上 下
29 / 89
第1章 国盗り始め

第26話 神力

しおりを挟む
「へぇ……これがあんた達のお酒? 結構いけるわね」

 大坂屋敷の広間で、緑髪の娘が酒を口に含んで微笑を浮かべた。

 宙に浮いたままでな。

 現れた時も宙に浮いていたが、屋敷に招き入れた今でも肩くらいの高さに寝そべるような体勢で浮いている。

 八千代は「それは良うございました」としゃくを続けているが、平気な顔でいるのは八千代だけだ。

 母上と山県は絶句し、左馬助は酌を続ける妹を心配そうに見つめている。

 一方、当の娘は周囲の様子には気付かぬ風で酒を飲み続けている。

 十分なもてなしをすれば正体を明かすと言うので連れて来たが、本当に話す気があるのだろうか?

 ミナとクリスの側に寄り、小声で尋ねた。

「本物の神か、それとも魔法か……。お主らはどう思う」

「神とはこんなに気安く現れるものなのか? 私は疑わしく思うぞ?」

「でも魔法の線もないよねぇ。完全な浮遊魔法の成功例は未だかつてないんだからねぇ」

「あの娘は宙に浮いたままで屋敷まで来たんだぞ? 神でも魔法でもないなら……一体何だ?」

「ふん。聞こえているわよ?」

 娘は俺達を見て不満そう鼻を鳴らした。

「あんなに分かりやすく現れてあげたのに。人間は本当に度し難いわ」

と、娘は俺をにらみつけた。

「供物を捧げてくれたあんたには期待していたのに……。あんたも私を疑うの?」

「気分を害したようで済まぬ。俺は異界より来たばかりの身でな、こちらの事情には疎いのだ。許してくれぬか?」

「異界ですって? ふ~ん……クローと似た格好だからそうじゃないかって思っていたのよ。出て来て正解だったわね」

 娘は一人で合点がてんすると、笑顔を浮かべて俺に近寄った。

「異世界からの客人とまた会えて嬉しいわ。私はこの地を守る役目を授かった精霊よ」

「せ、精霊だって!?」

「ど、どうしたミナ?」

「ホーガン様の伝説にこうある。帝国の地へとやって来られたホーガン様は精霊と友誼ゆうぎを交わし、百人力を与えられたと……」

「あ、それ私」

「なっ!?」

「ホーガンってあれでしょ? クローの別名でしょ? あいつもね、巨石と巨木には神が坐すに違いないってお供えをしてくれたの。だからお礼に、ちょっとだけ筋力を強化してあげたわ。非力なのが悩みだって嘆いていたから。ねえ、あんたってクローの縁者だったりするの?」

「縁者ではない。九郎判官くろうほうがんという人物に心当たりはあるがな」

「そうなの? 人間達が過ちを悔いてクローの子孫でも寄越したのかと思ったのに」

「過ち? この地にあった大森林を焼き払った事か?」

「そうそれ。私はね、人間がのさばる遥か以前からここを守って来たの。豊かな土地でね、すごく気に入っていた。時にはクローみたいに私を祀ってくれる人間達もいて、関係は決して悪くなかったわ。なのに時を経る内に……人間は畏れを失って……。まったく最悪だわ。こんなに滅茶苦茶にしてくれちゃって」

 娘は「人間の力を舐めてたわ」と歯ぎしりをした。

「人間と関わるのは嫌だし、荒れ果てた土地を見るのも嫌だから、巨石と巨木に逃げ込んで引き籠っていたの。あんたが供物を捧げなければ今回も無視してやろうと思っていたんだから」

と言いつつさかずきの酒をグイッと飲み干した。

「……とまあ、私の事情はそんなとこ。信じた?」

「うむ……」

「はあ……。まだ信じていないわね? それじゃあ私の力を見せてあげる。信じたくなるようにね」

 娘は宙に浮いたまま庭を指差した。

 障子を開け放っているから隅々まで見渡せるが、庭で一体何を――――。

 パチンッ…………。

 指を鳴らす小さな音。直後、それはやって来た。

 ゴゴゴゴゴ…………ドンッ! ドンッ! ドンドンドンドンッ!

 真下から突き上げるような揺れ――――地震か!?

