異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

文字の大きさ
上 下
83 / 195
第2章 辺境伯領平定戦

第73話 犬とも言え、畜生とも言え

しおりを挟む
「失礼いたします。クリストフ、参りました」

 折り目正しい挨拶と共にクリストフが部屋に入る。

 室内には俺と左馬助の二人がいるのみ。

 ミナも八千代も、そしてヨハンもいない。

 訝しく思ったのか、クリストフは僅かに眉根を寄せたが、俺が椅子を進めると素直に従った。

「済まなかったな。こんな夜更けに呼び出して」

「いえ……まだ起きておりましたから。僕一人だけ……一体何の御用でしょうか?」

「ミナやヨハンがおらぬ事が気になるか?」

「はい。サイトー殿とモチヅキ殿のお二人しかおられないなんて……これではまるで密談です」

「率直な物言いよな。ならば俺も率直に問うとしよう」

「問う? お話し出来ることは全てお話しましたが……」

「ふむ……。さすがは帝都に遊学しただけはある。賢しき話し方をするものよ。左馬助も左様に思わんか?」

「然り、でござりますな」

「あの……それはどういう意味なのでしょうか……?」

「お主、たった今『話が出来る事は話した』と申したな?」

「はい」

「では、『話したくない事』や『話すべき事』は話したか?」

「…………!」

「図星か。動揺が顔に出ておるぞ?」

「……っ!」

斯様かような所は年相応よな。まだまだ経験が足りぬと見える」

「クリストフ殿はまだ十二。元服にはちと早うござりますからな」

「……あと一月もすれば十三です。元服してもおかしい歳ではありません」

「おお、左様でしたか。確か異界では生まれた日に歳をとるのでしたな。失敬失敬……」

 悪かったとは到底思えぬ口調で謝る左馬助。

 クリストフは悔し気な様子で眉間に皺を寄せた。

「僕の歳はどうでもよいことではありませんか? 本題に入って下さい」

「そうであったな。では、改めて尋ねよう」

「はい」

「お主、何故なにゆえ母親の話をしなかった?」

「え? それはどういう意味で……」

「昼間、お主は己の身の上を語ったな? 父親や親族への嫌悪も露わに、連中が如何に信を置けぬ者共か語っておった。だがしかし、その中に母親の話はなかった」

「ブルームハルトの実権を握るのは父、周りを固めるのは親族達です。母には何の権限もない……。語る必要はないはずです。それに僕がネッカーへ来たのはヨハンが心配だったからです」

「お主の言葉に嘘はないのであろうな。だが、全てでもない。お主の母が父の不義に苦しんだ末に命を失ったと聞けば、無視も出来なくなる」

「……っ! どうしてその事を!? 親族達も知らない話なのに……!」

「敵となり得る者については調べを進めておるのでな。もちろん、お主の父親についてもな」

「一体どうやって……」

「人の口に戸は立てられん。親族は知らずとも、お主の母の死について知る者がお主と父のたった二人とは限るまい。お主の実家で働く奉公人は当然大なり小なり知っていような。だがお主自身が申したように、下の者を蔑ろにする父親の為に秘密を守り通そうとする者がどれほどいるかな? 転ぶ者はどこにでもおる」

「そんな……あなた方は異世界から来たんでしょう? やって来てからせいぜい一月か二月程度のはずなのに……」

「おい。あまり俺を見くびるなよ?」

「うっ……」

 殺意を込めて睨み付けると、クリストフは息を詰まらせ、身動き一つ取れなくなった。

「俺はな、幼き頃より戦陣に身を委ね、幾度も死線を越えて来た。本物の殺意を叩きつけられた気分は如何かな?」

「…………!」

「若、もうその辺りでお止めください。クリストフ殿は元服前。初陣ういじんも済ませておりません。殺気を通り越して殺意とは……さすがに大人気のうござりますぞ?」

「ふむ? そうか? 賢しき者は言葉で説いても己が得心いかずば腹に落ちまい? ならば、己が身を以って経験させた方が良い」

「手前も左様に思いますが、加減をしていただきたいのです。クリストフ殿? 大事はござりませんか?」

「…………はい」

 左馬助に背をさすられ、クリストフはようやっと声を出せた。

「我らは何もクリストフ殿を斬って捨てようとは思っておりませぬ。ただ、素直に洗いざらい話していただきたい……それだけなのです」

 左馬助は穏やかな声で、あたかもクリストフの身を案じているかのようにささやく。

 毎度ながらよくやるのう。

 斯様かように語り掛けられれば、俺でもほだされてしまうかもしれんわ。

 案の定、クリストフは静かに語り始めた。

「……父は女癖の悪い人間です。領民だろうと、使用人だろうと、家臣の妻子だろうと気に入った女には手を出します。ついでに金遣いも荒い。気に入った女に使う為なら際限がないんです」

「うむ」

「そんな性格の父ですから、悪い女も寄って来る。親族衆まで父に取り入るために父が好みそうな女を宛がい始めた。母は父の浮気癖には我慢していましたが、このままでは家を傾けかねないと何度も父を諫めました。しかし父は母の諫言かんげんを受け入れず、暴力を振るうようになり……。そしてあの日、当たり所が悪かったのか母は亡くなってしまいました。一年ほど前の出来事です……」

