異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

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第1章 国盗り始め

第31話 謀議

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「ほっほっほ。若様はつくづく女子おなごに好かれますなぁ」

 丹波が膝を打ちながら笑う。

 春日村の一件があった日の夜、俺は三野城の一室に丹波を呼び出した。

 六畳余りの小部屋は障子が閉め切られ、灯りはロウソク一本のみ。

 俺と丹波の他に、同席するのは佐藤の爺と左馬助のみ。

 たった四人だけしかいないが、なんとも狭苦しい。

「雇った女子達に何をさせるので? 夜伽よとぎでもさせまするか?」

「このクソ爺! 何を言うか!」

「ほっほっほ。若様をからかうのは面白うござりますなぁ。この爺めの生きがいじゃ」

「だからお主は嫌いなのだ……。俺が申さずとも分かっておろう? ミナやクリスをいつまでも留め置くわけにはいかん。あの者達には、二人に代わって魔物退治の手伝いをさせる」

 七人の女子達の内訳は、剣を扱う者が二人、槍が一人、弓が一人、魔法師が三人だ。

 魔法師も含めれば、飛び道具の割合が高い。

 男と女の身体の差、力の差を考えれば仕方のないことかもしれんが、家臣達を魔法に慣れさせるに丁度良かった。

「言葉はどうなさいます? 若様や望月殿が四六時中共にいる訳にもいきますまい」

「クリスに翻訳魔法の魔法具を作ってもらう」

「高価なのでございましょう? 異界の金で金貨二枚でしたかな?」

「銀貨四十枚まで落としてやった。魔道具の材料は俺達が討ち取った魔物の魔石を使えばよいだろうとな」

「忍び衆も魔石の相場を調べたようでござりますな。クリス殿もお可哀想に。知らぬ間に詰んでおりましたか」

「そういうことだ。それからな、娘達は読み書きが出来るらしい。魔法師の娘が他の者にも教えたのだそうだ。能力に差はあるが、異界の文字を操れる者がいるのは大きいぞ」

「ですな。現状、異界の文字を読み書きできるのは若様お一人でございました故……」

 丹波が視線を落とす。

 そこには、盆に載せられた辺境伯の書状が置かれていた。

 ミナが持参してきたものだ。

「……魔道具無しに言葉を解し、文字の読み書きも出来る、か。俺の身に何が起こったのかのう?」

御伽衆おとぎしゅうのそれがしと致しましては、是非ともその答えをお示ししたいところ。しかしながら、流石に分かりませぬ」

「分かっておる。お主の知恵は別の所で使ってもらう」

 左馬助さまのすけに目配せをすると、一礼して少し前に出た。

「忍衆より知らせがございました。辺境伯家の事情、おおよそ調べが付いてござります」

 声を潜めて話を始めた。

 事の起こりは今から二十年ばかり前、魔石開発の失敗で心労が重なった先代が亡くなり、当代の辺境伯が幼年で跡を継いだことに始まる。

 辺境伯は当時成人前。

 まだ、子供と言ってよい年齢だった。

 開発の失敗で辺境伯家の財布は火の車。

 これを立て直すのは、子供では到底不可能。

 辺境伯家の家臣団は善後策を話し合い、頼りとなりそうな近親者から後見人を迎えることにした。

 その人物こそ、魔石開発を強要した皇帝に並ぶ諸悪の根源。

 帝都で官吏として奉職していた辺境伯の叔父、先代の弟に当たるゲルトなる人物だ。

 こ奴は辺境伯が幼年であることに付け込んで実権を握るや、まつりごとを私物化し、私服を肥やすことに邁進した。

 家臣団はゲルトの持つ帝都の人脈に期待し、辺境伯家再建を託したが、まったくの過ちとしか言い様がない。

 それどころか、ゲルトによって取り込まれる家臣すら出る始末。

 欲に際限がなくなったゲルトは、ついに辺境伯の地位すら狙い始めた。

「しかし、ゲルトめが全てを奪い取るには時が足りませなんだ。辺境伯は成人なされ、ゾフィー様を奥方に迎え、ミナ様も生まれた。不利があるとは申せ、正式な当主は辺境伯。ゲルトから実権を奪い返す機会が生まれたのでございます」

