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かたちだけの恋人
第36話1.冬空に響く音色
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僕が久しぶりに恵美の奏でるアルトサックスの音を訊いたのは、12月の中を過ぎた頃だった。
その日は12月にしては天気のいい日だった。
あの響音さんのアルトサックス。その奏でる音色はやっぱり僕の心を揺さぶる。
何故だろう? 恵美が別のアルトサックスで吹く音と僕が感じるその音はまったく違う音に聞こえる。
それだけ。恵美の心は響音さんの心に寄り添っていると言う事を、意味しているのだろうか?
僕の入る隙間さえも無い位に、恵美の想いは響音さんで埋め尽くされているんだろうか? だとするならば……。僕は恵美のあのアルトサックスの音色だけを追うただの道化師なのかもしれない。
Café des Prairies 草原のコーヒー屋 雨宮《あまみや》さおり。
彼女からもらった名刺は今も大切に保管してある。それよりも僕はあの店によく通う様になった。戸鞠と一緒にあの店で待ち合わせをする。それが日常化しつつある。今ではすっかり店主の雨宮さんに顔を覚えられてしまい、しまいには僕にコーヒーを淹れさせて見させるほど仲が良くなっていた。
彼女は僕のコーヒーの淹れ方を見て、どこかで習った? と、言ってくれるほど僕の淹れるコーヒーをほめてくれた。実際僕のやり方は間違いではなかったらしい。彼女はちゃんとしたバリスタの認定資格者でもある。その彼女から僕の癖やちょっとしたタイミングなどを教えてもらう事が出来た。
「笹崎君、君、うちでバイトしない?」とも言ってくれたが、僕には『カフェ・カヌレ』での朝の手伝いもある。でも、彼女の店のコーヒーを自分が扱う事が出るようになると思えば断るにも惜しい気がした。
「週に2回位しか出来ないかもしれませんけどそれでもいいですか?」
「もちろん。本気で働いてもらおうなんて思っていないわよ。私あなたに興味があるの、それに笹崎君、あなたバリスタの才能? ううん、筋がいいわ。あなたも興味がありそうだからさそったのよ」
それならばと、その誘いに便乗した。
戸鞠は自分の家の近くに僕が来る回数が増えるからと大喜びしていた。僕と過ごせる……いや、彼女からすれば彼女の傍に僕がいてくれればそれでいいと。
政樹さんにもちゃんと話をして了解をもらった。実は初めてあの店で買ったコーヒー豆を使って朝食に政樹さんに飲んでもらった。
驚いていた。あのコーヒーにうるさい政樹さんがこれほどまでに計算されたブレンドは今まで飲んだことが無いと、その日の朝は少し興奮気味だった。
僕はあの名刺を見せて、ここから購入したことを教えた。すると、政樹さんは
「あの、雨宮の店か。道理で……彼女もようやく自分の店を出せていたんだ」と懐かしく話をしてくれた。
雨宮さんはあの店を出す前、某一流ホテルのVIP専属のバリスタとして働いていた。その名はこの業界ではかなり有名な存在だったらしい。政樹さんも雨宮さんもお互いよく仕事上でも付き合いがあり、出会う機会もあったと話してくれた。
でもあの雨宮さんの店でバイトをするには、一つ問題がそこで生まれた。
僕が『カフェ・カヌレ』の店主である三浦正樹の家で暮らしている事だった。もし、その事が戸鞠の耳に入れば、僕と恵美が一緒に一つ屋根の下で暮らしている事がバレてしまう。
雨宮さんは「履歴書なんかいらないわよ」と言っていたが、自宅の住所と連絡先は教えてほしいと言われた。
どうすればいい? この話は断るべきだろうか……。
そんな時、富喜摩葵が僕に声をかけて来た。
「おい、そこの悩める少年」
少年? まぁ彼女から見れば僕なんかまだ少年何だろうな。でも葵さんは最近、僕によく話しかけてくれる。ちょっとしたことでもお互い思った事を何でも話せる様な仲になっていた。なんだか、もう一人、律ねぇのほかに姉貴が出来たようなそんな感じがしていた。
「訊いたよ、バリスタの修行するんだって?」
「え、バリスタの修行じゃないですよ。そんな大げさな事じゃないんですよ」
「でも政樹さんは結城はバリスタの修行をするんだって言っていたぞ」
「まったく! 雨宮さんという人のお店でちょっと手伝いと。コーヒーの事教わるだけですよ」
「教わるんだったら立派な修行じゃん。で、その事で何を悩んでいるんだよ結城」
ん――。僕はこのことを正直に葵さんに話すべきだろうか? 彼女の問いに答えを迷っていると
「なぁ結城、お前恵美ちゃんの事気になっているんだろ? でもその肝心の恵美ちゃんは結城の事は眼中にもない。悲しいねぇ……結城」
「え、ど、どうして……それを」
「まぁ、待て。まだ続きがある……でもこの先はここじゃ話すのまずいか。まずは私はシャワーを浴びてくるとするか。後で結城の部屋に行くよ。いいだろ。そうそう、エッチな本は今のうち見えない所に隠しておけよ。ハハハ」
「葵さぁん……」
「じゃぁ後でな」そう言い残し葵さんは自分の部屋に着替えを取りに行った。
まぁ確かに、もし本当の事に触れるんだったらリビングではまずいだろう。正樹さんやミリッツアもまだここに来る事は確実なんだから。それに恵美だってまだ起きているはずだ。
僕と葵さんが話し込んでいれば必ず中に入ってくるのは確定済みの様なものだ。
そんな事を考えていると政樹さんがリビングにやって来た。
「ん、どうした結城? なんか神妙な顔つきでいるようだけど、悩み事か?」
政樹さんまでそんな事言う。よっぽど切羽詰まった顔をしてるんだろうか?
