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第2章 辺境伯領平定戦
第70話 心遣い
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「本ッ――――当にすみませんでした!」
ハンナを先頭に冒険者の女子達が十人ばかり、一斉に頭を下げた。
ネッカーの辺境伯屋敷でミナや左馬助と話していたところ、前触れもなく突然に。
女子達は数組に分かれて村々への遣いに出ていたはずだが……。
ミナや左馬助に目を向けるが、二人とも心当たりなどないばかりに首を振る。
騒ぎを聞きつけたのか、同じく村々への遣いに出していたヨハンや竹腰も何事かと顔を出す。
「一体何事だ? お主達から謝られる覚えなどないぞ?」
「いいえ、あります! だって、ビーナウの商人達にシンクロー様の情報が漏れていたって……」
ハンナが左様に申した事を皮切りに、女子達は「油断していました!」や「気が緩んでいました!」などと反省の弁を口にする。
挙句の果てには、「家族は関係ないんです!」とか、「処罰は私だけに!」などと目に涙を浮かべて懇願し始めた。
「落ち着け! お主らを罰するつもりなど毛頭ない!」
「でも……」
「商人達にも申した事だが、人の口に戸は立てられん。お主らが申さずとも、他の誰かの口から漏れたであろう。そもそもの話、俺は黙っておれと命じていない」
「お、お許し下さるんですか?」
「許すも何も、罪科の無き者を処する事など出来るはずがない。何より新たな雇い主の事が何も分からぬでは、親類縁者も心が休まらぬ。お主らの身を案じて夜も眠れぬであろう。話をする事は当然ではないか」
「シンクロー様……」
「同じ漏れるにしても、他でもないお主らの口から漏れて良かったとさえ思っておる」
「え?」
「お主らは当家に対して多少の恩義を感じてくれておるのであろう? ならば、当家の面目が立つ話はしても、面目を潰すような話をする事はあるまい」
「…………」
「故に、お主らを罰する事はない。むしろ褒めて遣わす。商人達の耳に入った当家の評判は、いずれも良きものばかりであったからな」
「…………」
「どうした? いい加減に顔を上げぬ――――」
「「「「「――――一生着いていきます!」」」」」
「ば、馬鹿者! やめんかっ!」
女子達は俺の足に縋り付いて泣き始めた。
嬉し泣きに泣いておるから無理矢理に引き剝がすのも気が引ける。
周囲に助けを求めるが、ミナは「鼻の下が伸びているぞ!」と御冠。
左馬助は「若は女子にモテますなぁ」と笑いを堪え、ヨハンは苦笑するばかりで手を出そうとはせず、竹腰など貰い泣きしておる。
誰も助けにはならんではないか!
はあ……。
これはどうしたものかのう…………そう言えば、村々への遣いに出ていたハンナ達が何故ビーナウでの話を知ったのであろうか?
「あ……あらあらぁ……。大変なことになっちゃたねぇ……」
「若の困ったお顔の何てお可愛らしい。うふふふ……」
「クリス……八千代……。お主ら余計な事を吹き込みよったな?」
「ち、違うよぉ! 悪気があってやったんじゃないよぉ!」
「わたくし共はハンナ様達に求められるまま、ビーナウでの顛末をお話ししたのみ。ヨハン様? 竹腰様? お二人もお聞きだったでしょう?」
ヨハンと竹腰は顔を見合わせ頷く。
ええい! これでは誰も責められん!
