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第33話 僕の知らない彼女 ACT 18
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次の日朝早くに目が覚めた。
隣で頼斗さんが布団をはだけて寝ていた。寝ている姿はまだやんちゃな子供のような顔つきに見える。
この人は、根っからの子供なのかもしれないと苦笑いをしてしまった。
窓辺に裏庭に立つ建物がふと目に入る。なんとなく気になって、早々に外に出た。
朝露が庭の芝生を濡らしている。
海辺のせいだろうか、それとももうじき終わる夏を語っているのか、少し肌寒く感じる。
その小屋の前に行き、入り口の戸に手をかけると、鍵はかかっていなかった。
勝手に入るのはよくないと思うが、何かが僕を引き寄せているようなそんな気がして、体は自然と小屋の中へと入っていく。
その時真っ先に目に映ったのが、壁に綺麗にかけ並べられている工具類。
作業台の上には、小型のケースが二つ置かれていた。
リペア職人。ここで頼斗さんのお父さんは修理を行っているんだ。
朝日が家の陰から差し込むようにこの作業小屋の窓に入り込んできた。その光はあるものをてらし、輝かせた。
その輝く光る部分に目をやると、ケースの蓋を開けその中で光を浴び輝くシルバーユーフォニアム。いや、よく見るとこれはバリトンだ。
そして、その横に置かれているアルトサックス。
なぜかその二つの楽器に、目が釘付けになった。
どうしてかわからないけど、どうしても気になる。綺麗に磨かれたバリトン。その輝きは威厳さえ感じさせた。触れることさえ、出来ないほどに。
ただ見つめているのが精いっぱいだった。
その時、きぃぃつと、扉が動く音がした。はっとなり入り口の方に顔を向けると、頼斗さんのお父さんが、松葉杖をついて立っていた。
「あ、す、すみません……。勝手に入ってしまって」怒られるだろうと思ったが、彼はにっこりとほほ笑み。
「気になるのかい、そのバリトン」と、言う。
「え、あ、ええっと、なんかすごいなぁって」と言うしかできない僕。
「あはははは、そうか。まぁ型は古いバリトンだ。一応調整して、磨いているがな」
「そ、そうなんですか……。修理品ですか」
「すまんが結城君そこの椅子をこちらに持ってきてはくれんか」そう言い、僕は椅子を彼のところに持っていくと、その椅子に「よいしょ」とちいさな声で言いながら腰掛け、ケースからそのバリトンを取り出し、膝の上に置いた。
「このバリトンはな、もう生産もされていない型だ。多分、普通じゃ修理ももうできないほどに年を取ってしまっている。この楽器を受け継いだ彼女は、苦労して吹いていたのを思い出すよ。癖が強くてな、楽器にいじめられているその姿が……綺麗だった。いじめられても、どんなに拒絶されようともこの楽器に向かっていく彼女の姿を今でもはっきりと思いだせるよ」
しみじみと言う彼の目には少し潤んでいた。
「こいつは頼斗の実の母親が吹いていたんだ。そしてこのアルトサックスは幸子のだ。幸子は響音が亡くなってから吹くのをやめた。いや、吹けなくなったんだ。あんなに大好きだったこのアルトを拒否してしまった。これと同じものを響音も吹いていた。二つで一つのようなものだった」
「響音さんのアルトサックスは?」何気なく聞くと。
「ああ、響音のは今、恵美ちゃんが吹いてくれている。彼奴のは恵美ちゃんに渡してやった。最近になって、ようやく、響音のアルトを手に取って吹いてくれるようになったと頼斗から聞いている。そうしてもらえることが一番だと俺も幸子もそう思っている」
最近になって……。でも恵美はいつもアルトをあの河川敷で―――――あ、もしかしてあの時。
あの時が、もしかしたら、そうかもしれない。僕の勝手な思い過ごしかもしれないけど、あの雨降る中泣き叫んでいたあの恵美の姿は響音さんのアルトを吹いたからなのか。
なにかを求め、彼が再び自分の元に戻ってきてくれることを願って吹いた。されど、その待ち人は自分の前にその姿さえ見せなかった。……見せることはない。
