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かたちだけの恋人
第53話6.この想いをあなたに
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迷走する想いの中、僕の居場所は何処にあるのだろうか。
そんな事を考えるように、胸の中でいろんなことが湧き上がる。
落ち着かない。
何をどうしたらいいのか、分からない。
ただ一つ、僕には向き合うべき相手が今すぐそこに居ると言う事実があり、その事実に僕自身がまだ、立ち止まっていると言う事だ。
時間は確実に過ぎ去っていく。そして季節もいま、変わり始めようとしていた。
廻る季節と共に僕と恵美の関係にも大きな変化が訪れようとしている。
それは何気ない会話から始まった。
僕の知らない所で……。
今日は、雨宮さんの所でサーバーの特訓を受けていた。あの日以来、雨宮さんは僕に珈琲サーバーのほかにも豆の選び方や焙煎の仕方も指導してくれるようになった。
厳しさも増す一方で、今まで知らなかった知識を得る事が出来る事。それが嬉しかった。
そんな日の夜。葵さんと恵美が一緒に夕食を取っている時に、僕と恵美の間に急速な変化をもたらす話をしていた事を、その時僕はまだ知る由もなかった。
「このお肉もう―らい!」
「あ、私が最後に食べようとして取っておいたのに」
「ははは、速いもの勝ち! 食べないと元気も出ないからね」
「そうね、そう言えば最近ユーキ元気ないわよね」
「そうぉ、ちょっと疲れているんじゃない?」
「そうかなぁ」
「なんだ、恵美ちゃん結城の事がそんなに気になるんだ」
「そ、そんな事ないわよ」
ちょっと頬を膨らませ、おちょくるように言う葵さんにその顔を見せつける。
「ただね、学校でちょっとユーキ今噂になっているみたいなの」
「噂?」
「うん、結城さぁ、同じクラスだった戸鞠さんて言う人と付き合っていたんだけど、その戸鞠さんが急に転校しちゃって。それもユーキが関係しているって、みんな噂しているの」
ちょっと言葉に詰まらせ、葵さんは平然を装いながら。
「ふぅ―ん、そうなんだ。結城付き合っていた子いたんだ。でも恵美ちゃん結城が他の子と付き合っていて何も感じないの?」
「何も感じないって?」
「あのさ、あ―、何だろ。……やきもちとかさ」
「やきもち? どうして、私がユーキにそんな気持ちを持たないといけないの? 確かにユーキとは一緒に今暮らしているし、食事も作ってくれる。ただそれだけよ」
「ただそれだけって、あのさぁ。彼奴から何か伝わるもの感じないの、恵美ちゃんは」
「何か感じるもの? ……それって、でも、ユーキとは。前にユーキから告白された事あった。でもその時は私、ユーキの返事を断った。それにユーキのご両親も亡くなって、ここで一緒に住むことになるなんて思いもしなかったし。それに私、誰かを好きになること自体なかった。ううん、私がずっと付き合っているのは、あのアルトサックスだけだから」
目線を少しテーブルの方に下げ、葵さんは一言呟いた。
「報われないね。結城の想いは」
「それって、どういう事?」
「あ―、もう、じれったい‼ あのさぁ、恵美ちゃんは結城の事、本当はどこかで気にかけているんでしょ。こんな私だけど、あなた達を見ていると物凄く歯がゆいの。それに、結城があの子と付き合ったのも元をたどれば恵美ちゃん、あなたにその想いを届けたくても届けられないでいる。いいえ、届けてはいけないと結城が自分から仕舞い込んじゃっていたからかもしれないのよ」
「あの子と付き合っているって。葵さん、ユーキが戸鞠さんと付き合っていたの知っていたの?」
「……、ふぅ、こうなったら仕方がない、ごめん恵美ちゃん。私知ってるんだ、ある程度の事。恵美ちゃんの事も結城の事も」
「私の事もユーキの事も……」
葵さんはあきらめたかのように恵美にその事を話し始めた。
「うん、恵美ちゃんさぁ、良くあの河川敷にサックス吹きに行くでしょ。私始め練習熱心な子だなぁつて思っていたの。つい政樹さんに「恵美ちゃんて練習熱心なんですね」って言っちゃったの。その時、政樹さんはそれに何も言わなかった。だけど、後でミリッツアさんが話してくれたんだぁ。恵美ちゃんがずっと心の中で引きずっている人の事。その人は結城の担任の弟で、もう亡くなっている事を。そして……」
