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第1章 国盗り始め
第26話 神力
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「へぇ……これがあんた達のお酒? 結構いけるわね」
大坂屋敷の広間で、緑髪の娘が酒を口に含んで微笑を浮かべた。
宙に浮いたままでな。
現れた時も宙に浮いていたが、屋敷に招き入れた今でも肩くらいの高さに寝そべるような体勢で浮いている。
八千代は「それは良うございました」と酌を続けているが、平気な顔でいるのは八千代だけだ。
母上と山県は絶句し、左馬助は酌を続ける妹を心配そうに見つめている。
一方、当の娘は周囲の様子には気付かぬ風で酒を飲み続けている。
十分なもてなしをすれば正体を明かすと言うので連れて来たが、本当に話す気があるのだろうか?
ミナとクリスの側に寄り、小声で尋ねた。
「本物の神か、それとも魔法か……。お主らはどう思う」
「神とはこんなに気安く現れるものなのか? 私は疑わしく思うぞ?」
「でも魔法の線もないよねぇ。完全な浮遊魔法の成功例は未だかつてないんだからねぇ」
「あの娘は宙に浮いたままで屋敷まで来たんだぞ? 神でも魔法でもないなら……一体何だ?」
「ふん。聞こえているわよ?」
娘は俺達を見て不満そう鼻を鳴らした。
「あんなに分かりやすく現れてあげたのに。人間は本当に度し難いわ」
と、娘は俺をにらみつけた。
「供物を捧げてくれたあんたには期待していたのに……。あんたも私を疑うの?」
「気分を害したようで済まぬ。俺は異界より来たばかりの身でな、こちらの事情には疎いのだ。許してくれぬか?」
「異界ですって? ふ~ん……クローと似た格好だからそうじゃないかって思っていたのよ。出て来て正解だったわね」
娘は一人で合点すると、笑顔を浮かべて俺に近寄った。
「異世界からの客人とまた会えて嬉しいわ。私はこの地を守る役目を授かった精霊よ」
「せ、精霊だって!?」
「ど、どうしたミナ?」
「ホーガン様の伝説にこうある。帝国の地へとやって来られたホーガン様は精霊と友誼を交わし、百人力を与えられたと……」
「あ、それ私」
「なっ!?」
「ホーガンってあれでしょ? クローの別名でしょ? あいつもね、巨石と巨木には神が坐すに違いないってお供えをしてくれたの。だからお礼に、ちょっとだけ筋力を強化してあげたわ。非力なのが悩みだって嘆いていたから。ねえ、あんたってクローの縁者だったりするの?」
「縁者ではない。九郎判官という人物に心当たりはあるがな」
「そうなの? 人間達が過ちを悔いてクローの子孫でも寄越したのかと思ったのに」
「過ち? この地にあった大森林を焼き払った事か?」
「そうそれ。私はね、人間がのさばる遥か以前からここを守って来たの。豊かな土地でね、すごく気に入っていた。時にはクローみたいに私を祀ってくれる人間達もいて、関係は決して悪くなかったわ。なのに時を経る内に……人間は畏れを失って……。まったく最悪だわ。こんなに滅茶苦茶にしてくれちゃって」
娘は「人間の力を舐めてたわ」と歯ぎしりをした。
「人間と関わるのは嫌だし、荒れ果てた土地を見るのも嫌だから、巨石と巨木に逃げ込んで引き籠っていたの。あんたが供物を捧げなければ今回も無視してやろうと思っていたんだから」
と言いつつ盃の酒をグイッと飲み干した。
「……とまあ、私の事情はそんなとこ。信じた?」
「うむ……」
「はあ……。まだ信じていないわね? それじゃあ私の力を見せてあげる。信じたくなるようにね」
娘は宙に浮いたまま庭を指差した。
障子を開け放っているから隅々まで見渡せるが、庭で一体何を――――。
パチンッ…………。
指を鳴らす小さな音。直後、それはやって来た。
ゴゴゴゴゴ…………ドンッ! ドンッ! ドンドンドンドンッ!
真下から突き上げるような揺れ――――地震か!?
咄嗟に「外へ!」と叫ぶ。
ミナとクリスの背を押し、母上の手を引いて縁側まで出ると、
「何だこれは!?」
土を突き破るように次々と草花が姿を現し、元々植えられていた庭木は天を突くような大木へと成長した。
庭は完全に緑で埋め尽くされる。
樹海の中にでも放り込まれたような光景だ。
庭に控えていた家臣達が必死の形相で緑から抜け出そうともがき、無事だった者達が手や足を引いて助け出そうとしている。
「はあ……しんど……。力が弱っているからこれで精一杯だわ……」
娘が気怠そうに欠伸《あくび》をする横で、ミナとクリスは目を剥いていた。
「植物が瞬く間に……しかもこの量をだと……!?」
「あ、有り得ない! 有り得ないよぉ! こんな急激な成長……植物魔法の範疇を超えちゃってるよぉ!」
「だから魔法じゃないってば。土地を守る精霊なんだからこれくらいは出来るわよ。まだ信じられないならもう一つやっておこうか?」
再び「パチンッ……」と指を鳴らすと――――。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
複数の方向から男の叫び声が響き、直後に慌ただしい足音が響いた!
