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第1章 国盗り始め

第21.5話 ヴィルヘルミナの独白 その弐

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「ヴィルヘルミナ……眠れたぁ……?」

 クリスが眠そうな顔で肩や腰をさすっている。

 この爽やかな朝には似つかわしくない光景だが、私も他人のことは言えない。

 同じように痛む肩や腰をさすっているのだからな。

「一応は眠れた……。だが、あれは……」

「異世界の寝具があんなに過酷だなんて思わなかったよぉ……」

「過酷は言い過ぎ……ではないな」

「でしょ!? まさかベッドが無いだなんてぇ……」

 そうなのだ。

 異世界にはベッドが無かったのだ。

 では、どのように寝るのかと言うと――――。

一、板の間にタタミを置き、綿の入った薄い敷物を敷く。背中や肩、腰が痛い。

二、小さい箱のような形の枕を置く。硬くて頭や首が痛い。

三、カイマキという、シンクローの着物を広げたような形の綿入れを身体に掛ける。特にどこも痛くはない。

 ――――以上だ。

「フカフカ感皆無! これじゃあ寝られないよぉ!」

「まるで戦場の寝台だな。屋敷の中で野営をしている気分になった」

「それそれ! きっとサムライって頭がどうかしてるんだよぉ! お家にいる時まで戦場の訓練をしてるんじゃない!? 異世界は狂戦士の国なんでしょ!?」

と答えつつ、私はあることを思い出していた。

 シンクローやモチヅキ殿が当家に宿泊した時、ベッドをいたく気に入っていたのだ。

 帰ったら作らせようとも言っていた。

 彼らもあの寝具には参っているのかもしれない。

 だが、異世界の寝具には長所もある。

 風通しが良く、虫が湧きにくそうなところだ。

 私達は寝台にワラを使うことが多い。

 富裕な貴族や商人は綿を贅沢ぜいたくに使えるが、それ以外の者にとっては綿の詰まったベッドなど高嶺の花でしかないからな。

 それでも異世界の寝具に比べれば柔らかく、よく乾燥したワラは香りも心地良い。

 だが、手入れを怠ると途端に害虫が湧く。

 ワラの入れ替えは面倒だから、金銭や時間に余裕のない庶民ほど怠りがちになってしまい、虫刺されに悩む者も多い。

 一方、異世界の寝具は出すのにも、直すのにも時間が掛からない。

 天日で干すことも簡単そうだ。

 タタミの値段に折り合いがつけば、あっという間に広まるかもしれないな。

 クリスは文句を言っているが、私達が体験したのは異世界の寝具なのだ。

 私達の常識や感覚の枠内に収まると思わない方がいい。

 ――――常識や感覚と言えば、昨夜は良い意味でも驚きがあった。

 クリスの機嫌を直すため、昨夜の出来事について話を振った。

「寝具はともかく、朝食が楽しみじゃないか?」

「朝食……うん! そうだね! 昨日の夕食は信じられないくらい美味しかったし!」

「十種類近くの料理に果物や甘味……。味付けが多彩で驚いた」

「アタシ達の味付けって言えば主に塩、だもんねぇ」

「ミソやショウユ……と言ったか? 塩や大豆を使った調味料と聞いたが、どうすればあんな深みのある味が出せるんだろう?」

「ゴハンは味がしなかったけど、料理と一緒に口に入れると最高だったねぇ……」

「シンマイとやらはもっと味が良いらしい」

「もうすぐ収穫だって言ってたもんねぇ……うふふふふ……」

「味だけでなく、見た目にもこだわりが見えたな。実に華やかだった」

「食器もねぇ。漆塗りって言ってたっけ? すごく料理が映えて、見るからにおいしそうだったものぉ」

「そうだな。それがあの膳という台に据えられて、次々と出てくる様は圧巻だった。思わず溜息が出てしまったぞ」

「お膳が目の前に五つも並んだものねぇ。独り占めしていいのかって思うと心が弾んだよぉ。でも、あのおはしは曲者だねぇ。全然上手く使えなかったよ」

「串やさじを用意してくれたが、フォークとスプーンが恋しいな」

「同感! でもぉ、それが気にならないくらい朝食に何が出てくるか気になるよねぇ」

「あの夕食を考えれば期待できそうだ。そう思わないか?」

「思う!」

 機嫌を直したクリスを連れて広間に向かうと、既にシンクローが身支度を整えて待っていた。

 すぐに朝食が運ばれる。

 さすがに昨夜のような豪勢なものではなかったが、用意された料理は期待通りに私達を楽しませてくれた。

 私が特に気に入ったのは貝の入った薄い色のスープだ。

 塩加減は薄いものの、むしろそれが貝の味を存分に引き立たせ、口に含むごとに溜息が出てしまう。

 気付いた時にはどの器も空になってしまった。

 名残惜しさに膳を見つめていると、シンクローが「おかわりをしても良いぞ」と言ってくれた。

 食べたい気持ちはあったが、さすがに恥ずかしい。

 招かれた先での大食らいなど、貴族の子女にあるまじき行為だからな。

 出会ってから最も丁寧な態度で、丁重に辞退することにした。

 まあ、クリスは三杯ほどお代わりしていたんだが…………別に羨ましくなんてないぞ?

 本当だぞ?

 楽しい朝食の時間が終わると、いよいよ魔物狩りに出発だ。

 目的地はここより東の荒れ地。

 荒れ地の中でも奥地に当たる場所だ。

 シンクローはスライムを安全に、容易く退治する方法を思いついたと言っていたが、今日はそれが披露されるのだ。

 シンクローの後に付いて城のふもとに下りると、モチヅキ殿とヤマガタ殿が五、六十人の兵を従えて待ち構えていた――――、

「――――本当にこの格好で行くのか?」

 思わずシンクローに問い掛けた。

 クリスも私と同じく「えっ?」と意外そうな顔をしている。

 問われたシンクローは不思議そうな顔を私に向けた。

「どうかしたのか?」

「誰も鎧を身に付けていないぞ? 危険ではないか?」

 シンクローを含め、誰一人鎧を装備していない。

 コソデとかいう服に、たすき掛けをしただけだ。

 すねや手首の周りには何か巻いているようだが、いかにも心細い。

 頭に巻いたハチマキとか言うバンダナは、果たして防御力を期待できるのだろうか?

「魔物共は動きが素早い。ゆえに、こちらも素早く動き回れることに重きを置いた。甲冑かっちゅうを着込んでは動きが鈍ろう? それにこれは狩りなのだ。戦ではないからな」

「……では、あの鉄の棒は何だ? あんなもので魔物を戦うのか?」

 集まった兵の三分の一ほどは肩に鉄の棒を抱えている。

 腰にはカタナを差しているのだが……一体何に使うつもりなのだろうか?

 私の心配をよそに、シンクローは自信ありげにニヤリと笑った。

「すぐに分かる。楽しみにしていろ」

 この数時間後、私はセリフの意味を嫌というほど理解することになった。
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