異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

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第2章 辺境伯領平定戦

第85.7話 過保護な守役は腹切る覚悟

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「ちょっとちょっとぉ! あんな約束してよかったのぉ!?」

 カヤノ様が姿を消されるや、クリス殿とハンナ殿は不安そうな顔で口を開いた。

「カヤノ様はすごく怒っていましたけど……」

「まさか『我が腹をさばく』なんてぇ!」

「後から冗談でした、って言っても聞き入れてくれませんよ?」

「冗談ではござりませぬからな」

「「え?」」

 手前の答えを聞いたお二方は目を点にしてしまった。

「冗談はござりませぬ。手前は本気にござるぞ?」

「ほ、本気だったのぉ!?」

「や、止めましょうよ! お腹を斬るなんて絶対痛いですよ!」

「って言うか自分で自分のお腹をなんて絶対出来ないでしょ!?」

「出来申す」

「嘘でしょ!? ちょっと目がマジで怖いんだけどぉ!?」

「サイカ様やオスギさんも止めて下さいよ!」

 ハンナ殿は懇願するように申されたが、雑賀殿と杉ノ介は真面目な顔で首を振った。

「出来ませぬ。加治田殿の面目を潰す事になる」

「のみならず、無用の止め立ては己の恥辱ともなりましょう」

「なんでよぉ!? お腹切っちゃうかもしれないのよぉ!?」

「そうですよ! 自分から進んで死ぬなんて!」

「うむ……。雑賀殿、杉ノ介。どうやら異界の方々は切腹の意を解さぬらしい。説いて聞かせねばならぬようだ」

「セップクってぇ……お腹を切る事ぉ?」

「異世界にはお腹を切るって意味の言葉があるんですか?」

「その事実だけでなんか凄まじく恐過ぎるぅ……」

「すいません。そのセップクの意ってのをとてつもなく聞きたくないんですけど……」

「是が非でもお聞き届けいただきますぞ? 武士の面目に関わる大事にござりますれば」

「め、面目?」

「えっと……名誉って事ですか?」

「武士にとって面目は命に代えても守るべきもの。故に面目を失えば浮世に立つ瀬無し。生き恥を晒さず潔く果てる事こそ矜持きょうじにござります。約定を違えしときは、必ずや我が腹を十字にさばいてご覧にいれましょうぞ」