一呼吸おいて意を決したように葵さんはその口を開いた。
「結城もその人の事知っているんだよ」
「うそ!」
恵美の目からは涙がこぼれ始めていた。
「ごめん、恵美ちゃん。傷つける気はないんだけど、事実なんだ。結城はその人の事知りながら恵美ちゃんの心の中で、今も生き続けているのを知っているから直接触れない様にしていた。でもね、こんな事私の口から言ってはいけない事なんだろうけど、結城は本当にあなたの事を想っているのは事実なのよ。分かるんだぁ、私もあの人と一緒にいるとき、物凄く苦しかったから。彼の記憶が戻ったら私恨まれるんじゃないかってね。それでも夫婦として短い間だったけど一緒に暮らした時間は忘れる事が出来ない時間になった」
「葵さん結婚してたんですか」
「そう、たった1年くらいだったけどね。彼ね、私のせいで記憶失くしたんだ。今思えばその罪の意識だったのかなぁ。記憶を失くした彼と付き合う様になって籍だけは入れたんだけど、彼の記憶が少しずつ戻ってきたら、壊れちゃった。ううん、私が壊したのよね。彼は悪くない。正直辛かったのね、記憶を取り戻してきた彼は私をちゃんと見てくれて愛してくれた。でも私はその逆で、それが怖かった。だから、結城の気持ちも分かるんだ。あなたの心の中にいる人の事を結城は壊したくは、失いたくはないんだよ。そして恵美ちゃんの心が壊れるのを彼は一番恐れている」
「でも……それじゃ、私、ユーキに……」
「ごめんね。辛い思いさせて。でも、結城の方が今はもっと辛い思いをしているはずよ。今一生懸命に彼は戦っている。あなたの為に」
「私のために」
「もういい加減、素直になったら恵美ちゃんも。本当は今は結城の事気になってきているんでしょ。戸鞠さんも今はもう新たな一歩を歩みだしている。恵美ちゃんはどうなの? まだ踏み出せないの? もう十分じゃない。あなた自身が変わらないと多分何もこの先変わらないと思う。変えていくのは誰でもない自分自身だからね」
口をグッと閉め、恵美は席を立ちそのまま何も言わず部屋へ向かった。
「恵美ちゃん!」
葵さんが呼び止めようとしたが、その声を振り切るように立ち去った。
ちょうどその時ミリッツアさんが恵美とすれ違った。その様子に「どうしたの?」と。
「ごめんなさい、ミリッツア。恵美ちゃんに話しちゃった。結城の事、恵美ちゃんの幼馴染の彼を知っている事を」
事の重さを感じたんだろう。葵さんは目に涙を浮かべていた。
「わたし恵美ちゃんを追い詰めるような事しちゃったのかもしれない」
「どうして」
「だって結城が亡くなった彼の事を知っている事、話してしまったから」
ミリッツアは葵さんを優しく抱きしめながら。
「ごめんね葵ちゃん。一番辛いことをエミ―に言わせたみたいね。本当は私達があの子達にもっと接してしてあげないといけなかったのかもしれないのに」
優しく葵さんの躰を抱きしめながらミリッツアは言った。
そして一言
「血は争えないものね。結城もエミーも……そして私達夫婦も」
呟く様に言ったミリッツアのその言葉にどんな意味があるのかはわからない。だけど、とても重くそして、苦しい言葉だったようだ。
バタンと玄関のドアが閉まる音がした。
「もしかして恵美ちゃん外に」
「大丈夫よ。一人にさせてあげましょ。もうじき結城も帰ってくる時間でしょ。多分顔を合わせたくないんでしょ」
「でもこんな時間に」
「ううん、今は黙って二人を見守ってあげましょ。あなたもこの家族の一人なのよ。信じてあげて、あの二人を」
信じられなかった。
ユーキが響音にぃの事を知っていたなんて。
何時から知っていたの? どうしてそれを……。
私一人が、私だけが知らなかった事なの? みんな知っていてそれを隠していたなんて。
一人夜の町をただ歩いていた。
気が付けば駅のあの小さな待合ホールの席に座っていた。
11月の響音にぃの命日の前の日。私は高熱でここで座り込んでいた。
そんな私をユーキはおぶって家まで連れて行ってくれた。
ううん、帰りが遅くなった私を心配して探してきてくれていたんだ。
スマホのアドレス帳を開き眺めた。「笹崎結城」の名が目に留まった。指が動こうとしたでも、触れたのは北城頼斗の名だった。
コール音が二つなった。
「どうした?」彼の声がスマホから私の耳に聞こえてくる。
だけど言葉が出なかった。
「恵美、何かあったのか」彼の声はとても優しい。
いつも優しく私に囁いてくれる。まるで響音にぃが私に囁いてくれるような感じに。
