異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

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第1章 国盗り始め

第4話 白刃一閃

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「ぐぬぬぬ……」

 目の前のミナが唸っている。

 顔を赤くして唇を噛み、必死に耐えているようだ。

「それくらいにしておけ。いい加減にせぬと血が出るぞ?」

「分かっている!」

「こうなる原因を作ったのはお主自身であろう?」

「それも分かっている! だが……だがっ!」

「愉快な娘だ」

「何か言ったか!?」

「声を抑えよ。馬が驚く。なあ?」

「ぶふっ!」

 俺の問いに、そ奴――馬が鼻を鳴らして答えた。

 俺達は今、二人で馬に乗っている。

 鞍にまたがり手綱を取るのが俺。

 ミナはと言うと、俺の目の前に横向きで座っている。

 手綱を取るために両腕を前にすると、ミナを抱き寄せるも同然の体勢だ。

 これがミナにとってこの上もなく恥ずかしいらしい。

 顔を赤くしながら耐え続けているのだ。

 堅物そうだからもしやと思っていたが、この娘、勇ましいところがある割に男に対する耐性がほとんどない。

 これはこれでそそられる。

 思わずいじめたくなる程にな。

「日ノ本の馬は丈夫であろう? こ奴は特に頑丈でな。俺とお主を乗せたところでびくともせん。どうだ? そうは思わんか?」

「分かった。もう分かったから……私が悪かった。だからもう降ろして――――」

「遠慮は不要だ。お主は馬上の旅を楽しんでおればよい」

「むぅぅぅ……!」

 さらに顔を赤くして下を向いてしまった。

 さて、ミナが静かになったところで話を少し前に戻そう。

 森の中で、再び『ごぶりん』が現れた時の話だ。

 必死で逃げる『ごぶりん』を追う何者か。

 その登場の仕方はなんとも派手なものであった。

 ガサガサガサガサッ! ガチャガチャガチャガチャ!

「ブヒヒヒ~ン!!!!!」

ドカカカカカカッ! ドガッ! バキャ!

 騒がしい音を立てて現れたそ奴は、先を行く『ごぶりん』に追い付き追い越し、一声大きくいなないて威嚇し、相手が怯んだところを後ろ足で強烈に蹴り飛ばした。

 ちなみに、先程聞こえた「ドカカカカカカッ!」は猛然と『ごぶりん』を追う足音。

 「ドガッ!」は『ごぶりん』を蹴り飛ばした時の音。

 「バキャ!」は『ごぶりん』が木に当たって潰れた音だ。

 あの蹴りに襲われてはひとたまりもあるまい。

 俺の蹴りが幼子の戯れに思えるほどの強烈な蹴りだ。

 二呼吸程度の間に全てを終わらせたそ奴は、太く長い首をグルリとこちらに向けた。

 ジッとこちらを見つめている。

 四本の足で立ち、長い顔と長い耳につぶらな黒目。

 大きく発達した筋肉に包まれた身体は、黒光りする美しい毛皮に包まれている。

 見事な青鹿毛あおかげ

 間違いない。そ奴は――――、

「……馬……か?」

 ミナが絞り出すように呟いた。

 『ごぶりん』を文字通り一撃の元に葬ったそ奴は、どこからどう見ても馬だった。

「いや、馬と判断するのは早計だ。ゴブリンを追い詰め蹴り殺す凶暴性……とても普通の馬とは思えん。新種の魔物かも――――」

「ブヒヒヒ~ン!!!」

 ミナの言葉を遮るようにいなないたそ奴は、再び猛然と駆け出した。

 俺に向かってな。

「何してるっ! よけろっ!」

 ミナの叫びもむなしく、そ奴はあっさり俺に元へ到達し、歯を剥き出しに口を開いて――――、

「――――はっはっは! 止めんか止めんか! さすがに痛いぞ!」

「ぶるるるるるッ!」

 俺の頭をガジガジと甘噛みする。

「えっと……知り合い……か?」

 ミナが目を点にして、どこかズレた質問をした。

「俺の馬だ。名は黒金くろがねという。まさかお前もこちらに来ていたとはな……。よしよし」

「ぶふっ……!」

 首筋を撫でてやるとようやく落ち着いた。

 怪我でもしていないかと身体を見てやると、鞍に色々と引っ掛かっていた。

 いつの間にか消え去っていた俺の荷物だ。

 刀もある。

 こ奴が現れた時にガチャガチャ言わせていたのはこれか。

 全て取り外してやると、気持ち良さそうに首を振った。

 ガサガサガサッ!

「キ――――ッ!」

 例の『ごぶりん』がまたぞろ茂みの中から姿を現した。

 数は五匹。

 さきほど討ち漏らした連中が味方でも連れて参ったか?

 まったくうっとうしい!

 しかもうち三匹は、さびだらけの斧らしき得物を手にしている。

 あんなナマクラでは、小枝一本斬り落とすのも難儀しよう。

 とは申せ、粗末ながらも武器は武器。

 弱卒が武器を手にして強気になったか?

