エデンの住処

社菘

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第4章 疑惑

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藍の大切な人なら、それを受け入れるのが兄だ。そもそも自分たちの『過ち』はどこかで精算しないといけないし、その過ちに誘った自分だけが地獄に追放されたらいい。それだけの話で、由利は決して藍が不幸になればいいとは思っていないのだ。

それなのに――

「んん……ッ!」

珍しく由利の家に帰ってきた藍は、玄関の壁に由利の体を押し付けて唇を貪った。逃げられないように両腕を固定され、片手で腰もホールドされる。足の間に藍の太ももをねじ込まれて固定されると文字通り身動きが取れず、されるがままに口付けられた。

「ま、っ……」
「っは、ゆうり……」
「なん、っだよ、もう!」

やっと唇が離れたかと思えば、透明な糸が二人の間を繋いでいた。ただそれも由利が藍から顔を逸らすと同時にぷつりと切れ、藍から細い顎を掴まれて首筋に彼の唇が這う。そのまま藍は由利のうなじをぺろりと舐め、甘噛みする。性急に求められた由利の体は自分の意思とは反対に、藍に触れられると熱が高まっていった。うなじを甘噛みされ、藍の指がそこを撫でるとぞわりと背筋が粟立って、なぜだか立っていられなくなるほど足が震えた。

「……兄さんも本当はうなじココを噛まれるの、期待してるでしょ…?」

直接耳の中に流し込まれているような藍の低い声にどんどん力が抜けていく。由利の全てを支配してしまうようなその声に抗いたいのに、自分の中の『本能』がこのまま堕ちようと言っている。

藍の愛は深くて大きくて、きっと居心地がいいだろう、と。

「――ダメだ、離せ!」

いつの間にか解かれた手で藍を押し返すと、彼の眉間の皺が深くなった。するとそのまま由利の体を抱き抱え、藍は寝室へと歩みを進める。バタバタと手足を動かしてみたけれど藍はびくともせず、ぼふりとベッドに放り投げられた。

「本当は兄さんの気持ちが追いついてからしてあげようと思ってたけど、こんなに強情なら無理やりするしかないね」
「ダメだって、藍!俺より椿さんのことを大事にしてあげないと……!」
「は?椿?」

由利の上に乗ったまま着ていたシャツをバサリと床に投げ捨てる藍の肉体に、馬鹿みたいに見惚れてしまった。中学3年生の時から仕上がっていたかっこいい体だったが、それを上回る体つきに驚いて言葉も出てこない。そんな由利に気付いたのか藍はにやりと口元に笑みを浮かべ、由利の腕を自分の胸元に這わせた。

「この体は昔も今も由利のもの。だから、僕を好きにしていいのは由利だけだよ」
「あ、だめだって、藍……」
「触りたいって思ってるなら、好きにしたらいい。ここには僕と由利しかいないんだから」
「らん、お願いだから俺を追い詰めないで……っ」
「追い詰めるよ。そうしないと由利はすぐ逃げる」

無理やり這わされた由利の手が藍によって動かされる。厚い胸板に触れていた手はそのまま腹筋をなぞり、下腹部へと滑っていった。ぺろりと藍が赤い舌で自分の唇を舐めて、欲情が滲む瞳で由利を見つめている。そんな挑発的な藍の顔に思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「僕のベルトに手をかけてるのは、由利自身だよね?」
「え……?」

そう言われて気がついたのは、藍に腕を掴まれていないということ。いつから手を離されていたのか分からないが、今は『由利の意思』で藍のズボンのベルトを外そうとしていた。無意識のうちにしていた行動に気がついた由利は一瞬のうちに全身に熱が回り、まるでサウナにでも入っているかのように頭もぼーっとしてきて、そんな由利を見て藍は舌舐めずりしていた。

「由利のことを僕が助けてあげる」
「や、やだよ、藍……」
「由利が勘違いしてる"椿"は、僕の妹」
「へぁ…?」
「兄さんと僕みたいに義理のじゃなくて、実の妹だよ」
「え、あ、は!?」
「離婚した時に母さんのほうについていったから、実際は小学生の時に離れ離れになったかな」
「でも、でも、椿って名前はおかしくない?だって父さんが椿って苗字なのに……」
「椿は芸名。藍葉って名前は再婚した人の名前らしいけど。紛らわしいのは分かるよ」
「げ、げいめい……」

椿という名前で、苗字に藍が入っているから運命なのだろうなと由利は単純に思っていた。椿が藍の実の妹だと言われると、確かに二人の雰囲気は似ているかなと思う。でも藍のアシスタントは『二人がヨリを戻した』とヒソヒソ言っていたし、先日のメッセージ画面を見ていたのでてっきり二人は過去に付き合っていて同棲していた恋人同士だと思ってしまったのだ。

「たくさん悩んでお疲れ様、由利」
「うっざ……」
「ふはっ。椿に悩んで嫉妬してた由利を見られて、僕はすごく楽しかったけど」
「藍なんて嫌い。すっげー嫌い!」
「可愛い。今までは好きだったってこと?」
「だから!自分で都合のいいように解釈するなってば!」
「そう言われても、自惚れちゃうよ、由利」

くそ、くそ、くそッ。

椿に嫉妬していたのは、この際もう認める。由利のことを好きだとか愛してると言っていたくせに、他の人から養われていたという発言をしたり一緒に住んでいた人がオメガだと言ったりするからイライラしたりモヤモヤしたりしてしまうのだ。馬鹿みたいに藍は由利のことだけが好きだと自惚れていたことも恥ずかしいし、こんなことを思ってしまった自分はもう、藍を好きだと言っているようなものではないか。

「由利、一回だけでいいから……僕に委ねてみて。由利を楽園に連れていってあげるから」

そう言われ、由利は深く深くベッドに身を沈めた。



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