異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

文字の大きさ
上 下
76 / 195
第2章 辺境伯領平定戦

第67話 親子ゲンカ

しおりを挟む
「クリスちゃん……帰って来たのね……?」

 黒い装束に、これまた黒く尖ったつば広の帽子。

 クリスそっくりな格好に、クリスによく似た容姿の女が瞳に涙を溜めている。

「ママ……」

 同じく瞳に涙を溜めて呟くクリス。

 『まま』とは異界の言葉で母親の意味だったはず。

 なるほど。

 この女がクリスの母親か。

 仲がよろしくないとは聞かされていたが、再会の様子からはそんな気配は微塵みじんもない。

 だが、女の隣に立つ男――おそらくクリスの父親と思われる大柄な男は、まるで化け物にでも遭ったかのように恐怖に歪んだ顔をしていた。

 クリスとその母親を怯えた目で何度も見返し、ジリジリと後退あとずさりさえしていた。

 一体如何したと――――。

「帰って……来たのね……?」

「そろそろぉ……いいかなってぇ……」

「そう……。なら、覚悟しているのね?」

「もちろんよぉ……」

 む? 何だ? この雰囲気は?

 二人共、涙を目に溜めている事に変わりはないが、雰囲気がおかしい。

 何故なにゆえ殺気を漲らせているのか?

 これではまるで戦の前か、果し合いの前か。

 いずれにしても、尋常ではない。

 左馬助、八千代、弾正に近習衆は、この剣呑けんのんな雰囲気を前にして、俺やミナの盾となるように、静かに立ち位置を変え始めた。

 ミナが慌てて俺の袖を掴む。

「すまないシンクロー! 私の認識が甘かった! 急いでこの場を離れて――――!」

「――――それならもう言葉は必要ないわねっ!」

 ミナの言葉が終わらない内に、母娘おやこの言い争いが始まった。

「当たり前よぉ! 此処ここで逢ったが百年目ぇ! ママなんかに負けないからぁ!」

「抜かしたわね!? 小娘にやられるほど落ちぶれていないわっ!」

「誰が小娘よぉ! 吠え面かかせてあげるからぁ!」

「吠え面ですって!? ほざくようになったじゃない!?」

「言葉はいらないんでしょう!? さっさとかかって来なさいよぉ!」

「上等! 消し炭にしてあげるわ!」

「こっちは全身の血を沸騰させてあげるからぁ!」

 二人同時に魔法具の杖を構えた。

 クリスの杖は雷光の如き輝きを発し始め、母親の方は燃え盛る篝火かがりびの如き輝きを発し始める。

 まずい!

 こ奴らこんな町中まちなか往来おうらいで魔法を使う気か!?

「止めんか馬鹿者!」

「な、何すんのよぉ!?」

 クリスを羽交い絞めにして、杖を取り上げる。

「か、返してよォ! ママに負けちゃう!」

「案ずるな。ほれ、見てみよ」

 指差した先では、左馬助と八千代が二人がかりでクリスの母親を抑え込んでいた。

「ちょ……! あなた達は誰!? 放しなさいっ!」

「そうは参りません」

「若をお守りせねばなりませんので」

「まさか……クリスのお友達!? ダメよ! いくらお友達でも母娘おやこの対話に口出し無用よ!」

「対話……にござりますか? 町中で魔法を撃ち合うのが?」

「異界のならいなのでしょうか?」

「とにかく放しなさい! 杖を返しなさい!」

「まずは落ち着いて下さりませ」

「暴れないで下さいまし」

「あなた達が放せば済む事で――」

「いかんな八千代。凄まじい力だ。このままでは振りほどかれる」

「致し方ござりません。眠っていただきましょう」

「え? な、何を――――うっ!」

 左馬助と八千代は何をしたのか、クリスの母親くぐもった声で呻くと首をガクリと落とし、静かになった。

「ママ? ママ? いやあああああ! ママが死んじゃったぁああああ――――!」

「お主もやかましい。しばし眠っておれ」

「――――へ? むぐふっ!」

 腕をクリスの首に回して強く締め、失神させた。

「ふう……。おい、ミナよ。何なのだ? この母娘は?」

「魔法師の親子ゲンカはとても激しいものなんだ。なまじ魔法を使えるだけに、親子ゲンカで魔法の撃ち合いになることも多い。クリス達もその例に漏れず――どころか、特に激しい方だと思う」

