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第2章 辺境伯領平定戦
第79話 押し太鼓
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「テッポーの音が凄まじいな!」
ミナが叫ぶように話し掛けた。
河原一帯に響く鉄砲の音が声をかき消すからだ。
硝煙と火縄の煙が濛々と立ち込めるせいで視界も良くない。
「西軍の鉄砲が勢いを増していないか!?」
「そうだな! 一時の混乱は脱したようだ!」
石合戦によって多少の混乱は生じたものの、僅かな時間で西軍は態勢を立て直した。
今や明らかに東軍の射撃を上回っておる。
数で勝る事も然る事ながら、九州の者共は鉄砲の扱いに一日の長がある。
鉄砲戦で遅れは取らぬか。
だがしかし、東軍もそんな事は織り込み済みだ。
ミナやヨハンは東軍の動きに気付くかな?
「あれ? そう言えばさっきから両軍の間合いが開いたままじゃないか? そう思わないかヨハン?」
「はい……。西軍は前進を続けているようですが、東軍は後退しているのでしょうか? そのせいで間合いが詰まっていない?」
「この局面でどうして後退を? テッポーでは西軍が勝っているが、決定的な不利とまでは言えないと思うが……」
「何か意味があるのでしょうが……」
二人して俺を見る。
二人の顔には『解説を求む』と書いてあった。
「お主らは既に答えを知っているはずだぞ? 己で口にしておったではないか?」
「私達が答えを?」
「口にした、ですか?」
「う~ん……。私達が口にした事と言えば、西軍の兵力が前線に偏重している……と言う事ぐらいか?」
「ですね。西軍は早期に敵の突破を図ろうとしているのかと……」
「それが答えだとすると、東軍は西軍の前線突破を許さぬために敢えて後退しているのか?」
「良い所まで来たな。だが少し足りぬ」
「足りない?」
「後退するだけでは勝機を掴むことは出来ぬ。東軍の後退は西軍の攻撃を往なし、攻めに転じる為の後退なのだ」
「攻めるだって?」
「ですが、攻めに転じても西軍のテッポーが待ち構えていますよ?」
「確かにそうだ。しかし鉄砲が使えなくなれば如何かな?」
「何? 使えなくなるだって?」
「鉄砲が火薬と火を使うことは二人も存じていよう? ならば考えてみよ。立て続けに放てば鉄砲はどうなる?」
「どうなるって……。熱くなる……か?」
「もしや、熱を持つと撃てなくなるのですか?」
「左様。熱が過ぎれば銃身は曲がり、引金や火挟などの絡繰は歪み、込めた火薬の暴発にも繋がる。火薬の燃えカスも詰まる。故に、鉄砲は無限に放ち続ける事など出来ぬ。にも拘らず斯様に放ち続けてはな」
西軍は鉄砲戦で東軍を圧倒し、一気に敵陣を突く戦いを思い描いていたはずだ。
だが、東軍は西軍の陣立てを目にしてその策を見抜いた。
いや、そもそも鉄砲戦に長けた九州衆が出張った時点で、左様な戦いも案の内にあったのであろう。
だからこそ、西軍に間合いを詰めさせず、無駄撃ちをさせ続けているのだ。
西軍の鉄砲が使い物にならなくなった瞬間、東軍の長柄衆と馬上衆が西軍の陣へ襲い掛かるであろう。
織田様の幕下に属して以来、三間間中の長柄に慣れ親しんだ美濃衆と、馬上巧者が揃った武田旧臣と関東衆が共に攻め掛かれば、如何な九州衆と言えども不利は否めまい。
「――――とは申せ、何時まで間合いを保てるであろうな?」
「え?」
「敵に間合いを詰めさせぬと申しても簡単な事ではない。敵の動きを読んだ上で、自軍を一糸乱れずに動かさねばならんからな。一分の手落ちも許されんぞ」
先手を務める浅利は野戦の駆け引きに長けておるし、大将の加治田も他の奉行衆も先手の動きに合わせて軍勢を動かす事くらいはやってのけるだろう。
ただし、西軍の鉄砲が使い物にならなくなるまでの間、延々とやり続ける事が出来るだろうか?
