異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

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第1章 国盗り始め

第42.5話 ヴィルヘルミナの独白 その伍

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「ヴィルヘルミナぁ~!」

 私の名を呼ぶ声に振り向くと、クリスが大きく手を振っていた。

 クリスの周囲にはハンナ達女性冒険者の姿もある。

 こちらが手を振り返すと、降伏して地面に座り込んだ敵兵達を蹴り飛ばさんばかりにこちらへと走り寄り―――、

「――――無事で良かったよぉ!」

 飛び掛かるようにして抱き着いた。

 あまりの勢いで危うく倒れそうになる。

「ク、クリス! 落ち着いてくれ……!」

「無理だよぉ! 恐かったよぉ! 恐過ぎたよぉ!」

「戦は始めてじゃないだろう? 確か以前にも何処かの戦に――」

「そうじゃないのぉ! そうじゃなくってぇ!」

 私の胸に顔を埋めて泣きじゃくるクリス。

 一体どうしたと言うんだ?

 答えを求めてハンナに視線を向けると、彼女をはじめ女性冒険者達も青い顔をしていた。

「何があったんだ?」

「いや……それが……ですね……」

 泣き喚くクリスに変わって、ハンナがポツリポツリと語り出した。

 彼女達はネッカーの町の南に現れた伏兵の道案内をしていた。

 敵軍に見つからないよう、森林や土地の起伏といった身を隠せる場所に伏兵を誘導した。

 地元の出身である彼女達ならではの貢献の仕方だ。

 彼女達の活躍もあって、伏兵は存在を気取られる事なく敵軍の背後に回り込み、見事に不意を突くことに成功した。

 戦の勝敗を決する一撃だった。

 こうして彼女達の役割はこれで終わったが、故郷を蹂躙じゅうりんされて黙っていることなど出来ない。

 伏兵の指揮官であるヤマガタ殿に頼み込み、攻撃に参加したらしいのだが――――。

「異世界のサムライ……でしたっけ? 何と言いますか、信じられない戦い方をしまして……」

「信じられない? 遠目には分からなかったが……具体的にどういった?」

「……魔法で攻撃していたのに気が付きましたか?」

「もちろん。頼もしく思ったぞ。それが何か?」

「あれ……どうやって放っていたと思います?」

「ん? それはどういう……」

「敵軍とあたし達の間には味方の槍兵がいたんですよ。ほら。すごく長い槍で敵を叩きまくって攻撃していた……」

「ああ! いたな! ……ちょっと待て。それだと味方が邪魔になって魔法など……」

「でしょ? 普通はそう思うでしょ!? それなのにヤマガタ様がっ!」

「ヤマガタ殿が?」

「『背後からそのまま放て! 槍を振り下ろした瞬間は頭が下がる! その瞬間を狙って放て!』って……」

「なっ……! 馬鹿な! そんな危険な戦い方があるか!」

「ですよね!? だから止めたんです! そんな危ない戦い方出来ないって! 味方を巻き込んじゃうって! そしたらテッポーの指揮をしていたサイカ様が手本を見せてやるって……」

「おい、まさか……」

「本当に槍を振り下ろした瞬間に背後からテッポーで一斉射撃したんです! ヤバいですって! 下手したら味方の後頭部に命中ですよ!?」

「……」

「今度は槍兵を指揮していたアサリ様が……」

「さすがに抗議を――――」

「『矢玉が少ないっ! もっと思い切ってやらんかっ!』って……。サイカ様が『分かっておるわっ! 黙って見ておれっ!』ってもっと激しく……」

「……」

「ヤマガタ様が『今だ!』『そこだ!』『放てっ!』って指示を始めたんで仕方なくクリスさんが……。それから他の魔法師のや弓士のも……。でも……」

「……まだ、あるのか?」

「テッポーや魔法を撃ち込んでる最中の敵の真っ只中に、オバタ様が指揮するサムライ達が、盾も持たずに槍一本で突っ込んで行ったんです……」

「……」

「どうしてですかね? サムライ達は一人残らず笑顔でした。『大将首は何処じゃ!?』とか叫んでました。気付いたら敵の指揮官の首から上が無くなってました。敵兵は戦意喪失してました」

「……」

「あたしって剣士じゃないですか? 『飛び道具を持たん者は続け! 案ずるな! 皆、慣れておるからヘマはせんっ!』って背中を押されるままに敵兵の中に突っ込まされました。死ぬかと思いました。どうして生きてるんだろう? って言うかサムライはヤバいです。一騎当千とかそう次元じゃなくて……何かとにかくヤバいです……」