「魔法の撃ち合いをしばしばだと? 冗談ではないぞ! 何と危ない事をするのだ!」

「いや、異世界の狂戦士バーサーカーがそれを言っても説得力がないと思うぞ?」

「どうして呆れ顔なのだ? 俺が何かしたか?」

「……何でもない」

「そうか? それより、どうして前もって教えてくれなかった?」

「クリスが家を出てからもう二年経つ。さすがにほとぼりも冷めたかと……。クリス自身も心配するなと――――」

「あ、あのう……」

「む? お主は――」

「マルティン・シュライヤーと申します。娘のクリスと妻のカサンドラがご迷惑をお掛けしました……」

 マルティンは、船乗りのように日焼けした大柄な身体を小さくして頭を下げた後、「ご無沙汰しております」とミナに挨拶した。

「とりあえず当店にお越しください。ここでは何ですので……。お連れの皆様も……」

 マルティンが周囲を見回す。

 時ならぬ争いに、周りには野次馬が集まり始めている。

 こんな場所で悪目立ちするつもりはない。

 マルティンの申し出を受け入れて、港沿いに町を進む。

 ちなみに、クリスは八千代が、母親のカサンドラは左馬助が、まるでズタ袋でも運ぶようにして肩に担いで運ぶ。

「着きました。こちらです」

 辿り着いたのは実に間口が大きく、しかも三階建ての大店《おおだな》だった。

 玄関先に掲げられた看板には『シュライヤー商会』と記されている。

「お主、先程マルティン・シュライヤーと名乗ったな?」

「え? ええ。それが何か?」

「クリスはローゼンクロイツと名乗っていたぞ。どちらが正しい?」

「ああ……ローゼンクロイツは義母――クリスの祖母の姓です。きっとカサンドラへの当てつけでしょうね。クリスは義母を尊敬していますが、カサンドラは義母との母娘仲がとても悪かったので……」

「左様か。ところでお主、良い体つきをしておるな? 肌もよく焼けておるようだし……商人より船乗りに見える」

「元々船乗りなのです。今でも船に乗って各地へ取引に参りますから……。さあ、どうぞ中へお入りください」

 とりとめのない話をしつつ店へ入る。

 建物が大きいだけではなく、中では数多くの者達が忙しそうに立ち働いていた。

 店の奥へと進むと、応接用と思われる一室にと通された。

 マルティンは俺達に椅子を進めると、自身は軽く腰を折って挨拶をした。

「改めまして、マルティン・シュライヤーと申します。このビーナウにて、商会を営んでおります」

「御挨拶痛み入る。ところでこちらはまだまだ名乗っておらなんだ。失礼をした」

「いえ、挨拶を交わす間もなくあの場を離れましたから……。それに、お名前はよく存じております」

「何?」

「アルテンブルク辺境伯家の陣代となられたサイトー・シンクロー様でしょう? お越しになるのを、首を長くしてお待ちしておりました……」

 左様に申しつつ、マルティンは頭を上げる。

 先程までのオドオドした態度は何処へやら。

 その顔は、不敵に笑っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

武士が異世界に転生する

希望
ファンタジー
我は島津家の一族で武将として、義弘様に従って、豊臣軍と戦っていた。九州のため我らは負けるわけにはいかなかった。九州の覇者は島津家以外認めない。 「名門島津家以外にこの土地を好きにはさせない」 「秀吉様以外の天下人など不要!天下は豊臣家にある。それ以外は邪道だ」 我は敵の武将を何人も撃ち取った。だが俺の部下のものは多くが撃ち取られて、他の足軽は逃げていて、多勢に無勢状態だ。 「ふっ敵ながら天晴れだ。自分の主君のために負けると分かっていても、主君に忠誠を誓って、戦うとは」 我は薩摩に伝わる剣術で何人も首を取り一騎当千したが、さすがに疲れてきたのか、動きが鈍くなって攻撃を受けて、体が悲鳴をあげてるのが分かる。そんなときに石田三成が来たのだから、こいつを最後に撃ち取って、儚く散ろうと思った。 「我島津秋成なり、石田三成貴殿の首を撃ち取りに参った」 「その勝負受けよう。お前らこれは我々の一対一の勝負だから、邪魔をするなよ」 すると石田三成の部下達は離れていく。我は今持てる全力を出して、戦ったが、やはり怪我の影響を受けてか、心臓に刀が刺さり、俺は倒れた。 ああ、義弘様。どうか島津家を頼みます。そうだんだん意識が消えていくなか、そう思っていた。 「大丈夫ですか?」 なぜか戦場に似つかわしくない、可愛い少女の声がする。手当てでもされてるのか?でも我は確実に逝ったはずだ。致命傷をおっていたし。 俺は目を開けると、そこには薩摩にもいないほどの美少女がいた。 「お主は?」 「私はアリア.スカーレットといいます。貴方の名は?」 「島津秋成、島津家のものだ」 この出会いがやがて奇跡といわれる出会いとなる。そう武術を極めた武将と家族を魔族によって失った魔法師との出会いである。やがてこの二人が出会って、伝説の旅路が始まるー

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...