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第29話 僕の知らない彼女 ACT 14
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車でおよそ7,8分。中規模のスーパーの駐車場で車は止まった。
「どうする? 一緒に行く」
「いえ、僕はここで待ってます」
幸子さんは「そう」とだけ言って車を降りた。
その後ろ姿を見つめ、歩いている姿を見ているうちに、急になんだか一人にしちゃいけないような気がしてきた。
急いで車を降りて、幸子さんのところに駆け寄り
「やっぱり僕も一緒に行きます」
「あら、お酒買うだけよ。別に無理しなくたって」
「いえ、一緒に行きたいんです」
「うふ、……そう」とだけ言うと、すっと僕の手を握ってきた。
「だめ?」ちょっと、恥ずかしそうにしながら言うその顔は、本当にこの人は人妻なのか? それにもし生きていれば、僕より年上の子の母親なのかと疑いたくなる。
言葉を返す代わりに、その手をぐっと握ってやった。
ちいさな声で「ありがとう」というその声に、鼓動が高鳴っていく。
三和土で抱きつかれたときのあの感触を思い出しての事ではないことは言っておこう。
なんだろう、その「ありがとう」という彼女の言葉と、恵美があの日、雨の中泣き叫んでいた姿が相称していた。
なぜかはわからないけど、こんな気持ちになるのは久しぶりだ。また何か一つ僕に覆いかぶさるものを感じていた。
僕らは手を繋いだままスパーの中に入っていった。その時だ、僕らの後ろから、声をかけてきた年配のおじさんいやもうお爺さんだろう。
「おい! 幸子。ま、まさか化けてきたんじゃないだろうな。響音が!」
「あっ! 横田のお爺ちゃん」
「おいおい、何だよ、生きておったんか本当に生きておったんか! こいつ響音よ!」
「お爺ちゃん、違うわよよく見て、響音じゃないわよ。この子は」
じっときつそうな目つきで僕を睨みつけ
「なんじゃ、やっぱ響音じゃなかったか……すまんなぁ幸子さん」
僕が響音さんじゃないとわかると、あのきつく鋭い目つきが一瞬にやさしい穏やかな目に変わった。
「もう、お爺ちゃんこの子は頼斗君の教え子なの。今日うちに頼斗君と一緒に来たのよ」
「いや、本当にすまんかったのぉ。俺は本当に……今日が彼奴の命日だったから、余計にな。その懐かしくてつい」
「いいのよ。横田のお爺ちゃん、本当に響音の事かわいがってくれたもんね」
「ああ、本当にな、今でもまだ信じられねぇよ。彼奴がこの俺よりも早くに向こうに逝っちまったなんてよぉ」
「………うん」
「すまん、またお前に辛いことを思い出させてしまったようだな」
「いいのよ。気にしないで」
そう言った幸子さんの顔はとても悲しそうに見えた。それでもにっこりと笑う姿はとてもけなげだ。
「そうか、頼斗の奴め、何とか今日は帰ってきたみてぇだな。俺がもっと若けりゃ、正の代わりにぶん殴ってやったのによう!」
「うふふ、そうねぇ。あの人は彼にはそう言うとこ弱いからねぇ。お爺ちゃんくらいじゃないの頼斗君を本当に怒れるのは」
「あははは、そうじゃのう、正は、あいつの父親は頼斗に引き目を感じておるからのぉ」
「ううん、それは違うわ、二人ともただ私にやさしいだけよ。ただそれだけ」
「そうか」そしてそのお爺さんは僕に
「頼斗の教え子君。どういう縁があって今日ここに来てくれたかはわからんが、また幸子さんのところに来てやってくれないか。どういう関係もでもいい。こういう幸子の姿をまた見ることができるのならな」
なんて答えたらいいんだろうか。どういう関係? その言葉が、少し引っかかったけど、ここは「ええ、またお邪魔いたします」と返した。