「だがそうはならなかった。辺境伯の病だな?」

「突然の事だったようでございます。一時は命も危ぶまれるほどだったとか」

「ゲルトにとっては都合の良い展開よな」

「ほっほっほ。毒でも盛りましたかな?」

 丹波が朗らかに笑いながら物騒な事を口にする。

「……嬉しそうだな?」

「いえ、楽しいのでございます」

「大して変わらんわ!」

「良いではございませぬか。それがしも戦国を生きた侍にございますれば、陰謀話には胸が躍りまする」

「迷惑な爺め……。どうなのだ左馬助?」

「確証はござりません」

 左馬助は端的に答えるが、丹波は何を想像しているか笑顔のままだ。

「辺境伯は静養と称し、己の身と家族を守るために領都を離れ、別邸のあるネッカーの町へ移られたそうにござります」

「ネッカーの町におられたのはそれが理由だったか。今の状況は?」

「ゲルトが圧倒的に優位にござります。辺境伯領は石高に換算して三十万石程度と思われますが、うち十五万石をゲルトが押さえ、辺境伯はネッカーの町周辺の一万石程度のみ。残りを家臣と寄騎よりきの小貴族が分け合っております」

「三十万石対一万石。俺達が辺境伯についても相手は五倍以上か」

「いえ、それがそうでもないようで……」

「どういうことだ?」

「家臣や寄騎貴族の大半は日和見を決め込んでござります。ゲルトは優位にあるものの、辺境伯家の正統はあくまで辺境伯。下手に肩入れし過ぎると不忠のそしりを免れません」

「家臣団は取り込まれたのではなかったのか?」

「ゲルトめは極めて吝嗇りんしょくな人物らしく、利益を独占しようとするのでござります」

「詰まるところ、ゲルトはケチで分け前が少ないと。それが不満か?」

「貯め込んだ財産を辺境伯領の為に使う気配はなく、領内の再建も頭打ち。結局、家臣も寄騎も様子見に終始する始末のようで」

「辺境伯とゲルトを天秤てんびんに掛けたか。最後に残った方に素知らぬ顔で仕える気だな?」

「はい。そして、ゲルトめも家臣や寄騎貴族の気配に気付いております。最近は己の息子カスパルをミナ様の婿とし、合法的に辺境伯の地位を奪おうと画策しているとのこと」

「辺境伯は当然ご存知あろうな?」

「他家からミナ様の婿を迎えようと動いておられるご様子。しかしながら辺境伯家の内情は他家も知るところにて、進んで火中の栗を拾おうとする者はおらぬようです」

「あるいは、より大きな利を得る機会を狙っているのかもしれんな」

「仰せの通りに――――」

「若様は如何なさるおつもりで?」

 左馬助が言い終える前に丹波が割って入った。

 心なしか、先程よりも笑顔が深くなっていた。

 俺がどんな決断を下すのか、楽しんでおるに違いない。

 こういう所が嫌いなのだ。

 しかし、話さぬ訳にはいくまい。

 これを話し合うためにこそ、丹波を呼び寄せたのだからな。

「俺は辺境伯につく」

「よろしいので? 圧倒的に不利ですぞ?」

「弱い方に味方をした方が己を高く売れる。かつて、お主が俺に申したことだぞ?」

「そんなこともありましたなぁ……」

「それにだ、ゲルトに味方しても重く用いられるとは思えん。そもそも俺達の存在を認めるかどうかも分からん。その点、辺境伯はこの地に住まうことを認めて下さった。これは大きな利点だ」

りながら『味方する』というお答えは、ちとどうかと思いまする」

「何? しからばどうせよと申すか?」

「乗っ盗っておしまいなさい」

 丹波は平然とそう申した。

「味方につくだけでは足りぬ。斎藤家の安泰の為、辺境伯家を乗っ盗ってしまうのです。弱き主君は害悪にしかなりませぬ。これを倒して成り代わるが戦国乱世の習い。亡き御祖父、山城守道三公もそうして美濃一国の主となられたのでござります」

 丹波はニヤリと笑って続ける。

「家臣が頼りとならぬなら、家臣に取って代わりなさい。
親族に信が置けぬなら、親族を取り除いてしまいなさい。
婿の成り手がいないなら、若様が婿になってしまいなさい。
そして主君が弱ければ、主家を乗っ盗ってしまえばよろしい――――」

「――――そこまでだ」

 丹波を止める。

「俺はそこまで考えていない」

「ミナ様に情が移りましたかな?」

「また色恋の話か。お主もしつこいな」

「乗っ盗ればミナ様も手に入りますぞ?」

「だからしつこい。お主は一足飛びに話が飛び過ぎる! 御伽衆おとぎしゅうならばもっと知恵を捻り出さんか!」

「むう……お気に召しませぬか。仕方のない若様でござりますなぁ」

 丹波は「ほっほっほ」と笑いながら座り直した。

 辺境伯ではないが、毒をあおらされた気分だ。このクソ爺!

 だが、時と場合によっては丹波の言通りに――――。

 強く拳を握り締めつつ、左馬助に報告を再開させた。
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