「な、何度もないですよ」
「そうか、ま、それならいいけどな。さてシャワーでも浴びてくるか」
「あ、シャワーなら今葵さんが使っていますよ」
「そうか先越されたか! 葵は何でも早くて要領がいいからな。それに彼奴は自分に壁をつくらない。もうすっかりうちとも溶け込んでいる。中には自分の殻に閉じこもろうとするタイプもいる。お前たちとも仲がいいし、本当に家族の様に感じて来たな。後は彼奴がどこまで自分を磨けるかだけどな」
もうすっかり正樹さんの気持ちの中にも葵さんは溶け込んでいた。
凄いと思う。僕は始めこの家で暮らし始めた頃、政樹さんに自分では分からない壁を作っていた。今ではそんなもの何も感じていない。それより何だろう、もっと政樹さんとは何だろううまく言葉が出ないけど、もっと彼に近づきたい。そんな気持ちが芽生えているのは感じている。
「あ、政樹さんシャワー御先です」葵さんが戻って来た。「さてとビール、ビール」そう言いながら冷蔵庫からビールを取り出し「さ、結城行くよ」と僕に声をかける。
「なんだこれからどこかに出かけるのか?」
「違いますよ、政樹さん。これから結城とミーティング!」
「ミーティング?」
「そ、このころの年頃はいろんなことで悩める年頃なんです。だからミーティング」
「そ、そうか。ま、それじゃ俺はシャワーに行くとするか」
「はい、お疲れ様です」
僕の部屋のドアがノックされた。
「はい」と返事をするとドアを開け葵さんが部屋に入って来た。
そして僕のベッドに座り「ふぅ―」とため息をついて、手に持つビール缶のプルタブを開けゴクゴクとビールを流し込んだ。
「あー美味しい。ようやく一息付けたわ」
「本当に美味しそうに飲みますね」
「だって美味しんだもん、仕方ないでしょ。それより本題に入るとしますか」
「本題?」
「そう、さっきの続き。結城あなた今付き合っている子いるでしょ」
その葵さんの言葉にドキッとした。
「恵美ちゃんへの想いは届かない。でもそれを諦めたわけじゃない。どういう事でその子と付き合う様になったかは分からないけど、でも今その子のことでも悩んでいる。そんなとこかな」
「どうして……」言葉を返そうにもあまりもストレートに核心を突かれた僕は返す言葉がなかった。
「あははは、だてに私も時間潰していなかったって事よ。私だってあんたの年頃に恋愛の一つや二つの経験位あるわよ」
そう言いながらベットのマットの下に手を突っ込み「あった、あった」と言って仕舞い込んでいたエロ本を取り出し「ふーんこんなの好みなんだ」と言っておもむろにページをめくった。
「あっ、」と声をだす間さえなかった。
「大体さぁこんなもん隠す場所ってみんな決まってんのよね。結城もごタブに漏れずに同じところ。やっぱりあんたは素直な子だわ」
「素直で済みませんね」少しむっとしながら言い返す。
「可愛いねぇ。まぁ、それはいいとして、あなたは恵美ちゃんの事その子に知られたくないんでしょ。でも今雨宮さんだっけ、その人の所で働くことでここの住所がバレてしまう。そうしたら、今付き合っているその子にもその事がバレてしまうって思っている。そんな所じゃないかな」
「……葵さんてもしかしてエスパーかなんかですか?」
「そんなんじゃないわよ。ぜん――ぶあなたの顔に書いてあるんだもん。大体察しがつくわよ。それに私もそんな経験あるしね」
葵さんは少し下をうつむき小さな声で
「私さぁ、高校出てすぐに結婚したんだぁ。でも1年しか持たなかった」
結婚? 一年しか持たなかった……葵さんが……。
その日は12月にしては天気のいい日だった。
あの響音さんのアルトサックス。その奏でる音色はやっぱり僕の心を揺さぶる。
何故だろう? 恵美が別のアルトサックスで吹く音と僕が感じるその音はまったく違う音に聞こえる。
それだけ。恵美の心は響音さんの心に寄り添っていると言う事を、意味しているのだろうか?