しかも一分の手落ちも無しにだ。
そして――――。
「――――河原も無限に続く訳ではない」
「あっ! 軍勢が自由に動き回れる場所にも限りがある!」
「西軍も東軍の考えにはとっくに気付いておろうな。気付いた上で東軍の策に乗っておるのだ。さて、これはどちらが先に動くか我慢比べだな」
その時、東軍の後方に動きが見られた。
長柄衆が東軍右翼に、馬上衆が東軍左翼に動く。
東軍の背後には、大小様々な岩や石が転がる場所が迫っていた。
足場が悪過ぎる。
あんな場所ではまともに軍勢を動かす事など出来まい。
有利に戦を進めていたかに見えた東軍だったが、先に我慢が切れたのも東軍だった。
対する西軍も、どこか鉄砲の音が少なくなった気がする。
あちらも限界か?
東軍の動きに合わせるように、西軍の長柄衆と馬上衆も左右に分かれる。
西軍の楯が互いの間をさらに詰め、中央へと寄り集まる。
槍を手にした徒歩衆が、楯の裏側にグッと厚く密集した。
中央を徒歩衆に譲った鉄砲衆は左右に分かれ、先にも増して激しく撃ち掛ける。
ブオオオオオ――――――――ッ!
戦の喧騒を突き破り、西軍から低い音が鳴り響く。
「こ、この音は何だ?」
「法螺貝を吹く音だ。さて、準備が出来たかのう?」
ドンドンドン!
ドンドンドン!
ドンドンドン!
押し太鼓が小気味よく打ち鳴らされた。
ワアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!
西軍から大喊声が上がる。
定石ならば楯は後ろに下げるところだが、驚くべき事に楯を先頭に押し立てたままで、西軍の先手が吶喊する。
東軍の長柄衆と馬上衆が慌てて前へ出ようとするが、西軍の鉄砲は未だに絶えない。
西軍の長柄衆と馬上衆も東軍の動きを妨げる為に前に出た。
西軍の先手は止まらない。
ついに東軍先手に達し、東軍が並べた楯に西軍の楯が激しく打ち付けられた。
各所で楯の列が破られる。
そして、味方の背中と楯を足場代わりとして、槍一本を手にした西軍徒歩衆が東軍陣内へと躍り込む。
鉄砲戦は一転し、双方が切り結ぶ乱戦が始まった。
ミナが叫ぶように話し掛けた。
河原一帯に響く鉄砲の音が声をかき消すからだ。
硝煙と火縄の煙が濛々と立ち込めるせいで視界も良くない。
「西軍の鉄砲が勢いを増していないか!?」
「そうだな! 一時の混乱は脱したようだ!」
石合戦によって多少の混乱は生じたものの、僅かな時間で西軍は態勢を立て直した。
今や明らかに東軍の射撃を上回っておる。
数で勝る事も然る事ながら、九州の者共は鉄砲の扱いに一日の長がある。
鉄砲戦で遅れは取らぬか。
だがしかし、東軍もそんな事は織り込み済みだ。
ミナやヨハンは東軍の動きに気付くかな?
「あれ? そう言えばさっきから両軍の間合いが開いたままじゃないか? そう思わないかヨハン?」
「はい……。西軍は前進を続けているようですが、東軍は後退しているのでしょうか? そのせいで間合いが詰まっていない?」
「この局面でどうして後退を? テッポーでは西軍が勝っているが、決定的な不利とまでは言えないと思うが……」
「何か意味があるのでしょうが……」
二人して俺を見る。
二人の顔には『解説を求む』と書いてあった。
「お主らは既に答えを知っているはずだぞ? 己で口にしておったではないか?」
「私達が答えを?」
「口にした、ですか?」
「う~ん……。私達が口にした事と言えば、西軍の兵力が前線に偏重している……と言う事ぐらいか?」
「ですね。西軍は早期に敵の突破を図ろうとしているのかと……」
「それが答えだとすると、東軍は西軍の前線突破を許さぬために敢えて後退しているのか?」
「良い所まで来たな。だが少し足りぬ」
「足りない?」
「後退するだけでは勝機を掴むことは出来ぬ。東軍の後退は西軍の攻撃を往なし、攻めに転じる為の後退なのだ」
「攻めるだって?」
「ですが、攻めに転じても西軍のテッポーが待ち構えていますよ?」
