上 下
52 / 195
第2章 辺境伯領平定戦

第46話 登用

しおりを挟む
「最後の首にござる」

 竹腰が告げると、近習達が二人分の首を運んで来た。

 首の連続に疲れ果てた様子のミナとヨハンであったが、首を目にして顔付きが引き締まった。

「首の主はゲルト・フォン・アルテンブルク殿。続いてカスパル・フォン・アルテンブルク殿。敵方の御大将と副将にござります。ネッカーの町門前にて、若が討ち取られましてござります」

 重臣達から「おおっ!」と声が上がる。

 そして首を覗き込み――――一様に顔をしかめた。

 ゲルトの顔も、カスパルの顔も、恐怖と苦悶に彩られ、強く歯噛みしていたのだ。

「これはまた……随分な凶相にござるな……」

 藤佐とうざが口元を押さえ、苦々し気に呟いた。

 この意見に同意する声が続く。

 何人かは、佐藤の爺と竹腰に視線を送った。

 首化粧の指示をしていたのは二人だ。

 ゲルトとカスパルが凶相であったことを知らぬはずがない。

 凶相の首は大将の前に引き出さぬが習い。

 何故そのままで引き出させたのかと問うておるのだ。

「……ふん。憎たらしい顔よな。都合が良いわ」

 ミナとヨハンはギョッとしたような表情になり、離れた場所にいるクリスとハンナは「こいつは何言ってんだ!?」と言いたげな顔をしている。

 家臣達も程度の差はあれ驚いているようだ。

 重臣達は他と比べて平静な様子だが、俺とミナの周囲を固める若い近習達はあからさまに驚いている。

 首を持って来た二人など、すぐさま手放し――――いや、捨て去ってしまいたそうな顔だ。

「俺が命じた。この首はこれで良い」

「……何かお考えが?」

 山県の問い掛けに大きく頷いてみせる。

「他の首は丁重に供養した後、遺族の元に還す。だがゲルトとカスパルは別だ。こ奴らは虚説きょせつを流して主君たる辺境伯を貶め、弓を引いた謀反人である。咎人とがにんとして、首は獄門ごくもんに懸ける」

 重臣達は「致し方なし」と納得顔で頷いた。

 一方、ミナとヨハンは「『ゴクモン』とは何か?」と、不安と疑問が入り混じった表情で俺の顔を覗き込んだ。

さらし首の事だ」

 答えを聞いたミナは「そんなことだろうと思った」とでも言いたげに表情を歪める。

 ヨハンも口元に手を当てながら首を振った。

「……一体何処に晒すつもりだ?」

「領都の門前が良いな。あそこならば数多くの者の目に入る。謀反人の末路が如何なるものか、領内に広まるのも早かろう」

「……穏やかな死に顔より、恨みを残していそうな凶相の方がより効果は増す……ということか?」

「分かってきたではないか。左様だ」

 ミナが嫌そうな顔をした。

 せっかく褒めてやったのにのう……。

「ミナはこんな顔をしておるが、ヨハンはどう思う?」

「……処刑された罪人の遺体を見せしめに晒すのはよくある事です。ただ、首だけ……と申しますのは初めてで……」

「やらぬ方が良いと思うか?」

「……嫌悪する者もいるでしょうが、罪人には相応の罰を下さねばならぬこともまた事実です。加えまして、ゲルトとカスパルの死を確実に知らしめた方がよろしいかと」

「奴らに与する者共の意気を挫かねばならんからのう」

「申し上げるまでもございませんでしたか」

 ヨハンが軽く頭を下げた。

 ふむ……。この者、心映えが良いだけでなく、自分の頭でしっかとモノを考えられる男のようだ。

 このまま帰してしまうのは惜しいな……。

「ヨハンよ。お主、辺境伯のお側にお仕えする気はないか?」

「は? わ、私がですか?」

「そうだ。俺は一応、筆頭内政官とやらになっておってな、人材の登用を辺境伯へ進言出来る立場にある。ミナ、よかろう?」

「シンクローが推した人物なら、お父様もご納得下さると思う。私もあなたのような方がお父様の側近くに仕えてくれるなら心強い」

 ミナも好意的な意見を口にする。

 だが、ヨハンは恐縮した様子で首を横に振った。

「ブルームハルトの本家は爵位を賜っておりますが、私などは分家のそのまた分家の出身。家督も継げぬ三男坊です。私の様な身分の者が辺境伯のお側にお仕えするなど、恐れ多いことです……」

