上 下
118 / 141
第2章 辺境伯領平定戦

第87話 根切り

しおりを挟む
「黒煙が上がっているぞっ!」

 ミナが馬を進めながらビーナウの方を指差した。

 あちこちから黒煙が昇り立ち、町の姿はようとして知れない。

 もっとも、報せの通りならば町が燃えている訳ではなかろう。

藤佐とうざの奴め、派手にやったものよのう」

如何程いかほどの玉薬を使った事か。またしてもぜにが消えまするな。やれやれ……」

 弾正がさして困ってもいない様子で肩をすくめ、

「あれほど煙が立つのです。百貫目ばかりは使ったのでは?」

 おどけて申す左馬助。

 集まった大将衆や奉行衆から笑い声が上がる。

「信じられません……。まるで炎の魔法ではありませんか?」

「しかも爆炎を呼び起こす魔法です。相当に腕の立つ魔法師でなけれな使いこなせぬほどの……」

 クリストフとヨハンは驚きを隠さない。

「ビーナウに攻め寄せた敵はさぞかし難儀しておろうな」

「ならば連中の背後を突きまするか?」

 佐藤の爺が馬を寄せて尋ねた。

「我らは今、ビーナウから北へ半里ばかりの地に達してござります。足を速めれば敵が備えを組む前に背後を突けましょう」

「で、あろうな。だが、あの敵はしばらく藤佐とうざに任せるとしよう」

「何だって? 攻めないのか?」

 ミナは「意外だ」と言いたげに尋ねた。

 クリストやヨハンも同じ。

 一方、当家の者達は「然り」と頷いた。

「俺達がまず攻めるべきは敵本陣だ」

「敵本陣? でもカヤノ様のお話では、あそこの敵は戦意に乏しいはず……」

「そうよ」

 興味無さそうに宙に浮いておったカヤノが俺達の元へ下りて来た。

「荷物をまとめている奴もたくさんいるわ。なんだか慌てている感じでね。あれって帰り支度って言うんでしょ? 戦う気配なんてこれぽっちもないんだから」

「カヤノの言を疑っておるのではない。むしろ信を置いておる」

「……そうなの? なら、いいわ。連中を追っ払ってくれるなら何でもいいもの」

 カヤノは微笑を浮かべ、また宙に戻っていった。

「待ってくれ、シンクロー。戦意の無い敵など放置しても害はない。そんな敵と戦うよりもビーナウを救う方が先決ではないのか?」

「ミナの申す事は分かる。これが尋常の戦であれば、だがな」

 左様に申すと、ミナ達異界の衆は互いに顔を見合わせて「異世界の戦はどこを切り取っても普通じゃない」と申した。

「はっはっは! 其方そなたらの目には日ノ本の戦は全て尋常ならざる戦か!」

「当たり前だ。それより分かるように説明してくれ」

「此度の戦は格別なる戦よ。辺境伯領を巡る永き争いに始末をつけるのだからな」

「その事は私達も分かっている。だから一刻も早く決着を付けたいと願っているんじゃないか」

「焦るな焦るな。急いては事を仕損じる。始末をつけるなら、禍根は根こそぎ絶たねばならん」

「禍根だって? …………おい、まさかとは思うが……」

「そのまさかよ。此度、俺達にてきした奴原やつばらは、下人げにん小者こものに至るまで一人たりとも逃がさぬ。ことごとく根切りに致すべし」

「言うと思った……」

「ゲルトめとの戦では手抜かりがあったわ。落人おちうどを数多追い討ちしたものの、戦場いくさばから逃げおおせた者も多い。そもそも急な戦で参陣しなかったが故に己が身を守った者もおる。此度は左様なやからが俺達に敵しておるのだ。そうだな? ヨハンよ?」

「はい……残念ながら……。私のような騎士。兵卒、冒険者……そして貴族……。それぞれ戦いに身を投じた理由は異なるでしょうが……」

 騎士や兵卒は上から命じられて否応なしに参陣したのであろう。

 冒険者は負け戦で稼ぎ損ねた報酬や分捕りを此度こそはと息巻いておるであろう。

 貴族は己が利を守り、あわよくば領地を奪ってやろうと申す魂胆であろう。

 思惑は各々異なろうが、兎にも角にも大なる軍勢となった。

 そして数が集まったと知れば気が大きくなるは、如何なる世でも変わりなし。

 辺境伯領の内ばかりでなく、外からも新たな敵を招き寄せてしまった。

「逃がした者の数多あまたおったが故に、斯様かよう仕儀しぎと相成ってしまったのだ。かえがえすも手抜かりであったわ。故にこそ、此度こそは禍根を絶つ。戦に勝つだけでは足りぬ。今ここで禍根を絶つのだ」

「……分かった。もう何も言うまい」

 ミナが力強く頷く。

 クリストフやヨハンも続いた。

「然らば下知する。隼人はやとっ! 戸次べっきっ!」

「ははっ!」

「ここにっ!」

 隼人と戸次は九州衆で立てたそなえの大将と副将だ。

 目を爛爛らんらんと光らせて前へ出る。

 何を申し渡されるのか、既に悟っている様子であった。

「九州衆に先手を命ずる。敵本陣を突き、引き籠った奴原を叩き出せっ!」

「先鋒をお命じ下さるとは何たる誉れ!」

「有難き幸せにござります! して、攻めのてだては如何に?」

「先に申した通り敵は一人たりとも逃がさん。故に叩き出した敵は、ビーナウとネッカー川に囲まれた地へ追い込む。ビーナウを攻め寄せる敵と一網打尽にするのだ」

「然らば戌亥いぬいより辰巳たつみへ向かって攻めるが上策でござりますな」

 左馬助が異界の衆に、戌亥は北西、辰巳は南東だと申し添えた。

「左様にせよ。次に山県、小幡」

 こちらの二人は、甲斐、信濃、関東の衆で立てたそなえの大将と副将だ。

 馬上衆の数が他に比べて多く、当然ながら馬上ばじょう巧者こうしゃも多い。

「急ぎビーナウの西へ回り、敵の退口のきぐちを絶て。逃げる者はことごとく討ち取れ」

「「おうっ!」」

「敵を追い込んだ後は攻めに転じてもらう。よいな?」

 左様に申すと、二人は「お任せあれ……」と笑みを浮かべた。

 敵の退口を絶つだけでは腕がなまるとでも言いたげだ。

「北は馬廻衆と異界の衆とで蓋をする。ミナ達にも働いてもらうぞ?」

「任せてくれ!」

「必ず義兄上あにうえのお役に立ってみせます!」

「騎士の力をお目に掛けましょう!」

「良し。では――――」

「ぶふふっ!」

 黒金くろがねが「俺はどうした!?」と言わんばかりにいなないた。

「おっと悪かった。其方もおったのう?」

「ぶふっ!」

「何? 左様に戦いたいか?」

「ふすっ!」

はやる事はない。敵は数多おる。踏み殺すも、蹴り殺すも、選り取り見取りぞ? 楽しみにしておれよ?」

「ぶふっ!」

「……本当に馬なんだろうか?」

 呆れ顔のミナは、小声で「魔物の一種では……?」などと呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨
ファンタジー
クリアしなければ、死ぬこともできません。 妙な部屋で目が覚めた大量の人種を問わない人たちに、自称『運営』と名乗る何かは一方的にそう告げた。 難易度別に分けられたダンジョンと呼ぶ何かにランダムに配置されていて、クリア条件を達成しない限りリスポーンし続ける状態を強制されてしまった、らしい。 そんな理不尽に攫われて押し付けられた人たちの強制ダンジョン攻略生活。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...