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第2章 辺境伯領平定戦
第84.8話 母の人取り
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「御注進! 御注進――――っ!」
一夜明け、村の南に敷いた陣内に使番が駆け込んで参りました。
余程急いで参ったのでしょうね。
息は大きく弾み、肩も大きく上下しています。
丹波様が「申せ!」と促すや、堰を切ったかの如く見聞した事を申し立てました。
「望月信濃守殿っ! 敵南陣に攻め入り敵勢を数多討ち取りましてござります! 敵は備えを保てず崩れんとしておりますっ!」
陣内の女房衆や近習衆から「おおっ!」と声が上がります。
「御注進――――っ!」
興奮冷めやらぬ中、新たな使番が参りました。
どうやらこちらも吉報をもたらしそうですね。
声音に力強さがありますもの。
丹波様が再び「申せ!」と促します。
「北條常陸介殿っ! 馬にて敵北陣を乗り崩され、散々に敵勢を掻き乱しましてござりますっ!」
「さすがは北條殿! 馬上の戦はお手の物ね!」
「ほっほっほ。関東衆に乗り入られては成す術もありますまい。陣内を馬が駆け巡りましょうぞ」
「ええ、本当に。これでお膳立てが整いましたね?」
「然り。あとは――――」
「御注進――――っ!」
丹波様の言葉が終わらぬ内に、またしても使番です。
戦とは本当に目まぐるしく忙しいものですね。
「敵勢崩れましてござりますっ! 南と北を避け、西と東の山中に逃げ込まんとしておりますっ!」
この報に、わたくしと丹波様が顔を見合わせました。
「やっぱり取り囲んでの根切りは叶いませんか……。敵の人数が多過ぎましたね。残念です」
「よろしゅうござります。これもまた我らの案の内にござりますれば」
「はい。でも、敵は酷な道を選んだものですね?」
「真に真に」
「では狼煙を――――」
間もなく、空高く狼煙が打ち上がりました。
狼煙が上がる音、そして破裂する音が山間に響き渡ります。
これで合図が隅々まで届いたでしょう。
敵陣で戦う味方は元より、山中に潜む味方にも…………。
やがて敵が逃げ入った山の中から恐ろし気な叫び声が聞こえてくるようになりました。
一つ二つではありません。
この山間を満たし、溢れんばかりの数なのです。
「義兄上様や鷲見殿がやってくれたようですね?」
「ですな。御二方共に今か今かと待ちわびておったでしょうな。存分に本意を遂げておられましょう」
義兄上様は坊主衆や山伏衆を、鷲見殿は山奉行配下の者達を率いて山中で息を潜めておられたのです。
敵が飽く迄陣内に留まって戦うならば、山中から打って出ていただくつもりでしたが、山に逃げ入るならばそのまま迎え撃っていただく事としていたのです。
敵を取り囲んで根切りに出来なかった事は無念至極なのですが、どちらかと申せば、義兄上様も鷲見殿も山の中の方が存分に戦えるのではないかと思います。
さて、どれだけの敵が生き残る事ができるでしょうか?
