上 下
2 / 141
第1章 国盗り始め

第2話 敗残の姫騎士

しおりを挟む
「くっ……! 放せっ! 放さないかっ! この痴れ者め!」

 ミナが叫ぶ。

 俺に組み伏せられてな。

 先程と全く同じセリフと光景――――いや、少し違うか。

「何なのだ、この指輪は? 魔法……とか言っておったか?」

 何をどうやったのか知らぬが、木の幹をもえぐる一撃だ。

 あんなものが人間に当たれば間違いなく死ぬ。

 組み伏せた時に素早く取り上げておいたのだ。

 さて、冷や汗をかく思いだったが、再び斬り掛かって来たミナを、俺は再び退けた。

 思いのほか容易にな。

 この娘、剣を拾うまでは良かったが、その後がよろしくない。

 なにせご丁寧に剣を真正面で構え直してから斬り掛かって来たのだからな。

 稽古けいこで素振りをするならそれでも良かろうが、命のやり取りをする場面では余計過ぎる動作だ。

 剣を構え直すわずかな時間は、相手に付け入る隙を与えてしまう。

 俺に迎え撃つ時間を与えてしまった訳だ。

 さらに、剣を正面で構えたせいで己の間合いを俺に知らせてしまった。

 構え方と間合いが分かれば、どのように斬り込んで来るのか見当も付く。

 案の定、ミナは真上へと剣を振り上げた。

 こう来るならば、剣を振り下ろす前に間合いの内側へ入り込み、手首を押さえてしまえば剣を振ることは出来なくなる。いっそのこと、剣の柄を取るのも良い。

 これで剣を振ることは出来なくなり、あとは足払いを掛けることも、倒すことも、投げ飛ばすことも出来る。

 この娘、よく鍛えているし筋も良い。

 だが、まだまだ実戦の経験が足らんようだ。

 瞬きを二、三度する間に勝負は決していた。

「武器を持たぬ相手に、一度ならず二度までも襲い掛かっておきながら、二度とも瞬く間に敗れたのだ。女子おなごの身であろうとも、剣を手に取るならばお主も武人であろう? 多少は恥じ入るところがあるのではないか?」

 己の行いに恥じ入るところがあるならば、今度は大人しく話くらいは聞いてくれ――――そう続けたかったのだが…………。

 ミナは何を勘違いしたのか、観念した顔付きでこんなことを言い出した。

「貴様はこう言いたいのだろう? 敗者は何をされても文句は言えないぞ、と……。敗者は勝者の好きにされるがままなのだと!」

「は? いや、そうではなく――――」

「剣を握ったその時から覚悟は出来ている! 殺されようと、辱めを受けようと……くっ……!」

「あのな?」

「さあ! 一思いにやれ! さあ!」

「……はあ。覚悟は出来ていると?」

「くどいっ!」

「ならば……」

 組み伏せたまま、ミナの唇に触れそうなほど顔を近付けてみる。

 だが、先程の力強い言葉とは裏腹に、ミナは目を強く閉じ顔を背けようとした。

「……ふん」

「痛っ!」

 指先で鼻の頭を弾いてやった。

「よく聞け。俺は嫌がる娘を手籠てごめにする趣味はない。付け加えれば魔物でもない。言葉の通じる人間だ。お主を害するつもりなどはなからないのだ」

「……………………」

「その目は信じておらんな? ならばこうしよう」

 組み伏せる力をゆっくりと緩めてゆき、戒めを解く。

 ミナから十歩ほど離れた場所へ移動し、どっかと腰を下ろした。

「何なら剣を拾っても構わんぞ? 俺は止めん」

 ミナはしばらく目を丸くしていたが、俺が座ったまま腕組みして見せると、ようやく動くつもりがないことを理解したらしい。

 剣を拾い、切っ先を俺に向けながら尋ねた。

「貴様……本当は何者なのだ?」

「俺はまことのことしか口にしていないのだが、改めて名乗ろう。斎藤新九郎だ」

「サイトー…………」

「新九郎だ」

「サイトーシンクロー……」

「斎藤が氏、新九郎が名だ。呼びやすい方で呼んでくれ」

「では貴様でいいな」

「どうしてそうなる!?」

「呼びやすい方でと言ったではないか! 貴様など貴様で十分だ!」

「分かった分かった! 好きにせい! で? お主は? 先程聞いたが、どうにも耳慣れん」

「…………ヴィルヘルミナ・フォン・アルテンブルク。ヴィルヘルミナが名、フォンは貴族の証、アルテンブルクが姓だ」

「ううむ………びるひゃ……ぶるひゃる……べるひゃ……」

 まったく舌が回らない。

 これもうどうにもならん。

 人間諦めが肝心だ。

「のう、お主。ミナ、で良いか?」

「なっ……何だと!? どうして貴様にそんな呼び方をされねばならんのだ!?」

「すまぬがな、とても舌が回らん。この通りだ。勘弁してくれ」

 手を合わせて拝みように頼み込む。

「ダ、ダメだ! そんな呼び方は認められん!」

「……敗者は何をされても文句は言えんと言うたではないか。ミナと呼ぶくらい許してくれても罰はあたるまい?」

「そ、それは……! 違う! 違うぞ! ミナと呼ばれることなど想定していない!」

「ふむ……武人の覚悟とはその程度であったか……」

「なっ……!」

女子おなごの身で見事な覚悟と感じ入ったのだがな……」

「うぅぅ……」

「俺の感動を返してくれ」

「くぅ……分かった! もう分かったから! ミナでも何でも好きに呼べっ!」

 ほとんどヤケクソ気味に言い捨てるミナ。

 よく分かった。

 この娘、実にからかいがいがある。

「よし。これで決まりだな。いや、実に愉快なひと時であった」

「貴様っ!」

「苦情は後で聞く。それよりもだ。少々騒ぎ過ぎたのかもしれん」

「何だと?」

「よくない連中を呼び寄せてしまったな」

 俺の言葉に合わせるように、周囲の茂みが「ガサガサッ!」と音を立てた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。 だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。 無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。 人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。 だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。 自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。 殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

ステータス画面がバグったのでとりあえず叩きます!!

カタナヅキ
ファンタジー
ステータ画面は防御魔法?あらゆる攻撃を画面で防ぐ異色の魔術師の物語!! 祖父の遺言で魔女が暮らす森に訪れた少年「ナオ」は一冊の魔導書を渡される。その魔導書はかつて異界から訪れたという人間が書き記した代物であり、ナオは魔導書を読み解くと視界に「ステータス画面」なる物が現れた。だが、何故か画面に表示されている文字は無茶苦茶な羅列で解読ができず、折角覚えた魔法なのに使い道に悩んだナオはある方法を思いつく。 「よし、とりあえず叩いてみよう!!」 ステータス画面を掴んでナオは悪党や魔物を相手に叩き付け、時には攻撃を防ぐ防具として利用する。世界でただ一人の「ステータス画面」の誤った使い方で彼は成り上がる。 ※ステータスウィンドウで殴る、防ぐ、空を飛ぶ異色のファンタジー!!

処理中です...