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第2章 辺境伯領平定戦

手負いの軍曹、異世界人の手先となる

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「バルトルト軍曹、もう少しで本陣ですよ……」

 身体を支えているティモが励ますようにそう言った。

 俺の息が上がっているのを気にしたんだろう。

 短く「おうっ……」と答えて前方を向いた。

「ふう……。あそこを出発してから今日で三日目か……。もっと長い時間が経ったように思えるぜ……」

「僕もそう思います。一年くらいは過ぎたみたいに思いますよ……」

 今度の戦は何もかもケチの付き通しだ。

 お偉方には戦の準備をする十分な時間があったはずなのに、食糧も、燃料も、陣地構築の資材も、何もかもが足りない。

 とにかく頭数を揃えろってんで、兵隊を集め過ぎたんだ。

 総指揮官はブルームハルト子爵、参謀役はアルテンブルク辺境伯家のモーザー筆頭内政官。

 この二人が動員出来る兵隊の数はせいぜい三千人だった。

 普通に考えればな。

 ところが、二人とその取り巻き連中は敵方を警戒するあまり、辺境伯領内で活動する冒険者を根こそぎ雇い入れた上、親交の深い近隣の領主連中にも援軍を頼んだ。

 膨れに膨れた軍勢は七千人。

 敵軍の数はせいぜい二千程度らしいから、これなら数の力で押し勝てるって考えたらしい。

 俺達の小隊長――エトガル・ブルームハルト小隊長はお偉方の方針に公然と文句を言う事こそなかったが、不安は感じているようだった。

 出陣間際に俺を呼び寄せ、「単純な戦にはならない。油断するな」と、険しい顔で言ったもんさ。

 小隊長の懸念は見事に的中した。

 最初はネッカーを攻めるって聞かされていたのに、どういう訳か作戦は二転三転し、行先はビーナウに変更された。

 ビーナウ近くに着陣した日の深夜にはさらに急な作戦変更があって、二千の兵力でネッカー川対岸の敵軍本拠地へ攻め入る事となった。

 運が悪い事に、俺達の隊もその軍勢に加わる事になった。

 ろくな渡河資材も無いまま冬間近の川を渡った俺達はびしょ濡れで、士気は地に墜ちていた。

 それでも攻め入った時こそ威勢が良かった。

 敵に守る兵がいないんだって、誰もが思ったからな。

 だがその先は…………まあ、知っての通りさ。

 昼夜を問わずに散々に攻め立てられ、二千の軍勢がたった一日――いや、一夜で削り取られてなくなっちまったんだ……。

 小隊長の指揮のお陰で何とか隊を保ったままで逃げる事が出来たが、それでも隊の半数は死んじまった。

 俺自身も敵兵に斬られて傷を負った。

 下手をすりゃ血を流し過ぎて死ぬか、足手まといだと置き去りにされて死ぬか、どっちかの運命だ。

 でもそうはならなかった。

 それもこれも全部小隊長のお陰さ。

 あの人が小隊付きの魔術師に、即座に手当を命じていなきゃそこで終わってた。

 何せ魔術師はその後すぐに射殺されちまったからな。

 傷は完全に治らなかったが、応急措置にはなった。

 流れ出す血もずいぶんマシになった。

 それでも怪我人は怪我人。

 連れて回るには足手まといに違いない。

 ところがだ、あの人は怪我人の俺を見捨てず一緒に逃げてくれた……。

 紛れもない命の恩人だね。

 あの人は日頃から良い小隊長だった。

 仕えがいのある騎士だった。

 だがな、今回の一件で信頼は一層増したね。

 あの人の為なら何だってやってやるさ。

 それこそ胡散臭い異世界人の手先にだってなってやる―――。

「おおお……痛ててて……」

「あっ! い、痛みますか?」

「ああ。ちょっとな」

「回復魔術で直してもらえばよかったんです。サイトー様は頼めばきっとそうしてくれましたよ」

「だろうな。だがよ、無傷で帰るよりも、怪我して帰った方が真に迫るってもんだ」

「そうかもしれませんけど……」

「にしても『サイトー様』か。おいティモよ。お前、あのサイトーを信じるのか?」

「えっ!? で、でも! 辺境伯閣下の御令嬢であるヴィルヘルミナ様が……。それにヨハン・ブルームハルト小隊長も信頼して良いって!」

「分かっているさ。ただな、サイトーがアルテンブルクに姿を現してせいぜい三ヶ月だ。領民の評判は上がっちゃいるがよ、人間ってモンを見極めるには短か過ぎるぜ。おまけに異世界から転移してきただって? 俄かに信じられんな」

「……でも東の荒れ地には山や森なんてありませんでした。城や村まで……」

「そいつは俺も驚いちゃいる。だがな、だからって異世界から来たってのは発想が飛躍し過ぎてる」

「軍曹……」

「そんな不安そうな顔すんじゃねぇよ。俺はな、何でもかんでも考え無しに信じるなって言いたいだけさ」

「あの……それじゃあこの任務は……」

「やるに決まってんだろ? サイトーを信じちゃいないが、俺は小隊長を信じてる。俺達が首尾よく事を運べば小隊長の立場も良くなる。戦が終わった後、要職に登用されるかもしれん。小隊長は命の恩人だ。下手を打てるもんかよ」

「軍曹!」

「安心したか? それならな、背中のそいつを落とさないようしっかり気を回しておけよ?」

「うっ……。こ、これですか……? あんまり考えないようにしていたんですけど……」

 気持ち悪そうな顔で後ろを振り返るティモ。

 その背中には桶を一つ担いでいた。

 ちょうど人の頭が一つ、スッポリ入るくらいの大きさだ。

 今回の任務に欠かせない小道具が中に入っている。

 正直言って、こんなものを持たせるなんて正気の沙汰じゃないと思うんだがな?

 お偉方に中身を見せたらどんな反応が返ってくる事やら……。

 一体あのサイトーってのは何を考えているのかねぇ?

 俺の常識じゃ理解出来んぜ。

 こういうところも、サイトーを信じられねぇ理由の一つだ――――。

 ダァ――――――――ッ!

「あっ!」

「伏せろっ!」

 甲高い破裂音が野原に響く。

 テッポーとかいう武器から放たれる音に違いない。

 ティモと二人、急いで地面に這いつくばる。

 あの音は俺達にとって恐怖の象徴だ。

 音が聞こえた直後、目にも止まらぬ速さで鉛のつぶてが飛んで来て身体を貫くんだからな。

 頭にでも当たったらきっと即死だ。

 ダァ――――――――ッ!

 もう一度、音が聞こえた。

 地面に這いつくばったまま聞こえたその音は、俺達の身近から聞こえたものじゃなかった。

 本陣の向こう側にある森の方から聞こえたんだ。

 その後も散発的に音は聞こえたが、どれもこれも森の向こう側で響いている。

 さらに様子をうかがってみたが、テッポーの音が聞こえるだけで、それ以上の動きはない。

 既に戦が始まっているのかと思ったが、そう言う訳でもないらしい。

 状況を理解した俺達は、立ち上がると本陣へと急いだ。

 辿り着いた本陣の軍門は兵隊で溢れ、ひどい混乱の最中さなかにあった。
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