「確かにそうだ。しかし鉄砲が使えなくなれば如何かな?」
「何? 使えなくなるだって?」
「鉄砲が火薬と火を使うことは二人も存じていよう? ならば考えてみよ。立て続けに放てば鉄砲はどうなる?」
「どうなるって……。熱くなる……か?」
「もしや、熱を持つと撃てなくなるのですか?」
「左様。熱が過ぎれば銃身は曲がり、引金や火挟などの絡繰は歪み、込めた火薬の暴発にも繋がる。火薬の燃えカスも詰まる。故に、鉄砲は無限に放ち続ける事など出来ぬ。にも拘らず斯様に放ち続けてはな」
西軍は鉄砲戦で東軍を圧倒し、一気に敵陣を突く戦いを思い描いていたはずだ。
だが、東軍は西軍の陣立てを目にしてその策を見抜いた。
いや、そもそも鉄砲戦に長けた九州衆が出張った時点で、左様な戦いも案の内にあったのであろう。
だからこそ、西軍に間合いを詰めさせず、無駄撃ちをさせ続けているのだ。
西軍の鉄砲が使い物にならなくなった瞬間、東軍の長柄衆と馬上衆が西軍の陣へ襲い掛かるであろう。
織田様の幕下に属して以来、三間間中の長柄に慣れ親しんだ美濃衆と、馬上巧者が揃った武田旧臣と関東衆が共に攻め掛かれば、如何な九州衆と言えども不利は否めまい。
「――――とは申せ、何時まで間合いを保てるであろうな?」
「え?」
「敵に間合いを詰めさせぬと申しても簡単な事ではない。敵の動きを読んだ上で、自軍を一糸乱れずに動かさねばならんからな。一分の手落ちも許されんぞ」
先手を務める浅利は野戦の駆け引きに長けておるし、大将の加治田も他の奉行衆も先手の動きに合わせて軍勢を動かす事くらいはやってのけるだろう。
ただし、西軍の鉄砲が使い物にならなくなるまでの間、延々とやり続ける事が出来るだろうか?
しかも一分の手落ちも無しにだ。
そして――――。
「――――河原も無限に続く訳ではない」
「あっ! 軍勢が自由に動き回れる場所にも限りがある!」
「西軍も東軍の考えにはとっくに気付いておろうな。気付いた上で東軍の策に乗っておるのだ。さて、これはどちらが先に動くか我慢比べだな」
その時、東軍の後方に動きが見られた。
長柄衆が東軍右翼に、馬上衆が東軍左翼に動く。
東軍の背後には、大小様々な岩や石が転がる場所が迫っていた。
足場が悪過ぎる。
あんな場所ではまともに軍勢を動かす事など出来まい。
有利に戦を進めていたかに見えた東軍だったが、先に我慢が切れたのも東軍だった。
対する西軍も、どこか鉄砲の音が少なくなった気がする。
あちらも限界か?
東軍の動きに合わせるように、西軍の長柄衆と馬上衆も左右に分かれる。
西軍の楯が互いの間をさらに詰め、中央へと寄り集まる。
槍を手にした徒歩衆が、楯の裏側にグッと厚く密集した。
中央を徒歩衆に譲った鉄砲衆は左右に分かれ、先にも増して激しく撃ち掛ける。
ブオオオオオ――――――――ッ!
戦の喧騒を突き破り、西軍から低い音が鳴り響く。
「こ、この音は何だ?」
「法螺貝を吹く音だ。さて、準備が出来たかのう?」
ドンドンドン!
ドンドンドン!
ドンドンドン!
押し太鼓が小気味よく打ち鳴らされた。
ワアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!
西軍から大喊声が上がる。
定石ならば楯は後ろに下げるところだが、驚くべき事に楯を先頭に押し立てたままで、西軍の先手が吶喊する。
東軍の長柄衆と馬上衆が慌てて前へ出ようとするが、西軍の鉄砲は未だに絶えない。
西軍の長柄衆と馬上衆も東軍の動きを妨げる為に前に出た。
西軍の先手は止まらない。
ついに東軍先手に達し、東軍が並べた楯に西軍の楯が激しく打ち付けられた。
各所で楯の列が破られる。
そして、味方の背中と楯を足場代わりとして、槍一本を手にした西軍徒歩衆が東軍陣内へと躍り込む。
鉄砲戦は一転し、双方が切り結ぶ乱戦が始まった。
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