 仲間が如何なる目に遭ったか知らぬ訳ではあるまいに。

 黒金が「ぶふふッ!」と鼻息荒く向かって行こうとするが、あんな武器でも――いや、あんな武器だからこそ、当たれば傷がひどいものとなるやもしれん。

 ここは俺が相手をしてやろう――――。

「――――掛かってこい! 弱卒共!」

「「「「「キ――――ッ!」」」」」

 一斉に飛び掛かって来る『ごぶりん』。

 だが、その動きに深い考えは感じられない。

 ただただ、力押しで襲い掛かろうと申すに過ぎぬ。

 なんと好都合。

 自ら間合いに入ってくれるとは――――。

「ふっ! ふんっ!」

「ガギャ!」

「グバッ!」

 刀が一閃、また一閃とひらめくたび、濁った血が舞い散る。

「ふっ!」

「――――!」

 最後の一匹は、きびすを返して逃げ出そうとしたところを、後ろから首を飛ばしてやった。

 もはや悲鳴一つすら上がらぬ。

 『ごぶりん』共が動かなくなったことを確かめて、刀の血を払った。

「手応えのないことよ。刀を汚しただけで終わってしもうた」

「ぶふふふっ!」

 黒金が嬉しそうに鼻を鳴らし、俺の顔に鼻面を擦り付けた。

「すごい……」

 後ろにいたミナが、思わずと言った様子で言葉を漏らした。

「なんて切味……。一振りで致命傷を……。使い手の腕と剣の質、どちらがかけてもこうはならない……」

 『ごぶりん』死体をまじまじと見つめながら、ミナが呟く。

 しばらく検分した後、ミナは恐る恐る近付いて来た。

「その……。素晴らしい剣技だった……。そんな細身の剣で、よくもこんな……」

「そうか。お褒めにあずかり光栄だ」

「…………一つ、頼みがある」

「申してみよ」

「私は異変の原因を調べるためにここまでやって来た。だが、目立った成果は何一つない。貴様と出会ったこと以外にはな」

「俺を成果とするつもりか?」

「……否定はせん。異変が起こった場所で、異世界からやって来たかもしれない人物と出会ったのだ。事態を収める手掛かりになるのではないかと考えるのが自然だ」

「道理ではあるな」

 話しつつも、ミナはどこかムスッとした表情だ。

 剣技は褒めたくせをして。

 そう簡単に素直にはなれないらしい。

 もちろん配慮などしてやらん。

 その方が、きっとこの娘は面白い反応をするだろうからな。

「私に付いて来てくれ。お父様と話せば、こうなった原因が分かるかもしれない」

「どうかな? 俺は我が身に起きたことを何一つ理解出来ておらんのだぞ? 成り行きを説明する事しか出来ん」

「構わん。いずれにせよ、このまま別れる選択肢などない。実に不本意だがな」

 ミナは俺の目を真っ直ぐに見据えた。

 絶対に逃がす訳にはいかないと、固い決意が読み取れる。

 二度も負けたくせに、良い覚悟をしている。

「いいだろう」

「……礼を言う」

「そうと決まれば、このような場所に長居は無用」

「ああ、また魔物が出て来るかもしれないからな」

 ミナに先導されて進んでいくと、四半刻もせぬ内に森を出た。

 そこは見渡す限りの草原で、遠目に川と、川向こうに町らしきものが霞んで見える。

「あれが目的地か?」

「ああ。ネッカーの町だ。当家の屋敷がある。手前の川はネッカー川。辺境伯領の中央を南北に流れ、東西を分ける境だ。魔物を防ぐ役割も果たしている」

「ネッカー……ネッカー……うむ。今度は口にしやすいな」

 俺が呼び方を練習している横で、ミナが何かを探している様子で辺りを見回していた。

「探し物か?」

「私の馬だ。森に入る直前、地震に驚いてどこかへ行ってしまい、それきりだ。戻って来ていないかと思ったのだが……。仕方がない。探す時間が惜しい。今は一刻も早く町へ戻ろう」

「では、お主も黒金に乗るか?」

 提案するとミナは疑わしそうに顔をしかめた。

「貴様の馬に無理させるのではないか?」

「心配ない。こ奴は抜きん出て丈夫な奴でな。俺とお主を乗せて歩く程度、造作もない」

「本当か? この小さな馬が?」

「小さい? 黒金がか? そんなことを言われたのは初めだ。うちにいる馬の中でも大きな方だぞ?」

「我らの馬に比べると頭一つ分は小さいぞ。ずんぐりむっくりで体型も良くないな。筋肉は付いているようだが、二人も乗れば潰れてしまうのではないか?」

「ぶふっ!!!」

「わあっ! 何をする!?」

 黒金はミナに向かってくしゃみをすると、服に噛みついて引っ張り始めた。

「こ奴は頭が良い。自分がけなされていると理解したようだぞ?」

「けなす!? わ、私は冷静に馬体の評価をしただけ――――ひ、引っ張るな!」

「ぶふっ! ぶふっ!」

「乗れ、と言っているようだな」

「わ、分かった! 分かったから止めさせてくれ!」

という訳で今に至る。

 ちなみに、ミナが俺の前に座っているのは「貴様の体にしがみつけだと!? ば、馬鹿を言うなっ!」と、俺の後ろに座ることを断固拒否したからだ。

 その結果、今はこうして耳まで真っ赤にしているのだがな。

 俺に斬り掛かって来た時と言い、やることなすこと裏目に出る娘だ。

 さすがに気の毒か……。

 黒金の腹を軽く蹴り、歩みを早めるよう促した。
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