黙り込んだ俺を見て、八千代は珍しく「ニコリ」と穏やかに微笑んだ。
「そうそう。若にお伝えせねばならない事がございました」
「む……。何だ? 何を申すつもりだ?」
「左様に怯えなくとも……。八千代は悲しゅうござります」
「泣き真似までせんでよい!」
「あら? 分かりましたか?」
「お主のしそうな事は大体な……。悪ふざけはこれくらいに――――」
「怪しげな者を見付けました」
「――――何?」
「黒い頭巾を目深に被った者です。小柄ですが、身のこなしから見て男かと。さりげなさを装っておりますが、二、三刻前からお屋敷の様子を窺っております」
「それを早く申さんか!」
「害意を感じなかったものですから、しばらく泳がせておきました。何度も門の近くまで来ては、逡巡して遠ざかるを繰り返しております」
「逡巡して遠ざかる? ふむ……。屋敷に用があるのか? 何用であろうか?」
「あのう……お取込み中でしょうか?」
と、そこへやって来たのは馬丁の頭を務めるシュテファンだ。
すぐにミナが反応した。
「どうしたシュテファン? 馬達に何かあったのか?」
「いいえ、お嬢様。馬達はすこぶる元気でございます――――って、そうじゃなくてですね。お屋敷の門前に、サイトー様へお目通り願いたいって方がいらしてまして」
「シンクローに? もしかして、黒いフードを被った者か?」
「いえいえ。そんな怪しげな身なりはしていませんよ。旅装姿ですが、小ざっぱりした格好の四十くらいの男性です。領都近くの村で村長をしているって言っていました」
「村長? シンクロー、見知った者か?」
「いいや。だが心当たりはある。ベンノに言ってその者を広間に通してやってくれ」
「会うのか?」
「会う。これは一人目が釣れたかもしれんな」
「釣れた? 何の事だ?」
ミナをはじめとして、異界の者達は訝し気な顔付きだ。
ハンナ達も泣くのを忘れて互いに顔を見合わせている。
だがしかし、左馬助と竹腰は「思ったより早い」と申し、八千代は「良うございました」とクスクス笑っている。
これを見た異界の者達は、ますます「訳が分からない」と首を捻った。
来客との対面にはミナと左馬助のみ同席させることとし、広間へ移った。
間もなく、ベンノに先導されて髭面の男が肩をすぼめて広間に入って来た。
「領都近くのレムス村にて村長をしております、ウッツと申します……」
「遠路はるばるよう来たのう。俺が辺境伯家陣代の斎藤新九郎だ」
「あ、あなたが陣代様? 本当にお会い下さるなんて……」
「何を言うか。お主、俺に会いに来たのだろう? それとも冷やかしか?」
「い、いいえ! 会いに来ました!」
「ならばよい」
「あの……ではそちらの女性はもしかして……」
「辺境伯の御令嬢であらせられる」
「ヴィルヘルミナだ」
ミナが名乗ると、ウッツは息の根でも止められたような呻き声を漏らし、その場に這いつくばった。
「ご、ご、ご、御令嬢様まで! きょ、キョーエツシゴクでござりたてまつります!」
「あ……、そんなに畏まらないでくれ」
「し、し、し、しかしっ!」
「これでは話も出来ない。サイトー殿からもそう言ってやってくれ」
「ウッツよ。御令嬢の申される通りだぞ? 用があるのであろう? せっかくこうして対面しておるのだ。遠慮なく申すが良い」
「そ、その…………」
左馬助が這いつくばったままのウッツに近付くと、背を軽く叩いてやった。
「陣代殿も御令嬢も多少の無礼はお目溢し下さる。息を整えてから話すが良い」
ウッツはようやく恐る恐ると顔を上げ、大きく三度呼吸を繰り返した後、何とか話し始めた。
「ほ、本日伺いましたのは他でもございません! 陣代様からいただいたお手紙の件でございます!」
「手紙? ああ、ヨハン達に配らせた書状の事だな? それが如何した?」
「こんな事をお尋ねするのは大変無礼な事だと承知しておりますが……」
「許す。申せ」
「はっ! ははっ! では申します! お手紙の内容は真実でしょうか!? ご領内全域で向こう一年間は通行税を免除すると書かれてありました! し、しかし! 辺境伯様や陣代様から直接お手紙をいただくなど前代未聞! 普通は村を管轄するお役人からお達しがあるものでして!」
「何だ。左様な事か。もちろん書状は真実であるぞ?」
ウッツが尋ねそうな話は前もって予想はついていた。
だが、そんな事はおくびにも出さず、あたかも「そんな事を聞かれるとは思わなかった」とばかりに答えた。
左馬助は当然の如く俺に追従し、ミナは事情を全て飲み込めてはおらんだろうが俺の言動に合せて「うんうん」と頷いた。
「ゲルトめの苛政によって領内の民は広く迷惑を被り、日々の生活にも困っておろう?」
「で、では……!」
「疲弊した民への、せめてもの詫料代わりと思ってくれ。それとも不服があるのか?」
「と、とんでもございません! 通行税が無くなれば出費が大いに減ります! 特に我が村は領都へ作物を売りに出る者も多く、どれほど助かる事か……!」
「そうかそうか。ならば良い」