「恵美……」
「先生、頼斗さん。あなたも知っていたの、ユーキが響音にぃの事知っている事」
そんな事を考えるように、胸の中でいろんなことが湧き上がる。
落ち着かない。
何をどうしたらいいのか、分からない。
ただ一つ、僕には向き合うべき相手が今すぐそこに居ると言う事実があり、その事実に僕自身がまだ、立ち止まっていると言う事だ。
時間は確実に過ぎ去っていく。そして季節もいま、変わり始めようとしていた。
廻る季節と共に僕と恵美の関係にも大きな変化が訪れようとしている。
それは何気ない会話から始まった。
僕の知らない所で……。
今日は、雨宮さんの所でサーバーの特訓を受けていた。あの日以来、雨宮さんは僕に珈琲サーバーのほかにも豆の選び方や焙煎の仕方も指導してくれるようになった。
厳しさも増す一方で、今まで知らなかった知識を得る事が出来る事。それが嬉しかった。
そんな日の夜。葵さんと恵美が一緒に夕食を取っている時に、僕と恵美の間に急速な変化をもたらす話をしていた事を、その時僕はまだ知る由もなかった。
「このお肉もう―らい!」
「あ、私が最後に食べようとして取っておいたのに」
「ははは、速いもの勝ち! 食べないと元気も出ないからね」
「そうね、そう言えば最近ユーキ元気ないわよね」
「そうぉ、ちょっと疲れているんじゃない?」
「そうかなぁ」
「なんだ、恵美ちゃん結城の事がそんなに気になるんだ」
「そ、そんな事ないわよ」
ちょっと頬を膨らませ、おちょくるように言う葵さんにその顔を見せつける。
「ただね、学校でちょっとユーキ今噂になっているみたいなの」
「噂?」
「うん、結城さぁ、同じクラスだった戸鞠さんて言う人と付き合っていたんだけど、その戸鞠さんが急に転校しちゃって。それもユーキが関係しているって、みんな噂しているの」
ちょっと言葉に詰まらせ、葵さんは平然を装いながら。
「ふぅ―ん、そうなんだ。結城付き合っていた子いたんだ。でも恵美ちゃん結城が他の子と付き合っていて何も感じないの?」
「何も感じないって?」
「あのさ、あ―、何だろ。……やきもちとかさ」
「やきもち? どうして、私がユーキにそんな気持ちを持たないといけないの? 確かにユーキとは一緒に今暮らしているし、食事も作ってくれる。ただそれだけよ」
「ただそれだけって、あのさぁ。彼奴から何か伝わるもの感じないの、恵美ちゃんは」
「何か感じるもの? ……それって、でも、ユーキとは。前にユーキから告白された事あった。でもその時は私、ユーキの返事を断った。それにユーキのご両親も亡くなって、ここで一緒に住むことになるなんて思いもしなかったし。それに私、誰かを好きになること自体なかった。ううん、私がずっと付き合っているのは、あのアルトサックスだけだから」
目線を少しテーブルの方に下げ、葵さんは一言呟いた。
「報われないね。結城の想いは」
「それって、どういう事?」
「あ―、もう、じれったい‼ あのさぁ、恵美ちゃんは結城の事、本当はどこかで気にかけているんでしょ。こんな私だけど、あなた達を見ていると物凄く歯がゆいの。それに、結城があの子と付き合ったのも元をたどれば恵美ちゃん、あなたにその想いを届けたくても届けられないでいる。いいえ、届けてはいけないと結城が自分から仕舞い込んじゃっていたからかもしれないのよ」
「あの子と付き合っているって。葵さん、ユーキが戸鞠さんと付き合っていたの知っていたの?」
「……、ふぅ、こうなったら仕方がない、ごめん恵美ちゃん。私知ってるんだ、ある程度の事。恵美ちゃんの事も結城の事も」
「私の事もユーキの事も……」
葵さんはあきらめたかのように恵美にその事を話し始めた。
「うん、恵美ちゃんさぁ、良くあの河川敷にサックス吹きに行くでしょ。私始め練習熱心な子だなぁつて思っていたの。つい政樹さんに「恵美ちゃんて練習熱心なんですね」って言っちゃったの。その時、政樹さんはそれに何も言わなかった。だけど、後でミリッツアさんが話してくれたんだぁ。恵美ちゃんがずっと心の中で引きずっている人の事。その人は結城の担任の弟で、もう亡くなっている事を。そして……」
一呼吸おいて意を決したように葵さんはその口を開いた。
「結城もその人の事知っているんだよ」
「うそ!」
恵美の目からは涙がこぼれ始めていた。