「新九郎! 翠! 全快じゃ! 全快したぞ! 恐ろしく体が軽く――――」
「はい終わり」
パチンッ……。
「ふぬおおお……ち、力が抜ける……」
「手頃な病人がいたから少し活力を分けてあげたの。クローにしてあげたみたいにね。やり過ぎると廃人になるからここまでよ」
剣呑な言葉が混ざっていた気がするが、娘は素知らぬ顔で続けた。
「今の様子だと病の大本は取り除けたかもしれないわね」
「ちょ、ちょっと待て! 父上の病は十年以上癒えておらんのだぞ!?」
「本当に治ったのですか!?」
「言っとくけど死病や寿命だったらどうにもならないわよ?」
「死病や寿命でなければ?」
「治るわ」
母上が「聞きましたか御前様!」と父上に抱き着いた。
息の根を止めかけたところで曲直瀬先生が現れ、左馬助と山県も手伝って二人を引き剥がす。
大騒ぎの母上に「左近殿はご病気ですぞ!」と叱りながら、三人がかりで父上を抱えていった。
ミナとクリスが呆然とその様子を見守る。
「回復魔法は怪我を治せても病までは治せないんだ……」
「怪我ならどこを治せばよいのか目で見て分かるけどぉ、病は身体の中で起こる上に原因があまりにも多過ぎるからねぇ……」
「時間が掛かるにしても病を治せる魔法などあるはずが……」
「人間が出来る範囲を超えているよぉ……」
「ようやく魔法じゃないって分かった? まったくさ、人間が魔法なんて使えるようになったもんだから、こっちの力を信じさせるのにも一苦労よ。それから言っとくけど、今のはあんたがお供えをしてくれたお礼代わりにやって見せたんだからね? いつでも誰にでもやる訳じゃないから」
娘は言いつつ八千代に酒を注がせた。
「ここからは相談なんだけど、あんた私を祀ってくれない? この地を守るために力を取り戻したいのよ。ムカつく話だけど、人間の祀りって結構力になるの。もちろん見返り無しにとは言わないわ。人間は畑ってものを作って野菜や果物を育てるんでしょ? 私を祀ってくれるなら土地の恵みを分けてあげる」
「……はあ。分かった」
「本当?」
「本当だ。ところでお主の名は?」
「名前? どういうこと?」
「祀ろうにも、名前が分からねば祀りようがないであろう?」
「そんなのないわよ。名前を持って生まれた訳じゃ無いし。不便だって言うならあんたが名前を付けてよ」
「俺が? うむ……見た目は娘の姿をしておるし…………カヤノ、でどうか?」
「カヤノ?」
「野の神で鹿屋野比売と申すお方がいらっしゃる。恐れ多いことだが、お主がこの地の神ならばあやかっても良かろう」
「だから精霊だってば。まあ、いいわ。カヤノね。気に入ったわ」
カヤノは嬉しそうに微笑んだ。
大坂屋敷の広間で、緑髪の娘が酒を口に含んで微笑を浮かべた。
宙に浮いたままでな。
現れた時も宙に浮いていたが、屋敷に招き入れた今でも肩くらいの高さに寝そべるような体勢で浮いている。
八千代は「それは良うございました」と酌を続けているが、平気な顔でいるのは八千代だけだ。
母上と山県は絶句し、左馬助は酌を続ける妹を心配そうに見つめている。
一方、当の娘は周囲の様子には気付かぬ風で酒を飲み続けている。
十分なもてなしをすれば正体を明かすと言うので連れて来たが、本当に話す気があるのだろうか?
