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第1章
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しおりを挟む久しぶりに教師陣で飲み会をしようという話になり、夜の10時頃まで飲み食いしていた。その飲み会には高校生の時から片想いをしている意中の彼も参加していて、隣に座っていた数学教師の菅先生の熱弁は話半分程度にしか聞かずに、星枢は彼の顔ばかりを眺めていた。
あー、やっぱり。
笑った顔が可愛いなぁ。
ご飯もつまみもいらない。朝霧陽が笑って話しているのを見るだけで酒の肴になる。変態くさいかもしれないけど、本当に、ただただ陽が笑っているだけで世界は平和になると思っているのだ。今日の飲み会に参加したのも陽が来ると知ったから参加しただけで、ものすごく失礼な話だが他の先生たちの話には一切興味がない。
「星先生、飲み会久しぶりじゃないですか?」
「あ~…確かに、そうかもしれません」
「私たち星先生とお話したかったんですよぉ」
「あはは、それは光栄です……」
数学について熱弁していた菅先生はいつの間にか端っこに追いやられていて、枢の側にはぴったりと女性の先生がくっついていた。これだからあまり飲み会には来たくないし、何よりも陽が来ないのなら意味がないと思っている。
ぎゅむぎゅむと腕に当たる感触が気持ち悪い。うちの学校は『良くも悪くも』、色んな人がいるのだ。
「星先生って恋人とかいるんですか?」
「いえ、今は特に……」
「そうなんですか?学生時代からモテたでしょ、星先生」
「そんなことないですよ」
「そんな謙遜して~!」
飲み会も嫌いだし、この手の話も好きではない。誰にも高校時代の話をしたことはないし(多分、陽も枢が同じ学校だったのは知らないだろう)、一度捨てた恋をまた拾ってしまうくらい陽のことが好きだから、かれこれ10年は彼に片想いをしている。
高校時代の淡い恋、なんて。
今時恋愛小説や漫画でもそんなベタなテーマ、ないだろう。
「なになに、なんの話ですか?」
「あっ、朝霧せんせ~!星先生の恋人について話してたんですよ♪」
「へぇ、恋人がいたんですね、星先生」
「いや、だからいないですって……」
ちょうどテーブルを挟んで目の前に座っていた陽が話に入ってきて、どきっとした。この学校に配属されてから再会した2歳年上の陽のことを、今でもちゃんと顔を見て話せないのだ。きっと周りから見たら不審だろうし、陽のことを苦手なんだろうなと思われているだろう。
「でも星先生が女性を連れ込んでるところ見たことないですよ」
「ぶはっっっ」
「そう言えば朝霧先生と星先生って同じマンションなんですっけ?」
「いいなぁ、羨ましい!」
もちろんこれはストーカーしていたから同じマンションで、かつ同じフロアに引っ越してきた、というわけじゃない。本当に、たまたま、偶然同じフロアに陽が住んでいたのだ。その事実を知ってからは極力、通勤時間や退勤時間をずらしてマンションで鉢合わせしないようにしている。偶然とは言え好きな人が同じマンションの手の届く距離にいるなんて、自分には贅沢すぎる環境だと思っているからだ。
「じゃあ二人はよく一緒にご飯食べたりとかそういうのはあるんですか?」
「いやっ、ないです!ないないない!」
「んな、思いっきり否定しなくても……」
「す、すみません…!でも朝霧先生も俺みたいな奴と一緒にいると思われたら嫌かなと思って……」
「どういうこと?別に嫌じゃないのに」
おれは仲良くしたいのに、星先生が避ける。
なんて世界一可愛らしいことを言っていて、枢の頭はもれなく爆発しそうだった。陽はかっこいいのに可愛いギャップもあって、高校生の時はそれはそれはモテていた。それはもちろん、男女問わずに、だ。
実際、枢も陽を好きになったうちの一人である。普段はかっこいい陽が友達と一緒にいるときは可愛らしく笑っているのを見て、枢の心臓にハートがついた矢が刺さったのだ。陽が卒業してから捨てた淡い恋だったけれど、再会してから2本目の矢が刺さったのは言うまでもない。
頑張って英語の教師になってよかった――!
大人になってからも頭の片隅にいた陽を忘れられなくて母校に配属された時は、これは運命だと思ったものだ。枢が英語教師として赴任する2年前から、陽は同じく母校で国語の教師として活躍していた。
これを運命と言わず、何と言うのか。
お願いだから運命だと言ってくれ、なんて神様に懇願したのは再会した日の夜の話である。
「あのさ、星先生」
他の先生に根掘り葉掘り聞かれる前に、お開きの声がかかって安心したのも束の間。そそくさと帰ろうとしていた枢を陽が呼び止めた。
「あ、朝霧先生…?どうしました?」
「帰るなら一緒に帰らない?どうせ同じところに帰るんだし」
「えっと、いや、でも……」
「……星先生って、おれのこと嫌いだよね」
「えぇ!?」
傷ついた。
そう言いながら陽がむっと唇を尖らせる。初めて見るレア顔に枢の感情はぐちゃぐちゃで、何だかもう色んな感情が織り交ざって泣きたい気分だった。
「星先生がよかったら飲み直さないかなと思ったんだけど……それも嫌、ですか?」
女性顔負けの上目遣いに、シャツをきゅっと握りしめる仕草。これを身長が170センチ後半もある成人男性がして許されるのは、世界中探したって陽だけだろう。
「い、い、いやじゃない、です……」
………普通に、好きな人からそんなことを言われて断れる男がどこにいるって言うんだ。
枢は今にも心臓が口から飛び出しそうになりながら、陽と一緒にタクシーに乗り込んだ。
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