君の閉ざされたその心に甘いカヌレを届けたい Black sweet ・Canelé

さかき原枝都は

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かたちだけの恋人

第25話 2.想われ人

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 僕は戸鞠と別れ一人校舎を出て、駅へと歩いていた。途中スマホからメールの着信音がした。開いてみると、担任の北城先生からだった。

 「俺だ、頼斗だ。明日の事、恵美には黙っておくから心配すんな。お前も気づかれんようにな。それとこの事は、貸しにしてやる。そうだな2つくらいだな。ははは」

 そして、空白の後
 「ま、頑張れ 結城」
 頼斗さんらしいなぁと思った。でも最後の「頑張れって」どういうことだろう。僕は不思議に思いながら帰宅した。

 僕が先生の実家から帰ったあと、ミリッツァと政樹さんは、その事には触れては来なかった。
 特別、僕からも二人にどうのこうのと、話すこともなかったのでそのままにしている。そう何も特別変わらない日々を僕は送っている。

 少し変わった事といえば、僕が恵美を想う気持ちだろう。初めはとにかく彼女のことが気になって仕方がなかった。どうしたら自分の想いを彼女、恵美に解ってもらうのか、それに尽きていた。だが、未だ恵美の中で生き続けている北城響音きたしろおとの存在を知り、本当の三浦恵美みうらえみの心の姿を見たいと思うようになった。

 あのハチャメチャな告白のとき、彼女から言われた「」その言葉が意味している通りに。

 家に着き2階の自分の部屋に上がろうとしたとき、居間のソファーに深々と沈み込み、書類を眺めている政樹さんを見かけた。

 「政樹さんただいまです」
 「お、結城か、今日は早いな」
 「ええ、明日から森際の準備で授業もないですし、今日もほとんど授業つぶれましたしね。珍しいですね、政樹さんがこんな時間に居間にいるなんて」
 「ああ、ちょっとな履歴書を見てたんだ」
 政樹さんはその履歴書を僕に手渡した。

 冨喜摩葵ときまあおい現、22歳独身。今年の10月に洋菓子の専門学校を卒業と書かれていた。張られている写真を見ると、ショートカットが似合うサバサバとした感じの女性だった。目鼻立ちはすうっと整っていて、かなりの美人だった。志望動機の欄には、
「憧れと目標であるカフェカヌレで修行をしたい為」と書かれていた。

 「そこの専門学校の学長、僕の友人でね。さっき彼女のことで電話したんだ。何でも今期の卒業生の中でもトップクラスだったらしい。彼、ああ学長の話しなんだが、彼女、ここカヌレで働きたくて、ここの専門学校に入ったらしいんだ。僕とそこの学長が親しいのを調べてな」

 「すごいなぁ。この人、そこまでして。政樹さんはどうするんですか」

 「うぅん、まぁこの子の気持ちは良くわかるよ。僕もそしてミリッツァもフランスのあの洋菓子店に憧れて修行を申し込んだんだから。なんかちょっと懐かしい気もするけどな。そうだな、今日は早めに店閉めてミリッツァと相談だな」

 そう言って政樹さんはソファーから立ち上がり、僕から履歴書を受け取った。

 「そうだ、それなら今日の夕食僕が作りましょうか」
 「お、いいねぇ、シェフ結城の御出ましだな。それじゃ、頼むか」

 「政樹さん、今晩は何がいいですか」
 「そうだなぁ。久々に鍋がいいな」

 「鍋かぁ、解りました。買い物行って材料仕入れてきます」
 「はは、楽しみしているよ。ミリッツァにも教えておくよ。今日の夕食は、シェフ結城特製の鍋だってね」
 そう言って彼は店へ戻った。

 僕は、急いで2階の部屋に行き着替えをして大通りの商店街へ向かった。
 夕暮れ時の商店街は、夕食の材料を求めに来る人たちでにぎわっている。

 この商店街は、大通りから直角に伸びる路地だ。その上にはアーケードが架かっている。その路地に入ると、その雰囲気は一変する。昔、と言ってもおよそ二、三か月前だが、僕が暮らしていた商店街の雰囲気がする通りだ。

 アーケード通りの両側には、いろんな商店が軒を連ねている。ふと、よく母さんとあの町の商店街で一緒に買いもしたなぁ、そんな事を頭の中で思い描きながらこの商店街を歩いている。その時、母さんは僕に物の良しあしの見分け方を教えてくれていた。