ミナとクリスの側に寄り、小声で尋ねた。
「本物の神か、それとも魔法か……。お主らはどう思う」
「神とはこんなに気安く現れるものなのか? 私は疑わしく思うぞ?」
「でも魔法の線もないよねぇ。完全な浮遊魔法の成功例は未だかつてないんだからねぇ」
「あの娘は宙に浮いたままで屋敷まで来たんだぞ? 神でも魔法でもないなら……一体何だ?」
「ふん。聞こえているわよ?」
娘は俺達を見て不満そう鼻を鳴らした。
「あんなに分かりやすく現れてあげたのに。人間は本当に度し難いわ」
と、娘は俺をにらみつけた。
「供物を捧げてくれたあんたには期待していたのに……。あんたも私を疑うの?」
「気分を害したようで済まぬ。俺は異界より来たばかりの身でな、こちらの事情には疎いのだ。許してくれぬか?」
「異界ですって? ふ~ん……クローと似た格好だからそうじゃないかって思っていたのよ。出て来て正解だったわね」
娘は一人で合点すると、笑顔を浮かべて俺に近寄った。
「異世界からの客人とまた会えて嬉しいわ。私はこの地を守る役目を授かった精霊よ」
「せ、精霊だって!?」
「ど、どうしたミナ?」
「ホーガン様の伝説にこうある。帝国の地へとやって来られたホーガン様は精霊と友誼を交わし、百人力を与えられたと……」
「あ、それ私」
「なっ!?」
「ホーガンってあれでしょ? クローの別名でしょ? あいつもね、巨石と巨木には神が坐すに違いないってお供えをしてくれたの。だからお礼に、ちょっとだけ筋力を強化してあげたわ。非力なのが悩みだって嘆いていたから。ねえ、あんたってクローの縁者だったりするの?」
「縁者ではない。九郎判官という人物に心当たりはあるがな」
「そうなの? 人間達が過ちを悔いてクローの子孫でも寄越したのかと思ったのに」
「過ち? この地にあった大森林を焼き払った事か?」
「そうそれ。私はね、人間がのさばる遥か以前からここを守って来たの。豊かな土地でね、すごく気に入っていた。時にはクローみたいに私を祀ってくれる人間達もいて、関係は決して悪くなかったわ。なのに時を経る内に……人間は畏れを失って……。まったく最悪だわ。こんなに滅茶苦茶にしてくれちゃって」
娘は「人間の力を舐めてたわ」と歯ぎしりをした。
「人間と関わるのは嫌だし、荒れ果てた土地を見るのも嫌だから、巨石と巨木に逃げ込んで引き籠っていたの。あんたが供物を捧げなければ今回も無視してやろうと思っていたんだから」
と言いつつ盃の酒をグイッと飲み干した。
「……とまあ、私の事情はそんなとこ。信じた?」
「うむ……」
「はあ……。まだ信じていないわね? それじゃあ私の力を見せてあげる。信じたくなるようにね」
娘は宙に浮いたまま庭を指差した。
障子を開け放っているから隅々まで見渡せるが、庭で一体何を――――。
パチンッ…………。
指を鳴らす小さな音。直後、それはやって来た。
ゴゴゴゴゴ…………ドンッ! ドンッ! ドンドンドンドンッ!
真下から突き上げるような揺れ――――地震か!?
咄嗟に「外へ!」と叫ぶ。
ミナとクリスの背を押し、母上の手を引いて縁側まで出ると、
「何だこれは!?」
土を突き破るように次々と草花が姿を現し、元々植えられていた庭木は天を突くような大木へと成長した。
庭は完全に緑で埋め尽くされる。
樹海の中にでも放り込まれたような光景だ。
庭に控えていた家臣達が必死の形相で緑から抜け出そうともがき、無事だった者達が手や足を引いて助け出そうとしている。
「はあ……しんど……。力が弱っているからこれで精一杯だわ……」
娘が気怠そうに欠伸《あくび》をする横で、ミナとクリスは目を剥いていた。
「植物が瞬く間に……しかもこの量をだと……!?」
「あ、有り得ない! 有り得ないよぉ! こんな急激な成長……植物魔法の範疇を超えちゃってるよぉ!」
「だから魔法じゃないってば。土地を守る精霊なんだからこれくらいは出来るわよ。まだ信じられないならもう一つやっておこうか?」
再び「パチンッ……」と指を鳴らすと――――。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
複数の方向から男の叫び声が響き、直後に慌ただしい足音が響いた!
「新九郎! 翠! 全快じゃ! 全快したぞ! 恐ろしく体が軽く――――」
「はい終わり」
パチンッ……。
「ふぬおおお……ち、力が抜ける……」
「手頃な病人がいたから少し活力を分けてあげたの。クローにしてあげたみたいにね。やり過ぎると廃人になるからここまでよ」
剣呑な言葉が混ざっていた気がするが、娘は素知らぬ顔で続けた。
「今の様子だと病の大本は取り除けたかもしれないわね」
「ちょ、ちょっと待て! 父上の病は十年以上癒えておらんのだぞ!?」
「本当に治ったのですか!?」
「言っとくけど死病や寿命だったらどうにもならないわよ?」
「死病や寿命でなければ?」
「治るわ」
母上が「聞きましたか御前様!」と父上に抱き着いた。
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「時間が掛かるにしても病を治せる魔法などあるはずが……」
「人間が出来る範囲を超えているよぉ……」
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娘は言いつつ八千代に酒を注がせた。
「ここからは相談なんだけど、あんた私を祀ってくれない? この地を守るために力を取り戻したいのよ。ムカつく話だけど、人間の祀りって結構力になるの。もちろん見返り無しにとは言わないわ。人間は畑ってものを作って野菜や果物を育てるんでしょ? 私を祀ってくれるなら土地の恵みを分けてあげる」
「……はあ。分かった」
「本当?」
「本当だ。ところでお主の名は?」
「名前? どういうこと?」
「祀ろうにも、名前が分からねば祀りようがないであろう?」
「そんなのないわよ。名前を持って生まれた訳じゃ無いし。不便だって言うならあんたが名前を付けてよ」
「俺が? うむ……見た目は娘の姿をしておるし…………カヤノ、でどうか?」
「カヤノ?」
「野の神で鹿屋野比売と申すお方がいらっしゃる。恐れ多いことだが、お主がこの地の神ならばあやかっても良かろう」
「だから精霊だってば。まあ、いいわ。カヤノね。気に入ったわ」
カヤノは嬉しそうに微笑んだ。
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