君の閉ざされたその心に甘いカヌレを届けたい Black sweet ・Canelé

さかき原枝都は

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かたちだけの恋人

第47話6.求める人に

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 求める人と、求められる人。
 僕はこの二つのどちらにはいるのだろうか?

 求められる人と言う事は、その人が必要であることである。求める人とは?
 求める人。
 そう僕はある人を求めたんだ。

 それは今僕の中にいる妖精と言う小さな生きものでもあり、その妖精を宿した彼女を僕は求めた。
 それはとてつもなく切なく、苦しいもだった。
 自分の想いを届ける事さえ出来ない、いや届けてはいけないと僕は思っていた。
 でも、求めるものを得るためには、自らの想いを相手に伝えなければいけない事を僕は怠っていた。いや、怠っていたのではなく知らなかったと言うべきだろう。

 だが、彼女の事を思えばそれはあまりにも残酷な事であると言う事は言うまでもない。残酷? いやその事は今の彼女には当てはまらないだろう。なぜなら、彼女、恵美は想い人の事を今だにその自身の心に刻み込んでいるからだ。

 恵美の想い人。北城響音きたしろおと、彼はもうこの世にはいない。
 そして最後、彼は最愛する恵美の心を踏みにじるように突き放した。
 それは……彼の優しさでもあったのだろうか?

 時に、残酷だと思われる行動は、優しさと愛情に変わる事を、僕はまだ知らなかった。

「ねぇ、結城は何でも出来るのね。感心するわ」
 幸子さんと台所で夕食の準備をしている時に、彼女はしみじみと言った。
「そんな事ないですよ。料理は好きですから」
「そっかぁ、あなたのお母さんも料理上手だったでしょう」
「母は、母さんの料理はどれも美味しかった。幼い頃からよく一緒に買い物にも行きましたし、その時食材の見分け方や鮮度の見分け方なんかも教えてくれました」

「もしかして結城のお母さんて料理人だったの?」
「どうだろう……母さんの若い頃の事はあまり話してくれなくて。僕が生まれてからは、ずっと家にいましたから。ただ、フランス語は話せたのは知っています。たまに父さんとフランス語で会話しているのを小さい頃から訊いていましたから」

「フランス語? すごいわね。もしかして若い頃はフランスにいたんじゃないの?」
「かもしれませんね。父さんは世界中を行き来していましたからフランス語を話せる事になんの不思議も感じませんでした。でも、最近になって母さんがどうしてフランス語を日常的に話せるのかなって思う事もあります。両親が亡くなる前はそれが当たり前の僕の日常だったので……」

 手を止め、少し下を俯く僕に。
「ごめんね、辛い事思い出させて……」幸子さんが申し訳ななさそうに僕の顔を覗き込みながら言う。
 ふっとまたあの柔らかい懐かしい母さんに似た香りが僕の鼻をくすぐる。
「いえ、そんな事ないですよ。大丈夫ですよ」
「ふふ、また強がっている。結城ってお母さん似だって言われたでしょ」

「どうしてですか?」
「響音も私によく似ていたから。あなたを見ているとあなたのお母さんの姿が浮かんで来るような感じがするの。響音もそうだった。意地っ張りな性格も、あきらめの悪いところも、顔つきも全部私にそっくりだった。よく言われたわ、もし響音が女の子だったら、私と同じだったでしょって」

「それって男の子に生れてきてよかったと言う事ですか?」
「結城、あなたもしれっとして言うわね。それじゃ私って物凄く悪い女の様に聞こえるじゃない!」

「す、済みません。そんなつもりじゃないんですけど……」
 今度は幸子さんが上を仰ぎ見て手を止めた。
「いいのよ。なんだか思い出しちゃった。あの子が小さい頃台所に来て、お母さんお手伝い。って言っていたのを」
「そうですか……」
 その後幸子さんはにっこりと僕の顔を見ながら言った「いい思い出よ」と。

