夜明けの使者

社菘

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第4章

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自分は何も陽のことを知らないのだなと、改めて現実を突きつけられるとつきりと胸が痛む。こんなことなら玉砕覚悟で高校時代に話しかけていたらよかったのか、そしたら今よりもっと何かが変わっていたのか、たられば話をしても遅いのは分かっているのだけれど。

「……ヒナ、〈Comeおいで〉」

突然のコマンドに、頭を拭いていた陽はびくっと体を震わせる。タオルを頭に被せたまま手を止めた陽がおずおずと近寄ってきたので、自分の足元のカーペットを枢は指差し「〈Kneelおすわり〉」と促すと、ぺたりと座り込んだ。

「〈Good Boyいいこ〉。髪の毛やってあげます」
「ん……」

撫でる代わりに濡れた髪の毛をタオルで丁寧に拭いて、柔らかい髪の毛に指を通しながらドライヤーをかける。その間、陽は嬉しそうな顔をしてじっと枢を見つめていた。

「後ろ向いて」
「えぇ?」
「そのままだと風邪ひくから、後ろもちゃんと乾かさないと」
「顔、見える位置がいいのに……」

なんてぶつぶつ文句を言いながらも、くるりと背を向けた陽の背中を抱きしめたい衝動に駆られた。先日から思っていたのだが、言動がいちいち小悪魔なのは、どうにかならないのだろうか?

『顔が見える位置がいいのに』って、なんなんだ。
陽は先ほど恋人同士になるのかという枢の質問に『そんな考え方、優しすぎて大変だったんじゃないですか?』と言っていたが、陽だって人のことは言えない。そんな、その気もないのに、気のあるような発言して今までのパートナーたちは勘違いしてこなかったのか不思議だ。一体何人、その態度で落としてきたんだ。

「……終わりましたよ」
「うん、ありがとう」

何となく、もやっとして。
身長は同じくらいなのに、自分より細い陽の体を思わず抱きしめた。抱きしめた体から陽が使っているシャンプーやボディソープの濃い匂いが香ってきて、なんだか堪らなくなる。首筋に顔を埋めてそのまま唇を押し付けると、陽の体がより一層びくりと震えた。

「んっ、枢……?」
「〈Stay動かないで〉」

ふわふわの後頭部に、耳の裏に、首に、肩に唇を落として陽の体をなぞる。赤く染まっているうなじにキスをして、あむっと甘噛みすると彼の口から可愛らしい声が漏れた。

「ここ、好きですか?」
「すきって、いうか……っ」
「正直に〈Say教えて〉」
「ぁっ、すき、ぞわぞわってして、枢に噛まれそうで、期待する…っ!」
「期待?俺に噛まれたいの?」
「だって、ん…っ、普段優しい枢にいじわるされて、そのあと褒められたら、おれ……」

おかしくなりそうで、期待してる。

とろっとろに甘い声でそんなことを言う陽に、この前も感じたように枢の腹の底からじわじわと欲が湧き上がってくる。優しくしたいのに、いじめたい。甘やかしたいのに、泣かせたい。

いくら甘やかして優しくしたいと思っていても、自分は所詮Subを支配したいDomの本能に抗えないのだろう。汗の滲む陽のうなじをぺろりと舐めて、がぶり。歯形がつかない程度に噛みついた。

「あ……ッ」
「……どんな気分?〈Say教えて〉」
「いたい、けど、きもちい……」
「意外とM気質なんだ、朝霧先生は」
「や、先生って呼ぶの、ダメって言ったじゃん……」
「ん、ごめんなさい。許して?ヒナ」

甘やかすように後ろから頬に口付けると、陽が少し顔をこちらに向ける。ぺろりと唇を舐めている陽は『ご褒美』を待っているのだろう。

枢の唇を眺めている陽に見せつけるように枢も唇を舐めると、彼の喉仏が上下する。陽はきっと、触れるだけのキスじゃ、もう物足りないと思っているはずだ。

もちろん枢も、そんなに可愛らしいキスで終わらせてなんかやらない。誰かの体に触ったりキスをしたりするなんてしたことなかったのに、陽がSubだと分かってから、狂わされてしまった。

こんな自分は知らない。知ろうとも思わなかった。
だけど、陽には『そういう』部分も全部知ってもらいたい。陽の全部も知りたい。

そんな欲深い感情が溢れてきて、溢れてきて、止まらないのだ。


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