上 下
35 / 141
第1章 国盗り始め

第32話 進物

しおりを挟む
「サイトー殿? そのお姿は?」

 寝台の上に身体を起こした辺境伯が不思議そうに尋ねた。

 ミナや奥方にも同じことを聞かれたが、俺が今着ているのはいつもの小袖《こそで》ではない。

 斎藤家の家紋である撫子なでしこを染め抜いた直垂ひたたれに身を包み、頭には折烏帽子おりえぼしを被って懸緒かけおで留め、腰には太刀をき、脇差わきざしを差している。

「侍の正装にござります。本日はお礼に伺いましたので」

 左馬助に目配せすると、部屋の外から次から次へと長櫃ながびつが運び込まれた。

 あっという間に辺境伯の寝室は長櫃で一杯となる。

 辺境伯は目を丸くし、同席した奥方とベンノ殿は呆然としている。

 ミナが額に手を当てながら俺を見た。

「シンクロー……。加減してくれと言っただろう? 何なんだこの量は?」

「辺境伯は、我らがこの地に住まうことをお許し下されたのだ。ならば相応の返礼をせねばならん」

「ちょ、ちょっとお待ちください!」

 辺境伯が寝台から身を乗り出すように声を上げた。

「サイトー殿らがこの地に住まうことを許したのは事実。ですが、それも魔物退治という条件付き。いわば契約ではありませんか。ここまでの返礼を求めるつもりは……」

「条件があろうとなかろうと、辺境伯がお許し下さらねば我らは完全に寄る辺を失いました。この恩義には報いねばなりませぬ。忘れたとあっては侍にとって末代までの恥にござる。どうか心置きなくお受け取り下さい」

 長櫃の横に控えた家臣達が一斉に蓋を開ける。

 さらに、長櫃には収まり切らなかった品も運び込まれる。

 左馬助が目録を読み上げ始めた。

 まずは太刀を一腰。

 打刀うちがたなと脇差の大小二本。

 朱塗りのやり弓胎弓ひごゆみと弓具一揃い。

 赤糸でおどした甲冑一領――――。

「これは……ホーガン様がお持ちだったとされる武具の数々では?」

「判官の時代のものと姿形は異なりましょうが、当代の侍が使うものでござります」

「この剣……カタナと言いましたか? 本当にいただいてもよろしいのですか? 帝国では国宝級の代物なのですよ?」

「結構です。美濃国は鍛冶が盛んでござってな、刀鍛冶も多い。差し上げても、また作ればよいだけにござります」

「カタナをまた作る……」

 辺境伯は絶句してしまった。

 再現不可能だったはずの品が己の手に入り、無ければまた作ればよいと言われては当然か。

 代わって声を上げたのは奥方だ。

「サ、サイトー殿? こちらの陶器もいただいてよろしいのですか?」

「はい。美濃国では焼き物も盛んに作られております。先日の地震で数多く割れてしまったと伺いましたので持参いたしました。色や形がお気に召せばよろしいのですが」

「お気に召すなんてとんでもない! ちょうど困っていたところだったんです! 陶器は良い粘土と豊富な燃料が無ければ作れない高価な品ですから……」

「ようございました。今回は既に作り終えたものを持参いたしましたが、お好みの色や形があればお申し付けください。職人たちに作らせましょう」

「え? つ、作っていただけるのですか!?」

「お任せを」

 奥方が手に持った皿を抱き締め、あたかも初恋が成就した乙女のような顔をしている。

 忍び衆からの報告では、異界では木で作った器が主で、焼き物は貴重品とは聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。

 さらにベンノ殿も続いた。

「し、失礼ですが、こちらの陶器を包んでいるのは紙ではありませんか?」

「左様にござる。それが何か?」

 わざと知らぬふりをして問い返すと、ベンノ殿は信じられと首を振った。

「この手触り……この丈夫さ……草や羊の皮ではありませんが……」

「おや? こちらでは左様なもので紙を作るので?」

「異世界は違うのですか!?」

「我らはこうぞ三椏みつまた雁皮がんぴなどと申す木を使って紙を作っておりまする」

「木!? 紙が木で!?」

「ちなみ俺が被る烏帽子えぼしも紙を元に作ったものでござるな」

「紙で帽子を!? と、ところでサイトー様の懐に見えるのも……」

懐紙かいしと申します。書き付けに使うこともあれば、小さな物を包むこともあれば、鼻をかむこともある。何にでも使えます」

「か、紙で鼻を……」

「こちらでは使いませぬか?」

「使いません! そもそも紙はそれなりに値が張るのです。おかげで納税の記録を取るにも難儀しておりまして……」

「ならばこの長櫃ながびつ一杯に紙を入れてお届けしましょう。案ずる事はありませぬ。我が領内では紙も作っております故」

 ベンノ殿だけでなく、辺境伯と奥方まで目を剥く。

 京や大坂に出荷するはずだった紙や焼き物が行き場を失っておるからな。

 領民達の生活の為にも売り先を確保せねばならなん。

 焼き物も紙も、辺境伯家で大いに使っていただき評判を広めて欲しいところだ。

「おい、シンクロー……」

「どうしたミナ?」

「このような品をもらっておいて厚かましいのだが、その……例のものは?」

「任せておけ」

 左馬助に目配せをすると、ミナの言う『例のもの』――――畳が数枚、室内に持ち込まれた。

 奥方やベンノが肌触りに目を見張ると、耐え切れなくなった辺境伯も寝台からおり、足先で感触を確かめた後にゆっくりと畳の上に腰を下ろした。

 ミナが微笑を浮かべて俺を見る。

「シンクロー――――」

「礼を言うのはまだ早い。これと別に十枚ほど用意した。お主の部屋で好きに使え」

「――――! あ、ありがとう……」

 相好そうごうを崩しつつ、声を詰まらせて礼を言うミナ。

 最後の方は消え入りそうな声だったが、よろこんでもらえてなによりだ。

 この後も酒、米、野菜、果物と、三野郡の産物は続き、魔物討伐で獲得した魔石も披露する。

 最後に、漆塗りの小箱が一つ残った。

 蓋を開けると、中には五十ばかりの薬包やくほうが整然と詰め込まれている。

「『すらいむ』の核を粉末にしたものでござります。どうぞお納めください」

「なんと! 貴重品ではありませんか! しかもこの数……」

「東の荒れ地で『スライム』を五百匹ばかり討ち取ったのでござります」

「ご、五百!? 退治するのが困難極まるスライムを!?」

「父上、シンクローの言ったことは本当です。この目で確認しました。信じられないことですが……」

「ミナとクリスから体に良いものと伺いましたので持参したしました。是非お使いください」

「……かたじけなく思います。ありがたくいただきましょう……」

 クリス曰く、この小箱一つで最低でも金貨五十枚は下らぬ貴重品らしい。

 あの気色悪い生き物が左様に高価だなどと、俺達日ノ本の人間には信じられぬが、効能の高さが値に現れているそうだ。

 その証拠に、辺境伯は大事そうに小箱を手で包み、奥方やベンノ殿も口元に手を当てている。

 辺境伯の病に多少なりとも効けばよいのだがな。

 こうして進物のお披露目は幕を閉じた。

 その日の夜、俺は一人で辺境伯に呼び出された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...