「喜んでくれて嬉しい。我が父アルバンも満足するだろう。ウッツ、あなたは良い知らせを持ってきてくれた。私からも礼を言う」
「ご、御令嬢様がお礼……! とんでもございません! 恐れ多い事にございます!」
「ところでウッツよ。お主がわざわざやって来たのは、何か懸念があったからではないか?」
「はっ!? な、何の事でしょうか!?」
「一つは書状が真実であるか確かめるため。もう一つは、書状が真実であったとして、それが守られるのか、という事だ。違うか?」
「なっ……! じ、陣代様は全てお見通しでいらっしゃるので!?」
「どうかのう? とりあえず申してみてはどうだ?」
ウッツはしばし迷った後、何かを決意した様子で顔を上げた。
「お、恐れながら申し上げます! お役人の中にはお定め以上の税を徴収しようとする方々がおられます! 時には難癖のような理由を付けて……。こ、今回もそのようにならないかと懸念しております!」
「そうか。左様な不届者がおるか。まったく、悪知恵の働く小役人のやる事は古今東西、何処へ行っても変わらぬものよ」
「せ、せっかくのお達しですが、このままではどうなるか……」
「分かった。ならば左様な不届者が出た時は訴え出よ。不届者は直ちに罰しようぞ」
「わ、我ら農民がお役人を訴えてもよろしいのですか!?」
「もちろんだ。不届者を野放しにしたとあっては辺境伯の御名に泥を塗る。捨て置けん。ただし、領都には訴えるでないぞ? 必ずネッカーに訴え出よ。此度と同じくこの屋敷を訪ねると良い。訴えを聞き届ける準備をしておこう」
「なんと……。あ、ありがとうございます! 陣代様のお話は必ず村人に伝えます……! 近隣の村々にも同様に!」
ウッツはその後も散々礼を申した後、村へ帰る事となった。
「ウッツ。これを持ち帰るがよい」
「は?」
左馬助が小さな袋をウッツに手渡した。
「こ、これは銀貨!? じゅ、十枚以上もありますが!?」
「これは褒美である」
「ご、御褒美ですか!? しかしご褒美をいただく心当たりは……」
「一介の村長が辺境伯の屋敷を訪れるのは勇気が要ったであろう? しかも一人でだ。村人の為に事の真偽を確かめたいが、万が一咎めを受けて他の者に累を及ぼしてはいかん。だからお主は一人で来た。違うか?」
「…………」
「これはお主の勇気、そして村人を想う心を賞して与える褒美である。あとは、わざわざネッカーまで赴いた路銀もな。村人達へ土産でも買って帰ってやれ」
「あ、ありがとうございます……。陣代様の御心遣いは忘れません……」
ウッツは袋を強く握しめ、何度も頭を下げながら帰って行った。
ハンナを先頭に冒険者の女子達が十人ばかり、一斉に頭を下げた。
ネッカーの辺境伯屋敷でミナや左馬助と話していたところ、前触れもなく突然に。
女子達は数組に分かれて村々への遣いに出ていたはずだが……。
ミナや左馬助に目を向けるが、二人とも心当たりなどないばかりに首を振る。
騒ぎを聞きつけたのか、同じく村々への遣いに出していたヨハンや竹腰も何事かと顔を出す。
「一体何事だ? お主達から謝られる覚えなどないぞ?」
「いいえ、あります! だって、ビーナウの商人達にシンクロー様の情報が漏れていたって……」
ハンナが左様に申した事を皮切りに、女子達は「油断していました!」や「気が緩んでいました!」などと反省の弁を口にする。
挙句の果てには、「家族は関係ないんです!」とか、「処罰は私だけに!」などと目に涙を浮かべて懇願し始めた。
「落ち着け! お主らを罰するつもりなど毛頭ない!」
「でも……」
「商人達にも申した事だが、人の口に戸は立てられん。お主らが申さずとも、他の誰かの口から漏れたであろう。そもそもの話、俺は黙っておれと命じていない」
「お、お許し下さるんですか?」
「許すも何も、罪科の無き者を処する事など出来るはずがない。何より新たな雇い主の事が何も分からぬでは、親類縁者も心が休まらぬ。お主らの身を案じて夜も眠れぬであろう。話をする事は当然ではないか」
「シンクロー様……」
「同じ漏れるにしても、他でもないお主らの口から漏れて良かったとさえ思っておる」
「え?」
「お主らは当家に対して多少の恩義を感じてくれておるのであろう? ならば、当家の面目が立つ話はしても、面目を潰すような話をする事はあるまい」
「…………」
「故に、お主らを罰する事はない。むしろ褒めて遣わす。商人達の耳に入った当家の評判は、いずれも良きものばかりであったからな」
「…………」
「どうした? いい加減に顔を上げぬ――――」
「「「「「――――一生着いていきます!」」」」」
「ば、馬鹿者! やめんかっ!」
女子達は俺の足に縋り付いて泣き始めた。
嬉し泣きに泣いておるから無理矢理に引き剝がすのも気が引ける。
周囲に助けを求めるが、ミナは「鼻の下が伸びているぞ!」と御冠。
左馬助は「若は女子にモテますなぁ」と笑いを堪え、ヨハンは苦笑するばかりで手を出そうとはせず、竹腰など貰い泣きしておる。
誰も助けにはならんではないか!