「御注進――――っ!」
山から悲鳴が木霊する中、戦場へ戻っていた使番が再びやって来ました。
望月殿の戦いぶりを伝えたあの使番です。
「敵勢百ばかり、詫言を申して降を乞うたとの由! 望月殿が如何にせんやと御下知を仰いでおられます!」
これを皮切りに、敵が降を乞うているとの報が相次ぎました。
十人ばかりの小勢もあれば、百を超える多勢もあります。
「人数に随分と差がありますね?」
「軍勢としての体裁が保てなくなった故にござりましょうな。孤立無援となった者共が命惜しさに申し出ておるに相違ありますまい」
「これまでの報を合わせれば五百に迫りますね。元の敵勢の四分の一ですか……」
「もはや是非も無し。斬って捨てればよろしい」
丹波様は些かの躊躇いも無くおっしゃいます。
女房衆は「五百全てを……?」と恐ろし気に呟きました。
近習衆は声こそ発しないものの、険しい顔付きです。
「他人の家に押し入り散々に荒らし回っておきながら、今更になって降参とは虫が良い。家屋敷や田畠を荒らされた百姓共は得心致しませぬぞ? ならば斯様な者共、撫で斬りに致せばよろしゅうござる」
「撫で斬り……ですか……」
「おや? 迷っておられましょうか? 何故でござりましょう?」
丹波様がスッと目を細められました。
途端に場が緊張します。
女房衆は押し黙ってしまい、近習衆は丹波様から目を逸らしてしまいます。
きっと丹波様が弱気を責めておられるのだと感じたのでしょうね。
確かに丹波様の御言葉はそのようにも聞こえますが……。
わたくしには左様とばかりには思えませんでした。
だって「何故でござりましょう?」と尋ねておられるではありませんか。
丹波様は、良くないことは良くないとハッキリと申すお方です。
恐らくですが、丹波様はこう申したいのです。
元々敵を根切りにすると決めておきながら、敵が降を乞えば直ちに言を翻すのか?
降参を許したところで、多勢の敵を如何にするおつもりか?
慈悲を掛けた上にただ飯まで喰らわせてやるとは申しませぬな? と――――。
うふ……うふふふふ…………。
甘く見られたものです。
わたくしも戦国乱世を生き抜いた大名の妻。
只の慈悲でこんな事を申すと思いますか?
「丹波様、せっかく敵方から降を乞うと申しているのです。もはや士気は地に墜ちたことでしょう。ならば撫で斬りよりも、もっと良い成敗がありますよ?」
「もっと良い、ですと? 左様なものがありましょうや?」
「もちろんです」
「ほう……。是非とも伺いたいものですな」
「名の有る将は質とし、名も無き兵は売り払いましょう」
わたくしが申すと、女房衆と近習衆は「合点がいった」とばかりに手を打ちました。
「田畠を荒らされた村に下げ渡しても良いかもしれませんね? それとも人夫として領内の普請をさせるか……。東の荒地で開墾をさせても良いかもしれません。人手はいくらでも必要なのです」
「…………」
「そもそも民には乱取り、人取り、成敗の勝手次第を許しました。ならば、許した当の我らが出来ぬ道理はありません。何を選ぶかは勝手次第。選り取り見取りなのです。より良いものを選べばよろしゅうございます」
「…………ほっほ……ほっほっほ! これは一本取られた! 正に左様! 左様にござるな!」
「荒らされた領内を立て直さねばなりません。これから入り用になりますよ? それに銭《ぜに》はいくらあっても良いものでしょう?」
「仰せの通りにござります」
「では決まりですね。使番?」
「ははっ!」
「義兄上様、望月殿、北條殿、鷲見殿にお伝えなさい。降を乞うた者は苦しからず。武具防具を取り上げ縄を打ち、村の家屋敷に押し籠めよ、と」
「畏まりましたっ!」
「逃げる者あらば家屋敷に押し籠めたまま火を放つと脅し付けなさい。抗う者は皆の目の前で容赦なく斬り捨てなさい。左様申し付けるように」
「はっ!」
使番は馬を寄せてすぐさま戦場へ駆けていきます。
その姿を見届けた後、丹波様に申しました。
「では丹波様。我らも動きましょう」
「ええ。ええ。分かっておりますぞ。逃げ散った敵勢を追うのですな?」
「はい。一夜明けた敵陣は、昨日と比べて明らかに兵の数が少のうございました。夜の内に我らの隙を突いて逃げた者が数多いるはずです。この者共も捕えてしまいましょう」
丹波様の御賛同を得たわたくしは、女房衆や近習衆、飛騨衆を合わせて五十ばかりを率いて南の木戸口を目指しました。
逃げた敵は元来た道を戻ったに違いないと考えたからです。
道中の村々は無人でしたし、なにより生き残るにはネッカー川の向こう岸へ帰るしかありませんから。
これでようやく戦場に出られます。
腕が鳴りますね!
