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第1章
3
しおりを挟む初めて陽を見たとき、時間が止まったと思った。
「あれっ、君!ノート落としてるよ!えーっと…星くん!ほしかなめくん!」
枢が1年生、陽が3年生の時。移動教室の時に陽の取り巻きにぶつかった枢が落としたノートを陽が拾って、わざわざ追いかけてきてくれたのだ。追いかけてノートを渡してくれた陽は学園のアイドルだと存在だけは知っていたが、間近で見たことがなかったので、あまりのかっこよさに呆けていた枢は時間が止まったように思えた。
「はい、これどうぞ。汚れとかついてないと思うけど、もし汚れて使えそうになかったらおれのところに来て。新しいノートと交換してあげるからさ」
こんなにかっこいい人、いるんだなぁ……。
陽に見惚れて数十秒。どうしたの?と声をかけられてやっと我に返った。
取り巻きのみんなからは『そんな1年生の相手なんかしなくていいのに』と言われていたが、陽は誰が相手でも関係ないと言って優しく笑いかけてくれた。あの頃の枢は牛乳瓶の底みたいな分厚い眼鏡をかけ、もっさりとした野暮ったい髪型でもろ『陰キャ』だったのだ。
至極単純な理由だが、たったそれだけのことで陽に一目惚れした。ただそれ以降、陽と接触することはなかったのだけれど。話しかける勇気もないし、ノートを交換してくれと言いに3年生の教室になんて行けやしなかった。
だからずっと遠くから見つめるだけで、この淡い片想いを隠していたのだ。
それに、片想いしていたってどうせ叶わない恋だと分かっていた。枢がいくら陽を好きだと思っていても、何年も忘れられなくても、運命というものは既に決められているのだから。
「星先生って、本当に恋人とかいないんですか?」
「えっ?」
陽の家にお邪魔して飲み直している時、隣に座る陽がぽそっと呟く。先ほど他の教師陣と飲んでいる時も女性の先生たちとそんな話になって『恋人はいない』と言ったのを陽も聞いていたと思うのだが、何か疑われているのだろうか。
「本当にいないです。ていうか、恋人いない歴イコールと言いますか……」
「星先生が?」
「星先生が、って…俺のことどんな印象なんですか…」
「いや、すみません。遊んでるイメージがあるとかじゃなくて、かっこいいのにって」
「かっ、」
かっこいいのはあなただろうが……!!
まさか好きな人から『かっこいい』と言ってもらえるなんて、努力した甲斐があったなと思う。陽が卒業してからこの恋も諦めていたけれど、心のどこかで『もし偶然出会ってもいいように……』という思いがあって、大学デビューしたのだ。
大学デビューしたと言っても、姉が仕事をしている美容室と姉の恋人が行きつけの服屋でトータルプロデュースしてもらっただけなのだが。それからは自分でもおしゃれに目覚めて、今ではやっと人から見られても恥ずかしくないほどに成長した。
陽にかっこいいと言ってもらえるなら高校時代から頑張っておけばよかった――そう思ったけれど、過ぎてしまった時間は戻せない。きっとあの時の自分だって、今の未来に必要な自分だったのだから。
「今日も白石先生たちに迫られてたじゃないですか。恋人を作る気ないんですか?」
「あー…えっと、作る気がないというか…そういうことではないんですけど……」
「………星先生って、」
「はい?」
枢を見つめる陽の視線が突き刺さる。酔っているのか陽の目はとろんとしていて、目元はじんわり熱を孕んで赤くなっていた。
まずい、こんなに色気駄々洩れの陽と密室で二人きりだなんて、何か間違いを犯してしまうかもしれない――
「星先生って、Domですよね?」
「えっと、まぁ……一応Domですけど、そんな風に見えないねって言われます」
「Domって言われても納得しますけどね、おれは」
「へ?」
「恋人がいないならもしかしてパートナーもいない感じですか?いっつも目元、クマがありますもんね。ストレス溜まってて寝不足とか?」
「ちょ、朝霧せんせ……っ!?」
するっと陽の細長い指が枢の目元を撫でる。
目元に濃く現れているクマの原因を言い当てられ、気まずさにごくりと唾を飲みこんだ。別に隠していたわけではないが、陽には『このこと』を知られたくなかったのだ。
「実はおれも、パートナーがいなくて」
「そ、うなんですか……」
「仕事が忙しいっていうのもありますけど、決まったパートナーがいなくてPlayができないとストレス溜まって寝不足になりますよね」
「で、ですね……朝霧先生もDomなら、結構きついんじゃないですか…?」
この世には、男と女という二つの性別以外に『ダイナミクス』と言われる異なる性別が存在し、DomとSubという性別を持つ人がいるのだ。Domは支配したい人、Subは支配されたい人。Playをすることでお互いの欲求を満たして、精神の安定を図ると言われている。その反対にPlayをしないとストレスは溜まる一方で、不眠症になる人もいるのだとか。枢は現在、そういう状況に陥っている。
もちろんDomやSubではないNormalな人もいて、Playをしなくても普通に暮らせる人がこの世の大半だ。自然なことなのだがNormalはNormalと付き合ったり結婚するのが普通だ。ただ、DomとSubはお互いとしか欲求の解消にはならないし、安心感も得られない。
だからこそDomとSubが行う『パートナー契約』は、即ち恋人同士になるという考えの人も一定数存在するのである。実際そういう人は周りに多いし、パートナーからそのまま結婚した例も多い。
第二性なんていう背景があるから、枢は陽への想いは叶わないものだと運命を呪った。
なんせ枢も陽も、Domだったからだ。
だからこの恋は叶わないのだと、学生時代に捨てたのである。
「……おれがDomだって、いつ言いました?」
「え……?」
「星先生。おれ、星先生に自分のダイナミクスの話をしたこと、ないですよ?」
陽の言うことはもっともだ。
確かに本人からそんなデリケートな話を直接聞いたわけではないのだが、それが『当たり前』だと思っていた。神様はちゃんと人を選んでいると思っていたから。
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