上 下
2 / 70
第1章

しおりを挟む



久しぶりに教師陣で飲み会をしようという話になり、夜の10時頃まで飲み食いしていた。その飲み会には高校生の時から片想いをしている意中の彼も参加していて、隣に座っていた数学教師の菅先生の熱弁は話半分程度にしか聞かずに、星枢ほしかなめは彼の顔ばかりを眺めていた。

あー、やっぱり。
笑った顔が可愛いなぁ。

ご飯もつまみもいらない。朝霧陽あさぎりひなたが笑って話しているのを見るだけで酒の肴になる。変態くさいかもしれないけど、本当に、ただただ陽が笑っているだけで世界は平和になると思っているのだ。今日の飲み会に参加したのも陽が来ると知ったから参加しただけで、ものすごく失礼な話だが他の先生たちの話には一切興味がない。

「星先生、飲み会久しぶりじゃないですか?」
「あ~…確かに、そうかもしれません」
「私たち星先生とお話したかったんですよぉ」
「あはは、それは光栄です……」

数学について熱弁していた菅先生はいつの間にか端っこに追いやられていて、枢の側にはぴったりと女性の先生がくっついていた。これだからあまり飲み会には来たくないし、何よりも陽が来ないのなら意味がないと思っている。

ぎゅむぎゅむと腕に当たる感触が気持ち悪い。うちの学校は『良くも悪くも』、色んな人がいるのだ。

「星先生って恋人とかいるんですか?」
「いえ、今は特に……」
「そうなんですか?学生時代からモテたでしょ、星先生」
「そんなことないですよ」
「そんな謙遜して~!」

飲み会も嫌いだし、この手の話も好きではない。誰にも高校時代の話をしたことはないし(多分、陽も枢が同じ学校だったのは知らないだろう)、一度捨てた恋をまた拾ってしまうくらい陽のことが好きだから、かれこれ10年は彼に片想いをしている。

高校時代の淡い恋、なんて。
今時恋愛小説や漫画でもそんなベタなテーマ、ないだろう。

「なになに、なんの話ですか?」
「あっ、朝霧せんせ~!星先生の恋人について話してたんですよ♪」
「へぇ、恋人がいたんですね、星先生」
「いや、だからいないですって……」

ちょうどテーブルを挟んで目の前に座っていた陽が話に入ってきて、どきっとした。この学校に配属されてから再会した2歳年上の陽のことを、今でもちゃんと顔を見て話せないのだ。きっと周りから見たら不審だろうし、陽のことを苦手なんだろうなと思われているだろう。

「でも星先生が女性を連れ込んでるところ見たことないですよ」
「ぶはっっっ」
「そう言えば朝霧先生と星先生って同じマンションなんですっけ?」
「いいなぁ、羨ましい!」

もちろんこれはストーカーしていたから同じマンションで、かつ同じフロアに引っ越してきた、というわけじゃない。本当に、たまたま、偶然同じフロアに陽が住んでいたのだ。その事実を知ってからは極力、通勤時間や退勤時間をずらしてマンションで鉢合わせしないようにしている。偶然とは言え好きな人が同じマンションの手の届く距離にいるなんて、自分には贅沢すぎる環境だと思っているからだ。

「じゃあ二人はよく一緒にご飯食べたりとかそういうのはあるんですか?」
「いやっ、ないです!ないないない!」
「んな、思いっきり否定しなくても……」
「す、すみません…!でも朝霧先生も俺みたいな奴と一緒にいると思われたら嫌かなと思って……」
「どういうこと?別に嫌じゃないのに」

おれは仲良くしたいのに、星先生が避ける。
なんて世界一可愛らしいことを言っていて、枢の頭はもれなく爆発しそうだった。陽はかっこいいのに可愛いギャップもあって、高校生の時はそれはそれはモテていた。それはもちろん、男女問わずに、だ。

実際、枢も陽を好きになったうちの一人である。普段はかっこいい陽が友達と一緒にいるときは可愛らしく笑っているのを見て、枢の心臓にハートがついた矢が刺さったのだ。陽が卒業してから捨てた淡い恋だったけれど、再会してから2本目の矢が刺さったのは言うまでもない。

頑張って英語の教師になってよかった――!

大人になってからも頭の片隅にいた陽を忘れられなくて母校に配属された時は、これは運命だと思ったものだ。枢が英語教師として赴任する2年前から、陽は同じく母校で国語の教師として活躍していた。

これを運命と言わず、何と言うのか。
お願いだから運命だと言ってくれ、なんて神様に懇願したのは再会した日の夜の話である。

「あのさ、星先生」

他の先生に根掘り葉掘り聞かれる前に、お開きの声がかかって安心したのも束の間。そそくさと帰ろうとしていた枢を陽が呼び止めた。

「あ、朝霧先生…?どうしました?」
「帰るなら一緒に帰らない?どうせ同じところに帰るんだし」
「えっと、いや、でも……」
「……星先生って、おれのこと嫌いだよね」
「えぇ!?」

傷ついた。
そう言いながら陽がむっと唇を尖らせる。初めて見るレア顔に枢の感情はぐちゃぐちゃで、何だかもう色んな感情が織り交ざって泣きたい気分だった。

「星先生がよかったら飲み直さないかなと思ったんだけど……それも嫌、ですか?」

女性顔負けの上目遣いに、シャツをきゅっと握りしめる仕草。これを身長が170センチ後半もある成人男性がして許されるのは、世界中探したって陽だけだろう。

「い、い、いやじゃない、です……」

………普通に、好きな人からそんなことを言われて断れる男がどこにいるって言うんだ。

枢は今にも心臓が口から飛び出しそうになりながら、陽と一緒にタクシーに乗り込んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

兄さん、僕貴方にだけSubになるDomなんです!

かぎのえみずる
BL
双子の兄を持つ章吾は、大人顔負けのDomとして生まれてきたはずなのに、兄にだけはSubになってしまう性質で。 幼少期に分かって以来兄を避けていたが、二十歳を超える頃、再会し二人の歯車がまた巡る Dom/Subユニバースボーイズラブです。 初めてDom/Subユニバース書いてみたので違和感あっても気にしないでください。 Dom/Subユニバースの用語説明なしです。

きみをください

すずかけあおい
BL
定食屋の店員の啓真はある日、常連のイケメン会社員に「きみをください」と注文されます。 『優しく執着』で書いてみようと思って書いた話です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...