異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

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第2章 辺境伯領平定戦

第55話 狂戦士の村

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「ほっほっほ。よう来なさったのう、ミナ様」

 いつもの密談部屋で丹波が朗らかに笑う。

 佐藤の爺や左馬助は静かに頭を下げた。

 一方のミナはと言うと、真夜中に蝋燭一本しかない小部屋に通され、男四人に囲まれて困惑しているように見えた。

「明後日の会議の事で話があると聞いたんだが……これではまるで密談じゃないか」

「如何にも密談だ。この部屋は大っぴらには出来ぬ話をするために使う部屋でな」

「……ヤチヨ殿に膝枕されていた部屋で密談? 本当に?」

 疑わしそうに半眼で俺を見るミナ。

 さらに、「膝枕」と聞いた丹波と佐藤の爺が「若もやりますのう」などと申し、左馬助は「左様に仲が進んでおりましたか」などと申してニヤニヤしておる。

「お主ら分かって申しておるな? 八千代には耳掻きをさせておったに過ぎん」

「ほっほっほ。耳掻きにござりますか?」

「膝枕と耳掻き、いずれが本命であったことやら」

「助平の言い訳かと。素直にお認めになればよろしいのに……」

 ミナの半眼が一層深まる。

「冗談はもう良い! 本題に入るぞ!」

 煙でも払うように片手を大きく振り、無理に話を進めた。

「ミナ、領内の仕置については辺境伯と話がついておったが、全て白紙に戻す」

「何だって!? 会議はもう明後日じゃないか!」

「分かっておる。だが事情が変わった」

「それは……『キューシューシュー』と呼ばれる者達がやって来た為か?」

「左様だ」

「お父様は方針の変更をご承知なのか?」

「無論だ。お主にも同席してもらいたかったが……何せ弟や妹達の玩具になっておったのでな」

「うっ……」

 一体何をされていたのか、ミナは疲労と心労のあまり、真っ白に燃え尽きた灰の如く抜け殻と成り果てていた。

「あれでは話も出来ん。だが、お主は辺境伯家の惣領娘。寄騎貴族や家臣達との評定ひょうじょうにも出て貰うのだ。仔細しさいは承知してもらわねば」

 陣代となった以上、俺の言葉は辺境伯の言葉に等しい。

 評定には俺だけが出ても良いのだが……事はそう簡単に済まぬ。

 寄騎貴族や家臣達にとって、俺はどこの馬の骨とも知らぬ、風体の怪しげな余所者でしかない。

 九郎判官の如く、異界から参った者だと思い知らせば多少は権威も付く……と思えそうだが、これも極めて難しい。

 辺境伯は九郎判官の太刀をご覧になられた経験があった。

 故に、俺が異界よりやって来たことを信じて下さった。

 だが、九郎判官の太刀は国宝であり、おいそれと目にすることが出来ぬ代物。

 辺境伯のお立場にあっても、目にされたのはたった一度。

 寄騎貴族や家臣達は目にする機会を掴む事すら出来ないだろう。

 ならば、三野を見せればどうか? とも思うが、こちらも役に立ちそうにない。

 ヨハン・ブルームハルト曰く、寄騎貴族や家臣達は、俺達の事を辺境から流れて来た流民《るみん》とでも思っているらしい。

 辺境伯が流民を秘かに囲い、東の荒れ地に住まわせて武装を施し、ゲルトへ反抗する機会を窺っていた――――左様な物語を信じているのだと言う。

 こんな物語を信じ込んでいるのには相応の理由がある。

 ゲルトやカスパルにしても、寄騎貴族や家臣達にしても、東の荒れ地は魔物退治のついえばかりが嵩む、利の無い土地だと厄介者扱いし、見向きもしてこなかった。

 橋を落とし、ネッカー川を天然の水堀としてしまえば良い。

 東の荒れ地など、さっさと諦めて捨ててしまえとさえ、思っているのだと言う。

 荒れ地を見捨てず、曲がりなりにも魔物退治をやっておったのは辺境伯お一人のみ。

 連中は東の荒れ地の事など何一つ関心はなく、知りもしない。

 事程ことほど左様さような有り様故に、数多くの流民が秘かに囲われ、いつの間にやら荒れ地に緑が戻り、村々が出来て人が住んでも全く事が露見しなかった……などと申す、荒唐無稽こうとうむけいな物語がまことしやかな話となってしまう。

