ? 俺はいくらでも聞いてやるYO!」
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