それを知りながらも、そんなことくらい分かっていても、求めたかったんだ。会いたかったんだ。だから思いを振り絞って―――――吹いた。
でも……。
隣で頼斗さんが布団をはだけて寝ていた。寝ている姿はまだやんちゃな子供のような顔つきに見える。
この人は、根っからの子供なのかもしれないと苦笑いをしてしまった。
窓辺に裏庭に立つ建物がふと目に入る。なんとなく気になって、早々に外に出た。
朝露が庭の芝生を濡らしている。
海辺のせいだろうか、それとももうじき終わる夏を語っているのか、少し肌寒く感じる。
その小屋の前に行き、入り口の戸に手をかけると、鍵はかかっていなかった。
勝手に入るのはよくないと思うが、何かが僕を引き寄せているようなそんな気がして、体は自然と小屋の中へと入っていく。
その時真っ先に目に映ったのが、壁に綺麗にかけ並べられている工具類。
作業台の上には、小型のケースが二つ置かれていた。
リペア職人。ここで頼斗さんのお父さんは修理を行っているんだ。
朝日が家の陰から差し込むようにこの作業小屋の窓に入り込んできた。その光はあるものをてらし、輝かせた。
その輝く光る部分に目をやると、ケースの蓋を開けその中で光を浴び輝くシルバーユーフォニアム。いや、よく見るとこれはバリトンだ。
そして、その横に置かれているアルトサックス。
なぜかその二つの楽器に、目が釘付けになった。
どうしてかわからないけど、どうしても気になる。綺麗に磨かれたバリトン。その輝きは威厳さえ感じさせた。触れることさえ、出来ないほどに。
ただ見つめているのが精いっぱいだった。
その時、きぃぃつと、扉が動く音がした。はっとなり入り口の方に顔を向けると、頼斗さんのお父さんが、松葉杖をついて立っていた。
「あ、す、すみません……。勝手に入ってしまって」怒られるだろうと思ったが、彼はにっこりとほほ笑み。
「気になるのかい、そのバリトン」と、言う。
「え、あ、ええっと、なんかすごいなぁって」と言うしかできない僕。
「あはははは、そうか。まぁ型は古いバリトンだ。一応調整して、磨いているがな」
「そ、そうなんですか……。修理品ですか」
「すまんが結城君そこの椅子をこちらに持ってきてはくれんか」そう言い、僕は椅子を彼のところに持っていくと、その椅子に「よいしょ」とちいさな声で言いながら腰掛け、ケースからそのバリトンを取り出し、膝の上に置いた。
「このバリトンはな、もう生産もされていない型だ。多分、普通じゃ修理ももうできないほどに年を取ってしまっている。この楽器を受け継いだ彼女は、苦労して吹いていたのを思い出すよ。癖が強くてな、楽器にいじめられているその姿が……綺麗だった。いじめられても、どんなに拒絶されようともこの楽器に向かっていく彼女の姿を今でもはっきりと思いだせるよ」
しみじみと言う彼の目には少し潤んでいた。
「こいつは頼斗の実の母親が吹いていたんだ。そしてこのアルトサックスは幸子のだ。幸子は響音が亡くなってから吹くのをやめた。いや、吹けなくなったんだ。あんなに大好きだったこのアルトを拒否してしまった。これと同じものを響音も吹いていた。二つで一つのようなものだった」
「響音さんのアルトサックスは?」何気なく聞くと。
「ああ、響音のは今、恵美ちゃんが吹いてくれている。彼奴のは恵美ちゃんに渡してやった。最近になって、ようやく、響音のアルトを手に取って吹いてくれるようになったと頼斗から聞いている。そうしてもらえることが一番だと俺も幸子もそう思っている」
最近になって……。でも恵美はいつもアルトをあの河川敷で―――――あ、もしかしてあの時。
あの時が、もしかしたら、そうかもしれない。僕の勝手な思い過ごしかもしれないけど、あの雨降る中泣き叫んでいたあの恵美の姿は響音さんのアルトを吹いたからなのか。
なにかを求め、彼が再び自分の元に戻ってきてくれることを願って吹いた。されど、その待ち人は自分の前にその姿さえ見せなかった。……見せることはない。
それを知りながらも、そんなことくらい分かっていても、求めたかったんだ。会いたかったんだ。だから思いを振り絞って―――――吹いた。
でも……。
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