 左様な次第つき、俺は陣代という肩書を得たものの、寄騎貴族や家臣達を従わせるだけの権威を持ち合わせていない。

 だからこそ、ミナには居てもらわねばならぬし、居てもらう以上は何をするのか分かっていてもらわねばならぬ。

 さて、弟妹達の仕打ちでも頭に浮かんだのか、しばし遠い目をしておったミナであったが、「……分かった。頼む」と俺に話を促した。

「ならば結論から申すとしよう。寄騎貴族や家臣達の成敗、今年中に行うぞ」

「今年中!? もう九月の末じゃないか!」

 ミナは驚きを露わにする。

「不正に手を染めていた者は、一年か二年を掛けて証拠を集めるんじゃなかったのか?」

 寄騎貴族や家臣達はゲルトとカスパルの専横、悪政を前に日和見を続けていた。

 ヨハンのように心中で歯がゆい思いを抱えておった者がいる一方、連中の陰に隠れて自身も甘い汁を吸い続けていた者がいる。

 ゲルトとカスパルを討ち取ったとは申せ、斯様かような者共をのさばらせておくことは出来ぬ。

 咎める事もなく辺境伯への奉公を許せば、必ずやあだを成す時が来よう。

「時を費やせば証拠を固められよう。だが、時は俺達に味方する事もあれば、連中に味方する事もある。連中に証拠を隠滅する時を与えてはならん。多少強引でもあらゆる策を用いて証拠を炙り出し、連中を追い詰める」

「……また、戦になるのでは?」

「なる。だが、時を掛けても大なり小なり戦にはなろう」

「……そうだな。寄騎貴族や家臣達も領地を持ち、兵を抱えている」

「左様。俺達が如何に証拠を固めようと、大人しく成敗はされぬであろうよ」

「時を与えれば兵の数を増やすだけか」

「先手を打って戦を仕掛けるかもしれん。やられる前にやれ、とな」

「強引な方法を選択すれば、時を掛けるよりも激しい戦になりはしないか?」

「あるいはそうなるやもしれぬ」

「それでも強引な手に出るのは軍備に自信が持てたからだな? 『キューシュー』の者達はそんなに強いのか?」

「強い。だが、それ以上に数が揃った」

「数? 異世界よりやって来た領地は五千石……だったか? 単位はよく分からないが、『ミノ』の十分の一ほどと聞いたぞ? 農村や山村がばかりとも……」

「住まう者共が、ちと特別でな」

「特別?」

「主家没落、自家零落の煽りを受けて、帰農せざるを得なんだ侍達が数多く住んでおる。見た目こそ農村や山村だが、実のところは侍の村なのだ」

「バ、狂戦士バーサーカー達の村だって!?」

「その『ばあさあかあ』は未だに何なのか分からんが……まあ、ただの百姓でないことは確かよ」

 ミナは「なんて恐ろしい……」などとブツブツ言っておるが、放っておいて話を続けた。

「当家への仕官を望む者も多くてな。兵を集めれば五百にはなろう。もっと増えるやもしれぬ」

狂戦士バーサーカーがさらに五百人!? ネッカーの戦いでは千五百だったじゃないか!」

「寄騎貴族や家臣達はゲルトと同じく三千か四千の兵は集められよう。千五百では心許こころもとなかったが、二千かそれ以上となれば話は別だ」

「……やれるか?」

「やれる」

 一切の迷いなく言い切る。

 丹波、佐藤の爺、左馬助の三人も、当然だと言わんばかりに力強く頷いた。

「もはや一戦を辞さず。この機に奸臣かんしんは根切りにすべし」

「……奸臣、か」

 ミナが寂しそうな顔をした。

「ヨハンのような者は少数なのかもしれないな……」

「二十年は長うござりましたな」

 丹波が静かに口を開いた。

「忠臣を奸臣へと変えるに十分な時間にござるな」

「……お父様やお爺様が上手く統治出来ていれば、違う未来も有り得ただろうか?」

「あるいは。じゃが、過去を悔やんでも仕方がありませぬ。辺境伯家は一からやり直すのでござります」

「そう……だな。ああ、そうだ」

 自分に言い聞かせるように呟くと、ミナはこちらへ顔を向けた。

「やろう、シンクロー。私も覚悟を決めた」

「その意気だ。良い顔付きになったな」

「からかわないでくれ。……ところで、一つ尋ねたいんだが……」

「何だ?」

「あらゆる策を用いて証拠を炙り出すと言っただろう? どんな手を使うんだ?」

「謀略にて連中を罠に掛ける」

「謀略? 口上一つでゲルトに戦を選ばせたように?」

「左様」

「シンクローを信じない訳ではないが……。ゲルトの時とは違い、今度の相手は複数だ。複数の者をまとめて罠に掛ける事など出来るのか?」

「案ずる事は無い。武士の嘘をば武略と申す、と言ってな。はかりごとを使いこなしてこそ一人前の侍よ。やり様はいくらでもある」

 そう申すと、丹波、佐藤の爺、左馬助が「然り」と強く頷いた。

「腕が鳴るわ。奸臣共は枝葉の小者に至るまで、根こそぎ引きずり出してくれようぞ」

 ミナは唇を引き締め、コクリと小さく頷いた。
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