一夜明け、村の南に敷いた陣内に使番が駆け込んで参りました。
余程急いで参ったのでしょうね。
息は大きく弾み、肩も大きく上下しています。
丹波様が「申せ!」と促すや、堰を切ったかの如く見聞した事を申し立てました。
「望月信濃守殿っ! 敵南陣に攻め入り敵勢を数多討ち取りましてござります! 敵は備えを保てず崩れんとしておりますっ!」
陣内の女房衆や近習衆から「おおっ!」と声が上がります。
「御注進――――っ!」
興奮冷めやらぬ中、新たな使番が参りました。
どうやらこちらも吉報をもたらしそうですね。
声音に力強さがありますもの。
丹波様が再び「申せ!」と促します。
「北條常陸介殿っ! 馬にて敵北陣を乗り崩され、散々に敵勢を掻き乱しましてござりますっ!」
「さすがは北條殿! 馬上の戦はお手の物ね!」
「ほっほっほ。関東衆に乗り入られては成す術もありますまい。陣内を馬が駆け巡りましょうぞ」
「ええ、本当に。これでお膳立てが整いましたね?」
「然り。あとは――――」
「御注進――――っ!」
丹波様の言葉が終わらぬ内に、またしても使番です。
戦とは本当に目まぐるしく忙しいものですね。
「敵勢崩れましてござりますっ! 南と北を避け、西と東の山中に逃げ込まんとしておりますっ!」
この報に、わたくしと丹波様が顔を見合わせました。
「やっぱり取り囲んでの根切りは叶いませんか……。敵の人数が多過ぎましたね。残念です」
「よろしゅうござります。これもまた我らの案の内にござりますれば」
「はい。でも、敵は酷な道を選んだものですね?」
「真に真に」
「では狼煙を――――」
間もなく、空高く狼煙が打ち上がりました。
狼煙が上がる音、そして破裂する音が山間に響き渡ります。
これで合図が隅々まで届いたでしょう。
敵陣で戦う味方は元より、山中に潜む味方にも…………。
やがて敵が逃げ入った山の中から恐ろし気な叫び声が聞こえてくるようになりました。
一つ二つではありません。
この山間を満たし、溢れんばかりの数なのです。
「義兄上様や鷲見殿がやってくれたようですね?」
「ですな。御二方共に今か今かと待ちわびておったでしょうな。存分に本意を遂げておられましょう」
義兄上様は坊主衆や山伏衆を、鷲見殿は山奉行配下の者達を率いて山中で息を潜めておられたのです。
敵が飽く迄陣内に留まって戦うならば、山中から打って出ていただくつもりでしたが、山に逃げ入るならばそのまま迎え撃っていただく事としていたのです。
敵を取り囲んで根切りに出来なかった事は無念至極なのですが、どちらかと申せば、義兄上様も鷲見殿も山の中の方が存分に戦えるのではないかと思います。
さて、どれだけの敵が生き残る事ができるでしょうか?
