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第2章

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パートナー契約をする前のお試し期間が設けられたが、それ以来忙しくてなかなか思うように時間が取れなかった。あれはやっぱり夢だったのかもしれないと思い始めた頃、次の授業で使う教材の準備をしていた時に震えたスマホ。

【今日、20時にうちで】

という、赴任してから初めて陽からもらったメッセージに失神するかと思った。

枢は1年生の担当で陽は3年生担当なのでデスクは離れているがチラリと盗み見ると、陽もちょうどこちらを見ていて、ばっちりと目が合う。目が合った陽は口元に小さく笑みを浮かべるだけで、すぐデスクの手元に視線を移した。

そんな一瞬のドラマのような出来事にドギマギしてしまって、震える手で【分かりました】と打つのが精一杯。もちろん、午後からの授業は今夜の20時のことしか考えられなかった。

「星先生、昼休みに職員室ですごい顔してましたよ」
「いや、朝霧先生のせいですから……」
「すっごい焦ってた。おれ、笑いそうになったの必死で堪えてて…今思い出しても可愛いです」
「か、からかわないでくださいよ!」

約束の時間に陽の家に行くと、お風呂上りなのか少し髪の毛先が濡れていて、薄い素材のTシャツ(しかも、襟ぐりが深め)に細身のジーンズという出で立ちだった。別に色白というわけでもないのに眩しく光る鎖骨を直視できず、枢は差し出されたスリッパをじっと見つめる。

よくよく考えたら、素面で好きな人の家に来るのは、大分ヤバイ。
先日飲み会の帰りにこの家に来た時よりも更に陽の匂いが鼻をくすぐって、陽がここで生活しているというリアルさを鮮明に感じた。

「先にPlay内容のすり合わせをしておきましょうか」
「あ、そ、そうですね……」
「星先生、どうしたんですか?顔が真っ赤」
「す、すみません……!き、緊張していて…!」

借りてきた猫のようにソファでじっとしていると、そんな枢を見た陽が声を出して笑う。そんな風に笑う陽を学校ではもちろん飲み会の場でも見たことがなかったので、枢は驚いてポカンと口を開けた。

「ふふっ、あはは、星先生って見た目に反してめちゃくちゃピュアですよね……!」
「へ!?」
「そりゃ、おれをDomだと勘違いするのも分かるかも…!」
「ば、バカにされてますか?俺……」
「違います、星先生があまりにもピュアだから、おれが取って食おうとしてるみたいで……可哀想かなって」

DomがSubに食われるなんて、聞いたことないですよ?

と、陽が甘く囁く。それと同時に、緊張して硬直している腕をちょんちょん突かれたら、そんな可愛い行動に更に緊張してしまった。

こんなに完璧な人に自分がコマンドを出せる立場なのかとか、自分なんかのコマンドで申し訳ないとか。枢はとくにかく、自信がないのだ。

「まぁ、とりあえず……約束事を決めましょう。おれは基本的に痛いのとか汚いのとか、あんまり好きじゃないので、そういうのはやめてもらえると嬉しいです」
「それは俺も同じなので、ひどいコマンドは出しません」
「うーん、でも、星先生にならやってあげてもいいですけどね」
「………やらなくていいです!」

どうしてこう、陽からからかわれるのだろうか。枢は陽に学生時代の話はしていないし、枢が同じ高校だったことも知らないだろう。学生時代に陽と言葉を交わしたのはノートを拾ってもらった時しかないので、覚えていなくても無理はない。実際、陽のほうから「後輩だよね?」と言われたこともないのだから。

学校では1年生の副担任である枢と、3年生の担任である陽はほとんど接点もない。デスクも離れているし、教科も違う。教室で会うこともないし、飲み会で少し話すくらいの関係性だったのに。

何だかもう、昔からの知り合いです、というような陽の態度に驚いている。さすが根っからの陽キャだなと、ある意味感心した。

「セーフワードのことはこの前言ったとおりですし……なにか気になることありますか?」
「あの……ど、どこまで触って、大丈夫ですか…?」
「えっ?」
「すみません!普通全く触るなっていう話ですよね!勘違いっていうか調子に乗ってすみません!!」

全く触らないのは無理な話だから、と思ったから聞いたのだが、聞き方が変態っぽかったかもしれない。陽は枢の言葉に驚いたように目を丸くしていて、かなり引かれたかもしれない……と後悔して項垂れた。

「……どこまででも、触っていいですよ」
「え……?」
「星先生になら、触られてもイヤじゃないですから」
「あ、あさぎりせんせ…」
「でもその代わり、おれからも一つ条件があります」
「条件、ですか?」
「Play中は下の名前で呼ぶこと。それと、敬語はナシで」
「いや、いやいやいや……!」
「それが嫌なら、この話自体なかったことに」

どうしますか?

陽の挑発的な瞳が、枢を貫いた。


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