 咄嗟に「外へ!」と叫ぶ。

 ミナとクリスの背を押し、母上の手を引いて縁側まで出ると、

「何だこれは!?」

 土を突き破るように次々と草花が姿を現し、元々植えられていた庭木は天を突くような大木へと成長した。

 庭は完全に緑で埋め尽くされる。

 樹海の中にでも放り込まれたような光景だ。

 庭に控えていた家臣達が必死の形相で緑から抜け出そうともがき、無事だった者達が手や足を引いて助け出そうとしている。

「はあ……しんど……。力が弱っているからこれで精一杯だわ……」

 娘が気怠そうに欠伸《あくび》をする横で、ミナとクリスは目を剥いていた。

「植物が瞬く間に……しかもこの量をだと……!?」

「あ、有り得ない! 有り得ないよぉ! こんな急激な成長……植物魔法の範疇はんちゅうを超えちゃってるよぉ!」

「だから魔法じゃないってば。土地を守る精霊なんだからこれくらいは出来るわよ。まだ信じられないならもう一つやっておこうか?」

 再び「パチンッ……」と指を鳴らすと――――。

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 複数の方向から男の叫び声が響き、直後に慌ただしい足音が響いた!

「新九郎! 翠! 全快じゃ! 全快したぞ! 恐ろしく体が軽く――――」

「はい終わり」

 パチンッ……。

「ふぬおおお……ち、力が抜ける……」

「手頃な病人がいたから少し活力を分けてあげたの。クローにしてあげたみたいにね。やり過ぎると廃人になるからここまでよ」

 剣呑な言葉が混ざっていた気がするが、娘は素知らぬ顔で続けた。

「今の様子だと病の大本は取り除けたかもしれないわね」

「ちょ、ちょっと待て! 父上の病は十年以上癒えておらんのだぞ!?」

「本当に治ったのですか!?」

「言っとくけど死病や寿命だったらどうにもならないわよ?」 

「死病や寿命でなければ?」

「治るわ」

 母上が「聞きましたか御前様おまえさま!」と父上に抱き着いた。

 息の根を止めかけたところで曲直瀬先生が現れ、左馬助と山県も手伝って二人を引き剥がす。

 大騒ぎの母上に「左近殿はご病気ですぞ!」と叱りながら、三人がかりで父上を抱えていった。

 ミナとクリスが呆然とその様子を見守る。

「回復魔法は怪我を治せても病までは治せないんだ……」

「怪我ならどこを治せばよいのか目で見て分かるけどぉ、病は身体の中で起こる上に原因があまりにも多過ぎるからねぇ……」

「時間が掛かるにしても病を治せる魔法などあるはずが……」

「人間が出来る範囲を超えているよぉ……」

「ようやく魔法じゃないって分かった? まったくさ、人間が魔法なんて使えるようになったもんだから、こっちの力を信じさせるのにも一苦労よ。それから言っとくけど、今のはあんたがお供えをしてくれたお礼代わりにやって見せたんだからね? いつでも誰にでもやる訳じゃないから」

 娘は言いつつ八千代に酒を注がせた。

「ここからは相談なんだけど、あんた私を祀ってくれない? この地を守るために力を取り戻したいのよ。ムカつく話だけど、人間の祀りって結構力になるの。もちろん見返り無しにとは言わないわ。人間は畑ってものを作って野菜や果物を育てるんでしょ? 私を祀ってくれるなら土地の恵みを分けてあげる」

「……はあ。分かった」

「本当?」

「本当だ。ところでお主の名は?」

「名前? どういうこと?」

「祀ろうにも、名前が分からねば祀りようがないであろう?」

「そんなのないわよ。名前を持って生まれた訳じゃ無いし。不便だって言うならあんたが名前を付けてよ」

「俺が? うむ……見た目は娘の姿をしておるし…………カヤノ、でどうか?」

「カヤノ?」

「野の神で鹿屋野比売かやのひめと申すお方がいらっしゃる。恐れ多いことだが、お主がこの地の神ならばあやかっても良かろう」

「だから精霊だってば。まあ、いいわ。カヤノね。気に入ったわ」

 カヤノは嬉しそうに微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

処理中です...