「御注進――――っ!」
山から悲鳴が木霊する中、戦場へ戻っていた使番が再びやって来ました。
望月殿の戦いぶりを伝えたあの使番です。
「敵勢百ばかり、詫言を申して降を乞うたとの由! 望月殿が如何にせんやと御下知を仰いでおられます!」
これを皮切りに、敵が降を乞うているとの報が相次ぎました。
十人ばかりの小勢もあれば、百を超える多勢もあります。
「人数に随分と差がありますね?」
「軍勢としての体裁が保てなくなった故にござりましょうな。孤立無援となった者共が命惜しさに申し出ておるに相違ありますまい」
「これまでの報を合わせれば五百に迫りますね。元の敵勢の四分の一ですか……」
「もはや是非も無し。斬って捨てればよろしい」
丹波様は些かの躊躇いも無くおっしゃいます。
女房衆は「五百全てを……?」と恐ろし気に呟きました。
近習衆は声こそ発しないものの、険しい顔付きです。
「他人の家に押し入り散々に荒らし回っておきながら、今更になって降参とは虫が良い。家屋敷や田畠を荒らされた百姓共は得心致しませぬぞ? ならば斯様な者共、撫で斬りに致せばよろしゅうござる」
「撫で斬り……ですか……」
「おや? 迷っておられましょうか? 何故でござりましょう?」
丹波様がスッと目を細められました。
途端に場が緊張します。
女房衆は押し黙ってしまい、近習衆は丹波様から目を逸らしてしまいます。
きっと丹波様が弱気を責めておられるのだと感じたのでしょうね。
確かに丹波様の御言葉はそのようにも聞こえますが……。
わたくしには左様とばかりには思えませんでした。
だって「何故でござりましょう?」と尋ねておられるではありませんか。
丹波様は、良くないことは良くないとハッキリと申すお方です。
恐らくですが、丹波様はこう申したいのです。
元々敵を根切りにすると決めておきながら、敵が降を乞えば直ちに言を翻すのか?
降参を許したところで、多勢の敵を如何にするおつもりか?
慈悲を掛けた上にただ飯まで喰らわせてやるとは申しませぬな? と――――。
うふ……うふふふふ…………。
甘く見られたものです。
わたくしも戦国乱世を生き抜いた大名の妻。
只の慈悲でこんな事を申すと思いますか?
「丹波様、せっかく敵方から降を乞うと申しているのです。もはや士気は地に墜ちたことでしょう。ならば撫で斬りよりも、もっと良い成敗がありますよ?」
「もっと良い、ですと? 左様なものがありましょうや?」
「もちろんです」
「ほう……。是非とも伺いたいものですな」
「名の有る将は質とし、名も無き兵は売り払いましょう」
わたくしが申すと、女房衆と近習衆は「合点がいった」とばかりに手を打ちました。
「田畠を荒らされた村に下げ渡しても良いかもしれませんね? それとも人夫として領内の普請をさせるか……。東の荒地で開墾をさせても良いかもしれません。人手はいくらでも必要なのです」
「…………」
「そもそも民には乱取り、人取り、成敗の勝手次第を許しました。ならば、許した当の我らが出来ぬ道理はありません。何を選ぶかは勝手次第。選り取り見取りなのです。より良いものを選べばよろしゅうございます」
「…………ほっほ……ほっほっほ! これは一本取られた! 正に左様! 左様にござるな!」
「荒らされた領内を立て直さねばなりません。これから入り用になりますよ? それに銭《ぜに》はいくらあっても良いものでしょう?」
「仰せの通りにござります」
「では決まりですね。使番?」
「ははっ!」
「義兄上様、望月殿、北條殿、鷲見殿にお伝えなさい。降を乞うた者は苦しからず。武具防具を取り上げ縄を打ち、村の家屋敷に押し籠めよ、と」
「畏まりましたっ!」
「逃げる者あらば家屋敷に押し籠めたまま火を放つと脅し付けなさい。抗う者は皆の目の前で容赦なく斬り捨てなさい。左様申し付けるように」
「はっ!」
使番は馬を寄せてすぐさま戦場へ駆けていきます。
その姿を見届けた後、丹波様に申しました。
「では丹波様。我らも動きましょう」
「ええ。ええ。分かっておりますぞ。逃げ散った敵勢を追うのですな?」
「はい。一夜明けた敵陣は、昨日と比べて明らかに兵の数が少のうございました。夜の内に我らの隙を突いて逃げた者が数多いるはずです。この者共も捕えてしまいましょう」
丹波様の御賛同を得たわたくしは、女房衆や近習衆、飛騨衆を合わせて五十ばかりを率いて南の木戸口を目指しました。
逃げた敵は元来た道を戻ったに違いないと考えたからです。
道中の村々は無人でしたし、なにより生き残るにはネッカー川の向こう岸へ帰るしかありませんから。
これでようやく戦場に出られます。
腕が鳴りますね!
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