僕の入る隙間さえも無い位に、恵美の想いは響音さんで埋め尽くされているんだろうか? だとするならば……。僕は恵美のあのアルトサックスの音色だけを追うただの道化師なのかもしれない。
Café des Prairies 草原のコーヒー屋 雨宮《あまみや》さおり。
彼女からもらった名刺は今も大切に保管してある。それよりも僕はあの店によく通う様になった。戸鞠と一緒にあの店で待ち合わせをする。それが日常化しつつある。今ではすっかり店主の雨宮さんに顔を覚えられてしまい、しまいには僕にコーヒーを淹れさせて見させるほど仲が良くなっていた。
彼女は僕のコーヒーの淹れ方を見て、どこかで習った? と、言ってくれるほど僕の淹れるコーヒーをほめてくれた。実際僕のやり方は間違いではなかったらしい。彼女はちゃんとしたバリスタの認定資格者でもある。その彼女から僕の癖やちょっとしたタイミングなどを教えてもらう事が出来た。
「笹崎君、君、うちでバイトしない?」とも言ってくれたが、僕には『カフェ・カヌレ』での朝の手伝いもある。でも、彼女の店のコーヒーを自分が扱う事が出るようになると思えば断るにも惜しい気がした。
「週に2回位しか出来ないかもしれませんけどそれでもいいですか?」
「もちろん。本気で働いてもらおうなんて思っていないわよ。私あなたに興味があるの、それに笹崎君、あなたバリスタの才能? ううん、筋がいいわ。あなたも興味がありそうだからさそったのよ」
それならばと、その誘いに便乗した。
戸鞠は自分の家の近くに僕が来る回数が増えるからと大喜びしていた。僕と過ごせる……いや、彼女からすれば彼女の傍に僕がいてくれればそれでいいと。
政樹さんにもちゃんと話をして了解をもらった。実は初めてあの店で買ったコーヒー豆を使って朝食に政樹さんに飲んでもらった。
驚いていた。あのコーヒーにうるさい政樹さんがこれほどまでに計算されたブレンドは今まで飲んだことが無いと、その日の朝は少し興奮気味だった。
僕はあの名刺を見せて、ここから購入したことを教えた。すると、政樹さんは
「あの、雨宮の店か。道理で……彼女もようやく自分の店を出せていたんだ」と懐かしく話をしてくれた。
雨宮さんはあの店を出す前、某一流ホテルのVIP専属のバリスタとして働いていた。その名はこの業界ではかなり有名な存在だったらしい。政樹さんも雨宮さんもお互いよく仕事上でも付き合いがあり、出会う機会もあったと話してくれた。
でもあの雨宮さんの店でバイトをするには、一つ問題がそこで生まれた。
僕が『カフェ・カヌレ』の店主である三浦正樹の家で暮らしている事だった。もし、その事が戸鞠の耳に入れば、僕と恵美が一緒に一つ屋根の下で暮らしている事がバレてしまう。
雨宮さんは「履歴書なんかいらないわよ」と言っていたが、自宅の住所と連絡先は教えてほしいと言われた。
どうすればいい? この話は断るべきだろうか……。
そんな時、富喜摩葵が僕に声をかけて来た。
「おい、そこの悩める少年」
少年? まぁ彼女から見れば僕なんかまだ少年何だろうな。でも葵さんは最近、僕によく話しかけてくれる。ちょっとしたことでもお互い思った事を何でも話せる様な仲になっていた。なんだか、もう一人、律ねぇのほかに姉貴が出来たようなそんな感じがしていた。
「訊いたよ、バリスタの修行するんだって?」
「え、バリスタの修行じゃないですよ。そんな大げさな事じゃないんですよ」
「でも政樹さんは結城はバリスタの修行をするんだって言っていたぞ」
「まったく! 雨宮さんという人のお店でちょっと手伝いと。コーヒーの事教わるだけですよ」
「教わるんだったら立派な修行じゃん。で、その事で何を悩んでいるんだよ結城」
ん――。僕はこのことを正直に葵さんに話すべきだろうか? 彼女の問いに答えを迷っていると
「なぁ結城、お前恵美ちゃんの事気になっているんだろ? でもその肝心の恵美ちゃんは結城の事は眼中にもない。悲しいねぇ……結城」
「え、ど、どうして……それを」
「まぁ、待て。まだ続きがある……でもこの先はここじゃ話すのまずいか。まずは私はシャワーを浴びてくるとするか。後で結城の部屋に行くよ。いいだろ。そうそう、エッチな本は今のうち見えない所に隠しておけよ。ハハハ」
「葵さぁん……」
「じゃぁ後でな」そう言い残し葵さんは自分の部屋に着替えを取りに行った。
まぁ確かに、もし本当の事に触れるんだったらリビングではまずいだろう。正樹さんやミリッツアもまだここに来る事は確実なんだから。それに恵美だってまだ起きているはずだ。
僕と葵さんが話し込んでいれば必ず中に入ってくるのは確定済みの様なものだ。
そんな事を考えていると政樹さんがリビングにやって来た。
「ん、どうした結城? なんか神妙な顔つきでいるようだけど、悩み事か?」
政樹さんまでそんな事言う。よっぽど切羽詰まった顔をしてるんだろうか?
