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第9話 ほんとにお茶だけですよ。

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「とにかく中入りなよ。寒いだろ」
春日先生は何も聞かず、私を家の中にいれた。

「ほうじ茶でいいよね」呟くように問う彼の声に「はい」と気の抜けた声で返した。
彼が淹れた温かいほうじ茶を口にすると、なんだかホットした。

あれ? 意外と平気だったと思ってたけど、結構ダメージ食らってたんだ。

「何かあったのかい? て、野暮なこと聞いちゃいけないかもしれないけど」
「わかっちゃいました?」

「わかるかって、そんな顔目の前でされると誰にだってわかるよ。でも見たくなかったな、君のそんな涙を流した顔なんて」

えっ? 私泣いていたの?

「泣いているって……」
「自覚もないんだ……よっぽどショックなことだったんだね……大体想像つくけど」

うっ!

「しかし君も大胆と言うか、何と言うか……馬鹿か!」
「はぁ―? 馬鹿って何? 夫に浮気されて、黙って引き下がっていろって言うの! 『目には目を歯には歯を』よ! 当然でしょ。何が悪いって言うの!!」

「いや別に……」
なんかあきれた顔をされてしまった。なんだ此奴! 無性に腹が立つ。

「でもさぁ気が付いていたんだろ。旦那の浮気にさ」
「そ、それは。ですね……なんとなくと言うか、それとなくと言うか。でもでも、信じていたんですよ。雄也に限ってそんなことしないって」

「信じていたけど、疑っていた。それが現実になって、その腹いせに自分も同じ事しようとしている。て、いうのが今の上野さんの怒りをまとめると、そう言うことなんだよね」

「はぁ?」
なんだ。あまりにも端的にそれに抽象的な側面で見らているような言われ方をすると、どっから反論したらいいのかわかんない。いやいや何言っているのか、言われているのかわかんないよ。

じっと春日先生の顔を見つめていると。
「ほれ!」とティッシュの箱を渡された。

「は、はぁ?」
「とにかく鼻、かんでよ。その顔、まじかにしながら笑うの抑えるの、もう限界に近いんだけど」

顔を背けながら彼は、本当に今にでも「ぷっ!」と吹き出しそうにしている。
どんだけ酷い顔してんだ私。

チーン。ティッシュをサッサっと2,3枚取り出し鼻をかんだ。
ドロッとした濃い鼻水がティッシュからあふれ出す。
慌てて、またティッシュを取り出して、カバーする。ファンデーションが落ちている。

もうぐっちゃな顔だって言うのは、これで分かった。
そして彼は言う。

「風呂入ってこいよ。今晩は泊ればいい」
その言葉を素直に受け入れ、なんの違和感もなく。この家のお風呂に入る。

こんなことは言っておくが、初めてのことだ。

何度も来ている家。自分が入ることはなくても、先生から「風呂お願い出来る?」なんて言われることはたまにあった。むろんそれに深い意味はない。深いとは男女のその関係を意味するものは全く無しだということは理解していた。

でもいつも感じていた。男一人暮らしなのに、完璧すぎるほどきっちりとしている。
風呂も汚れ一つない。

完璧すぎる男の人。もしこんな人が旦那だったら……私多分やっていけないかもしれない。
でも、そう言うところに惹かれちゃう、自分を感じていたのは確かなこと。

雄也とは反対局面を持っている。そう言うのに惹かれているというか、興味を持っちゃったといえばその通りなんだろう。

興味を持った?

嘘! 私春日先生の事。

温かい湯船に身を投じたからだろうか。ようやく何か縛り付けられていた何かから、解放されたような気がしてくる。
そっかぁ……私。雄也の事もしかしたら縛り付けていたのかもしれない。

そう、私の心がほどけるとともに、自分が最愛の人を縛り付けていたのかもしれないことに気が付き始めた。
でもさ、結婚してさ。まだ二年半くらいだよ。その時、編集長が気分のいいときに鼻歌で歌うあの曲『三年目の浮気』だったけ。昭和のノスタルジックな曲。

三年目。そっか、今は昭和じゃないんだよね。時代が違えばそう言うのも違ってくる……んだよね。


ああ、しちゃうのかな。

彼と……。
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