はあ……。
これはどうしたものかのう…………そう言えば、村々への遣いに出ていたハンナ達が何故ビーナウでの話を知ったのであろうか?
「あ……あらあらぁ……。大変なことになっちゃたねぇ……」
「若の困ったお顔の何てお可愛らしい。うふふふ……」
「クリス……八千代……。お主ら余計な事を吹き込みよったな?」
「ち、違うよぉ! 悪気があってやったんじゃないよぉ!」
「わたくし共はハンナ様達に求められるまま、ビーナウでの顛末をお話ししたのみ。ヨハン様? 竹腰様? お二人もお聞きだったでしょう?」
ヨハンと竹腰は顔を見合わせ頷く。
ええい! これでは誰も責められん!
黙り込んだ俺を見て、八千代は珍しく「ニコリ」と穏やかに微笑んだ。
「そうそう。若にお伝えせねばならない事がございました」
「む……。何だ? 何を申すつもりだ?」
「左様に怯えなくとも……。八千代は悲しゅうござります」
「泣き真似までせんでよい!」
「あら? 分かりましたか?」
「お主のしそうな事は大体な……。悪ふざけはこれくらいに――――」
「怪しげな者を見付けました」
「――――何?」
「黒い頭巾を目深に被った者です。小柄ですが、身のこなしから見て男かと。さりげなさを装っておりますが、二、三刻前からお屋敷の様子を窺っております」
「それを早く申さんか!」
「害意を感じなかったものですから、しばらく泳がせておきました。何度も門の近くまで来ては、逡巡して遠ざかるを繰り返しております」
「逡巡して遠ざかる? ふむ……。屋敷に用があるのか? 何用であろうか?」
「あのう……お取込み中でしょうか?」
と、そこへやって来たのは馬丁の頭を務めるシュテファンだ。
すぐにミナが反応した。
「どうしたシュテファン? 馬達に何かあったのか?」
「いいえ、お嬢様。馬達はすこぶる元気でございます――――って、そうじゃなくてですね。お屋敷の門前に、サイトー様へお目通り願いたいって方がいらしてまして」
「シンクローに? もしかして、黒いフードを被った者か?」
「いえいえ。そんな怪しげな身なりはしていませんよ。旅装姿ですが、小ざっぱりした格好の四十くらいの男性です。領都近くの村で村長をしているって言っていました」
「村長? シンクロー、見知った者か?」
「いいや。だが心当たりはある。ベンノに言ってその者を広間に通してやってくれ」
「会うのか?」
「会う。これは一人目が釣れたかもしれんな」
「釣れた? 何の事だ?」
ミナをはじめとして、異界の者達は訝し気な顔付きだ。
ハンナ達も泣くのを忘れて互いに顔を見合わせている。
だがしかし、左馬助と竹腰は「思ったより早い」と申し、八千代は「良うございました」とクスクス笑っている。
これを見た異界の者達は、ますます「訳が分からない」と首を捻った。
来客との対面にはミナと左馬助のみ同席させることとし、広間へ移った。
間もなく、ベンノに先導されて髭面の男が肩をすぼめて広間に入って来た。
「領都近くのレムス村にて村長をしております、ウッツと申します……」
「遠路はるばるよう来たのう。俺が辺境伯家陣代の斎藤新九郎だ」
「あ、あなたが陣代様? 本当にお会い下さるなんて……」
「何を言うか。お主、俺に会いに来たのだろう? それとも冷やかしか?」
「い、いいえ! 会いに来ました!」
「ならばよい」
「あの……ではそちらの女性はもしかして……」
「辺境伯の御令嬢であらせられる」
「ヴィルヘルミナだ」
ミナが名乗ると、ウッツは息の根でも止められたような呻き声を漏らし、その場に這いつくばった。
「ご、ご、ご、御令嬢様まで! きょ、キョーエツシゴクでござりたてまつります!」
「あ……、そんなに畏まらないでくれ」
「し、し、し、しかしっ!」
「これでは話も出来ない。サイトー殿からもそう言ってやってくれ」
「ウッツよ。御令嬢の申される通りだぞ? 用があるのであろう? せっかくこうして対面しておるのだ。遠慮なく申すが良い」
「そ、その…………」
左馬助が這いつくばったままのウッツに近付くと、背を軽く叩いてやった。
「陣代殿も御令嬢も多少の無礼はお目溢し下さる。息を整えてから話すが良い」
