55 / 195
第2章 辺境伯領平定戦
第48話 恩賞
しおりを挟む
「――――斯くの如く、ゲルトとカスパルを討ち取りましてござります」
大坂屋敷の一室にて報告を終えると、辺境伯はゆっくりと頷いた。
寝床の上で、ミナと奥方に背を支えられながらも、動きに弱々しさはなかった。
「このアルバン、感服いたしました。真に鮮やかな戦振り。お見事です」
「勿体なきお言葉にござります」
「とんでもない。あなたはアルテンブルク辺境伯家二十年来の病巣をたった数日で切り取ってしまわれたのです」
少し、目が潤んでいるであろうか?
これまで気丈に振る舞っていたミナや奥方も目を真っ赤にしている。
「……サコン殿、ミドリ殿。お二方は良き御子息を持たれましたね?」
「はっはっは……。アルバン殿から左様に手放しで褒められと面映ゆうござるな。のう? 翠よ?」
「おほほほ……。御前様の仰る通りございますね――」
父上と母上は謙遜しつつも、満更でもない様子で笑い声を上げた。
つられてか、辺境伯と奥方も笑顔を浮かべる。
この四人、夫が長く病で妻が支え続けた境遇が似ていたせいか、出会って数日のうちに打ち解け、何十年来の友の如く振る舞っておる。
お? 今度は母上がミナを褒めたな。
女子の身でありながら、合戦前に言葉戦いを仕掛け、敵前を馬で駆け抜けたことを巴御前に例えた。
疑問符を浮かべる辺境伯一家であったが、母上が「判官様と同じ時代の女人でございますよ」と申すと、途端に満面の笑みを浮かべた。
ミナは「恐れ多いことです!」などと恐縮しておるな。
やはりと言うべきか、辺境伯家の方々は判官贔屓ばかりらしい。
日ノ本とは異なる意味でな。
互いの子の褒め合いがいつまでも続きそうだったので、「よろしゅうござりますか?」と口を挟む。
「これは失敬しました。どうぞ」
「ゲルトの屋敷から持ち帰った財物についてご報告を」
「ヴィルヘルミナからも聞いております。相当な量に上るようですね……」
「左様にござります。あまりの量にて、未だに調べが追い付いておりませぬ」
「目算では如何ほどに?」
「少なくとも、金貨のみで一万枚」
「「い、一万枚!?」」
辺境伯と奥方が揃って驚く。
現場を見ていたはずのミナも、思わずと言った様子で息を飲んだ。
「驚くのは早うござります。銀貨や銅貨も数多見付かってござります。その額、金貨に換算して、こちらも一万枚相当と見込まれまする。合わせて二万枚ござるな。銭の他にも、屋敷内の品は一つ残らず押さえてござります。さて、一体如何程になるやら……」
「「……」」
辺境伯と奥方は完全に言葉を失ってしまった。
代わって父上と母上が尋ねた。
「のう、新九郎よ? お二方は大層驚いておられるが、その金貨一万枚だか、二万枚だかと申すのは、左様に大きな銭なのか?」
「ねえねえ、新九郎? 金貨は日ノ本の銭にするとおいくらなのかしら?」
父上が素朴に尋ねる一方、母上は目をキラキラさせながら尋ねた。
まったく母上は……。
この手の話が大好きなのだ。適当にあしらっても、しつこく尋ねてくるに違いない。
困ったことよ。容易に答えの出る話ではないのだが……。
「簡単には比べられん。弾正が八方手を尽くして調べておるところだ」
「大雑把にでも分からないの?」
答えを促すようににじり寄る母上。
仕方がないのう――――、
「――――あくまで大掴みな話だぞ?」
「分かっていますよ!」
「日ノ本の銅銭――精銭一文と異界の銅貨一枚は等価ではあるまいか……と、弾正は申しておる」
「え? 等価ですって? それなら――――」
異界では、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚になる。
要は、金貨一枚は銅貨一万枚と等価。
日ノ本の銭で表せば、異界の金貨一枚は銅銭一万枚――十貫文だ。
金貨が一万枚あれば、十万貫文に相当する。
堺の商人共へ支払うはずだった鉄砲五百挺と玉薬の代金は五千貫文。
比べれば、その大きさの程が知れよう。
「で、では! 金貨二万枚なら二十万貫文と申すか!?」
「まあすごい! うちの年貢の軽く十倍ね!」
「日ノ本では、四十万石や五十万石の大身でなくば望めぬ額だ。よくも溜め込んだものよな」
とは申しつつも、これは不思議な話でもなければ、無理な話でもない。
辺境伯領は石高に換算すると三十万石。
一年間の年貢は軽く十万貫文以上はあろう。
寄騎貴族や家臣の領地も含まれているとは申せ、二十年に渡って蓄財に励んでいたとすれば、この程度残っていても何らおかしくはない。
ゲルトが吝嗇と誹謗されていたことを思えば、少ないとさえ言えるかもしれんが――――。
「――――これならば、サイトー殿の働きに報いることが出来ます」
辺境伯がポツリと呟く。
「何の事にござりますか?」
「戦には恩賞が付き物です。しかし、当家にはサイトー殿の働きに報いるだけの蓄えがありません。なにせ、私の直轄地の税収は一年間で金貨五百枚にも満たないのですからね。ですが、これで十分な恩賞を――――」
「――――有難きお言葉にござりますが、またの機会と致しとうござります」
「は? そ、それはどういう――――」
「恩賞の儀は、謹んで遠慮致しまする」
その場の全員が驚きを露わにした。
大坂屋敷の一室にて報告を終えると、辺境伯はゆっくりと頷いた。
寝床の上で、ミナと奥方に背を支えられながらも、動きに弱々しさはなかった。
「このアルバン、感服いたしました。真に鮮やかな戦振り。お見事です」
「勿体なきお言葉にござります」
「とんでもない。あなたはアルテンブルク辺境伯家二十年来の病巣をたった数日で切り取ってしまわれたのです」
少し、目が潤んでいるであろうか?
