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第9章

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あまりにも不自然にトイレに駆け込んだからか、籠って数分後に出てきた時に目が合った陽は口元に笑みを浮かべていたし、真白から純粋に心配されて枢は気まずさに縮こまってしまった。ただ、もちろんトイレに籠って一人でしたわけではなく、鎮まるまでじっと待っていたのだ。別に悪いことはしていないし生理現象なのだから、大目に見てほしいのだけれど。

「星先生、大丈夫ですか?具合悪いです?俺、診ましょうか?」
「え!?いやいやいや、大丈夫です!ちょっとこう、発作的な……」
「発作持ちですか!?本当に大丈夫です!?」
「すみません、俺が全部悪いです………」
「ふふっ」

何も知らずに純粋に心配してくれている真白に、発作持ちだと思われて心が痛くなる枢。そんな枢と真白のやり取りを見ながら陽が楽しそうに笑っていた。最近の陽は暗い表情ばかりだったので、彼が笑ってくれるなら嬉しいけれど、こんな恥ずかしいことで笑ってほしくはなかったなと、枢は穴があったら入りたい気分になった。

「棚を動かしたら埃がすごくてさ。もしかしたらアレルギーとかかもですね、星先生」
「ど、どうですか、ねぇ……」
「一回検査してもらったほうがいいですよ。アレルギー舐めたら痛い目にあいますから」
「ですね、ハイ……」

頬杖をついてくすくす笑っている陽には悪いけれど、Playをしている時にこうなったのは今回が初めてではない。直近で言えば先日、陽に目隠しをした時は割と危なかった。恥ずかしさに耐えている陽はなんとも言えない色気があって、爆発するかと思ったものだ。ただ、陽自身は目隠しをされることに恐怖を抱いていたので、二度としないと誓った。彼を怖がらせるのが目的ではなく、気持ちのいいPlayの一環として興奮してほしいからだ。

「そういえば、さっきの話に戻るんですけど……星先生は恋人いないって本当ですか?」
「え?あ、あぁ…本当ですよ」
「もったいない!こんなイケメンを放っておくなんて」
「いやいや、イケメンじゃないですよ……朝霧先生や日暮先生のほうがイケメンですって。高校ではアイドル的存在だったじゃないですか」
「え?星先生って俺らと同じ学校だったんです?」

――しまった。ついぽろっと言ってしまった……!

箸を持って固まったままチラリと陽を見ると『やれやれ』と言いたげな、呆れた顔をしてこちらを見ていた。

「おれたちが3年の時、星先生は1年生だったんだって。だからおれたちとは関わりなかったから知らなくて当然」
「へぇ、そうだったんだ!でもこんなイケメンがいたら話題になってそうだけど」
「大学からイメチェンしたらしいよ。ね、星先生」
「そ、そうです。姉が美容師で、外見整えてもらって……だから家にいる時は眼鏡なんです」
「なるほど!ていうか二人って、そういうこと話せるくらい仲良いんだな。俺と連絡とってない間、星先生にポジション取られてたわけか~!」

まるで幼馴染が結婚したみたいで寂しい、と言いながら真白は陽の肩を抱いてぐりぐり頭を押し付けている。二人のゼロ距離のやり取りを間近で見てしまい、胸がちくりと痛んだ。それと同時に、腹の底からどろどろとした黒いものが込み上げてくる。

先程まで寝室では枢が触れていた体なのに。彼と額を合わせていたのは自分だし、舌を絡める熱いキスをしていたのも、自分なのに。陽が、自分のSubが他のDomに触られていると思うと、あまりいい気はしない。陽と真白は別にPlayをしているわけではないけれど、二人の近い距離にモヤモヤしてしまった。

「真白、あんまり人前でくっつくなって……」
「高校の時に同じ学校だったなら今更だろ。俺たちいつも一緒だったんだから」
「そういうことじゃなくて!」
「お二人が仲がいいのは知ってますし、俺の前ではどうぞ遠慮しないでください。俺、アメリカに留学してたことがあるので、そういう距離感とかスキンシップ見るのには慣れてますから」
「おお、留学!さすが英語の先生ですね」

今の言い方はちょっと意地悪だったかもしれない。でも、このモヤモヤした気持ちがそうさせるのだ。真白は枢の留学の話に興味を持ったようで、今まで抱いていた陽の肩をするりと離していてホッとした。

また陽にくっついてしまう前に、真白の興味を引いておこう。
陽キャを相手にすると話下手の枢だが、この時ばかりは眠っていたコミュ力を開花させるしかなかった。

「星先生、楽しい話をたくさん聞かせてくれてありがとうございます!また一緒に飯食いましょうね」
「こちらこそ急だったのにお邪魔してしまってすみませんでした。日暮先生、ご飯ごちそうさまです。朝霧先生、お邪魔しました」

意外と話が盛り上がってしまって、解散したのは結局22時前。真白が枢を見送っていたものだから残って陽と話をするわけにもいかず、枢は渋々自分の部屋に戻った。

「………陽、お前大丈夫か?」
「なにが?」
「体調、よくないんだろ?前みたいにPlay不足とか……俺でいいならまたPlayの相手するよ。今はもう恋人もパートナーもいないし…陽がいいなら、俺はパートナーになってもいいと思ってるし……」

そんな二人の会話が聞こえてきて、鍵を閉めようとした枢は固まった。やっぱり真白は陽のパートナーになるのを望んでいるのだなと、恋人と別れたのも陽のことが忘れられなかったからかもしれない。

それに、真白の言い方だと、二人はすでにPlayをした経験があるらしい。そりゃ、当たり前か。幼馴染のDomとSubなので、そうならない訳がないのだ。

「……俺は用済み、かなぁ…」

陽と一緒なら朝を迎えられると、そう思っていた。この暗い夜の闇から抜け出せると。

柔く白んだ夜明けの空に憧れていたのだが、どうやらまた、明けない夜に耐える日々に戻ることになりそうだなと、枢は玄関先でうずくまった。


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