 ハンナ達が深い溜息をついた。

 町の中での戦いも相当なものだと思っていたが……。

「皆の者! よぉく聞け!」

 葬式のように暗くなっていた私達の元にシンクローの声が届く。

 声の方向へ視線を向けると、クロガネに跨ったシンクローが集まった兵を前に声を張っていた。

 サトウ殿やヤマガタ殿の姿も見える。

 彼らの姿に私は首を傾げた。

 あの特徴的な『アカゾナエ』の甲冑かっちゅうを脱いでいたのだ。

「おお! ここに居られましたか!」

 疑問に思っているとモチヅキ殿がやって来た。

 彼も甲冑を脱いでいた。

「どうして甲冑を? これから領都に攻め込むはずでは?」

「その為にこそ、でござります。我らは刀一本のみを差して駆けまする」

「先程まであんな激しい戦をしておきながら走る!? 徒歩で四、五時間は掛かる距離だと――――」

「敵の士気も足腰も打ち砕いた只今こそ戦機。戦は時が肝要。時を味方に付けた者が勝利するのでござる。この一日で全てを決すべし。我らは身軽となって一刻で領都まで駆け抜ける所存」

「一刻!? 無茶だ!」

「戦は生き死にを争うもの。なればこそ、今が無理のしどきと存じます」

「だが武器や甲冑がなくてはまともに戦えないぞ!?」

「馬や荷車にて運びまする」

「い、いつそんな用意を?」

藤佐とうざ殿と利暁りぎょう様に念の為ご用意いただきました。足りなければ、大将格以外は馬を下ります」

 ああ、これは本気だ。

 間違いなく本気だ。

 顔は笑っているが目が笑っていない。

「――――これより陣触じんぶれを行う!」

 疲れ切った私の耳に、再びシンクローの声が届いた。

「これより敵を追い討ちし、さらには敵本城へ付け入る! これに当たり、改めて陣中法度じんちゅうはっとを申し渡す!」

 味方の間から「オウッ!」と声が上がった。

「敵は追い討ちせよ! だが追首おいくびは無用! 首は捨てよ! 隊伍を乱さず進め! 背いた者は一銭斬りとする!」

「「「「「オウッ!」」」」」

 ん? んん? 首? 首とはあの首か?

 首を捨てるって何だ?

 そう言えば、さっきハンナが『タイショウクビ』がどうとか……。

 要は首を落として……それを捨てる?

 そもそもどうして首を落とすんだ?

 分からない……。

 それに『イッセンギリ』……? 

 『イッセンギリ』とは何だ?

 どちらにしても、とんでもなく物騒な気配がするのだが――――。

「……モチヅキ殿?」

「はっ。何か?」

「……『イッセンギリ』とは何なのだ?」

「文字通り一銭――こちらで申せば銅貨一枚盗んだような僅かな罪でも打ち首にするのでござります」

「厳しい気がするのだが……」

「春日村で鋸引きをご覧になったでしょう? あれに比べれば痛みも苦しみも刹那の事にござります」

 私はそういうことを言いたいのではないのだが……。

 シンクローの話はさらに続く。

「乱取り、人取り、押買い、押売り、苅田かりたに付け火! 乱妨狼藉らんぼうろうぜきは一切無用!」

 『ランドリ』は分からないが、『ヒトトリ』?

 …………まさか人攫い!?

 『ツケビ』は放火か!?

 どうしてわざわざ禁ずるのだ!?

 それに押買いや押売りまでも? そんなもの戦場でやることなのか!?

 ここにいるのは食い詰めの傭兵や荒くれ者ではないんだぞ!

「民百姓への手出しは一切罷りならん! これに背きし者も一銭斬りとする!」

「「「「「オウッ!」」」」」

「法度を守って戦った者には一貫文くれてやる! 手柄を立てた者には、さらに褒美を進ぜよう! 励め!」

「「「「「オオオオオオオオオッ!」」」」」

 兵の士気は最高潮に達した。

 うな垂れるゲルト軍の敗残兵とは好対照。

 頼もしい味方だと思える一方で、私は再びあの言葉を思い出していた。

 異世界のサムライは狂戦士バーサーカーだと……。

 私達に様々な意味で激しい衝撃を与えたこの戦は、後年「ネッカーの戦い」と呼ばれ、帝国史に深く刻まれる事となった。
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