とはいうものの、幸子さんと出会ってからまだそんなに時間はたっていないというのに、もう親子であるかのように……でも親子というよりは姉弟と言った方がしっくりきそうだけどね。
そう言う関係に見えたのか。……それならそれでいいとその時思った。
「どうしたの? 嫌だった響音と間違われて」
「いえ、そ、そんなことありませんよ。むしろ良かったんじゃないかなぁって思っています」
「そっかぁ――、うん、ありがとうね結城君。ううん、これからは私もあなたのことは結城って呼び捨てにしようかなぁ―。……ダメぇ?」
「べ、別に構いませんけど」
僕のことを響音さんに置き換えてみようとしているんだと、僕はその時にそう感じた。そうであるのが普通なんだ。
「さ、早くお酒買っちゃおうね」
僕の手を引いて、お酒売り場からお目当てのウイスキーを手に取り、ついでにちょっとしたおつまみを買って早々にスパーを後にした。
帰り道。幸子さんは「ねぇ、ちょっと寄り道してもいい」と言った。
「ええ、構いませんけど」
「うふ、ありがとう」そう言うと、来た道から外れ、細い山道に入っていった。
車がようやく1台通れるかどうかの狭い道。舗装も途中で途切れ、車にでこぼこの道の振動が伝わる。
そして、車は止まった。ちょうど木々の隙間から海が眺める高台。
フロントガラスの向こうに広がるその海を目にすると。小さな光の粒と、その光を飲みこもうとするくらい、黒い海が広がっていた。
「窓開けない方がいいよ。虫が入ってくるからね」
「あ、はい」車の中はエアコンが効いている。だから無理に窓を開ける必要もないが、なんとなくこういうところに来ると外に出るか、窓を開けて外の空気を吸いたくなる。
でも、蚊なんか入ってきて刺されるのも面倒だ。
「ここさぁ、私の秘密の場所なんだぁ」
幸子さんが正面に映る黒い海を見つめながら、ぽつりと言った。
「ここに誰かとくることなんか、なかったんだけどなぁ――」
僕の顔をじっと見つめて、幸子さんはそう言った。
「どうする? 一緒に行く」
「いえ、僕はここで待ってます」
幸子さんは「そう」とだけ言って車を降りた。
その後ろ姿を見つめ、歩いている姿を見ているうちに、急になんだか一人にしちゃいけないような気がしてきた。
急いで車を降りて、幸子さんのところに駆け寄り
「やっぱり僕も一緒に行きます」
「あら、お酒買うだけよ。別に無理しなくたって」
「いえ、一緒に行きたいんです」
「うふ、……そう」とだけ言うと、すっと僕の手を握ってきた。
「だめ?」ちょっと、恥ずかしそうにしながら言うその顔は、本当にこの人は人妻なのか? それにもし生きていれば、僕より年上の子の母親なのかと疑いたくなる。
言葉を返す代わりに、その手をぐっと握ってやった。
ちいさな声で「ありがとう」というその声に、鼓動が高鳴っていく。
三和土で抱きつかれたときのあの感触を思い出しての事ではないことは言っておこう。
なんだろう、その「ありがとう」という彼女の言葉と、恵美があの日、雨の中泣き叫んでいた姿が相称していた。
なぜかはわからないけど、こんな気持ちになるのは久しぶりだ。また何か一つ僕に覆いかぶさるものを感じていた。
僕らは手を繋いだままスパーの中に入っていった。その時だ、僕らの後ろから、声をかけてきた年配のおじさんいやもうお爺さんだろう。
「おい! 幸子。ま、まさか化けてきたんじゃないだろうな。響音が!」
「あっ! 横田のお爺ちゃん」
「おいおい、何だよ、生きておったんか本当に生きておったんか! こいつ響音よ!」
「お爺ちゃん、違うわよよく見て、響音じゃないわよ。この子は」
じっときつそうな目つきで僕を睨みつけ
「なんじゃ、やっぱ響音じゃなかったか……すまんなぁ幸子さん」