「ふふふ……。その言い方では『身分に自信はないが、己の才には自信がある』と聞こえるぞ?」

「そ、そのような驕った考えは毛頭……」

「身分など気にする事はない」

「……は?」

「身分で辺境伯への忠義が決まるか? 才が決まるか? 違うであろう? ゲルトとカスパルを見てみよ。奴らは親族にも関わらず、辺境伯のお命と地位を狙った。拙い戦を行い、多くの兵を死なせた。今の辺境伯家に必要な者は身分高き者ではない。忠義と才のある者だ。身分に拘泥する心などドブに捨ててしまえ」

 ヨハンはしばし考え込んだ後、静かに口を開いた。

「……一つお願いがございます」

「何だ?」

「部下の兵達も共にお仕え出来ないでしょうか? 私が辺境伯にお仕えすれば、残された彼らが不利益を被るかもしれません。どうか……」

「つくづく兵を慈しむ男だな、お主は。良かろう。まとめて面倒を見る。俸禄ほうろくも住まいも案ずる事はない。必要なものはこちらで用意する。家族がいる者は同行させても構わん」

「は、ははっ! 有難き幸せ!」

「戦の後始末が終わり次第、ネッカーの町に出仕しゅっししてもらうぞ。仔細しさいは追って沙汰さたする。今日のところはゆっくり休め。大儀であった」

「ははっ!」

 返事をするヨハンの声は少しばかりくぐもっていた。

 下を向いたままで分からなかったが、もしかすると泣いていたのかもしれんな。

 近習に促され、ヨハンが陣の外へと退出する。

 すると、竹腰が思い出したように「オホン!」と一つ咳ばらいをし、首注文の末尾を読み上げた。

「此度の戦にて首実検に供した首数百余人、雑兵ぞうひょうの討ち取り千余人、生け捕り千余人、その他追い討ちその数を知らず……以上にござります」

 こうして、首実検すべて幕を閉じ――――、

「――――お待ちください」

 若い男の声が俺の独白を遮る。

 同時に、「ジャラリ」と算盤珠そろばんだまの音が鳴った。

 斎藤家の財布を預かる御蔵奉行おくらぶぎょう松永まつなが弾正忠だんじょうのちゅう利久としひさであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠
ファンタジー
 最強の魔王ソフィが支配するアレルバレルの地。  彼はこの地で数千年に渡り統治を続けてきたが、圧政だと言い張る勇者マリスたちが立ち上がり、魔王城に攻め込んでくる。  残すは魔王ソフィのみとなった事で勇者たちは勝利を確信するが、肝心の魔王ソフィに全く歯が立たず、片手であっさりと勇者たちはやられてしまう。そんな中で勇者パーティの一人、賢者リルトマーカが取り出したマジックアイテムで、一度だけ奇跡を起こすと言われる『根源の玉』を使われて、魔王ソフィは異世界へと飛ばされてしまうのだった。  最強の魔王は新たな世界に降り立ち、冒険者ギルドに所属する。  そして最強の魔王は、この新たな世界でかつて諦めた願いを再び抱き始める。  彼の願いとはソフィ自身に敗北を与えられる程の強さを持つ至高の存在と出会い、そして全力で戦った上で可能であれば、その至高の相手に完膚なきまでに叩き潰された後に敵わないと思わせて欲しいという願いである。  人間を愛する優しき魔王は、その強さ故に孤独を感じる。  彼の願望である至高の存在に、果たして巡り合うことが出来るのだろうか。  『カクヨム』  2021.3『第六回カクヨムコンテスト』最終選考作品。  2024.3『MFブックス10周年記念小説コンテスト』最終選考作品。  『小説家になろう』  2024.9『累計PV1800万回』達成作品。  ※出来るだけ、毎日投稿を心掛けています。  小説家になろう様 https://ncode.syosetu.com/n4450fx/   カクヨム様 https://kakuyomu.jp/works/1177354054896551796  ノベルバ様 https://novelba.com/indies/works/932709  ノベルアッププラス様 https://novelup.plus/story/998963655

処理中です...