「ちょ……今度は十字に捌くとかもっと恐い事を言ってるよぉ……。レベルが上がってるよぉ……」

「し、失敗なんて人生でいくらでもあるじゃないですか? 止めましょうよ自殺なんて……。それにほら、シンクロー様だって悲しむと思いますよ? きっと……」

「いいえ。若は『藤佐とうざよくやった』とお褒め下さいましょう」

「「ダメだっ! 話が通じない!」」

 御二方は匙を投げた医者のように天を仰いだ。

「ご案じ下さるのは有難いのだが、手前と御二方では話の前提が異なるようにござりますな?」

「はいぃ?」

「話の前提……ですか?」

「左様。御二方は手前が約定を守れぬ事を前提に話をしておられますな? しかし、手前は約定を守る前提で己が覚悟を示しております」

「約束を守るってぇ……。残った敵だけでもこっちの十倍よぉ?」

「このままだと木は切られたい放題だけど、不用意に手出しも出来ませんよ?」

「お話は御尤ごもっとも。ながら、諦めるには早過ぎましょう。打てる手はいくつもありますからな」

「こんな状態で……」

「打てる手が? 本当に?」

「あります。のう? 雑賀殿? 杉ノ介?」

 手前が話を振ると、二人して自信有り気に小さく頷いた。

 上様と太閤殿下。

 かつて二人の天下人を苦しめ続けた雑賀衆と根来衆の力の程、異界の方々に披露する時は今を置いて他にない。

「あの……訊いてもいいですか?」

「ハンナ殿?」

「シンクロー様は『不用意に手は出せん。しばし耐えよ』ってカヤノ様に言ったんですよね? 勝手に動いてもいいんでしょうか?」

「そうだねぇ……。アタシもなんか心配だわぁ。勝手に動いて叱られない?」

「成程。気になる御言葉ではあります」

「でしょ?」

「しかし御言葉を裏返せば『用意があれば手を出す』にござります。『しばし耐えよ』も『用意をするから待て』にござりますな」

「へ?」

「若から『絶対に動くな』との御下知は未だにありませぬ」

「うへぇ……」

「モノは言い様ですね……」

「カヤノ様には若の御言葉を最後までお聞き届けいただきたいものにござるな。なれば左様さようなお話がお聞きになれたでしょうに……」

 御二方は狐につままれたような顔をなさった後、「そんなものでしょうか……?」と渋々と言った様子で頷いた。

「斯くなる上は時が惜しい。早速にも動かねば。町の衆を呼び集めて下され」

 間もなくしてビーナウの有力者達が本陣へ勢揃いした。

 クリス殿の御両親であるマルティン殿とカサンドラ殿。

 大店おおだなを構えるケーラー商会とモール商会の当主。

 他にも数人の商人や船主達が顔を揃えた。

 手前がいくさてだてをお話すると、ほとんどの者が暗い顔をした。

 我が方から戦を仕掛ければ、ビーナウが落ちる時期を早めるだけではないのかと不安なのだ。

 だが、手前はビーナウの守りに不安を感じていない。

 そもそも異界の町は高い石の壁で囲まれ、出入口には堅固な門が設けられている。

 賊や魔物の害を避けるためだと聞くが、戦でも十分に役立とう。

 ビーナウもその例に漏れず、町は石の壁でスッポリと囲まれている。

 さらに東はネッカー川、南は海に面し、西は海沿いに岩場や砂浜が広がる。

 軍勢がまともに動けそうな場所は北のみ。

 その北にも、ネッカー川と繋がる運河が流れており水堀の代わりを果たしている。

 さすがに城塞と申すほどの規模ではないが、簡単に攻め込めるものではない。

 敵を押し留めている間に、二里先のネッカーから味方も駆け付けよう。

 敵の魔法師の存在は気掛かりだが、魔法は万能の法ではない。

 弱点もある。

 破る手立ては数限りない。

「まあ! 魔法を破る手立てが数限りないですって?」

 クリス殿の母御、カサンドラ殿が心外だと言わんばかりに声を上げた。

「魔法師として聞き捨てならない発言だわ。本当に?」

「真にござります。魔法師なぞ恐るるに足らず、かと……」

「へぇ……言ったわね?」

 恐ろし気な微笑を浮かべるカサンドラ殿。

 商人衆が「ひいっ!」と悲鳴を上げた。

「ね、ねぇねぇハンナ?」

「な、何ですクリスさん?」

「く、口調は違うけどぉ、ああいう言い方ってシンクローっぽくない?」

「き、奇遇ですね。あたしもそう思いました」

「当然でござろうな」

「サイカ様?」

「加治田殿は若の守役。加治田殿が若に似たのではなく、若が加治田殿に似たと申すべきでしょうな」

「シンクロー様がカジタ様に?」

「似たのは言動のみにござりませぬ。戦をさせても若に肩を並べる御手並にござるぞ?」

「えっ!? そうなんですか!?」

 クリス殿とハンナ殿が「過保護な姿しか思い浮かばない」と疑わしそうな目で手前を見た。

 覚えがあるだけに手前も言葉に詰まる。

 雑賀殿は大笑しつつ「そればかりの御方ではござらぬ」と続けた。

「加治田殿は若にとって股肱ここうの臣。腹心中の腹心にござりますぞ」

「それってぇ、モチヅキ様じゃなくてぇ?」

「望月殿が若の右腕なら、加治田殿は左腕。家中では御二人を『左右の利き腕』と称しております。それほどまでに若の信が厚いのでござる」

 なんと気恥ずかしい事を申すのか……。

 雑賀殿はさらに言葉を続けた。

「各々方! 御心配は無用にござるぞ! 若は十倍の敵に囲まれるとお分かりでありながら、加治田殿をビーナウの大将となさったのでござりますぞ? これぞ若の信厚き何よりの証! 己が半身とたのむ故にござります!」

 これはいよいよ勝たねばならなくなった。

 カヤノ様との約定も大切だが、若の信を裏切る事は何よりも耐え難いのだから!
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