これまで気丈に振る舞っていたミナや奥方も目を真っ赤にしている。
「……サコン殿、ミドリ殿。お二方は良き御子息を持たれましたね?」
「はっはっは……。アルバン殿から左様に手放しで褒められと面映ゆうござるな。のう? 翠よ?」
「おほほほ……。御前様の仰る通りございますね――」
父上と母上は謙遜しつつも、満更でもない様子で笑い声を上げた。
つられてか、辺境伯と奥方も笑顔を浮かべる。
この四人、夫が長く病で妻が支え続けた境遇が似ていたせいか、出会って数日のうちに打ち解け、何十年来の友の如く振る舞っておる。
お? 今度は母上がミナを褒めたな。
女子の身でありながら、合戦前に言葉戦いを仕掛け、敵前を馬で駆け抜けたことを巴御前に例えた。
疑問符を浮かべる辺境伯一家であったが、母上が「判官様と同じ時代の女人でございますよ」と申すと、途端に満面の笑みを浮かべた。
ミナは「恐れ多いことです!」などと恐縮しておるな。
やはりと言うべきか、辺境伯家の方々は判官贔屓ばかりらしい。
日ノ本とは異なる意味でな。
互いの子の褒め合いがいつまでも続きそうだったので、「よろしゅうござりますか?」と口を挟む。
「これは失敬しました。どうぞ」
「ゲルトの屋敷から持ち帰った財物についてご報告を」
「ヴィルヘルミナからも聞いております。相当な量に上るようですね……」
「左様にござります。あまりの量にて、未だに調べが追い付いておりませぬ」
「目算では如何ほどに?」
「少なくとも、金貨のみで一万枚」
「「い、一万枚!?」」
辺境伯と奥方が揃って驚く。
現場を見ていたはずのミナも、思わずと言った様子で息を飲んだ。
「驚くのは早うござります。銀貨や銅貨も数多見付かってござります。その額、金貨に換算して、こちらも一万枚相当と見込まれまする。合わせて二万枚ござるな。銭の他にも、屋敷内の品は一つ残らず押さえてござります。さて、一体如何程になるやら……」
「「……」」
辺境伯と奥方は完全に言葉を失ってしまった。
代わって父上と母上が尋ねた。
「のう、新九郎よ? お二方は大層驚いておられるが、その金貨一万枚だか、二万枚だかと申すのは、左様に大きな銭なのか?」
「ねえねえ、新九郎? 金貨は日ノ本の銭にするとおいくらなのかしら?」
父上が素朴に尋ねる一方、母上は目をキラキラさせながら尋ねた。
まったく母上は……。
この手の話が大好きなのだ。適当にあしらっても、しつこく尋ねてくるに違いない。
困ったことよ。容易に答えの出る話ではないのだが……。
「簡単には比べられん。弾正が八方手を尽くして調べておるところだ」
「大雑把にでも分からないの?」
答えを促すようににじり寄る母上。
仕方がないのう――――、
「――――あくまで大掴みな話だぞ?」
「分かっていますよ!」
「日ノ本の銅銭――精銭一文と異界の銅貨一枚は等価ではあるまいか……と、弾正は申しておる」
「え? 等価ですって? それなら――――」
異界では、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚になる。
要は、金貨一枚は銅貨一万枚と等価。
日ノ本の銭で表せば、異界の金貨一枚は銅銭一万枚――十貫文だ。
金貨が一万枚あれば、十万貫文に相当する。
堺の商人共へ支払うはずだった鉄砲五百挺と玉薬の代金は五千貫文。
比べれば、その大きさの程が知れよう。
「で、では! 金貨二万枚なら二十万貫文と申すか!?」
「まあすごい! うちの年貢の軽く十倍ね!」
「日ノ本では、四十万石や五十万石の大身でなくば望めぬ額だ。よくも溜め込んだものよな」
とは申しつつも、これは不思議な話でもなければ、無理な話でもない。
辺境伯領は石高に換算すると三十万石。
一年間の年貢は軽く十万貫文以上はあろう。
寄騎貴族や家臣の領地も含まれているとは申せ、二十年に渡って蓄財に励んでいたとすれば、この程度残っていても何らおかしくはない。
ゲルトが吝嗇と誹謗されていたことを思えば、少ないとさえ言えるかもしれんが――――。
「――――これならば、サイトー殿の働きに報いることが出来ます」
辺境伯がポツリと呟く。
「何の事にござりますか?」
「戦には恩賞が付き物です。しかし、当家にはサイトー殿の働きに報いるだけの蓄えがありません。なにせ、私の直轄地の税収は一年間で金貨五百枚にも満たないのですからね。ですが、これで十分な恩賞を――――」
「――――有難きお言葉にござりますが、またの機会と致しとうござります」
「は? そ、それはどういう――――」
「恩賞の儀は、謹んで遠慮致しまする」
その場の全員が驚きを露わにした。
22
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。
だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる