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第1章
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しおりを挟むそれから結局、タクシーに乗り込んだ枢と陽はマンションの少し手前で降りてコンビニへと寄り道した。明日は土曜日で、二人とも運動部の顧問ではないから、極端なことを言ってしまえば朝まで飲める。枢が持つ買い物かごに缶ビールを入れていると、陽がほぼジュースのようなカクテルの缶をスッと入れてきた。
「ビールとかワインとかいらないですか?」
「いらない。甘い酒のほうが好き。ビールとかはあんまり飲まないかな」
「へぇ、そうなんですね……」
意外!可愛い!好き!
今日の飲み会でも教頭から注がれたビールをニコニコしながら飲んでいたので、てっきり飲めるタイプだと思っていたのだけれど、違ったらしい。度数もかなり低く、ほとんどジュースのようなもののほうが好きだなんて、意外な部分を知ってしまったなと枢はにやける口元を必死で抑えた。
「星先生は結構飲めるほうですよね」
「そうですね、お酒は好きです」
「あんまり酔わない?」
「ですね……べろべろに酔ったことはないかもです。記憶なくすまで飲んだとか、そういう陽キャっぽいこともしたことないですし」
「へぇ。真面目な学生だった?」
「どちらかと言えば陰キャで真面目でしたよ。真面目って自分で言うのもなんですけど」
高校生の頃の陽しか知らないのだが、彼の周りにはいつも人がいた。陽自身も明るい人だったので、太陽の周りに自然と人が集まってきているような感じだったのだ。ただ陽キャと言っても女の子をとっかえひっかえしているとか、チャラいイメージがあるとか、そういうことではない。彼が人に好かれるのは天性のもので、それが当たり前なのだろう。まぁ、大学生時代の彼を知らないので、何とも言えないのだけれど。
「散らかっててすみません。適当に座ってください、星先生」
「お、お邪魔します……!」
合法で好きな人の家に上がってしまった……!
ドアを開けて中に入った途端、いつも陽からふわりと香ってくる柔軟剤の匂いがして、くらりと眩暈がした。枢にとってこの空間は『危ない』。陽の匂いや存在をダイレクトに感じてしまって、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……星せんせい?」
「はいっ」
「大丈夫ですか?汗が……具合悪いです?」
「そんなことないです、大丈夫です…!!」
「それならいいんですけど」
テーブルの上に買ってきたものを並べ、陽がグラスを二つ用意する。グラスの一つは枢が買ったビール、もう一つのグラスには陽が選んだカクテルを注いだ。
「じゃあ、乾杯」
「か、乾杯…!」
未だに、なぜこんな状況になっているのか頭の理解が追い付かない。陽の家で、陽が使っているソファに隣同士で座って、意中の彼が自分だけに向けてニコニコと笑っている。陽の声は心地良くて、話を聞いているけれど聞いていないような、ただただ陽の『声』を聴いていた。生徒たちが陽の授業はいい意味で眠たくなる、と言うのが分かる気がする。陽の声を聞いているだけで何だか安心するのだ。
「こうやって二人で飲むのは初めてですね。同じフロアに住んでるのに」
「そ、ですね……」
「……前から聞きたかったんですけど、星先生っておれのこと苦手ですか?」
「へっ!?」
「いつも避けてますよね、おれのこと。かと思ったらすごい目で見られてる時もあるし……おれ、星先生に何かしましたか?」
「いや、えっと、そんなことは……!朝霧先生を嫌いとかそういうことはないんです、あり得ません!」
必死に弁解するとそれはそれで誤解を生むかもしれない。でも信じてほしいのは、本当に避けているわけではないということ。あまりにも突然片想いをしていた陽がかなり近くにいる環境に、自分自身まだ慣れないのだ。この学校に赴任して半年、初めてまともに陽を真正面から見つめた。
「嫌われてると思ってから、よかったです。これからは仲良くしてくれる?」
そう言われて差し出された陽の手を、枢は迷いながらもぎゅっと握った。
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