夜明けの使者

社菘

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第12章

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よく色んな人から、太陽みたいだねと言われる。

ただ名前にそういう漢字が入っているだけだと自分では思っているけれど、好きな人からも朝霧陽という名前の通り『夜明けに霧の中から、光り輝く太陽が出てきて辺りを照らす』ような人だと言われたことがある。

でも実際、そんな大層な人間ではない。

たまたま人の中心にいるようになってしまっていたが、いつも心のどこかで逃げ出したかった。いつもいつも太陽でいないといけないと思って、追いかけてくる夜の闇を避けていた気がする。その闇に捕らえられたらもう二度と夜明けが来ずに、太陽の光を失うのだと思っていた。

枢を好きになってからは特にそういう思いが強くなり、Playをしない不安定さも相まってそういう思いが強かった暗黒の時期。

でもやっと、その時期を越えられた。

「………かなめ、だ…」

どこにも行かせまいというように陽の体をしっかりと抱きしめ、向かい合うようにして眠っている枢。すうすうと規則正しい寝息を立てる彼の、長いまつ毛が縁どる瞼にそっと触れて、形のいい鼻をなぞり、薄く開いている唇を撫でた。

昨晩は結局最後まではしなかったのだが、今までのPlayの中でも一番深く愛された夜だったなとぼんやり思い出す。とてもロマンチックで、それでいて激しくて。枢は全身で陽を求めているのが分かったから、余計にこちらも燃えてしまった。

陽はPlay中にSub Spaceに入っていたので最後のほうの記憶は途切れ途切れなのだが、はしたない声も枢を求める痴態も、ほとんどを晒してしまっただろう。最後に覚えているのは枢が優しい声で『愛してる』と何度も言ってくれていたこと。

『同じ場所で夜明けを迎えよう、陽』

悲しくなんてないのに生理的な涙を流している陽の瞳を優しく拭って、額に口付けていた枢。彼にぎゅうっと抱きしめられて眠ったあとは、とても優しい夢を見た気がする。

「ん………ひな…?」
「ごめん、起こした……?」
「ううん…どうしてないてるの……」
「え?」
「なにか、くるしいとか、かなしいとか…どうしたの、ひな……」

寝起きでとろんとしている枢が陽の頬を撫でて、瞳から零れ落ちる涙を親指で掬う。そうして初めて、陽が自分が泣いていることに気が付いた。

どうして泣いているんだろう?

枢の寝顔を見ていたら、訳も分からず涙が出ていたのだ。苦しいとか悲しいとかそういう感情は今の陽の中に存在していなくて、ただただ彼を『愛おしい』と思っているだけ。それなのになぜ、涙が出るのか自分でもよく分からなかった。

「か、悲しいとか苦しいとかじゃ、なくて…。目が覚めたら枢が隣にいてくれたことが、すごく、嬉しくて……」
「俺がいて、うれしかった……?」
「うん……だからこれは、うれし泣きの涙だと思う…」
「あは、そっか……」

枢は涙で濡れる陽の目尻に優しく口付けて「可愛いね」と言いながら、赤く染まった鼻の頭にもキスを落とす。愛おしいものに触れるように彼の唇が顔中に押し付けられ、唇には何度も何度も軽いキスを繰り返される。そんな枢の愛情表現にぎゅっと胸が締め付けられて、また愛おしさで涙が込み上げてきた。

「どうしよう、枢……」
「うん?」
「枢のことを好きすぎて、幸せすぎて、心臓が痛くて死んじゃいそう……」
「……起き抜けの心臓に悪いのは、あなたのほうだけどね…」

そう言いながら枢に抱き起され、もう一度強く抱きしめられた。体の骨が軋む音がするんじゃないかと思うくらい強く強く抱きしめられ、このまま枢とひとつになってしまうのではと思うほど。でも、それはそれで幸せかもしれない。一生一緒にいられるのなら、今はもうなんだって幸せだと思えるほど脳が溶けきってしまっているのだ。

「目が覚めたら、あなたがどこにもいないかと思いました。でも、夢じゃなかったんだなって……一緒に夜明けを迎えたら、改めて言いたいことがあったんです」
「改めて、言いたいこと……?」

枢はそっと陽の体を離し、今度は陽の両手をぎゅっと握って懇願するように指先に口付けた。

「これから先もずっと、一生、陽のパートナーであり恋人である権利をください」

枢は本当に不思議なDomだと思う。
もしかしたらSubにもなれる体質のせいかもしれないけれど、それでも今の彼はDomのはずなのに、Subである陽に頭を下げてパートナーでいさせてほしいと懇願するなんて。こんなに優しいDomもいるのだなと、陽は枢しか知らないけれどそう思うのだ。

最初から素直になっていたらよかったのにと思うこともあるが、何度過去に戻っても二人は同じように不器用なままだろう。ただ、それでもきっと、こうやって枢が懇願してくれる結末に辿り着くのが分かる。それほど、彼が自分を愛してくれているのが分かるのだ。

「……Playをする日もしない日も、必ず一緒に眠ってくれる?」
「え?」
「おれたちが一緒に夜明けを迎えるおまじない、ね」

一度、深い夜に飲みこまれたら、もう二度と夜明けが来ないと思うほど不安だった。

陽には、そんな暗闇から道を示してくれる一等明るい星が輝いて導いてくれた。

枢には、暗闇の中から辺りを照らす優しい光を纏う太陽が姿を現して導いてくれた。

「約束します。いつもあなたの隣で眠って、これから先も一緒に夜明けを迎えるって」
「ありがとう、枢。……すごく、すごく、愛してる。一生おれの側にいる権利をあげるから、一生離れないで」
「愛してる、陽……俺を、あなたの唯一にしてくれてありがとう」

やっと見つけた最愛の人。
お互いこそが、夜明けの使者だった。



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