「ごめん、恵美ちゃん。傷つける気はないんだけど、事実なんだ。結城はその人の事知りながら恵美ちゃんの心の中で、今も生き続けているのを知っているから直接触れない様にしていた。でもね、こんな事私の口から言ってはいけない事なんだろうけど、結城は本当にあなたの事を想っているのは事実なのよ。分かるんだぁ、私もあの人と一緒にいるとき、物凄く苦しかったから。彼の記憶が戻ったら私恨まれるんじゃないかってね。それでも夫婦として短い間だったけど一緒に暮らした時間は忘れる事が出来ない時間になった」
「葵さん結婚してたんですか」
「そう、たった1年くらいだったけどね。彼ね、私のせいで記憶失くしたんだ。今思えばその罪の意識だったのかなぁ。記憶を失くした彼と付き合う様になって籍だけは入れたんだけど、彼の記憶が少しずつ戻ってきたら、壊れちゃった。ううん、私が壊したのよね。彼は悪くない。正直辛かったのね、記憶を取り戻してきた彼は私をちゃんと見てくれて愛してくれた。でも私はその逆で、それが怖かった。だから、結城の気持ちも分かるんだ。あなたの心の中にいる人の事を結城は壊したくは、失いたくはないんだよ。そして恵美ちゃんの心が壊れるのを彼は一番恐れている」
「でも……それじゃ、私、ユーキに……」
「ごめんね。辛い思いさせて。でも、結城の方が今はもっと辛い思いをしているはずよ。今一生懸命に彼は戦っている。あなたの為に」
「私のために」
「もういい加減、素直になったら恵美ちゃんも。本当は今は結城の事気になってきているんでしょ。戸鞠さんも今はもう新たな一歩を歩みだしている。恵美ちゃんはどうなの? まだ踏み出せないの? もう十分じゃない。あなた自身が変わらないと多分何もこの先変わらないと思う。変えていくのは誰でもない自分自身だからね」
口をグッと閉め、恵美は席を立ちそのまま何も言わず部屋へ向かった。
「恵美ちゃん!」
葵さんが呼び止めようとしたが、その声を振り切るように立ち去った。
ちょうどその時ミリッツアさんが恵美とすれ違った。その様子に「どうしたの?」と。
「ごめんなさい、ミリッツア。恵美ちゃんに話しちゃった。結城の事、恵美ちゃんの幼馴染の彼を知っている事を」
事の重さを感じたんだろう。葵さんは目に涙を浮かべていた。
「わたし恵美ちゃんを追い詰めるような事しちゃったのかもしれない」
「どうして」
「だって結城が亡くなった彼の事を知っている事、話してしまったから」
ミリッツアは葵さんを優しく抱きしめながら。
「ごめんね葵ちゃん。一番辛いことをエミ―に言わせたみたいね。本当は私達があの子達にもっと接してしてあげないといけなかったのかもしれないのに」
優しく葵さんの躰を抱きしめながらミリッツアは言った。
そして一言
「血は争えないものね。結城もエミーも……そして私達夫婦も」
呟く様に言ったミリッツアのその言葉にどんな意味があるのかはわからない。だけど、とても重くそして、苦しい言葉だったようだ。
バタンと玄関のドアが閉まる音がした。
「もしかして恵美ちゃん外に」
「大丈夫よ。一人にさせてあげましょ。もうじき結城も帰ってくる時間でしょ。多分顔を合わせたくないんでしょ」
「でもこんな時間に」
「ううん、今は黙って二人を見守ってあげましょ。あなたもこの家族の一人なのよ。信じてあげて、あの二人を」
信じられなかった。
ユーキが響音にぃの事を知っていたなんて。
何時から知っていたの? どうしてそれを……。
私一人が、私だけが知らなかった事なの? みんな知っていてそれを隠していたなんて。
一人夜の町をただ歩いていた。
気が付けば駅のあの小さな待合ホールの席に座っていた。
11月の響音にぃの命日の前の日。私は高熱でここで座り込んでいた。
そんな私をユーキはおぶって家まで連れて行ってくれた。
ううん、帰りが遅くなった私を心配して探してきてくれていたんだ。
スマホのアドレス帳を開き眺めた。「笹崎結城」の名が目に留まった。指が動こうとしたでも、触れたのは北城頼斗の名だった。
コール音が二つなった。
「どうした?」彼の声がスマホから私の耳に聞こえてくる。
だけど言葉が出なかった。
「恵美、何かあったのか」彼の声はとても優しい。
いつも優しく私に囁いてくれる。まるで響音にぃが私に囁いてくれるような感じに。
「恵美……」
「先生、頼斗さん。あなたも知っていたの、ユーキが響音にぃの事知っている事」
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