上 下
1 / 58
夏雲のように

第1話 Prologue プロローグ

しおりを挟む
カヌレと言うフランスの焼き菓子をあなたは知っていますか?
表面は黒く、蜜蝋で表面をコーティングした、あまり見てくれのいい菓子ではありませんが、その中は濃厚な卵の風味とラム酒の香りが広がる絶品の菓子です。

カヌレはフランス、ボルドー地方の修道院で作られ始めた菓子です。
ワインをろ過する時に使われた卵白。その副産物として卵黄が残り、それを利用して作られた菓子がカヌレです。

この物語はこのカヌレの歴史とは関係はありません。
ただ、このカヌレと言う菓子が繋いだ二人青年の友情とその子たちが繋ぐ想いを描いた物語です。

笹崎結城ささざきゆうきそして三浦恵美みうらえみ二人の親の友情が偶然にも引き付けていく。
だが、三浦恵美にはどうしても忘れることのできない人がまだ、彼女の心の中で生き続けていた。
結城はそのことを知りながら恵美の心の中に踏み込もうとしていく。
氷の中で閉ざされた心を結城の想いで溶かすことは出来るのだろうか。

そう、あれは結城が偶然あの河川敷で、アルトサックスを奏でる金髪の妖精の様な少女と出会ったのが始まりだった。

フランスで始まった私たちの恋物語はカヌレが導き、破局を迎え新たな恋を芽生えさせた。
そしてまた、私たちの子たちがこのカヌレに引き寄せられるように恋に落ちた。

青春のこのほろ苦い想いを甘く包み込んだ……このカヌレの様に。

恵梨佳より



◇過ぎ去ったあの日から Gone by. From that day.

カララン。
ウッドドアを開けるとカウベルの音が来客を告げる。

「よ、政樹」

「おお、太芽。いつ戻ったんだ」
「昨日だよ。昨日の午後くらいかなぁ」

「で、今回はどこほっつき歩いていたんだ?」
「あ、ひどいなぁ政樹。なんだか僕が世界中遊びまわっているみたいな言いかたするなんて」
「え、違うのか太芽? 恵梨佳さんと結城をほったらかして、好き勝手に世界中飛び回っているお前が」

「政樹さん、もうそれくらいにしてあげてよ。本当はこの人だって私たちと離れて暮らすの辛いのよ」

「うふふ、そうよねぇ。太芽って昔から甘えん坊な所あったからね」
「あ、ミリッツアまでそんなこと言うんだ。なんかひでぇなぁ、お前ら」

テーブルに一つづつカヌレが置かれた。
そのカヌレを政樹はじっと見つめている。

そっと恵梨佳が、カヌレを一口口にして

「うん、合格」

「よっしゃぁ! 今月も何とか合格もらたったぞ」
「お前本当にうれしそうだな」
「何言ってんだ俺の師匠だぞ恵梨佳さんは。その師匠から合格をもらえたんだ嬉しいはずがねぇだろ」

「師匠かぁ、なぁ政樹。今度僕、フランスに寄るんだ、イレールに会ってくるよ。ヨーコの所にも行ってくる」
「そうかぁ、もうじき命日だもんな。すまんな太芽、本当は俺が行かなきゃいけねぇんだけど……」

「いいさ、僕にとってはイレールもヨーコも親みたいなもんだからさ」
「ああ、そうだな。俺たちの親だ」
「ああ、そうだな」

「で、今度は何時行くんだ」
「それが明日なんだ、ドイツに行かなきゃいけない。それからフランスに渡ろうかと思っている」
「そうか……。親父に元気にやっているとだけ伝えといてくれ」
「ああ、分かったよ政樹」

「ねぇ、恵美ちゃんは変わりないの?」
恵梨佳がそっと外の景色を見ながら言う。ミリッツアと政樹には目を合わせずに……。

「ええ、変わりないわ」

「そっかぁ、まだ時間はかかりそうね。まだそっとしてあげましょ」
「そうね……、今はそっと見守ってあげてやることしか出来ないわ」
悲しそうにミリッツアがつぶやいた。

「あ、もうこんな時間だよ。もう会社に戻らないと」

「なんだもっとゆっくりしていけねぇのかよ」
「貧乏暇なしってさ、この後知り合いの珈琲屋に特注の珈琲豆届けないといけないし」

「そうか、今度は何時帰国する予定なんだ太芽」

「んー多分夏前かなぁ」

「そうか……」
「それじゃぁな政樹」
「ああ、また来いよ」

je comprendああ、分かったよ<ああ、分かったよ>」
彼奴は、太芽はそう言って俺たちと別れた。

あれが俺の最も親愛する親友、太芽と。
俺が愛した人だった恵梨佳さんとの最後の出会いだった。



◇◇Black sweet ・Canelé

僕は、念願の高校に幼なじみと共に受かった。

入学式の6日前、僕はある河川敷の公園でアルトサックスの音色を耳にする。
そこにいたのは、金色の髪を後ろに束ね小柄で、まるで妖精のような女性だった。

彼女の奏でるアルトサックスの音色は、僕の心を今までにないくらい揺さぶった。
僕は、およそ1年と3ヵ月の間、彼女に一方的な恋をした。
彼女の奏でる音色は、どこか切なく悲しい。
想えば、想うほど、彼女の苦しみが僕に伝わってくる。

その悲しみの音は僕の心を大きく動かせた。
そんな想いの中、両親は僕一人を残してこの世を去った。


引き取り手のない僕を「Cafe Canelé カヌレ」のオーナー兼パテシェの彼が身元を引き受けてくれる。
だがそこは、僕が想いを抱く妖精のような彼女の家だった。

運命、この言葉はいたずらの様に僕を新たな生活へと導く。
彼女と一つ屋根の下、僕の心はもどかしく揺れ動いた。

空に浮かぶ雲は、ただ白くそして、風に流されていく。
僕の心はあの雲のようにどこに流されるのだろうか……。



スマホがさっきから鳴りっぱなしだ。
電車の中じゃ出る訳にもいかず、まして非通知と表示されている。
何となく出てはいけないという予感がする。

ブウゥン、ブウゥン
「まったくさっきからほんとかかってくるな」
マナーモードにしているスマホが鳴りやまない。
今日は物凄く落ち込んでいるのに!
イライラしながら、スマホの電源をおとした。

全てはこここから始まった。
僕の人生は大きく変わろうとしていた。

笹崎結城ささざきゆうき高校2年の夏が始まろうとしているある日の事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

処理中です...