ウッツはようやく恐る恐ると顔を上げ、大きく三度呼吸を繰り返した後、何とか話し始めた。
「ほ、本日伺いましたのは他でもございません! 陣代様からいただいたお手紙の件でございます!」
「手紙? ああ、ヨハン達に配らせた書状の事だな? それが如何した?」
「こんな事をお尋ねするのは大変無礼な事だと承知しておりますが……」
「許す。申せ」
「はっ! ははっ! では申します! お手紙の内容は真実でしょうか!? ご領内全域で向こう一年間は通行税を免除すると書かれてありました! し、しかし! 辺境伯様や陣代様から直接お手紙をいただくなど前代未聞! 普通は村を管轄するお役人からお達しがあるものでして!」
「何だ。左様な事か。もちろん書状は真実であるぞ?」
ウッツが尋ねそうな話は前もって予想はついていた。
だが、そんな事はおくびにも出さず、あたかも「そんな事を聞かれるとは思わなかった」とばかりに答えた。
左馬助は当然の如く俺に追従し、ミナは事情を全て飲み込めてはおらんだろうが俺の言動に合せて「うんうん」と頷いた。
「ゲルトめの苛政によって領内の民は広く迷惑を被り、日々の生活にも困っておろう?」
「で、では……!」
「疲弊した民への、せめてもの詫料代わりと思ってくれ。それとも不服があるのか?」
「と、とんでもございません! 通行税が無くなれば出費が大いに減ります! 特に我が村は領都へ作物を売りに出る者も多く、どれほど助かる事か……!」
「そうかそうか。ならば良い」
「喜んでくれて嬉しい。我が父アルバンも満足するだろう。ウッツ、あなたは良い知らせを持ってきてくれた。私からも礼を言う」
「ご、御令嬢様がお礼……! とんでもございません! 恐れ多い事にございます!」
「ところでウッツよ。お主がわざわざやって来たのは、何か懸念があったからではないか?」
「はっ!? な、何の事でしょうか!?」
「一つは書状が真実であるか確かめるため。もう一つは、書状が真実であったとして、それが守られるのか、という事だ。違うか?」
「なっ……! じ、陣代様は全てお見通しでいらっしゃるので!?」
「どうかのう? とりあえず申してみてはどうだ?」
ウッツはしばし迷った後、何かを決意した様子で顔を上げた。
「お、恐れながら申し上げます! お役人の中にはお定め以上の税を徴収しようとする方々がおられます! 時には難癖のような理由を付けて……。こ、今回もそのようにならないかと懸念しております!」
「そうか。左様な不届者がおるか。まったく、悪知恵の働く小役人のやる事は古今東西、何処へ行っても変わらぬものよ」
「せ、せっかくのお達しですが、このままではどうなるか……」
「分かった。ならば左様な不届者が出た時は訴え出よ。不届者は直ちに罰しようぞ」
「わ、我ら農民がお役人を訴えてもよろしいのですか!?」
「もちろんだ。不届者を野放しにしたとあっては辺境伯の御名に泥を塗る。捨て置けん。ただし、領都には訴えるでないぞ? 必ずネッカーに訴え出よ。此度と同じくこの屋敷を訪ねると良い。訴えを聞き届ける準備をしておこう」
「なんと……。あ、ありがとうございます! 陣代様のお話は必ず村人に伝えます……! 近隣の村々にも同様に!」
ウッツはその後も散々礼を申した後、村へ帰る事となった。
「ウッツ。これを持ち帰るがよい」
「は?」
左馬助が小さな袋をウッツに手渡した。
「こ、これは銀貨!? じゅ、十枚以上もありますが!?」
「これは褒美である」
「ご、御褒美ですか!? しかしご褒美をいただく心当たりは……」
「一介の村長が辺境伯の屋敷を訪れるのは勇気が要ったであろう? しかも一人でだ。村人の為に事の真偽を確かめたいが、万が一咎めを受けて他の者に累を及ぼしてはいかん。だからお主は一人で来た。違うか?」
「…………」
「これはお主の勇気、そして村人を想う心を賞して与える褒美である。あとは、わざわざネッカーまで赴いた路銀もな。村人達へ土産でも買って帰ってやれ」
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