 「ねぇ結城、食材はね鮮度はもちろんのこと、形や色そしてその食材の持つ力を見分けなきゃいけないのよ。自分が今求めている事と、必要とされている物とが一緒になった時、物凄い力を発揮するのよ。でもね、これだけは注意しないといけないことがあるの。それは、外見だけに捕らわれてはいけないことよ。どんなに外見が美しくても、その中身、そうね熟成度かな、それが伴わないとすべてが駄目になるのよ。結城はこれからそれを見極める力を付けていきなさい。でもね、こればっかりはすぐには出来ないものよ、何度も何度も失敗して、それを繰り返してそうね、経験って言うのかな、そうして分かっていくものなのよ」

 その時は僕の中ではまだ、何も感じることが出来ないでいた。でも今思えば、母さんは食材の見分け方を教えるのと同時に、もっと色んな事を経験して自分自身の善し悪しを見極めろと言っていたのかもしれない。多分、今の僕だからそう思えてきたのだろう。
 少しの懐かしさと寂しさを抑えながら、食材を選んだ。

 「ちょっと、買いすぎたかな」

 僕はアーケード街の路地を出て大通りを歩いていた。両手に大きな買い物袋を持って。
 僕が大通りから外れ家にむかって歩いていると

 「ユーキ」

 後ろから、僕を呼ぶ声がした。振り向くとすぐ後ろに、恵美が穏やかな表情で僕を見ていた。
 彼女は、紺色のたけの長いダッフルコートを着ていた。手にはねずみ色をしたボアの手袋をはめている。いつも見ている恵美の姿なのに、なぜかその時はとても懐かしい思いがした。本当にしばらくぶりに彼女を見たかの様に。

 「いつから後ろにいたんだ」
 「うふふ、商店街を出たところから」
 「なぁんだよ。それなら、もっと早く声を掛けてくれればいいのに」
 「だってユーキ、声掛けようとしたら、どんどん進んで行っちゃうんだもん。追いつくの大変だったんだからぁ」

 恵美はちょっと頬を膨らませた。

 「一つ持ってあげる。はい」
 彼女は手を僕の方に差し伸べた。
 「ありがとう。それじゃ、はいこっち。重いぞ」
 僕は軽い方を恵美に渡した。

 「どうしたの、こんなに買い物して」
 「今晩の夕食の材料さ」
 そう言って僕は、持っている買い物袋の中を恵美に見せた。

 「ふぁ、牡蠣だぁ。いっぱいあるぅ。牡蠣大好きなのぉ」
 「知ってるよ。この前、ミリッツァと話してるの聞いたから」
 「あー、ユーキ立ち聞きしてたんだぁ」
 僕は少しあせった様に
 「ち、違うよ。たまたまだよ、それに同じ家に居るんだから、普通に喋ったら聞こえて来るだろう。普通」

 恵美は少しはにかんで
 「じゃっ、今度からフランス語で話そうかな。そうしたらユーキに聞こえても何言っているか解んないでしょ」

 少し得意げに恵美は言った。彼女がフランス語を日常的に話せても不思議はない。なにせ彼女の両親はフランスに居たのだから。

 「残念でした。フランス語ならミリッツァ程じゃないけど、片言なら解るよ。父さんと母さん、よくフランス語で話していたから」

 父さんは解る。なにせ世界中を飛び回っていたんだから、しかも政樹さんとも若い頃からの知り合いで、フランスで知り合ったって、律ねえから聞いていたから納得はいく。でもそれがあまりにも日常的なことだったから、母さんが普通にフランス語を喋れるのに、なんの疑問も持っていなかった。

 「そっかぁ、そうよね。ユーキのご両親、パパとフランスで知り合ったて言っていたから、当たり前かぁ。それじゃぁ、日本語で話そっかぁ。ユーキ、盗み聞きしないでよ」

 「ば、ばかぁ。するかそんなこと。そ、それより早く帰ろう、夕食の支度しないといけないから」
 「あ、今日の夕食、ユーキが作ってくれるんだぁ。牡蠣どう料理してくれるのかなぁ」

 「鍋だよ、鍋。政樹さんが久しぶりに鍋が食べたいって。牡蠣いいのがあったから、牡蠣鍋と生ガキだよ」
 「うふふ、huître(ユイットル(仏・牡蠣))楽しみ。おなか空いてきちゃった、ねぇ、早く帰ろ」

  そう言って恵美は、僕を追い越し家へと向かった。

 「おぉい、待てよぉ。まったくぅ」
 僕は少しはにかみながら、恵美の後を追った。
 
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