 その日の北城家の夕食はとても暖かな雰囲気だった。その暖かい雰囲気は僕の忘れかけていたあの日常をまた呼び戻してくれる思いがした。
 この暖かさを僕は忘れてはいけないんだと。その想いを決して失ってはいけないんだと。頼斗さんがここに僕を行かせたわけが分かりかけて来た。
 頼斗さんには今、僕に必要なものがここにある事を知っていたんだ。だから、僕をここに行かせたんだ。

 自分の親孝行の片棒なんて言っていたけど、そうじゃなく僕の為に、そして目の前にいるこの二人の為に、そして頼斗さんの僕への想いが伝わる。


 3人で食卓を囲み出来上がった料理を食べる。
 何だろうか。不思議とここにいるのが当たり前のような感じがする。幸子さんと正さん、そして僕の3人だけの食卓。いつもは今は二人だけの食事。僕がいるだけで幸子さんは物凄く嬉しそうに見える。

「ねぇ、美味しい?」

 僕が料理を口にするたび、その優しい微笑みがずっと僕を見つめている。

 少し恥ずかしい気もするけど、その暖かさは自分の息子に投げかけるまなざしそのものだ。僕がいる事で懐かしむ心の潤いになるのなら僕はそれでいい。
 ずっと……ずっと、僕はここにいる人であるのだと言う感覚がより強くなる。
 そんな時、頭の中に頼斗さんと律ねぇが婚約したことを思い起こした。

「そう言えば、聞きました。頼斗さんが婚約された事を……」
 その浮かんだ事実をそのまま僕は口にした。正さんはゆっくりと僕の方を見つめ
「そうか、結城も聞いていたのか。ようやく彼奴が自分の人生の道を見つけてくれた事が僕は嬉しい」
 静かに語り掛けるように話す正さん。その表情もようやく肩の荷を下ろしたかの様な安心感が感じられた。

「おめでとうございます」
「ありがとう……」でもその言葉は重く感じられた。

 決して、正さんは頼斗さんが結婚することに反対? 嫌なわけではない。むしろ願っていた事なのだ、でも僕には正さんが返した「ありがとう」と言う言葉の感じに何か引っかかった。
「さびしいのよ。この人」幸子さんが呟く様に言う。

「頼斗さんは私がここに来る前に、この人と二人きりで生活していた。そう、私が来た時、あの幼い頼斗さんと二人きりの生活。それを今になってこの人は思い出しているのよ。罪の意識と共にね」
「罪の意識って?」
「頼斗さんの、母親と弟を亡くしたと言う罪の意識。頼斗さんには二重もの悲しみを与えてしまったと言う罪の意識。でもそれはこの人にとっては唯一頼斗さんと繋がりを持つことが出来たパイプだった。それが、婚約が決まってそのパイプが切れる。それが寂しいのよ」

「そ、そんなことはない。僕はようやくあの年まで独り身でいる頼斗が共にいてくれる女性を探し合えたことに安どしているんだ」
「どうだか? でもねちょっとびっくりしたのは、お相手の斎藤律子さん。結城とも関係のある人だって、なんだか運命みたいなもの感じちゃった」
「僕もびっくりしました。まさか頼斗さんと律ねぇが結婚するなんて思ってもいなかったですから」

 本当にそうだ、クリスマスの日に律ねぇから頼斗さんとの婚約の話を訊いた時まさか! と思ったくらいだ。何時どうやって知り合ったのかは、まだ本人たちからは聞いていない。僕の両親が亡くなるその前まではいつものと変わらない律ねぇだった。

 二人の付き合いは何時から始まったのか全く僕にはわからない。むしろ父さんが生きていたころ、律ねぇは僕の父さんの事を……。その先は単なる僕の憶測に過ぎない。
 もしかしたら、律ねぇは僕たちにはその事を覚られない様にしていたのか? ではどうして? あの頃の僕はまだ子供だったんだろか? 大人の絡み合う事情が僕の知らない所で絡み合っていたのかもしれない。

 大人の絡み合う事情、それは今の僕のこの状態にも似ているのだろうか? それとももっと深い意味を持つことなのだろうか。
 どちらにせよ今の僕にはただ驚くことしかない事実が、今起こっているのは確かなことだ。

 人は求め、求め合う生きものでお互いを深める事が出来る事を今。

 僕はその意味を知ろうとしている。

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