僕が響音さんじゃないとわかると、あのきつく鋭い目つきが一瞬にやさしい穏やかな目に変わった。
「もう、お爺ちゃんこの子は頼斗君の教え子なの。今日うちに頼斗君と一緒に来たのよ」
「いや、本当にすまんかったのぉ。俺は本当に……今日が彼奴の命日だったから、余計にな。その懐かしくてつい」
「いいのよ。横田のお爺ちゃん、本当に響音の事かわいがってくれたもんね」
「ああ、本当にな、今でもまだ信じられねぇよ。彼奴がこの俺よりも早くに向こうに逝っちまったなんてよぉ」
「………うん」
「すまん、またお前に辛いことを思い出させてしまったようだな」
「いいのよ。気にしないで」
そう言った幸子さんの顔はとても悲しそうに見えた。それでもにっこりと笑う姿はとてもけなげだ。
「そうか、頼斗の奴め、何とか今日は帰ってきたみてぇだな。俺がもっと若けりゃ、正の代わりにぶん殴ってやったのによう!」
「うふふ、そうねぇ。あの人は彼にはそう言うとこ弱いからねぇ。お爺ちゃんくらいじゃないの頼斗君を本当に怒れるのは」
「あははは、そうじゃのう、正は、あいつの父親は頼斗に引き目を感じておるからのぉ」
「ううん、それは違うわ、二人ともただ私にやさしいだけよ。ただそれだけ」
「そうか」そしてそのお爺さんは僕に
「頼斗の教え子君。どういう縁があって今日ここに来てくれたかはわからんが、また幸子さんのところに来てやってくれないか。どういう関係もでもいい。こういう幸子の姿をまた見ることができるのならな」
なんて答えたらいいんだろうか。どういう関係? その言葉が、少し引っかかったけど、ここは「ええ、またお邪魔いたします」と返した。
とはいうものの、幸子さんと出会ってからまだそんなに時間はたっていないというのに、もう親子であるかのように……でも親子というよりは姉弟と言った方がしっくりきそうだけどね。
そう言う関係に見えたのか。……それならそれでいいとその時思った。
「どうしたの? 嫌だった響音と間違われて」
「いえ、そ、そんなことありませんよ。むしろ良かったんじゃないかなぁって思っています」
「そっかぁ――、うん、ありがとうね結城君。ううん、これからは私もあなたのことは結城って呼び捨てにしようかなぁ―。……ダメぇ?」
「べ、別に構いませんけど」
僕のことを響音さんに置き換えてみようとしているんだと、僕はその時にそう感じた。そうであるのが普通なんだ。
「さ、早くお酒買っちゃおうね」
僕の手を引いて、お酒売り場からお目当てのウイスキーを手に取り、ついでにちょっとしたおつまみを買って早々にスパーを後にした。
帰り道。幸子さんは「ねぇ、ちょっと寄り道してもいい」と言った。
「ええ、構いませんけど」
「うふ、ありがとう」そう言うと、来た道から外れ、細い山道に入っていった。
車がようやく1台通れるかどうかの狭い道。舗装も途中で途切れ、車にでこぼこの道の振動が伝わる。
そして、車は止まった。ちょうど木々の隙間から海が眺める高台。
フロントガラスの向こうに広がるその海を目にすると。小さな光の粒と、その光を飲みこもうとするくらい、黒い海が広がっていた。
「窓開けない方がいいよ。虫が入ってくるからね」
「あ、はい」車の中はエアコンが効いている。だから無理に窓を開ける必要もないが、なんとなくこういうところに来ると外に出るか、窓を開けて外の空気を吸いたくなる。
でも、蚊なんか入ってきて刺されるのも面倒だ。
「ここさぁ、私の秘密の場所なんだぁ」
幸子さんが正面に映る黒い海を見つめながら、ぽつりと言った。
「ここに誰かとくることなんか、なかったんだけどなぁ――」
僕の顔をじっと見つめて、幸子さんはそう言った。
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