「な、何度もないですよ」
「そうか、ま、それならいいけどな。さてシャワーでも浴びてくるか」
「あ、シャワーなら今葵さんが使っていますよ」
「そうか先越されたか! 葵は何でも早くて要領がいいからな。それに彼奴は自分に壁をつくらない。もうすっかりうちとも溶け込んでいる。中には自分の殻に閉じこもろうとするタイプもいる。お前たちとも仲がいいし、本当に家族の様に感じて来たな。後は彼奴がどこまで自分を磨けるかだけどな」
もうすっかり正樹さんの気持ちの中にも葵さんは溶け込んでいた。
凄いと思う。僕は始めこの家で暮らし始めた頃、政樹さんに自分では分からない壁を作っていた。今ではそんなもの何も感じていない。それより何だろう、もっと政樹さんとは何だろううまく言葉が出ないけど、もっと彼に近づきたい。そんな気持ちが芽生えているのは感じている。
「あ、政樹さんシャワー御先です」葵さんが戻って来た。「さてとビール、ビール」そう言いながら冷蔵庫からビールを取り出し「さ、結城行くよ」と僕に声をかける。
「なんだこれからどこかに出かけるのか?」
「違いますよ、政樹さん。これから結城とミーティング!」
「ミーティング?」
「そ、このころの年頃はいろんなことで悩める年頃なんです。だからミーティング」
「そ、そうか。ま、それじゃ俺はシャワーに行くとするか」
「はい、お疲れ様です」
僕の部屋のドアがノックされた。
「はい」と返事をするとドアを開け葵さんが部屋に入って来た。
そして僕のベッドに座り「ふぅ―」とため息をついて、手に持つビール缶のプルタブを開けゴクゴクとビールを流し込んだ。
「あー美味しい。ようやく一息付けたわ」
「本当に美味しそうに飲みますね」
「だって美味しんだもん、仕方ないでしょ。それより本題に入るとしますか」
「本題?」
「そう、さっきの続き。結城あなた今付き合っている子いるでしょ」
その葵さんの言葉にドキッとした。
「恵美ちゃんへの想いは届かない。でもそれを諦めたわけじゃない。どういう事でその子と付き合う様になったかは分からないけど、でも今その子のことでも悩んでいる。そんなとこかな」
「どうして……」言葉を返そうにもあまりもストレートに核心を突かれた僕は返す言葉がなかった。
「あははは、だてに私も時間潰していなかったって事よ。私だってあんたの年頃に恋愛の一つや二つの経験位あるわよ」
そう言いながらベットのマットの下に手を突っ込み「あった、あった」と言って仕舞い込んでいたエロ本を取り出し「ふーんこんなの好みなんだ」と言っておもむろにページをめくった。
「あっ、」と声をだす間さえなかった。
「大体さぁこんなもん隠す場所ってみんな決まってんのよね。結城もごタブに漏れずに同じところ。やっぱりあんたは素直な子だわ」
「素直で済みませんね」少しむっとしながら言い返す。
「可愛いねぇ。まぁ、それはいいとして、あなたは恵美ちゃんの事その子に知られたくないんでしょ。でも今雨宮さんだっけ、その人の所で働くことでここの住所がバレてしまう。そうしたら、今付き合っているその子にもその事がバレてしまうって思っている。そんな所じゃないかな」
「……葵さんてもしかしてエスパーかなんかですか?」
「そんなんじゃないわよ。ぜん――ぶあなたの顔に書いてあるんだもん。大体察しがつくわよ。それに私もそんな経験あるしね」
葵さんは少し下をうつむき小さな声で
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結婚? 一年しか持たなかった……葵さんが……。
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