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第5章
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しおりを挟む「次の授業が始まるから、もう行かないと……」
「そうですね…」
「あ、でもご飯食べてないですよね」
「俺はいいです、6限目フリーなので……」
昼食よりも、正直ほしいものがある。
中途半端にコマンドを出してしまった自分が悪いのだが、一度入ったスイッチはいくらアラームが鳴り響いてもリセットされないらしい。陽の腰を引き寄せたままの枢が考えていることを察したのか、陽はほんのり頬を染めたまま枢の肩に手を置いた。
「……コマンドでも、コマンドじゃなくても、いいですよ…」
陽からのGOサインにごくりと唾を飲み込む。ここが家ならもっとゆっくり、時間をかけてPlayをして陽のことを堪能したいのに。なんでここは学校で、自分たちは教師なのだろうか。でもこの熱を鎮めるには、陽の力が必要だった。
「ヒナ、〈Kiss〉…そしたら大人しく、戻りますから…」
陽からキスしてほしいというコマンドを出すと、彼の喉仏が上下するのが分かった。陽は肩に置いていた手を移動させて枢の頬を柔らかく包み込む。一度枢の唇を眺めて、ふわりと触れるだけのキスをした。
すると、トントン舌で唇をノックしてきたので枢が薄く唇を開けると、ぬるりと熱い舌が入り込んでくる。静かな準備室にくちゅくちゅと小さい水音が響いて、ここは学校で職場だと言うのに自分たちは何をしているのか、その背徳感にぞわりと背筋が粟立った。
「ん、は……」
「す、〈Stop〉……これ以上は止まれなくなる、ので…」
シャツの上から陽の薄い体を触っていて、これ以上エスカレートする前に自ら止めた。据え膳食わぬは男の恥というけれど、こればかりは恥だと言われても止まるしかない。コマンドを使ってストップをかけられた陽が離れると、二人の間を繋ぐ透明な糸がぷつりと切れる。彼は唾液で濡れた唇をぺろりと舐めながら枢を見つめた。
「家なら止まらなくていいから、帰ってからしましょう」
星先生の時間、予約しておきますね。
そう言って笑う陽の顔があまりにも妖艶すぎて、午後からの仕事に悪影響が出そうだなと思いながら、枢はフラフラと職員室に戻った。
「あの、星先生。授業の前にすみません」
「あ、白石先生……どうしました?」
やっとの思いで職員室に戻ってきてすぐ、先ほど陽からフラれた白石先生に声をかけられる。まぁ、席が隣だから、話しかけられるのを回避するのは不可能なのだ。枢があの場にいたことを白石先生は知らないが、枢は先ほどの出来事を知っているので一人気まずい思いを抱えながら、白石先生を見やった。
「今朝話してた飲み会のことなんですけど……」
「あぁ、はい…朝霧先生にも話してほしいって言われたやつですね」
陽は白石先生に『星先生から聞いたけど』と言っていたので、何か聞かれたら断られたという話をしなければならない。そこまで嘘が得意ではないから、ボロが出ないといいのだけれど――
「あの話、なかったことにしてほしくて」
「え?」
「よく考えたら星先生の家にお邪魔するとかも失礼ですし、私がちょっと先走り過ぎちゃいました」
「白石先生…」
「今度"全体"の飲み会があった時は星先生も参加してくださいね~?せっかく同じ学校の同僚ですし、色んなことを話して普通に仲良くなりたいので!」
「そうですね……次また機会があったら参加します」
「はい!その時はよろしくお願いします」
本当は泣きたいはずなのにそれを見せない白石先生を見て、初めて陽以外に対して『綺麗』だなと思った。準備室で白石先生が言っていた『私じゃ朝霧先生のSubにはなれませんか?』という言葉をどんな気持ちで言ったのか、彼女の気持ちを考えると胸がぎゅっと締め付けられる。
枢も『陽のDomにはなれないのか』と思ってこの恋を諦めた一人なので、それを言葉にするのがどれだけ勇気が必要なことだったか、彼女の気持ちを考えると何だか切なくなった。
別に偉そうなことを言うつもりはないけれど、彼女にはきっといいパートナーが現れるはずだ。ひとつの恋と真剣に向き合って、綺麗に諦めようとしている白石先生はとても美しいと思ったから。彼女が次に誰かに恋をした時、その気持ちが実るといいなと願った昼休みだった。
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