「左様でしたか。御母上は気の毒でござりましたな。クリストフ殿もさぞや苦しい思いをなさったことでしょう」

「いえ……。僕は逃げたんです。母が亡くなってすぐ、帝都へ遊学する事にしたんです。あんな実家にはいたくないと……」

「しかし地震の話をお聞きになってお戻りなられました。左様に気に病まれる事は――――」

「で? 要は俺を使って母親の仇討ちでもしたかったか? その為にネッカーへ来たか?」

「……!」

 左馬助が「若っ!」と声を上げるが、クリストフが手を挙げて制した。

「ヨハンが心配だった事は本当です。でも……」

「仇討ちの気持ちもあったのだな? 母の事を申せば俺が警戒するとでも思ったか?」

「はい……。欺くような真似をしてしまい、本当に申し訳――――」

「さっさと申さんか!」

「――――え?」

「元服前にも関わらず、母の無念を晴らす為に仇を討つ覚悟……見事である!」

「え? え? み、見事? お、お褒め下さるのですか……?」

「当たり前だ」

「し、しかし! 僕の仇は父です……。親を討とうとする子なんて……」

「道理に背き、天道てんどうもとる行いに手を染めたのは父親ではないか。子が親の非道を正す……これもまた孝行の道であるな」

「ええええええっ!?」

「何を驚く? 得心がいかぬ話でもあったか? のう左馬助?」

「左様な話は毛ほどもござりませんな。クリストフ殿は何に驚いておられるのか……」

「じゃ、じゃあこれならどうです!? 僕はあなた方を利用しようとしたんですよ!?」

「だが、お主自身も父と戦うつもりだったのであろう? 俺に仕える事は父と敵対する事だと、お主は分かっていたではないか?」

「そ、それはもちろん! 他人を戦わせて、自分は高みの見物を決め込むような恥知らずではありません!」

「ならば良い」

「い、良いんですか!?」

「そもそも武士たる者、本意を遂ぐ為ならば、如何なる誹《そし》りを受けようとも手段を選んではならぬ。たとえ犬畜生と蔑まれてもな。そうだな左馬助?」

「全く以って仰せの通りにござります」

「え? え? ええっ!?」

「故に、お主は謝る必要などない。本意を隠し立てせず、堂々と胸を張って仇討ちせよ」

「か、隠し立てせず……ですか?」

「そうだ。己の内に恨みを抱え込んでもろくな事にはならんからな」

「然り。明るく朗らかに仇討ちと参りましょう」

「か、仇討ちが明るく? 朗らか? ……か、仇討ちって……何だっけ?」

「む? そんな気にはならんか?」

「えっと……心の整理が付かないと申しますか……」

「ならば仕方がない。お主、三野へ来い」

「ミノ? サイトー殿の領地……ですか?」

「左様。このままネッカーにおればブルームハルトに気付かれる。仇討ちと言う大事を成すにはお主の意図を悟られぬが肝要。一旦身を隠せ。ついでに三野で心の整理とやらをつけよ」

「名案でござりますな。では、クリストフ殿のお世話は佐藤様か利暁りぎょう様に――――」

「いや、母上にしよう。ついでに九州衆にも面倒を見てもらうとするか」

「なるほど! お方様と九州衆ならばクリストフ殿を手厚くもてなしてくれましょう! 間違いなく心の整理とやらもつきましょうな!」

 膝を叩く左馬助。

 ちなみに、母上と九州衆が如何にしてもてなすか仔細を申す事は無い。

 母上に任せれば漏れなく我が弟妹共がくっ付いてくる事も秘密だ。

 ミナを散々にもてあそんだあの弟妹共がな……。

「と言う訳だ。きっと物の見方が変わるであろう。是非とも行け」

「は、はあ……分かりました……」

 こうして、クリストフは三野へ赴くこととなった。

 物の見方が変わる――もとい、人が変わったクリストフと再会するのは十日ばかり後のことである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

武士が異世界に転生する

希望
ファンタジー
我は島津家の一族で武将として、義弘様に従って、豊臣軍と戦っていた。九州のため我らは負けるわけにはいかなかった。九州の覇者は島津家以外認めない。 「名門島津家以外にこの土地を好きにはさせない」 「秀吉様以外の天下人など不要!天下は豊臣家にある。それ以外は邪道だ」 我は敵の武将を何人も撃ち取った。だが俺の部下のものは多くが撃ち取られて、他の足軽は逃げていて、多勢に無勢状態だ。 「ふっ敵ながら天晴れだ。自分の主君のために負けると分かっていても、主君に忠誠を誓って、戦うとは」 我は薩摩に伝わる剣術で何人も首を取り一騎当千したが、さすがに疲れてきたのか、動きが鈍くなって攻撃を受けて、体が悲鳴をあげてるのが分かる。そんなときに石田三成が来たのだから、こいつを最後に撃ち取って、儚く散ろうと思った。 「我島津秋成なり、石田三成貴殿の首を撃ち取りに参った」 「その勝負受けよう。お前らこれは我々の一対一の勝負だから、邪魔をするなよ」 すると石田三成の部下達は離れていく。我は今持てる全力を出して、戦ったが、やはり怪我の影響を受けてか、心臓に刀が刺さり、俺は倒れた。 ああ、義弘様。どうか島津家を頼みます。そうだんだん意識が消えていくなか、そう思っていた。 「大丈夫ですか?」 なぜか戦場に似つかわしくない、可愛い少女の声がする。手当てでもされてるのか?でも我は確実に逝ったはずだ。致命傷をおっていたし。 俺は目を開けると、そこには薩摩にもいないほどの美少女がいた。 「お主は?」 「私はアリア.スカーレットといいます。貴方の名は?」 「島津秋成、島津家のものだ」 この出会いがやがて奇跡といわれる出会いとなる。そう武術を極めた武将と家族を魔族によって失った魔法師との出会いである。やがてこの二人が出会って、伝説の旅路が始まるー

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!

のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、 ハサンと名を変えて異世界で 聖騎士として生きることを決める。 ここでの世界では 感謝の力が有効と知る。 魔王スマターを倒せ! 不動明王へと化身せよ! 聖騎士ハサン伝説の伝承! 略称は「しなおじ」! 年内書籍化予定!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...